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迎え

―――怖い夢を見た気がする。


目が覚めてもぼんやりしたまま、窓の方を見た。

少しだけ開いてカーテンが揺れてる。

朝かな。

通りの声が聞こえてくる。


「はる」

「モコ」


おはよう。

起き上がって気付く。

セレスがいない?

昨日は部屋で鍛錬してから寝るって言ってたのに。

朝になって出掛けたのかな、それとも兄さん達の部屋に行ってるのかな。


寝間着から服に着替える。

顔を洗う水とタライが用意されていた。セレスかもしれない。


「ねえモコ、セレスがどこへ行ったか知らない?」

「わかんない」


そう。

天眼で探してもらおうかな、流石に気にし過ぎかな。

変に落ち着かない心地だ。

なんだか昨日までと違うような、それが何かは分からないけれど。


顔を洗って、髪を梳かして、よし、支度は終わり。

兄さん達に挨拶しに行こう。

モコがポンッと小鳥の姿になって肩にとまった。

そういえば、今朝はいつもより静かだけれど、お腹が空いているのかな。

ラタミルは食事の必要がないのに、モコはすっかり食いしん坊になったよね。

ロゼもよく食べる。

食べること自体は好きなんだろうな。特に、リューの手料理は美味しいから。


部屋の扉に手を伸ばしかけたところで、向こうからトントンと叩かれた。

驚いたら扉が開いて、廊下にセレスが立ってる。


「あ、おはよう、驚かせてしまったか、すまない」

「おはようセレス、どこか出掛けていたの?」


セレス?

何だか様子がおかしい。


「ハルちゃん」

「なに?」

「迎えが来てしまった」


迎え?

不意にセレスの後ろからリューが覗いてくる。


「おはよう、ハルルーフェ」

「うん、おはよう兄さん」

「支度は済んでいるようだな」

「どうかしたの?」


リューは肩にとまっているモコを見て、また私を見る。


「ハル、おいで」


手を差し出すから傍へ行ったら、ギュウっと抱きしめられた。

兄さん?

何かあったの? 迎えって、どういうことなの?


「お前に言っておく、心配するな、俺とロゼが必ずお前を守る」

「う、うん」

「傍にいなくてもだ、だから不安になるな、どうしても耐えられなければロゼを呼べ、あいつならいつでもどこでもお前の傍に行ける」

「ねえ何? さっきから変だよ、急にどうしたの?」

「モコ、ハルの傍を離れないでやってくれ、頼む」

「わかった」


リューに答えて、モコは普通の小鳥の真似をしてヒヨヒヨ鳴いた。

セレスは暗い表情で俯いてる。


「リュー兄さん、ロゼ兄さんは?」


でも、リューはそっと離れて「行こう」と言う。

ロゼはどこかへ行ってるの?

部屋にセレスが入ってきて、自分と私の荷物を持つ。


「ハルちゃん、香炉を持っておいた方がいい」

「セレス」

「この小袋だろ、いつも通り身に着けておくといいよ、それから」


小さい袋を「お守り代わりだ」って渡してくる。

中に入っているのはリボン。

前に、ちょっとした手伝いをした時にもらったものだ。


「リュゲルさん、参りましょう」

「ああ」

「私は極力ハルちゃんの傍にいられるよう振舞います」

「よろしく頼む」

「モコちゃんはなるべく隠れて、見つかったらカゴを用意されてしまうかもしれない」


モコはクルクル鳴いて、私の髪の影に隠れる。


どこへ行くんだろう。

緊張した雰囲気の二人と一緒に宿を出ると、そこに―――大きな馬車が二台停まっていた。


「お初にお目にかかります、ハルルーフェ様」


うっすら青みがかった長い銀の髪を一つに結んで、銀色の鎧に身を包んだ男の人が、私の前に立って頭を下げる。


「私はヴィクターと申します、王庭近衛兵団団長を務めさせていただいております」

「は、初めまして」


近衛兵団団長?

ヴィクターに倣うようにして、馬車の周りにいる鎧の人たちも頭を下げた。

周りでは通行人が遠巻きにこっちの様子を眺めてる。


「ランペーテ宰相よりお達しがあり、貴方様と、リュゲル様、セレス様をお迎えに上がりました」

「えっ」

「馬車にお乗りください、どうぞ、お手を」


ヴィクターが手を差し出してくる。

どうしよう。

困っていたら不意に手を取られて、見上げたらセレスがヴィクターに「私がご案内しよう」と告げた。


「彼女は私の特別な人だ、移動の間、不安にならないよう傍にいる」

「セレス様」

「何か問題あるか」

「いいえ、ございません、それではよろしくお願い致します」


セレスに手を引かれて馬車に乗り込む。

リューはもう一台ある馬車の方へ乗り込んだ。

荷物は周りにいる鎧の人たちが受け取ってどこかへ運んでいく。


馬車が走り出した。

クロは? ミドリは?

ロゼもいない、どうして迎えが来たの?


「とうとう君のことが公になってしまったようだ」


向かいの席でセレスがため息交じりに言う。


「ハルちゃん、これから私は、君と二人きりの時以外は、君を名前で呼ぶ」

「セレス」

「あと、口裏を合わせて欲しい」

「どうすればいいの?」


セレスは口ごもって視線を逸らしながら「君と私は、その、特別な関係にあるということにして欲しい」と頼んでくる。

特別な関係?

