王都へ向けて 2
馬車の窓の外で日が暮れていく。
気付けば街道を外れて、均された道を走る馬車は、時々休憩を挟みながら進み続ける。
何度か魔物が現れたけれど、騎乗して馬車についている護衛の兵達が全部片付けてくれた。
護衛の兵は全員すごく強い。
セレスの話だと、近衛兵団は軍の中でも選りすぐりの精鋭のみが団員に選ばれるそうだ。
「騎乗している馬たちも魔物との混血だよ」
「騎獣じゃないの?」
「ああ、商隊や旅行者なら護衛を兼ねて騎獣を使うが、騎獣は基本的に主人以外に対しては魔物と変わらないからな、躾けられてはいるが、貴人の護衛向きじゃない」
「それで混血の馬を使っているんだ」
「体格や精神面の強靭さを魔物から引き継ぎ、気性は馬の従順さ、大人しさを継いでいる、そういう混血を選んで騎馬としている、馬も選りすぐりってわけさ」
「そうなんだ」
この馬車自体の乗り心地もいい。
快適だけど、やっぱり物足りない。
クロ、ミドリ、どうしているだろう。気になるよ。
暫くして馬車が停まった。
扉が叩かれて、外から「到着いたしました」ってヴィクターの声がする。
馬車を降りると、どこかの敷地内だった。
向こうには高い壁。
そして、大きな建物。
「本日はこちらで一泊いたします、防衛拠点の軍施設ですが、お休みいただける部屋をご用意してあります」
「分かった」
ヴィクターにセレスが頷き返す。
向こうの馬車の傍にはリューがいる。
案内されて、建物に入って、兄さんとは別の場所に通された。
「つかぬことを伺いますが、セレス様、お部屋の方は」
「ハルルーフェと同室だ」
「しかし」
「男にはならない、婚前だ、当然弁えている」
「畏まりました」
セレスに肩を抱き寄せられる。
恋人ってことにして振舞うんだよね、私からもセレスの腰に手を添えよう。
服越しに触ったら一瞬ビクッとなったけど、セレスは普通に「行こう、ハルルーフェ」って歩き出す。
芝居が上手だ。
足を引っ張らないように気をつけないと。
建物内の一室。
ここまで案内してくれたヴィクターは「夕食はこちらへお運びいたします、それでは失礼いたします」って下がる。
中に入ると、セレスが小声でモコを呼んだ。
「なーに?」
「室内に魔力で動作する監視道具の類がないか調べて欲しい、あれば機能停止させてくれ、それと部屋の防音も頼めるか?」
「うん、いーよ」
モコが答えるのと同時に、部屋中に魔力の気配が広がっていく。
馬車でしてくれたのと同じ防音結界だ。
「どうぐ、ないよ」ってモコはパタパタ羽ばたいて、ポンと人型に姿を変えた。
「機械の駆動音もしない、やれやれ、無駄に気を遣うな」
「ねえセレス、どうしてそんなに警戒するの?」
「親衛隊やこの施設の者達を疑っているわけじゃないが、サネウ兄上の息のかかった者が紛れ込んでいる可能性は拭えないだろ」
あ、そうか。
『粉』と関わりがあって、内乱を企んでいるかもしれないサネウ王子。
それと王室に入り込んでいる魔人も。
私達に何かしてくるかもしれない可能性を鑑みて、セレスも、きっとリューも、警戒しているんだ。
「ごめん、私だけ呑気で」
「気にしなくていい、君はそれでいいんだ、私が支えるから」
「だけど」
「個人的にはもっと迷惑をかけて欲しいよ、君に頼られたいんだ、私は君の役に立ちたい」
そんな言い方されると何も言えなくなるよ。
それに、ちょっと嬉しい。
役に立ちたいだなんて、もう十分過ぎるくらいなのに。
「さて、夕食まで休むか、それとも、この施設にはシャワーがあるから、先に使いに行くか?」
「え、シャワーがあるんだ!」
流石に浴槽は無いらしいけど、タライで湯を使うよりずっと楽だ。
商業連合には当たり前みたいにあったよね。
東のノイクス、南のベティアスは、大きな宿でしか見かけなかった。
中央エルグラートはどうなんだろう。
国境の街ラーヴェルと、街道の終わりに辿り着いた街トゥーングの宿には無かった。
「その辺はノイクスやベティアスとあまり変わらない、この軍施設は王族も利用するから設備が整っているんだ」
「そうなんだ」
「だから王都に着くまで入浴とベッドの心配はしなくていい、ついでに食事の心配も」
「うん」
優しいな、セレス。
私の不安を少しでも紛らわせようとしてくれている。
そのうちに食事が運ばれてきたから、部屋でいただいて、シャワーを使わせてもらった。
