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リアックの酒場にて:リュゲル視点

扉を開くと、店内にいる客たちが振り返る。

酒場はどこも似たようなものだ。

酒を飲む奴、会話を楽しむ奴、女を口説いている奴や、俺達のように情報収集が目的な奴。

余計な詮索はせず、騒ぎを起こさず、場の雰囲気を楽しむのが暗黙の決まり事。それさえ守っていれば誰に咎められることもない。


「とりあえずカウンターでいいか」

「ああ」


ロゼを促してカウンター席へ向かう。

これだけ上背があって、長い髪は見事な金髪、いかにも派手で目立つのに、ロゼがさほど注目されないのは認識阻害の眼鏡をかけているからだろう。

相変わらず凄い技術だな。身内びいきを差し引いたって、ロゼの腕前には王家専属の魔法道具職人ですら到底敵わないに違いない。

そのロゼのおさげが背中で揺れている。夕食の後でハルが結ってやった髪型だ、おかげで今のロゼはすこぶる機嫌がいい。俺も助かっている。


「マスター、おすすめはあるか」

「お客さんたち、旅の人かい?」

「ああ」

「リアックへようこそ、おすすめはリンゴの蒸留酒だ」

「へえ」


蒸留酒なんて置いてあるのか、さすが関所の町、品揃えがいい。

それを二つ頼んで、さて何から訊こうかと考える。

まずは最近この街や近辺で起きたこと、噂話の類、ネタになりそうな話題はないか、こんなところか。


「お兄さん達」


声に振り返ると、女が隣の席に座った。

店員って雰囲気じゃない、俺達と同じ店の客だな。


「初めまして、ねえ、一緒に飲みましょう?」

「ことわ」


口を挟もうとしたロゼの腿をテーブルの下で抓って黙らせた。

呻いたロゼが恨めし気に俺を見るが、無視だ、無視。お前ここに何しに来たか忘れたのか。


「ウフフ、お二人とも、お酒はお強いの?」

「人並程度かな」

「あら、謙遜しちゃって、こーんなに逞しいんだから、きっとお強いんでしょう?」


つ、と胸の辺りを指先でなぞられる。

こういう色仕掛けめいたことはあまり得意じゃないが、動揺すると揶揄われるからな。

積極的な女性自体少し苦手だ。

ロゼがニヤついているのが分かって、また軽く抓ってやった。


「マスター、彼女にも俺達と同じものを」

「はいよ」

「あら悪いわ、ありがとう、ウフッ」


出されたグラスで乾杯をして、さっそく話を切り出す。

隣でロゼはむくれているが、それすら認識阻害の眼鏡のおかげで周りに気付かれていない。


「お兄さん、お名前は?」

「リュー」

「素敵ね、私はメル、そちらの背の高いお兄さんは?」

「こいつはロゼ」

「リューにロゼね、二人とも、改めてよろしく」

「君も旅の人なのかな?」

「ええそうよ、エリニオスからミューエンへ」

「奇遇だな、俺達も同じだ」

「ふふ、ここは関所の街だもの、ミューエンからエリニオスへ行くかのどちらか、でしょう?」


確かにそうだ、下手な口説き文句のようになってしまって気まずい。

メルはクスクス笑って「可愛いわね、お兄さん」とウィンクする。


「い、いや、そうだ、お互いミューエンへ行く者同士、情報交換でもしないか」

「あら、いいわね」

「とはいっても、俺達はミューエンについて基本的なことくらいしか知らないんだが」

「ふふ、私も似たようなものよ、ねえマスター」


呼ばれた店主は「何ですか?」と笑顔でメルに返す。


「私達これからミューエンを観光する予定なのだけど」

「それはいい、ミューエンにはネイドア湖がありますからね、あそこの魚料理は絶品ですよ」

「マスターも食べたことがあるの?」

「ええ」

「それは素敵ね、ネイドア湖っていうと、初代女王エノア様が咲かせた花も名物よね?」

「エピリュームですね、とても綺麗な花ですよ、エノア様の御心を映しているとか」

「他に何か、ネイドア湖の情報ってあるかしら?」

「そうですねえ、ああでも、最近妙な話を聞きます、食い荒らされた魚が岸に打ち上げられる、とか」


店主は苦笑して「外来生物が住み着いたらしいです」と続ける。


「そのせいで、今はネイドア湖での遊泳は禁止されています、近く領主様が兵を派遣して駆除作業にあたるとか」

