表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
400/555

言い訳と容赦

着替えが済んで、鏡台の前で髪を梳かしてもらっていると、扉を叩く音がした。

ティーネが「どなた?」って尋ねるけど、返事がない。


でも―――この気配。


「セレス?」


呼んだら、間があって小さく扉が叩かれた。

思わず立ち上がって扉へ駆け寄る。

勢いよく開くと、目を真ん丸にしたセレスが立っていた。


「は、ハルちゃん」

「セレス!」


ギュウッと抱きしめる。

よかった、来てくれた。


「あ、あのっ」


いつものセレスの匂い。

柔らかくて温かい。

少し体温が高いかな? 見上げると戸惑った目と目が合う。


「ハルちゃん」

「おはよう」

「お、おは、よう」


後ろから「こら、ハル」ってティーネに叱られた。


「おやめなさい、はしたない」

「ティーネ」

「王子、おはようございます」

「あ、ああ、おはよう」

「貴方もお顔の色がすぐれませんわね、お化粧をなさっていても分かりますわ」


うん、セレス、目が赤いよ。

昨日は考え事をしていたらしいから、そのまま眠れなかったのかもしれない。

だから体温も高いのかな、疲れているのかも、大丈夫?


「いや、その、私は」

「どうやらハルルーフェ様とお話があるようですわね」


ティーネは部屋から出てきて、スカートを摘んでセレスに会釈する。


「私、暫く席を外しますわ、朝食の頃合いにまた伺います」

「あっ、ああ」

「それと、お二人とも、人目が御座いますわ、自重なさって」


セレスが気まずそうに「ハルちゃん、部屋へ入ろう」って促す。

そうだね。

昨日のことも含めて話をしておきたい。


「ティーネ、また後でね」

「ええ、それでは失礼いたします」


お辞儀して歩いていくティーネを見送ってから、セレスと部屋に入る。


「その、朝からすまないな」

「ううん、来てくれて嬉しい、待ってたよ」

「ハルちゃん」


じっと見つめるセレスに抱きしめられる。

少し苦しい。

でも、会いたかったよ。


「すまない」

「なんで謝るの?」

「君に心配をかけた、そうだろ?」

「うん、心配したよ」

「ごめん」

「いいよ」


セレスの背中をトントン叩く。

飛んできたモコがセレスの頭にとまって「おはよ、せれす」って挨拶した。


「やあ、モコちゃんもおはよう、ずっとハルちゃんの傍にいてくれたんだな」

「うん」

「有難う、それに引き換え私は、師匠とリュゲルさんにお任せいただいたというのに」

「気にしなくていいよ」


座ろうってセレスを促して、長椅子に掛ける。

隣に腰を下ろしたセレスは気まずそうに膝の上で両手を組んだり解いたりする。


「その」

「うん」


言葉に迷っている横顔を見つめる。

―――綺麗だな。

目の下に少しクマがあるけど、長いまつげも、オレンジ色の透き通った目も、髪も、白い肌も、セレスの全部が陽の光みたいだ。

そんな不安そうな顔をしなくていいよ。

私は君を知っている。

だから何を言われても、どんな話を聞いたって、君を信じていられる。


「やはり、誠意を見せるべきだと思って」

「うん」

「昨日、兄上が言われたことは事実だ、私はその、ここに自分の居場所を見つけられず、安易に人肌の温もりを求めたことがあった」

「そう」

「だが誓って不誠実な真似はしていない、それだけは本当だ、信じて欲しい」

「う、うん」


流石に生々しい。

馴染みのない話題で腰が引ける。

ハッとなって振り返ったセレスが私の手を握りながら「お願いだハルちゃん、呆れないでくれ!」って泣きそうな声で訴えてくる。


「それに関係は持ってもそのッ、交際に至ったことは一度もないんだ! だからッ」

「そ、そう」

「こっちの姿では異性交遊したこと自体ない!」

「分かったよ」

「ハルちゃん!」

「落ち着いてセレス、大丈夫だから」


ええと、深く考えないでおこう。

そもそも友達と恋人の違いもよく分からないのに、セレスの話は難しい。

理解もいまいちできない。

だけどセレスのことは信じられる。

一緒に過ごした時間がその根拠だよ。


「信じるよ」


そう答えると、セレスの目から涙がボロッと零れる。


「ハルちゃん」

「そういう過去もセレスの一部なら、受け入れるよ」

「は、ハル」

「泣かないで、セレスも私を信じて会いに来てくれたんだよね」

「えっ」

「ちゃんと話せば分かってもらえるって、思ってくれたんでしょ?」


セレスは顔をくしゃくしゃにして、私をぎゅうっと抱きしめる。

苦しいよ。

それにそんなに泣いたら化粧が落ちるよ、もう。


「あ、ありがどう、ハルルーフェッ」

