再びの旅路
「取り敢えず片っ端から突っ込んで煮込んだシチューと、サラダだ」
まだ厨房に残っている料理を手伝って部屋へ運ぶ。
美味しそうなシチューだ、野菜と肉、チーズもたっぷり。セレスがほくほくしてる。
果物のサラダにかかっているドレッシングはリューのお手製で、こっちもチーズだね。
「厨房を借りに行ったら、少しばかり手伝わされてな、お礼に貰ったチーズを使ったんだ」
リューはここでも厨房役を任されてくれないかって頼まれたらしい。
人から認められる料理の腕前って凄いよね。
「流石ですねリュゲルさん」
「こいつを煮込むついでだったから、大したことはしていない」
「ご謙遜されても実力は確かです、存じておりますので」
セレスは嬉しそうにシチューを食べる。
私も知ってるよ、今朝の食事もとっても美味しい! 有難う、リュー兄さん。
「おだててもデザートくらいしか出ないぞ」
「えっ!」
「チーズが余ったからムースを作っておいた、それを食べたら出発だからな」
「はーい!」
モコもご機嫌だ。
食後のチーズムース、楽しみだな。
食事が済んで、宿を出る。
クロとミドリも引き取った、今日も元気だね、よしよし。
後で知ったけれど、リューのお手製ムース、たくさん作って宿の他の客や、従業員にも振舞ったらしい。
大絶賛されたレシピを宿にあげたら、宿代が半額になったそうだ。
騎獣の預かり料は無料にしてもらえたって、やっぱり凄い。
「流石ですね、リュゲルさん」
「その話はもういい、それより、この先の旅程を確認しておこう」
「はい」
ここ、商業連合との国境の街ラーヴェルから王都ウーラルオミットへは街道が伸びている。
だけど直通じゃないそうだ。
「恐らく防衛的な側面から敢えて道を通していないんだろう、ここから伸びる街道が終わる街まで向かい、そこから峠を越え、次の街道の始点の街へ向かう」
「峠越えが少々厳しいかもしれませんね」
「クロとミドリがいるからな、こいつらは戦力にもなる、まあどうにかなるだろう」
リューがそう言うと、クロもミドリも嬉しそうに鼻をブルブル鳴らして、前脚で地面を掻く。
よろしく、頼りにしてるよ。
「大きな川も渡ることになる」
「船?」
「いや、橋が掛かってる、名所だ」
「見晴らしがとてもいいんだ、晴れていると遠くにサマダスノームを望めるんだよ」
セレスが教えてくれる。
サマダスノーム!
ニャモニャたちどうしているかな、サフィーニャは、ニャレクにニャードル、エメラニャ、ニャルディッドも元気にしてるかな。
「王都へ向かうだけならふた月もかからないだろうが、せっかくだしな、そういう場所にもなるべく立ち寄ろう」
「うん!」
「よし、それじゃまずは隣の街まで向かうぞ」
そう言ってリューはクロに跨って、前に私を乗せてくれる。
モコは小鳥の姿で私の肩の上。
ミドリにはロゼが跨って、セレスはその後ろに乗った。
そっとロゼの腰に手を添えて、少し様子を窺ってから、ホッと息を吐いてる。
騎獣での移動は久しぶりだ。
商業連合では車にばかり乗っていたから、でも、やっぱり私は騎獣の方がいい。
だって可愛い!
