続・ガールズトーク
買い出しを済ませて宿へ戻り、少し休んでから、宿の食堂で夕食をとった。
食堂って言っても料理を注文できるわけじゃなくて、台所を含めた食事のための場所を貸し出しているだけだから、用意した食材をリューとセレスと私の三人で調理した。
ロゼは後片付け、最近の役割分担はこの形ですっかり定着したな。誰が何をするか分かっているから準備も早い。
「う、うまいッ」
「それはどうも」
食材を買いに行った時、あの豚角煮まんをリューに食べてもらって、早速再現してもらったら店よりも美味しい。
村でもレシピ発案者を散々泣かせた腕前は相変わらずか、さすが兄さん。
「君の舌は本当に素晴らしい、至高の領域だ、加えて器用な手先、料理のセンス、どれをとっても非の打ち所がない、僕は兄として実に鼻が高い」
「確かに、以前より感心しきりでしたが、これはまさしく特級料理人の腕前!」
「ふふん、僕のリューはそれ以上さ、お前は存外見どころがあるようだな」
「お褒めに預かり光栄です、師匠!」
「リューの比類なき腕前に免じて、今だけはその呼び名を許してやろう」
「師匠!」
当のリューは黙々と食事を続けている。
確かに料理は美味しいし、ロゼとセレスは楽しそうだから、いいんじゃないかな、うん。
モコもピイピイ騒いで大喜びだ。
上手にくちばしを使って角煮まん二個も食べちゃった。この小さな体のどこにあの量が収まったんだろう、不思議。
「ハルちゃん、リュゲルさんは本当に料理上手だね」
「うん」
「でもハルちゃんが作ってくれた料理もすごく美味しいよ」
「有難う、セレスの料理もすっごく美味しい」
「フフ、嬉しいな、有難うハルちゃん」
「どういたしまして」
モコがピッと鳴いて翼をパタパタと羽ばたかせる。
皆でとる食事は美味しいな。
―――食べ終わり、戻った部屋で寛いでいたら、またドアが叩かれた。
「ハル」
「兄さん、どうしたの?」
「これからロゼと酒場へ行ってくる」
そうか、もうすっかり夜だもんね。
窓の外は暗い。
リューの向こうから覗いていたロゼと目が合うと、ニッコリ笑って手を振ってくれた。
「何かあったら俺かロゼを呼べ、すぐ駆けつける」
「フフ、分かった、そうするよ」
「気休めで言ってるわけじゃない、本当に駆けつけるから迷わず呼ぶんだ、いいな?」
「はーい」
遠すぎて聞こえないでしょ、なんて思うけど、兄さん達なら本当に駆けつけてくれそう。
素直に返事をしたら大きな手で頭を撫でられた。
やっぱりまだ子ども扱いする。でもいいか、心配してくれる気持ちは嬉しいから。
「セレス」
リューが部屋へ一歩踏み込んでセレスを呼ぶ。
椅子に座っていたセレスは「はい」と答えて立ち上がった。
「暫くハルを頼む」
「はい、お任せください」
「もう遅いから宿の外へは出るなよ、明日には出発するから二人とも早く寝るんだ、いいな?」
「了解です!」
「兄さん達も飲み過ぎちゃダメだよ」
「目的は酒じゃない」
苦笑したリューに、今度はちょっと乱暴に頭を撫でまわされる。
髪がくしゃくしゃだよ、もう。
「じゃあな、また明日、二人ともおやすみ」
「おやすみなさーい」
「おやすみなさいリュゲルさん、そして師匠! おやすみなさいませ!」
廊下でロゼが咳き込む。
一緒に酒場へ行くって言っていたし、セレスからは見えない位置でも、いるって分かったんだろうな。
笑ったリューが軽く手を振って、出ていった後で戸が閉まる。
鍵をかけてから、セレスの傍へ行った。
「ハルちゃん、私達は風呂を使わせてもらおうか」
「そうだね、あ、一緒に入る?」
「へッ?」
いや、流石にそれは殺される、なんて言いながらセレスは首を左右にブンブンと振る。
どうして? 誰に殺されるんだろう?
「師匠は恐らく気付いておいでだから、そんなことをしたら不興を買うどころでは済まない」
「何の話?」
「でも風呂場まではついていくよ、順番に入れば問題無いはず、うん、よし、行こうかハルちゃん」
「そうだね」
モコも連れていこう。
今なら小鳥の姿だから一緒にお風呂に入っても平気だよね。
だけど一応服の中に隠して―――鳴いちゃダメだよモコ?
