ガールズトーク
リアックには観光案内所や、そういった情報発信をしている施設は無いらしい。意外だな。
人も物も多く行き交う場所だからありそうなのにね、あったらきっと便利だよ。
土産屋はあるのになあ。
「むしろ、関所だからだろうな」
「そうなの?」
「ここはミューエンとエリニオスの境、それぞれの領内の詳細な情報を置くべきじゃない、関所だからこそどんな奴が見るか分からないだろ」
「でも、領内の観光名所は調べればすぐに分かるよ?」
「その手間を肩代わりしてやる必要は無い、エリニオスならあの森、ミューエンはネイドア湖、場所は誰かに訊くか調べるかすれば簡単に分かる」
「情報を欲するのなら自ら骨を折れ、そういうことさ」
言いながらロゼがリューの肩に腕を乗せて凭れかかる。
その様子をを見ているセレスはなんだかすごく羨ましそう。
ロゼにちらっと目を向けて、リューはロゼの腕を軽く掴んで除ける。
「おっと」
「だから俺は後で酒場に行こうと思う、情報収集にうってつけの場所だからな」
「それなら僕も同伴しよう、可愛い弟を飲んだくれ共の巣窟へ一人でなど行かせられない」
「あのなあ、過保護が過ぎるだろ」
「いいじゃないか、僕らは兄弟なのだから、共に杯を酌み交わそう」
「兄さん私は」
「お前は留守番、セレスもだ、いいな?」
はぁい。
酒場って入ったことないから興味あったけど、酒類を提供する場所には酔って暴れ出す人もいるって聞くし、それはちょっと怖い。
ここまでの長旅で疲れているから、言われた通り宿の部屋でのんびりしよう。セレスも一緒だもんね。
そのセレスは、思いがけずリューの言葉を素直に聞き入れた。
てっきりロゼと一緒がいいって酒場へついて行くかと思ったのに。
食事が済んで、宿へ向かう。
受付で渡された鍵の一つをリューから預かった。
借りた部屋は隣同士、廊下を進んで手前が兄さん達で、私とセレスはその次の戸を開いて中へ入る。
「わあ、ベッドだあーッ」
久々のベッド! 駆け出して窓に近い方へ思いきり飛び込む!
はあ~フカフカぁ、シーツも洗いたてのいい匂い、んん~ッ。
ここ暫く野宿ばっかりだったからな、休めてはいたけど、やっぱりベッドがあると嬉しい。
ふと見ると、傍でモコがピイピイ鳴いて何か訴えている。あ、そうか、肩にいたんだっけ、驚かしてごめんね、モコ。
謝りながら撫でたらようやく鳴き止んでくれた。ふふ、モコもフワフワで温かい。
「よかったねハルちゃん」
声がして振り返ったら、隣のベッドに腰掛けたセレスがニコニコ笑っていた。
―――しまった。
慌てて起きてベッドの上に座り込む。恥ずかしい、はしたないところを見せちゃった。
セレスはまだ笑ってる。
「あの、えっと、その、暫く野宿だったから、嬉しくてつい」
「その気持ちよく分かる、私も寝るならベッドがいいし、本当は風呂にだって毎日入りたい」
「分かる!」
「ハルちゃんたちの仲間に入れてもらう前は、体を拭くことさえままならない、なんてこともよくあったからね」
「そうなんだ」
「旅の最中の水って凄く貴重だろ?」
川や井戸はどこにでもあるわけじゃない、水が欲しい時に雨が降るとも限らない。
草や木が蓄えた水を取り出すのは一苦労だし、朝露だって集めても量は知れている。
乾き過ぎると生き物は死んでしまうから、旅の間の水は貴重品なんだ。
私やリュー、ロゼも、オーダーやエレメントが使えるから水の入手には困らない。それって旅する上でかなり重要なことだと以前リューに教わった。
「私は魔法が使えないんだ」
確かにセレスは魔法を使ったことがない。
でもリューも剣だけで戦っているから全然気にしていなかった。
そうか、そうだったんだ。セレスみたいに魔法を使えない人にこそ、オーダーを役立てて欲しいな。そのための研究を母さんと続けてきたわけだし。
―――もっとも、母さんの目的は他にあって、その事を私はレブナント様から聞いて初めて知ったんだけど。
実はまだ少し引っ掛かっている。
どうして教えてくれなかったんだろう、隠すようなことでもないのに。
「だから本当に感謝してる、色々と助かったよ、有難う」
「そんなのいいよ、セレスと一緒だと私も楽しいから、お互い様だよ」
「本当?」
「うん、本当だよ」
旅に出て出来た友達二号だもんね。
