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王都を臨む

今、リューとセレスがしている話は、王都に着いてからのことだ。


「恐らくだが、到着当日に王と謁見することになるだろう」

「はい」

「ハルは正当な王位継承権を持つ、それを会いもせず一晩置くなどあり得ない」

「同感です」


セレスは万一に備えて私の傍にいてくれるそうだ。

いつもどおりってことだね、有難う。


「もし引き離されそうになったら、奥の手を使います」

「奥の手?」


不思議そうに尋ねるリューに、セレスは急にびくびくして「あの」と話す。


「さ、先に、お詫び申し上げておきます」

「なんだ?」

「つまり、奥の手というのは、その、ハルちゃんと私は婚約しているということで、今も、その」


急にリューが真顔になった。

ロゼも無言でセレスを見ている。

セレスは―――肩をすぼめて、首まで竦めて、すごく小さくなっている。


「それは、ハルも同意の上でのことか?」

「は、はい」

「君が講じた奥の手というわけか」

「説明不要という点では、最も有効だろうと考えました」

「なるほど」


腕組みして、溜息を吐いてから、リューは一言「分かった」って頷く。

セレスは心の底からホッとしたようにリューを見たけれど、まだロゼの視線が向いたままだって気付いてビクンと肩を跳ねさせた。


「ロゼ、気持ちは分かるが今だけは吞んでくれ、確かに都合がいい」


リューが言っても、ロゼは「納得いかないな」って赤い目を細くする。


「ロゼ」

「僕は許さないが、今だけは目こぼししてやろう」

「し、師匠!」

「だが上辺の関係を建前におかしな気を起こせばその首をもぐ」


ひぃッて叫んだセレスと、リューは二人を交互に見て「やめろ」って呆れた。

今だけ婚約者、というか、恋人ってことになっているけれど、セレスとは普段と何も変わらないよ?

元々、私達は友達同士だし。

世間的に『恋人』や『婚約者』の括りがどうしてそこまで特別なのか、感覚としては謎なんだよね。

だって仲がいいことに変わりはないんだから。


リューは話を仕切り直して、今度はモコに、セレスが私の傍にいられない時は頼むって声を掛ける。

モコは私の肩の上で翼を広げながら「わかった!」って元気に返事した。


「ぼく、がんばる!」

「では未熟者、後ほど僕の元へ来い、お前に学ばせてやる」

「はい、ししょー!」

「何をするんだ?」


リューがロゼに尋ねる。


「認知に関わる術を伝える、この僕の姿は、僕が許容した範囲でのみ認識可能だ、大抵のラタミルはそうなのさ、だからこれにも出来る」


答えたロゼは、視線をリューからモコへ戻す。


「認知の対象を外部へ拡張する術は単純な応用だ、僕のやり様を見聞きして覚えるように」

「はい、ししょー」

「いずれハルの役に立つ」

「はい!」


モコはロゼからラタミルとして色々なことを教わっている。

小さい頃は私の先生だった。

兄さん達って、二人とも何だかんだ面倒見がいいんだ。


それから魔人に関して。

ロゼが見張っているから、周囲を警戒し過ぎないよう、改めて念を押された。

リューも同意して頷く。


「無暗に藪をつついても仕方ないからな」

「ですが、無防備過ぎるのもどうかと」

「その辺りは君が目を配ってやってくれ、ハルはすぐ顔に出る」

「ふふッ、分かりました」


むっ、そんなことは―――ないはず。

ちゃんとできるよ。

リューもセレスも失礼だ。


「恐らくだが、俺は今後もハルへの接近を制限されるだろう」

「えッ」

「馬車を分けられたのはそういう理由だ、結託して何かやらかさないか、監視されているんだろうな」


そんな、だって警戒や監視されているような雰囲気じゃないよ?