部屋に戻ってひと息ついてからベッドに潜り込む。
「ぼく、はるといっしょ」
隣に入ってきたモコをギュッと抱きしめる。
向こうのベッドから「おやすみ、ハルちゃん、モコちゃん」ってセレスの声がした。
「おやすみなさい」
「おやすみー」
目を瞑るけど、落ち着かない。
眠れるかな。
モコのフワフワの髪に顔を埋める。
「ねえはる」
「なに、モコ?」
モコも私の胸の辺りに顔を押し付ける。
「あのね、ぼく、はるといっしょ、うれし」
「うん」
「ぼく、ずっといっしょがいい」
「そう」
「ぼく、はるすき」
「私も好きだよ」
えへへって笑うモコの髪を撫でる。
王都に着いたら、母さんと会って、それから―――モコを、エウス・カルメルへ連れていく。
この雰囲気だとモコはラタミルの領域に帰らないかもしれないけれど、決めるのはモコだ。
でも、モコがいなくなったら寂しい。
なるべく考えないようにしているけれど、その時は近付いている。
苦しい。
この気持ちを押し付けてしまいそうだ。
ずっと、ずっと旅を続けていられたらよかったのに。
兄さん達と、モコと、セレスと。
時々カイやメルも一緒に。
どうして私は王族なんだろう。
母さんはどうして何も教えてくれなかったんだろう。
「はる?」
鼻を啜って、もう一度モコをギュッと抱きしめた。
いなくならないで。
どこにも行かないで。
寂しいよ。
――――――――――
―――――
―――
見上げた空は青くて、風も気持ちいい。
私の居場所はどこにもないけど、私は皆の居場所になりたい。
「あれ?」
あの子、怪我してる。
近付くと警戒して唸るけど、大丈夫だよって声を掛ける。
「ほら、見せて」
痛そう。
そっと触れて(治れ)って念じる。
よかった、元通りだ。
怪我をしていた子は、おずおずと私を舐めてくれる。
ふふ、いいよ。
私はね、皆に幸せでいて欲しいんだ。
この世界が好き。
皆が好き。
生きるのは楽しい。
空も、海も、大地も、目に映る全てに眩しい命を感じる。
「ふう」
だけどちょっと疲れたかも。
分け与えることは苦痛じゃない、だけど私の体がついていかないんだよね。
「もっと上手くやれる方法はないのかなあ」
訓練? してみたけど、うーん、微妙だった。
この力は私にしか使えない。
特別なものだってことは分かる。
でも、どうしてこんな力を持っているんだろう。
何か意味があるのかな。
「君」
風が吹いた。
振り返って見上げると、そこには―――
「やあ、君は―――」
貴方は。
私の。
――――――――――
―――――
―――
目が覚めた。
夢?
不思議な夢だった、最後に誰か、うーん?
知っているような、知らないような、顔はよく見えなかったし声も―――声?
夢の記憶は曖昧だ。
私は私じゃない誰かで、場所もどこなのか、いつなのか、天気が良くて見晴らしのいい、優しい風の吹く場所だったことくらいしか分からない。
あれは誰だったんだろう。
懐かしい感じがした。
セレスは今日も私より先に起きて支度を済ませてる。
いつも早いね。
気付いて「おはよう」って声を掛けてくれた。
「おはよう」
「少し顔色が戻ったな、ちゃんと眠れたようでよかった」
「うん」
我ながら図太いよね。
寝転がっていたモコがポンッと小鳥の姿になって、羽ばたいてセレスの肩にとまる。
「おはよーはる、ゆめ、みた!」
「え?」
「えへへぇ」
モコも?
どんな夢だったんだろう。
セレスがモコの喉の辺りをコチョコチョくすぐりながら「ハルちゃん、支度を済ませよう」って傍に来る。
「ねえモコ、どんな夢を見たの?」
「ぼく、ゆめみてないよ」
「え?」
「でもはる、ゆめみた」
「うん」
「ぼくもみた」
どういう意味?
よく分からないな、セレスも不思議そうにしてる。
「ラタミルも夢を見るのか?」
「わかんない」
「自覚がないってことか、まあ、モコちゃんはラタミルとしてはまだ子供なんだろ?」
「多分、半年前くらいに人の姿に成れるようになったばかりだから、ロゼ兄さんやカイは成体だって言ってるけど」
だけど羊の時も、鳥の時も、人の姿だって小さい。
ごきげんで囀るモコを見ていると、どうしても大人とは思えない。
「それなら自分でもまだ分からないことの方が多いんだろう」
「そうだね」
モコはヒヨヒヨ鳴いて、セレスに羽を摺り寄せる。
「さあ、あまりのんびりしている時間はない、ハルちゃん、身支度を整えてしまおう」