一号はカイだよって言ったら、カイどんな顔するかな。
今はどこにいて、何しているんだろう。
「そっか、私もハルちゃんと一緒だと楽しいよ」
ニッコリ笑うセレスは本当に綺麗だ。
高い位置で一括りにしたオレンジ色の髪がさらりと揺れる。同じ女の子だけど見惚れちゃうよ。
「ハルちゃん?」
「あっ、うん、えへへッ」
照れ隠しで笑ったら、セレスはクスクスと肩を揺らす。さっきから格好つかないな。
トントンと部屋の戸が叩かれた。
「はーい」
「俺だ、開けてくれ」
リューだ。
ベッドから降りて戸を開けたら、こら、と何故か叱られる。
「鍵をかけていなかっただろう、ちゃんと施錠しろ」
「あ、そうか、ごめんなさい」
「これから買い出しに行ってくる、ロゼは部屋に残っているから、何かあれば隣に声をかけろ」
「私も一緒に行きたい!」
「そうか?」
リューが部屋の中を覗き込む。
同じ方へ首を向けると、そこにいたセレスが「はいっ」とベッドから元気よく立ち上がった。
「私もお供いたします、荷物持ちはお任せください!」
「いや、荷物なら俺が持つ」
「いいえリューさん、大丈夫です、こう見えて力はありますから!」
ドンッと叩いた胸が大きく揺れる。
リューはちょっと黙り込んでから、溜息を吐いて「それじゃ一緒に行こう」って頷いた。
「ロゼはいないぞ、いいのか?」
「師匠はお疲れなのですね、ゆっくり休ませて差し上げたい、雑用は私がこなしますので!」
「微妙に引っ掛かるが、まあいい」
「はい!」
小鳥の姿のモコを肩に乗せて、今度は四人で町へ。
宿を出る前に、リューに言われてオーダーやそれ以外の道具と替えの服をロゼに預けた。
手入れをしてくれるって、いつも有難うロゼ。本当に感謝してる。
「師匠は本当に凄い御方だ、何でもこなされてしまう」
「あいつは手先が器用だから」
「ハルちゃんが使っているオーダーの道具も全て師匠の作と伺いました」
「そうだよ」
「素晴らしい、流石師匠」
「なあセレス、あいつを、ロゼを『師匠』と呼ぶのは何故だ?」
いきなりリューが切り出して驚いた。
私も気になっていたけど、尋ねる切欠が掴めなかったんだ。
セレスは目を大きく見開いてから、ちょっとだけ困ったように笑う。
「お聞き苦しいでしょうか?」
「いや、俺は別に、ただあいつはそう呼ばれることで君をぞんざいに扱うから」
「師匠からぞんざいに扱われたことなどありませんよ?」
今度は不思議そうに首を傾げて、セレスは本気でそう思っていないみたい。
間を置いて、溜息交じりにリューは「そうだったな、悪い」とセレスに返す。
「とにかくだ、君さえ良ければ訳を教えてもらえないだろうか?」
「それは構いませんが、その」
「何だ?」
「格好つかない話なので」
セレスは気まずそうに視線を逸らしながら首の後ろへ手をやる。
「二人に呆れられるんじゃないかなって」
「それはない」
「そうだよ、セレスはいつでも格好いいよ」
私には、大剣を振り回して魔物の群れへ斬り込んだり、一緒にいた人が逃げ出しても旅を続けたりなんて、多分できないよ。
セレスに「ハルちゃん」と手を握られた。
直後に急にリューがゴホン、ゴホンと咳をして、パッと手を離したセレスは誤魔化すみたいに笑う。
今の、なんだったのかな。
「ええと、その、二人とも有り難う」
「どういたしまして」
「それじゃ、少しだけ聞いてもらおうかな」
歩きながら「私は」とセレスは話を切り出した。
「自分に自信が無いんだ」
「どうして?」
「前にも話しただろ、兄妹の折り合いが悪くて、私はずっと放ったらかしだったんだ」
そうだね、聞いた。
セレスが寂しそうだったことも覚えているよ。兄妹なのに仲良くできないなんて辛いよ。
「ハルちゃん、そんな顔しないでくれよ」
私を気遣ってくれるけど、セレスはやっぱりどこか寂しそう。
「両親はたくさん愛してくれたんだ、家の者達も皆とても親切で優しかった、でも兄様たちと姉様は、私にまったく興味を示してくださらなかった」
「そんな」
「私は―――実を言うと、ただ魔法が使えないんじゃない、一族で唯一、私だけが魔力を持たないんだ」
「そうなのか?」
リューも気付いてなかったのか。
でも一族って、それは私も初耳だ。
セレスの一族は、セレス以外全員魔法が使えるってこと?