ヴィクターは色々と気遣ってくれるし、近衛兵団の方々も親切だ。

―――でも、造反者が出た。

私やリュー、もしかしたらセレスにも何かするつもりだったのかもしれない。そして、命じたのは恐らくサネウ様だ。


「セレスも一緒にいさせるつもりはなかったんだろう、ハル、お前を孤立させる予定だった、俺はそう見ている」

「私もだよハルちゃん、多分そうだろうと思って先に手を打っておいた」

「ああ、なかなか機転が利いていた、助かったよ」

「恐れ入ります」


セレスはリューに恐縮する。

だから恋人同士として、自然に傍にいられるようにって、そういう理由だったんだね。


「ハル、今後もセレスとモコをあてにしろ、俺達のことも当然頼りにしてくれていいが、俺には少々やらなければならないことができた」

「なに?」

「母さんに会いに行く」


軟禁状態の母さんに?

でも、母さんは城にいるし、息子の兄さんが会いたいって言えば会わせてもらえるはず。

前に娘の私が会いに行けば会えるって、言ってたよね?


「状況が変わったようだ」


リューの言葉を聞いて、セレスが「どういうことですか」と尋ねた。


「母さんの傍には今、誰もいない、傍仕えを全て取り上げられて離れに閉じ込められているそうだ」

「なッ」

「乳母もメイドもいない、離れ周囲には見張りが立ち、面会も、母さん自身の外出も禁じられている」

「そんなバカな!」


セレスが信じられない様子で自分の膝に拳を叩きつける。

どうして?

母さん、大丈夫なの?


「リュゲルさん、何故でしょうか」

「間もなくハルが城へ来るからだろう」


私のせい?