そう声を掛けたら、モコは小さく頷いた。
ここの宿にも浴槽は置いてない。
シェフルが恋しいなあ、たっぷりのお湯にのんびり浸かりたいよ。
幾つかある小部屋のうちの一つへ入って、脱衣所で服を脱ぐ間もセレスは壁の方を向いたままだった。
仕切りの向こうに大きなタライと、桶にお湯が用意されている。このお湯に布を浸して体を拭いたり、お湯で体を流したりするだけのよくあるお風呂だ。
「シェフルの風呂か、私も入ったことがあるよ」
「そうなんだ!」
「あれは本当にいい、疲れが吹っ飛ぶし、寛ぎ過ぎて眠くなる」
「分かるよ、私はお湯に浸かるのって初めてだったから、忘れられなくて」
「すっかり気に入ったんだね」
「うん!」
脱衣所にいるセレスと喋りながら汚れを洗い流して、私はお風呂終わり。
入れ代わりで今度はセレスが洗い場を使う。
セレスは絶対に私の裸を見ようとしなかったけど、私はこっそり見ちゃった。
凄く綺麗だった。
服の下の肌も真っ白で、滑らかで、胸もふっくらと大きくて―――いいなあ、セレスやティーネと同じなんて贅沢は言わないから、私の胸もあともう少し育って欲しい。
「ねえセレス」
「ん?」
「胸ってさ、揉んだら大きくなるのかな?」
大きな水音がして、セレスが咽込んだ。
どうしたんだろう?
「大丈夫?」
「へ、平気、いやどうだろう、遺伝もあるらしいから」
「母さんは大きいよ?」
「うーん、それならその、ハルちゃんもきっと今より大きくなるよ」
「セレスは何かしてることってある?」
「特には無いけど、そんなに気にすることないって、その、今でもハルちゃんは充分魅力的だからさ」
同じ女の子でも、そう言われるとちょっと照れる。
濡れたモコの羽を拭いてあげながら何となく黙り込んだ。
モコ、この姿だと桶に汲んだお湯に浸かれるんだよね。思いがけず入浴体験できたけど、元の姿でも浸からせてあげたいな。
「お待たせ、ハルちゃん」
衝立の向こうから裸のセレスが現れた。
湯気を立てる濡れた姿に少しの間ポーっと見惚れて、慌てて視線を逸らす。
セレスはクスクス笑ってる。
「ご、ごめん」
「気にしないでいいさ、服を着るから少しだけ待って」
「う、うん」
「ところで、ハルちゃんが作ったこの洗髪料と髪用の保湿剤、やっぱり凄くいいね」
「そう?」
うん、と体の水気を拭き取り、服を着ながらセレスが頷く。
「屋敷で使っているものより質がいい、髪がサラサラだよ」
「宿って石鹸しか置いてないから」
「髪が痛むよな、洗えるだけでも有難いけど、やっぱり手入れはしたいし」
私も同じだよ。
だから洗髪料と髪用の保湿剤は手作りを携帯するようになった。
洗髪料は水で溶いた石鹸にオーダーで使う植物の芳香成分や保湿のオイルを加えたもので、髪用の保湿剤はリンゴで作った酢に同じく芳香成分と保湿のオイルを加えて、これは使う時に適量をお湯に溶かして髪に馴染ませる。
ちなみに同じものを兄さん達にも渡してあるけど、リューは保湿剤を使わないってロゼが言っていた。面倒なんだって、リューってそういうところあるよね。
「本当に有難いよ、オーダーが使えるとこんなことまで出来るんだね」
「ううん、こういう使い方って邪道なんだ、オーダーのオイルは高価だから勿体ないんだよ」
「確かに市販の洗髪料や保湿剤は値が張る贅沢品だ」
「私はロゼが作ってくれた道具があるからこういうことも出来るんだ、だから、本当に凄いのはロゼだよ」
「流石師匠、でもそれはちょっと違うんじゃないかな」
「え?」
「道具を作った師匠は凄い、そして、洗髪料や保湿剤を手作りするハルちゃんも凄い、だよね?」
セレスって本当に優しいな。
嬉しくて笑ったら、セレスも笑い返してくれた。
「あ、ねえ、髪乾かしてあげるよ」
「助かる、いつも有難う」
「どういたしまして!」
オーダーで風の精霊ヴェンティを呼び出す。
最初にやって見せた時、これも「そんなこともできるのか!」って驚かれたんだよね。
「座って、セレス」
私はもう乾かした。
モコもフワフワ、いい匂い。
濡れたセレスの髪を柔らかな風が包み込んで水気を飛ばしていく。
サラサラして綺麗だな、ブラシをかけながら触ったら絡むこともなく滑らかで気持ちがいい。
「フフ、ハルちゃん、くすぐったいよ」
「あ、ごめん」
セレスと一緒だと、すごく楽しい。