クロのたてがみ、フサフサだ。
撫でたら嬉しそうに鼻をブルブル鳴らす、ふふ、楽しいね。私も楽しいよ。
「こういうのも久々だな」
「うん」
リューもしみじみ呟く。
肩でモコまでご機嫌で歌い出す。そうしたら鳥が寄ってきて、挨拶するみたいに鳴きながら傍を何羽も飛んでいった。
「兄さん」
「なんだ?」
「大きいの捕まえようか、お昼用に」
「こら」
「たべてもへーき、にく、おいし!」
「モコもやめなさい」
ふふ、でもちょっとだけ本気だったよ。
これからまた暫くは獲物を取って捌いて食べる。
生きているってそういうことだ、私を支えてくれる命に感謝して頂こう。
「ねえ、兄さん」
「今度はどうした」
「姫が獲物を捌いたりするのって、やっぱりちょっとダメ?」
リューは少し唸って「構わないだろ、でも、あまり人に言うなよ」って釘を刺す。
「セレスみたいなのは珍しいんだ、大抵は眉を顰める」
隣を窺うと、ロゼの後ろでセレスも苦笑してる。
「私の知り合いの令嬢に君のような技術を持つ娘はいないよ、でも、私は君のそういうところも好きだ」
「有難う」
「俺たちの前で随分大胆だな、セレス」
「あッ! いやその! ええと、あの、す、すみません」
どうしたんだろう、急に俯いて。
ロゼもなんだか真顔だ、大丈夫かな。
「まあとにかく、母さんもしていたことだ、気にしなくていいが、王族のすることじゃないってことだけは覚えておけ」
「はい」
それなら王族って普段は何をしているんだろう。
統治、は王の務めだよね。
でも厳密には各国の代表がその国を統治して、全体の統治をエルグラート王がなされている。
民とその暮らし、財産を守るのは、司法や法律、治安を維持する機関の仕事だ。
外国からの侵攻や、国内の紛争も、私が生まれるずっと前から長い間起こっていない。
「王族の主な務めは人脈作りだよ」
セレスが教えてくれる。
色々な場所へ顔を出して、国政に絡む重要な人物と繋がりを作り、国内の安定を保つ。
そうすることで内輪の諍いを防ぎ、外国に対抗する団結力を産んで、結果として民を守ることに繋がるんだって。
「ただまあ、利権絡みという部分も大きいな」
「利権」
「誰だって自分の財布をもっと膨らませたいと思うだろ? 王族も変わらないのさ、旨い汁を吸い美味しい思いがしたい、そういった目的で人脈作りに励む者もいる」
「セレスは?」
「どうだっていいかな、兄上方を差し置いて成り上りたいなんて気持ちは無いし、けれど必要とあらば励む覚悟ではいる」
その利権絡みの外交っていうのは第二王子サネウ様のことだよね。
それじゃ、宰相をなさっているって聞いたランペーテ様はどうなんだろう。
「あの方は、そういうのとは少し違う気がする」
「そうなの?」
「うーん、ランペーテ兄上こそよく分からないんだ、ただ、恐ろしく頭の冴える方だからな、俗物的な欲望に左右されるとは思えない」
「確かにそんな雰囲気の方だったな、俺は氷のようだと感じた」
リューが頷く。
「俗っぽい欲も、そもそも俗世に興味もなさそうだった」
「はい、とても高潔な方であられるので、汚職行為などには通常より重い罰を科せよと命じられます」
ランペーテ様は少し怖い方なのかもしれない。
ちゃんとしていないと目をつけられそうだ。
ラーヴェルを発って、そろそろ昼過ぎ。
休憩がてら食事を取ることになって、街道から外れて適当な場所を探す。
木立の間に見つけた開けた草地。
んん~っ、草のいい匂いがする!