「あら、残念」

「あの湖は泳ぐのにも向いてますからね、水は綺麗で、中央へ近づきさえしなければ危ないこともない」

「中央は危ないのか?」


俺が尋ねると、頷き返した店主は、中央辺りは急に底が深くなっていると教えてくれた。


「ですが、深い場所の手前に杭が打ってあって、網も貼ってあるので、無理に越えていかなければ問題ありません、目の大きな網で魚は通れるんですよ」

「なるほど」

「ネイドア湖についてはそれくらいですかねえ」


泳げないと知ったらハルは残念がるだろう。

前に泳ぎを教えて欲しいと言っていたからな、まあ、泳ぎは他の場所で教える機会もあるだろう。


「他に何か面白い話題はあるか、店主」


黙り込んでいたロゼが口を開く。

店主はそこで初めてロゼに気付いた様子で目を丸くしたが、すぐに気を取り直して話し始める。多分また認識阻害の効果でロゼが見えなくなっているんだろう。


「あとは、この領のことじゃありませんが、南方の楽園に誘う魚の姫君、それと、最近現れた怪しげな宗教団体なんかですかねえ」

「宗教団体?」

「ノイクスとベティアスの境に霊峰があるでしょう?」

「ああ」


霊峰サマダスノーム、標高五千メートル級の活火山だ。

かつてその火口には竜がいたという。

初代女王エノアがエルグラートを建国する折に噴火したという記録が残っているが、以降、現在に至るまで噴火の兆しなどはない。


「そこに神殿を建てて何か祭っているって話ですよ」

「かつていたとかいう竜じゃないのか?」

「違うと聞きました、ルーミル様でもエノア様でもなく、独自の信仰対象だとか」

「ふむ」

「楽園へ誘う魚の姫君というのは?」

「これは殆どおとぎ話ですね、ベティアスの海岸で使いのイルカと出会うと魚の姫が住まう楽園へ招かれるそうです」


楽園ねえ、とメルが呟いて笑う。


「それが本当なら是非お招き預かりたいわね、使いってどんなイルカなのかしら?」

「さて、色がピンクだとか、頭に星の模様があるだとか、色々聞いてはいますが」

「ウフフ、可愛い、そのイルカだけでも見てみたいわ」

「後は、どこかの領で内乱が起きているという噂もあります、あくまで噂の域を出ない話のようですが」

「穏やかじゃないな」

「ええ、領主の気がふれただとか、魔物が暗躍しているだとか、まあどれも憶測ですし、結局は噂ですが」


南方の魚の姫君以外はどの話もきな臭い。

国王が代替わりして、中央のエルグラートで増税が施行されたとも聞き及んでいるが、そのあおりを受けて国内の不満や不安が膨らんでいるということか。


「西方は相変わらず人身売買が盛んなようですし、やっぱりノイクスが一番住みやすいですよ、議会がしっかりしていますからね」

「そうね、私もそう思うわ」

「お客さんは南や西の方へ行ったこともおありなんですか?」

「ええ、北もあるわよ」


北、と店主が驚いた。

俺も驚いている。北方のファルモベルは連合王国内で唯一今も王政が敷かれていて、入国は容易でないというのに。


「ちょっとした伝手を頼ってね、でも、あそこは怖いところだわ、なるべくならもう近付きたくないわね」

「色々と規制が厳しくて、軍が幅を利かせているそうですからね、こちらでは滅多に見かけない凶暴な魔物も多く生息していると聞きますし」

「ええ、旅をするのはお勧めしないわ」


そう言ってメルはまた俺にウィンクする。

横からロゼの視線を感じて何となく居心地が悪い。


「ところでお客さん、グラスが空ですが、何かご用意いたしましょうか?」

「ああ、それじゃ、同じものをもう一杯」

「かしこまりました」


危険はなるべく避けたい。

この旅の目的は十六の誕生日までにハルを無事に母さんの元へ送り届けることだ。

実際に歩いて、自分の目で見て、耳で聞いて、その上でハルが決断できるように―――俺とロゼはハルを導く。

俺達二人で決めたことだ、ハルのために、必ずやり遂げなくてはならない。


「目下のところ、気にすべきは宗教団体と内乱の噂か」

「そうだな」

「そっちのお兄さんは姿だけじゃなく声も美しいのね」


え、と振り返ると、メルがニコッと笑い返してくる。

他の誰の目にも止まっていないロゼを認識しているのか? 件の眼鏡をかけているのに?


