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変わり者のラタミル

―――る、はる。


「ハル!」


ハッとする。

あ、あれ、考え込んでた?

リューが心配そうに覗き込んでくる。


「大丈夫か?」

「うん」


エノア様から種子を託された理由。

それは、もしかして。


「私が、パナーシアを唱えられる女の子だったから、なのかな」


呟くと、「かもしれないな」ってリューも頷く。

そうなのかな?

分からないよ。

モコがポンッと羊の姿に変わって、フワフワの毛を摺り寄せてくる。


「はるぅ」


心配してくれているんだね、有難う。

ふふ、あったかい。


「だいじょぶ?」

「うん、平気」


まだ答えの出ないことを考えて悩むのはナシだ。

母さんも言ってた。

時間を掛けないと解決しないこともあるって。


それに、種子はまだあと二つ。

ここエルグラート、そして北のファルモベルに、それぞれ一つずつ。

全部集めたら初めて分かるのかもしれない。

だけどその時に何が起こるか想像もつかないから、少しだけ怖くもある。


黄金の君ゼルトは言っていた。

いつか私は大切なものを失って深い絶望に陥るって。

だけど立ち止まらずに『約束の場所』へ向かうよう告げられた。


その『約束の場所』は、多分、母さんがいるところ。

王都ウーラルオミットだと思う。


「エノア様の種子、あと二つあるんだよな、一つは中央エルグラートのどこかなんだろ?」


セレスに訊かれて「そうだよ」って答える。


「一つ目のネイドア湖、二つ目は森の遺跡、どっちも偶然行き当たった感じだが、実際は呼ばれたのかもしれない」

「ああ、可能性はある」


リューもセレスに同意する。

それなら私はエルグラートでもいつか必ず種子に辿り着くんだろうか。


「つまり、場所を特定できそうだと思いませんか?」


セレスの言葉にリューがハッとなった。

それは、どうやって?


「ハルちゃん」

「はい」

「君が行こうと思った先に、いつもエノア様の種子がある」

「そうだね」

「これは必然だと私は思う、だから君がこの中央エルグラートで行こうとしている場所のどちらかが候補だ」

「王都と、ラタミルの大神殿?」

「ああ」

「―――なるほど」


リューが頷く。


「どちらも候補として妥当だな、王都にはエノア様の墓所があり、エウス・カルメルは天空神ルーミルを奉るルーミル教の総本山だ」

「はい」


二人の言うとおりだ。

だとしたら、王都とエウス・カルメル、どっちの可能性が高いだろう。


「白銀の翼」


リューが呟く。

セレスも頷いた。


「オルト様のお言葉だよ、ハルちゃん」

「王都にもエウス・カルメルにも竜がいる可能性は低い、だが『白銀の翼』なら、それは確実に」

「ラタミル、だよね?」


エウス・カルメルにエノア様の種子があるかもしれない。

だとしたらモコのためだけじゃなく、私にも行かなくちゃならない理由があったんだ。


「羽導師様、アドスにお目通りを乞う必要があるかもしれない」


セレスは呟いて考えこむ。

でも、アドスには王族さえお会いできないんだよね?


「まあ、いざとなればこっちには切り札がある」


そう言ってリューがロゼとモコを見ると、モコが「はいっ」って手を挙げた。


「ぼく、あどすーって、よぶ!」

「それで姿を現すものか、第一、あの変わり者が、果たしてその者であるかどうか」

「前もそんなことを言っていたよな」


リューに訊かれて、ロゼは頷く。


「ああ、僕の知る限り、現在天眼を持つ二翼の内の一翼さ」

「なッ」


天眼は、ラタミルの中でも稀な先を見通す能力だよね。

その力をエルグラートを守護するラタミルも持っているの?


「そうなのか、なんで知ってるんだ」

「知っているから知っているのさ、まあ、君の頼みだ、聞こうじゃないか」

「直接会えるのか?」

「僕ならば可能さ、しかし、彼の翼が君たちの探している者とは限らないよ、それだけは承知しておくれ」

「分かった」


ロゼって本当に凄い、やっぱり頼もしい。

振り返ったリューがこっちを見る。


「とにかく会ってみよう、恐らくだが、会えば分かる」

「うん」

「なあロゼ、件のラタミルについて、もう少し詳しく教えてくれないか?」


リューに頼まれて、ロゼは「いいよ」って話し始めた。


「あれは僕よりずっと長く存在している、その気配は最早大気同然、実在するかさえ疑わしいが、まあいるだろう、かの翼はエノアが存命だった頃より在る」

「それは、長すぎる」

「ああ、余程の執着があるのだろうね」


ラタミルって寿命を持たない代わりに、存在するための意思が必要なんだよね。

だから一定の年月を越えると、自分の存在意義が曖昧になって消滅してしまうって、前にロゼが話してくれた。


「僕は彼の翼に会ったことがない、だから恐らく他の誰も、あの空に住まう者共も会ったことはないだろう、託宣を受け取っているとかいうヒトも恐らくは直に謁見など叶いはしない」