「ここにするか、ロゼ、結界を張ってくれ」
「いいとも」
「さて、持って来た食材と、後は」
「にく! いる!」
そう言って、私の肩から羽ばたいてポンッと人の姿になったモコは、近くの藪へ向けて魔力の矢を撃ち込む。
叫び声が聞こえて、藪に入っていったモコは仕留めたシカを抱えて戻ってきた。
「にく!」
「お前もすっかり野性的だな」
ため息交じりに呟きながら、リューは「えらいぞ」ってモコの頭を撫でる。
うーん、モコも、ラタミルらしくないラタミルに育ったかもしれない。
「ハル、捌けるか?」
「うん」
「じゃあ俺は他の食材の下ごしらえをする」
「ハルちゃん、私も手伝うよ」
有難うセレス。
一緒にシカを捌いて、切り取った肉をリューに渡して、皮は余計な肉や脂を削いだ後でしっかり洗ってから、拾った枝を使って組んだ干場に干しておく。
洗う時に虫を洗い流しながら、同時に水の精霊アクエと毒の精霊ミュネスの力を借りて防腐効果も施した。後で完全に水気を除いて、なめせば売り物になる。
干し終わったところで呼ばれたから、鍋の傍へ行く。
今日の昼はシカ肉と根菜のスープ、シカの串焼肉、乾燥させたパンと酢漬けの野菜、チーズだ。
「おいし!」
「こうして屋外でも暖かく栄養のある食事がとれること、改めて有り難いと感じます」
モコもセレスもご機嫌でリューの料理を頬張る。
「そう思うと商業連合って何かと便利だったよね」
「ああ、だがそれだけでもなかっただろう、あの国はあの国で抱える暗部も色濃いものだった」
セレスの言葉に頷く。
ゴミの問題と、そこから派生したミゼデュース、そして奴隷。
ベルテナの、グレマーニ邸で見た悪夢みたいな光景は今も忘れられない。
ラーヴァが燃やし尽くしたゴミ山も。
本当に怖くて、それ以上に哀しく感じた。
「ねえ、エルグラートに奴隷はいるの?」
「いないよ、奴隷制があるのは商業連合だけだ、非人道的だと随分前に撤廃された、今では人身売買も違法行為として刑罰の対象になる」
そうなんだね、少しホッとした。
「だが身分による差別はエルグラートが最も顕著だ」
リューが私とセレスの話に交じる。
「中央エルグラートの統治者は王で、分配された領地を諸侯が治めているが、東のノイクスと異なり派閥争いが絶えない、まあレヴァナーフ大陸は北と西以外は肥沃な土地と資源に恵まれているからな、各領における収益の格差はさほど生じない、だから彼らは『血統』によって相手の格を見る」
血統?
どういう流れを汲む生まれかっていうこと?
「初代国王エノアの系譜に連なる者は最も尊い、エノアは神として祀られているからな、神の尊き血を引く王族も尊いというわけだ」
「うん」
「その王族と血で繋がるということは、家系に神の血を取り込むということになり、周囲から一目置かれるようになる、家名に箔が付くし、国政への影響力すら持つようになる」
「リュゲルさんの仰る通り、王家の血を取り込むことはそのまま家の強みになってしまうから、王族の婚姻にはいくつか決まりごとがあるんだ、権力の偏りを防ぐため、二代続けて同じ家と婚姻関係を結ばない、とかね」
なるほど。
「だからどこの誰の血が流れている、誰の子か、そういったことがかなり重視される、時には本人の実力や、家名以上にそのことが意味を持つ」
血統による差別か。
何だか大変そうだな、血の繋がりなんて、生き物としての個人には何の関わりもないことなのに。
でも、そうか。
それじゃ私にもエノア様の血が流れているんだ、神格化された女王の系譜、そう思うと不思議な―――
あれ?
「ねえ、ねえリュー兄さん、ロゼ兄さん、だからなのかな」
「どうしたハル」
「だからエノア様から種子を授かったの? 私にエノア様の血が流れているから、だから」
でも、それは何となく腑に落ちない。
私じゃなくても、リューや、セレスでもよかったはずだよね?
湖で最初の種子を受け取った時はセレスも一緒だった。
セレスは魔力を持たないから?
最初にネイドア湖の竜ネイヴィと出会ったのが私だったから?
あの時、誰かに呼ばれた気がして、湖から伸びてきた手に掴まれて、引き込まれて、それで―――あれ?
頭の中がグルグルする。
どうして私なんだろう。
種子を託された意味、オルト様は『私にしかできない』って仰った。
私が『満ちた』からだって。
どうして私だったんだろう。
どうして。