「私、美しいものが好きよ、でもそっちのお兄さんはちょっと怖いわね」

「僕に構うな」

「あらつれない、こっちのお兄さんはとっても可愛いのに」


複雑な気分だ、それは誉め言葉じゃない。

悪気がないのは分かるんだが。


「二人とも、ミューエンに来たってことは、ネイドア湖へ行くんでしょう?」

「ああ」

「私も連れとネイドア湖へ行くの、もしかしたら現地でまた会えるかもしれないわね」

「連れがいるのか」

「フフ、残念?」

「いや」


艶っぽい眼差しで囁かれて、咄嗟に上手く対応できなかった。

メルのクスクス笑う声と反対側からロゼのため息が聞こえてくる。俺に全部丸投げしておいて、お前はため息なんか吐くな。


「奢ってくれて有難う、楽しい時間が過ごせたわ、お兄さんたち、また会いましょう」

「帰るのか」

「惜しんでくれて嬉しいけれど、連れを待たせているから」

「そうか」

「可愛い弟よ」

「弟?」

「そう、弟、安心したかしら?」


言いながら上目づかいでメルが俺にしなだれかかってくる。柔らかな体温と共にふわりといい匂いがした。

安心ってどういう意味だ?

困惑していると、今度は背後から力任せに引き寄せられる。ぐっ、強く引っ張り過ぎだ!


「僕のリューに気安く触れるな」

「あら、お兄さん達ってそういう関係だったの?」

「そういう?」


首を傾げる俺の横から身を乗り出す格好で「そうだ」とロゼが険のある声で返す。


「お前如きが欲を出していい存在ではない、身の程を知れ」

「随分な入れ込みようね、それなら皆で一緒にっていうのはどうかしら?」

「ハッ、この僕がお前に興味を持つとでも?」


今の言葉は流石に失礼が過ぎる。

背後に肘打ちして、緩んだ腕から抜け出すと、改めてメルに済まないと詫びた。


「いいのよ、これで許してあげる」


そう言った直後にメルが唇で―――俺の頬に触れる。

柔らかな感触だった。

一瞬何をされたか分からなかったが、遅れて顔に熱が昇ってくる。


「あッ」


耳元でロゼの声が響く。うるさい。

酒場にいる全員がぎょっと身を竦ませるけれど、すぐに何事もなかったように元の雰囲気へ戻った。認識阻害の効果だな。


「貴様ぁッ!」

「あら、お兄さんの目、赤いのね、悪くないわ」

「黙れ! よくも僕のリューに!」

「いいじゃないキスくらい、挨拶でもするでしょ?」

「ふざけるな!」


おいロゼ、興奮し過ぎだ。

ケラケラと笑っているメルも今だけは多少恨めしい。どうしてこうなるんだ。


「落ち着けロゼ、そこまで怒るようなことじゃないだろ」

「リューッ」

「お兄さんは器が大きいのね、気に入っちゃったわ、ぜひまたお会いしましょうね」

「その顔二度と僕らに見せるな!」

「あら怖い、こっちのお兄さんには嫌われちゃったみたい、それじゃ、そろそろ失礼するわ」


そう言ってメルはさっさと席を立ち酒場から出ていく。

戸口で一度振り返って、またウィンクなんかするから、ロゼがいよいよ暴れだしそうだ。


「あいつ許さん、よくも僕のリューに」

「落ち着けって、俺達もそろそろ宿に戻ろう」


くるッと振り返ったロゼが、メルにキスされた辺りの頬をカウンターに置いてあった布巾でゴシゴシ擦りだす。

いたた、痛い、強く擦り過ぎだろ、それに布巾で拭くな、やめろって。


「よせよ、もういいだろ、そろそろ店を出て」


拭くのをやめたと思ったら、ふに、と唇を押し付けられた。

―――は?


「よし」

「よ、よし、じゃ、ないッ」


勢いロゼの頭をガツンと殴りつける。

流れで会計を済ませて酒場から飛び出した。遅れてロゼが追いかけてくる。


「リューッ、いたた、流石に効いたぞ、どうして殴った?」

「うるさいっ、少しは頭が冷えたか!」

「ああ、そうだな、驚いたという意味では冷えた」

「ならよかったな!」


本当にあいつは、まったく、あいつはッ。

認識阻害で誰の目に留まることもないとはいえ、公共の場でよくもやりやがって!

羞恥で煮えたぎる胸のままにずんずんと歩く。

ああ、別の理由でネイドア湖へ行くのが憂鬱になってしまった。


「消毒というやつだ、こうするのが定石なのだろう?」

「どこで仕入れた知識だ、ふざけるなッ」

「ふむ、まだ僕の知らないことがあるのか、奥深いな」


ロゼに腹を立てても無駄ではあるんだが、そう思うと急に力が抜けてくる。

ネイドア湖でメルと再会しないよう祈るしかない。

前途多難だと、見上げた夜空は星が綺麗だった。

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