それってどういう。


「二人で部屋にいてもおかしくない関係、という意味だ」

「えっ」

「勿論体の関係までは仄めかさなくていい、婚前交渉は恥ずべき行為だからな、君の評判にも傷がついてしまう」

「か、体?」

「ああごめん、キスくらいはしたことにしてくれ、本当にすまない」


顔が熱い。

今の話、つまり恋人同士として振舞って欲しいって意味だよね?

前もレースに出るために婿になって貰ったこともあるし、構わないけれど、改めて少し恥ずかしい。


「どうして?」


セレスは私をまっすぐ見つめながら「君を独りにしないためだ」と囁く。


「少し話をする、込み入った話だ、魔力で遮音は可能だろうか」


不意に車内にフワッと魔力の気配が広がった。

モコだ、音を遮る結界を張ってくれたんだ。

走る馬車の車輪の音も、馬の吐息や、鞭を振るう音も聞こえなくなった。

セレスがホッと息を吐く。


「実を言うと、以前から追手のような者は何度か現れていたんだ、君に気付かれないよう片付けていた」

「そうだったの?」

「ああ、だが奴らは私を追ってきたのか、君が狙いなのか、ずっと不明だった」


知らなかった。

もしかして、兄さん達も追手のことを知っていたんだろうか。


「だが件の粉絡みで、恐らくとうとう知れ渡ってしまったんだろう、君の存在を兄上達が把握してしまった」

「私、どうなるの?」

「どうもならないよ、こいつらは王庭近衛兵団、王家直属の兵達だ、公的に迎えを寄越したということは、君を王族として迎える意思があるということだ、滅多な真似などしないさ」

「そう」

「だが道中始末をつけるよう密命を受けている可能性もある」

「えっ」

「恐らくそれは無いだろうが、迎えが団長のヴィクターだからな、彼だけは信用していい、私に剣の稽古をつけてくれたこともある人格者だ」


そうなんだ。

厳めしい雰囲気の方だったけれど、優しい目をしていた。

物腰も丁寧だったし、セレスが言うとおり、私に何かするつもりがあるとは思えない。


「だが近衛兵団も一枚岩じゃない、中には兄上の息がかかった者もいるだろう、だから君もなるべく私の傍を離れないで欲しい」

「はい」

「すまない、怖いことばかり言って、君を不安にさせたいわけじゃないんだ」


大丈夫だよ。

でも、追手ってどういうことだろう。

セレスの話し方は私が狙われているみたいだ。


「ねえセレス、クロとミドリは?」

「大丈夫、無事に王都まで運ぶよう約束させた、破ったら私が直々に罰すると脅しておいたよ」

「有難う」

「これでも一応王子だからな、城に着いてしまったらその限りではないが、道中は私が最も強い権限を持つ、いざとなれば力づくでいうことを聞かせるよ」

「無理はしないで、セレスに何かあったら嫌だよ」

「有難う、大丈夫、君と色々な経験を経て私もそれなりに成長した、これまでのようにはいかない」


頼もしい。

でも、本当に無理も無茶もしないで。

セレスに何かあったらと思うだけで不安になる。


「このまま馬車でふた月も運ばれるのかな」

「一週間だ」

「え?」

「恐らく一週間程度だよ、この馬車は、王家所有の転送装置を利用するためのものだ」


転送装置?

セレスが説明してくれる。


「歴史の教科書に載るくらい昔のことだが、先の乱の折、中央エルグラート国内各所に転送装置が設置された、この事は国家機密扱いで知る者はごく僅かだ」

「うん」

「この転送装置を利用することで、国内の防衛の要へ軍を一時に派遣することができる、諸々の補給物資もだ」

「そんなものがあったんだ」

「起動には王家の承認が必要で、もっと言えばその許可を下せるのは王と宰相のみ、有事のための軍事施設だが、もう何十年もそんな危機は訪れていないから、今はもっぱら王族が視察のため各所を移動する時の手段として用いられている」


セレスも何度か利用したことがあるらしい。


「ただ、転送できる距離は限られている、だから遠方へは各装置を点と点を繋ぐようにして移動していくことになる、そして装置間の移動に大体一日程度かかる、この辺りはエルグラートでもかなり辺境だから、移動と転送で恐らく一週間程度、君の誕生日までまだあるから急ぐ必要もない」

「一週間」

「二か月が一週間まで短縮されるんだ、凄いだろ?」

「うん」


だけど、たった一週間。

それもこんな状態で―――私と兄さん達、セレスとモコと一緒の旅は、終わってしまった。

まだ見たいもの、行きたい場所、採取したい植物だってたくさんあった。

こんな急に。


不意に目の辺りがジワッと熱くなって、思いがけず涙が零れる。


いけない。

慌てて目を擦ると、隣にセレスが来て手を掴まれる。

そのまま胸元に抱き寄せられた。


「大丈夫だ」

「うん」

「君を守る」

「うん」

「なあハルちゃん、またいつか一緒に旅をしよう」


え?

見上げたセレスが優しく笑い返してくれる。

肩でモコも「ぼくも」って小さく囁いて、フワフワの羽を摺り寄せた。


有難う。

いつか叶えたいよ。いつか、きっと。

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