「何故?」

「姿を現さないからさ、僕同様、既に理を外れた翼だ、自らの意思で全てを決定することができる」

「現わさないかどうかなんて、お前に分からないだろ」

「分かると言っている、僕は君の何でもできるこの世で最も頼もしいお兄ちゃんだよ? どうして僕の言葉を疑う」

「そうじゃない、単純に知りたいだけだ」

「では、今一度繰り返そう、分かるから分かるのさ、いいかい?」


うーん。

ロゼの感覚的な説明って、いつ聞いてもいまいちよく分からないんだよね。

兄さんはラタミルで、人とは感性も認識の仕方も違うから、仕方ないのかもしれないけれど。

リューもため息交じりに「分かった、兄さん」って頷く。

セレスはまた涙目だ。「凄い」って感激してるけど、こっちもちょっとよく分からない。


「まあだから、首が三つあるだの、腕が四本あるだの、翼が十二対あるだのと、面白おかしく噂されているよ」

「それは最早魔物じゃないか」

「ハハ! 美しければ何でもアリさ、価値観はそれぞれ、首が三つあれば過去未来現在の全てが見通せそうじゃないか」

「腕四本は?」

「単純に効率が向上して便利だ」

「十二対の翼は」

「早く飛べるようになる、かもしれない」

「適当だな」


兄さん達の会話の途中、セレスが「凄いな、ハルちゃん」ってワクワクしながら囁いてくる。

なるほど、そうか。

いつもの雰囲気だったから普通に聞いていたけど、確かに凄い内容かもしれない。


「しかしエウス・カルメルのラタミルが天眼を持っているなら、手間が省けるかもしれない」


リューの言葉にセレスが頷く。


「そうですね、先んじてあちらから接触を図ってくるかもしれません」

「だったら兄さんの協力は不要だな」

「えっ、いや、それは」

「リュゲル! お兄ちゃんにおねだりしておいて、それを取り消すなんてあんまりじゃないか、僕は君の役に立ちたいというのに!」

「だったら大人しくしていろ、俺の言うとおりにしろ」

「む、ワガママだぞ、君の可愛らしさに免じて許すが」

「はいはい」


兄さん達のいつもどおりが嬉しい。

本音は不安だよ。

母さんのことは心配だけど、王都へ行くのはあまり気乗りがしない。


ううん、本音を言うと、行きたくない。


でも、私は姫で、継承権を持っていて、王族のしきたりに従わなくちゃならない。

これは絶対だから逃げたりは出来ない。

そんなことをして、困るのはきっと私だけじゃない。


だけど不安だよ。

打ち消しても打ち消しても、悩みそうになる。


「そろそろ出発しよう」


リューが立ち上がって片付けを始めた。

私も手伝って、皆で手分けして、まとめた荷物を繋いでおいたクロとミドリの鞍に積み直したら、また別れて騎乗する。

私とリュー兄さん、セレスとロゼ兄さんで、モコは小鳥の姿になって私の肩の上。

草原から街道へ戻って進み始める。

まだ一度も魔物にも、賊にも襲われていないけれど、国境の街からそれ程離れていないから、この辺りは警備が行き届いているんだろう。


首都ウーラルオミットまでは街道を繋ぎながら向かって大体ふた月ほどかかる。

途中には町や村が結構あるから宿の心配はあまりないそうだ。

でも時々は野宿するかもしれないって。


「私、野宿好きだよ」

「王都に着いたらそういう話もあまりするんじゃないぞ」

「はい」


それじゃ、私は一体何を話せばいいんだろう。

後はもうオーダーの話題くらいしか残っていないよ。


道中採取もさせて欲しいってリューにお願いする。

今の時季だと、咲いているのはラヴィオやニーラ、大型のスンナ、水場だとニフィアも見頃かな。

群生して小さい花を咲かせるラヴィオはすごく香りがいい。香水の原料にもよく使われている。

ニーラは花の色素を染料として使用されることが多いけれど、これも香りがいいって本に書いてあった。

スンナの花はとにかく大きい! 花の色は鮮やかなオレンジ色で、群生地を山火事と見間違うこともあるらしい。

ニフィアは水の精霊アクエが住み着くって言われている神秘的な花だ。これもとても香りがよくて、焚いて使う香の原料として好まれている。


「ラヴィオはスミレに似た花だよ、だけどもっとずっと香りがよくて、しかもかなり強いから、家庭での栽培時には制限が設けられているんだ」

「そうなのか」

「栽培場所と栽培方法の規定を守らないと撤去の上罰金まで取られるって母さんに聞いた」

「村じゃ罰金なんて関係なかったけどな」


馬上でセレスと話していたら、リューがそう言って、セレスも「確かに」って笑う。

今頃は温室にたくさん咲いているだろう。

摘みにいけないのが惜しいよ。


「セレスは知っているんじゃないか?」

「何をですか?」

「ジャミールのシエロ5」

「勿論、老舗香水店ジャミールの代表作ですね、男女問わず不動の定番、その香りはまとう者により印象をガラリと変える」


そんな香水があるんだ。

香水って作り方や使用方法は分かるけど、商品となるとさっぱりなんだよね。

どんな香りなんだろう。


「あれに使われている香りがラヴィオだ」

「へえ、そうなんですね!」


兄さん、そのシエロ5って香水の香りを知っているのか。

私も試してみたい。

だけどジャミールの本社は商業連合にあったらしい。うう、もっと早く知りたかったよ。


「ハルちゃん、そう悲観することはないよ、王都にも出店しているからな、その店へ行こう」

「うん!」

「少しは楽しみになったか?」


え、セレス、もしかして気付いていた?

ちょっとバツの悪い気分で頷く。

もしかしたら兄さん達にも伝わっていたのかもしれない。

―――心配かけたくないんだけどな。

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