「うん」

「ぎみがずきだッ、あいッ、あいじでるッ」

「よしよし」

「ハルぅッ!」


仕方ないなあ、本当にすぐ泣くんだから。

でも、昨日は部屋で一人きり、涙を我慢したのかもしれない。

だったら好きなだけ泣いていいよ。

全部受け止めるから。


「ねえセレス、ちょっと苦しい」

「あッごめん!」


大慌てで離れてから、心配そうに「大丈夫か?」って覗き込んでくるから、なんだかおかしい。

笑うと、セレスもホッとしたように笑顔を浮かべた。

手で顔を拭って「化粧がすっかり落ちてしまった」って今度は苦笑いする。


「泣いたからむくんでるよ、顔洗ってきなよ」

「ああ、洗面所を借りてもいいかな」

「どうぞ」


隣の部屋へ行ったセレスは、少しして戻ってきた。

目元がまだ少し赤いけど、化粧をしていなくても眩しいくらい綺麗だ。


「ごめん、また格好悪い所を見せたな」

「ふふ、そうだね」

「君には頼りに思われたいんだが、なかなか上手くいかない」

「大丈夫、セレスはいつだって頼もしいよ」

「えっ」

「セレスは格好良くて素敵だよ、私の自慢なんだから」


あれ、セレス、顔が真っ赤だ。

モコが私の頭の上にとまって「せれす、うつくし!」って褒めると、ますます赤くなる。


「や、やめてくれ、でもその、有難う」

「照れると可愛いね」

「それは本当にやめてくれ、居たたまれない」

「せれす、かわい?」

「モコちゃんの方が可愛いよ、はあ、勘弁してくれ」


モコと一緒に笑う。

セレスもやっといつもみたいに笑顔になってくれた。


「改めてごめん、もしかして君も昨晩はあまり眠れなかったのか?」

「ううん、だけど変な夢を見た気がする」

「また夢か、その口ぶりだと内容は覚えていないようだな」

「うん、でも気持ちの悪い夢だった」

「そうか」


心配してくれるセレスに、改めて話を切り出す。


「ねえセレス」

「なんだ?」

「頼みがあるんだ、昨日、ロゼ兄さんが会いに来てくれたんだけど―――」


さっきティーネに話しそびれたこと、先にセレスに伝えよう。

王宮の水場。

セレスが都合のいい場所を知っているってロゼは言っていたけど、どこなんだろう。


「師匠が、うーん」


少し考えこんで、セレスは「ああ、そうだ」と手を打つ。


「恐らくあそこだろう、庭園に井戸がある」

「井戸?」

「城内で使用する水は浄化処理を行っているんだが、そこと同じ水路なんだ、庭園に撒く水を汲み上げるための井戸だ」

「そうなんだ」

「異物混入を防ぐための覆いがされていて、扉の鍵は庭師長が管理している」


その鍵、頼んだら貸して頂けるかな。

でも理由をなんて説明すればいいだろう。


「心配するなハルちゃん、庭師長には昔から可愛がられているんだ」


セレスが笑う。


「夏場にあの井戸の水を飲むと冷たくて凄く美味いんだよ、私が頼めば、理由なんて訊かずに鍵を開けてくれる」

「そう! 助かるよ、セレス」

「君の役に立てそうでよかった」


ロゼが言ったとおりだ。

それにやっぱりセレスは頼りになる。


「ウーラルオミット内の上下水道は全て繋がっている、とはいえ、城内と城下とで分かれているんだが、恐らく問題ないだろう」

「うん、元が同じなら大丈夫だと思う」

「今も民が汚染された水を使用しているのだとすれば問題だ、早く対処しよう」

「そうだね」


これまで粉の被害をたくさん見てきた。

大勢が苦しんで、悲しんで、失われた命も数えきれない。

あんなのは二度と嫌だ。

今度こそ何か起きてしまう前に防ぐんだ。


「セレス、それと、母さんのことだけど」

「ああ」


セレスは難しい顔になる。


「どうにかしてあげたいのは山々なんだが、とにかく行くだけ行ってみよう、君は姉上の娘だ、それに次期王位継承者でもある、正式な承認はまだだが、命じて兵に言うことを聞かせられるかもしれない」

「命令?」

「その立場と権利を君は持っている、だが慣れないなら私が代行を引き受けるよ」

「うん、お願いしたい」

「任せておけ」


取り敢えず何とかなりそうだ。

後でリューにも声を掛けて付き合ってもらおう。

ティーネにも事情を説明しないと、よし、やるぞ。

何だかんだと400話、先はまだ長いです。

お付き合いくださっている読者の皆様方、本当に有難うございます。

エルグラート編は始まったばかり。

この先はセンシティブな展開を予定しておりますが、よろしくお付き合いいただければと思います。


あ、ハッピーエンドは確定しておりますので、ご安心ください。


応援よろしくお願いします。

感想もお待ちいたしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