マテリアルだけなのかな、それともエレメント、もしかしてオーダーも使うの?
思いがけず考え込んでしまった。
その間に、セレスは「はい」と頷いて話を続ける。
「どうも、オーダーのセンスも無いみたいで、上手く発動できないんです、兄様たちと姉様は魔法が得意でいらっしゃるから、こんな私のことは認めて頂けなくて」
「そんな」
言いかけた私をリューが「ハル」と呼んで制止した。
セレスと、セレスの兄妹のことは私には分からない。でも魔法が使えないだけで冷たくするなんて、兄妹なのにどうして、分からないよ。
「どれだけ武芸の腕を磨いても、両親や家の者たちに愛されても、結局私は一族の出来損ない、だから何か自信に繋がるものが欲しかった」
「もしかして見聞の旅に出たというのも、お兄さんが勧めてくれたからだけではなく?」
「はい、お察しの通りです」
セレスは照れたように頭を掻く。
私から見たセレスは充分過ぎるくらいしっかりしているし、格好いいと思う。
それでもセレスは自信が欲しかったんだ。
だからロゼのことを『師匠』って呼ぶの?
「旅に出てはみたものの、従者はこんな具合でしょっちゅう逃げ出すし、大した成果も上げられず国内をふらついているだけで、最近は旅の意義を見失いかけていました、これじゃ前と同じだろうって、でも」
そこで言葉を区切ったセレスの瞳がキラキラ輝き始める。
この目は、ロゼを見詰めている時の目だ。
「私は、師匠と出会ってしまったのです!」
「ええと、それはつまり、どういうことなんだ?」
「あの時師匠は眩いほどの輝きをまとって私の前に降臨なさいました、存在全てがあまりに尊く、私はこの胸を激しく揺さぶられて」
ギュッと自分の体を抱く仕草のせいでセレスの胸がいっそう強調される。
その胸をリューはまじまじと見て、でもすぐ視線を逸らすと、首を左右にフルフルと振った。
今のって例えだよね?
あの時ロゼはセレスを抱きかかえていたけど、まさかそんなことしていないよね?
「はあッ、このような御方がいらしたのかと衝撃を受けたのです、この方こそ至高、我が目指す高み、我が導だと直感的に悟りました」
「そ、そういう理由があったのか」
「はい!」
「確かにあいつは相当な自信家だが、うーん」
兄さん、分かるよ。
確かにロゼは凄いけど、セレスはちょっと過剰っていうか、これってもしかして俗にいうひとめ惚れってやつなのかな?
でも恋した相手を『師匠』とは呼ばないだろうし、理由は分かったけど理解はできないっていうか。
「師匠は素晴らしい御方だ、同行させていただいたこの数日の間に私の想いは確信へ至りました、気高く、雄々しく、美しい、まさしく王者の風格を備えておられる」
「あのな、敢えて言うが、流石に買いかぶり過ぎじゃないか?」
「いいえリュゲルさん、師匠に関しては譲りません、あの方は天に輝く綺羅星」
「星」
「星に手は届きませんが、その高みを目指し続ければ私は今よりもっと成長できる、この歩みがいずれ自信に繋がっていくのではないかと、そう思うのです」
「なるほど」
「故に、ロゼ様を師匠と呼ばせていただいております!」
「まあセレスなりの考えがあることは分かったよ」
「有難うございます!」
「いや、話してくれて有難う、君もいつか星になれるといいな」
「そ、そんなっ、私が星に、なんて」
言いながらセレスは頬を赤く染めて俯く。
そうか。
つまりセレスはロゼみたいになりたくて、ロゼを『師匠』って呼ぶんだ。
それって凄く素敵なことだと思う。
理由を知ったらロゼだってあんな風に言わなくなるんじゃないかな。
「あ、ですがこのことは師匠には内密に願います」
セレスの思いがけない言葉に、私とリューは首を傾げる。
「私の勝手な理由で師匠にお気遣いいただくわけにまいりませんので、ありのままの師匠こそが尊いのです、何卒よろしくお願い致します」
「いや、悪いが、あいつに限ってそれは無いと思うぞ」
「いいえ、師匠は慈悲深き御方ゆえ、可能性が全くないとは言い切れません」
「それは確かにそう、か、分かった」
呟いて、リューが頷き返す。
セレスは「感謝します」ってニッコリ笑う。
「ハルもあいつに言うんじゃないぞ」
「うん、分かった」
後で自分だけ知らなかったことが分かったら盛大に拗ねそうだけど、仕方ないか。ごめんねロゼ。
話し終えたセレスは「さあ、買い出しを済ませてしまいましょう!」と元気よく声を張って、オレンジの髪をサラサラと風に揺らした。