「警戒しているんだろうな、親子で結託するんじゃないかと」

「なんて無粋な」

「とにかくそんな状況だ、だから俺は安否確認の意味も含めて、まず母さんに会いに行こうと思っている」

「しかし、どのように―――」


リューに訊こうとしたセレスはハッとロゼを見た。


「そうでしたか、師匠!」

「ああ、たった今こいつも話していたが、認識阻害を行ってロゼに手引きしてもらう」

「はい」

「だから心配いらないが、その間ハルの守りが手薄になってしまう、セレス、モコ、頼んだぞ」

「心得ました」

「うん! はる、まもるよ、せれすもだいじょぶ! ぼくがんばる!」


二人とも、よろしく。

私も自分にできることを精いっぱいするよ。


「ハル、すまないがそういう理由で、城に着いてもすぐには母さんと合わせてやれそうにない」


リューが気遣ってくれる。

大丈夫だよ兄さん。

さっきロゼから元気だって聞いたし、母さんはそれくらいでめげる人じゃないって知ってる。


「分かった、でも、兄さん達も気をつけてね」

「ああ、お前はけっして一人になるんじゃないぞ」

「はい」


リューに頭を撫でられる。

ロゼも翼で私を撫でてくれる。

モコまでフワフワの羽を首の辺りに擦りつけてきた。


「安全が確認でき次第、折を見てお前も母さんに会わせてやるから、待っていてくれ」

「うん」

「僕も約束するよ、今暫くの辛抱さ」

「有難う、ロゼ兄さんも気をつけてね」

「うふふ! 君に案じられるとこそばゆいね、分かった、気をつけるよ、僕の可愛いハル」


二人は強いから心配いらないって分かっているけれど、それでも心配するよ。

だって大切な家族だ。何も起きて欲しくない。


「そろそろ状況見分が終わりそうだな」


馬車の窓から外を窺いつつリューが呟いた。


「ハル」

「はい」


青葉色の瞳にまっすぐ見つめられる。


「恐らく城では不当な思いや、割り切れない体験をするだろう、だが忘れるな、お前は俺たちの妹だ」

「うん」

「お前には絶対的な味方がいる、お前はけっして独りにならない、不安な時、恐怖にかられた時こそ、俺たちや、セレスやモコを思い出せ」

「はい、リュー兄さん」

「周りを頼れ、自分の手の内だけに収まることなど僅かだ、俺もお前をあてにする、信じるんだ、いいな」

「分かった」


覚悟は決まったけれど、まだ怖いし、不安だ。

でも、俯かないよ。

この気持ちはきっと私だけのものじゃない。

何度も何度も繰り返す、兄さんだって不安なんだ。セレスも、モコも、不安だから傍にいるんだ。

独りじゃない。

独りになんてならない。


膝の上のロゼを抱きしめて、フワフワの羽に顔を擦りつける。

暖かいね、兄さん。

こうしていると安心する。

モコもフワフワと擦り寄ってきた。ふふ、可愛いね、有難う。


「しかし、言い方が悪いが、怪我の功名だな」

「ええ」

「思いがけないことではあったが、目算通りハルに箔が付いた、近衛兵団に関しては今後の警戒は不要だろう」

「元より団長のヴィクターは信用の置ける者です、今回の件で内部綱紀の引き締めを行うでしょうし、再び造反者が出る可能性は恐らくないかと」

「そうだな、ひとまずは肩の荷が下りたよ」


リューがふうっと息を吐いて、セレスも「はい」と頷いた。

人が死んで、こんな話はよくないだろうけれど、二人とも私を心配してくれる。

だけど箔って何だろう。

エノア様の花のことかな。

さっきはリューが厳重に口止めしていたから、私も今後花を咲かせる時は多少注意しよう。


不意に馬車の扉が叩かれる。

外から「お待たせいたしました」ってヴィクターの声がした。


同時に私の腕の中からロゼの姿がすうっと消えて、モコも髪の奥へモゾモゾ入ってくる。


「ご報告を差し上げたいのですが、ご都合はよろしいでしょうか」


リューが馬車の扉を開いて降りた。

私も、差し出されたセレスの手を借りて馬車を降りる。


「簡易ではありますが、状況見分が終了いたしました」

「一体何が起きた、説明してくれ」

「畏まりました」


―――ヴィクターの報告を聞きながら、視線を感じて振り返ると近衛兵団の方々がこっちを見ている。

全員に恭しく頭を下げられて、ええと、どうしよう、戸惑っていたらセレスが「頷き返すだけでいい」って囁いてくれる。

言われた通りに頷き返してから、またヴィクターを見上げるけれど、やっぱり視線を感じる。


「なるほど、呪詛による異形化、件の団員は妹暗殺の命を受けていた可能性がある、そういうことか」

「恐れながら」


ヴィクターは団長として管理不行き届きを謝って、私の前に跪きながら剣を差し出した。

「如何様にでもご処分ください」なんて言われても困るよ。


「それには、及びません」

「ハルルーフェ様」

「皆さんの働きぶりは存じています、先ほども私を守ってくださいました」

「恐れ多く」

「今後の働きに期待します、これからもよろしくお願いします」

「寛大なご処置、痛み入ります、ハルルーフェ様のご慈悲に心からの感謝と忠誠を、恩赦には働きで必ずや報いるとお誓い申し上げます」


改めてヴィクターと団員たちが敬礼する。

こういうのも戸惑うばかりだけど、少しは姫らしく振舞えたかな。


馬車にはまたリューと別れて乗り込んだ。

少し走って停車する。

今度こそ昼食だ、そういえばお腹が空いた。

今日の食事はリューの手作りじゃないけれど、調理役の兵が作ってくれた料理はなんだかリューの味だ。

この数日の間に教えてもらったんだって。

具だくさんのスープとモチモチしたパン、根野菜の酢漬けに、煮豆まである。


食事が済んで、また馬車に乗って揺られているうちに、窓の外で陽が沈んでいく。

今日はいつもより遅い到着だ。

明日も出発を後らせるってヴィクターに言われて、少しだけホッとした。


いよいよ王都に着く。

ウーラルオミット、どんな街だろう。

そして陛下や王族の方々が居られるセーラスムヌ城は、どんな場所なんだろう。

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