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リアックの豚角煮まん

―――それから大体一週間後。

遂にミューエンの関所に辿り着いた!

また何度も魔物や野党に襲われたけど、無事にここまで来られて本当に良かったよ。

リューとロゼが一緒だし、セレスだって、やっぱり凄く強かった。どうしてそんなに戦い慣れているのか訊いたら、小さな頃から色々と武術を習っていたんだって。

美人だし、頼もしいし、女の子でも私とは全然違う。はあ、格好良くて憧れるなあ。


「ハルちゃんには今度護身術を教えてあげるよ」

「わあ、有難う!」

「ふふッ、どういたしまして」

「待ちなさい、ハル、その程度なら僕が教えよう」

「師匠! では是非私にもご教授を!」

「お前は僕とハルの会話に割って入ってくるな、断る!」

「師匠ッ」

「僕を師匠と呼ぶんじゃない!」


ロゼとセレスは相変わらずだ。

でも、ロゼはセレスを嫌っていないらしい。リューが教えてくれた。

師匠呼びさえやめたら大分マシになるはず、って、だけどセレスはロゼにどれだけ言われても師匠って呼ぶのをやめようとしない。

何か理由があるのかな?

そんな二人の間に挟まれがちなリューも最近ちょっとお疲れ気味だ。

セレスは元気いっぱい!

モコもとっても元気!

二人共いつも楽しそう。

私は―――兄さん達の手前、少し気が引けるけど、皆と一緒で凄く楽しいよ!


「セレスも通行手形を持っているんだね」


関所で兵士に通行手形を見せて、いよいよミューエン入りした。

ここがミューエン。他領へ行くことなんて一生ないと思っていた。

村を出てから、もうひと月も旅を続けているんだなあ。


「ああ、これが無いと旅は不都合が多いからね」

「見識を広げるための旅をしているって前に話していたけど、ノイクスの他の領にも行ったことがあるの?」

「あるよ」

「それじゃ、エルグラートやべディアス、西の商業連合にも行ったことある?」

「ああ、ただ北方のファルモベルへはまだ足を運んだことがないんだ」

「へぇーっ」


私もいつか、ベティアスや商業連合、ファルモベルにも行ってみたい。

でも最優先は中央のエルグラート、王都で母さんに会って、モコをラタミルの大神殿まで連れていかないと。


「ハルちゃんはお母さんに会いに行くんだろ?」

「うん」

「エルグラートはいいところだよ、王都には何でもあるから、きっと楽しんでもらえると思う」

「そっか、楽しみ!」


まず向かうのは、ここミューエンにあるネイドア湖!

ネイドア湖のほとりにだけ咲く花、初代女王エノア様が咲かせたって伝説を持つ花、エピリュームから芳香成分を抽出するために!

うわぁ、改めて楽しみ過ぎるぅッ。

実物は書いてあった通りの姿で、匂いがするのかな? 優しく穏やかな香りってどんな香り?

はーワクワクする、エピリュームの芳香成分を使ってどんなオーダー用のオイルが作れるだろう。そのオイルでどんな精霊を呼べるのかな。

色々と調香を試してみたいし、ネイドア湖にも興味津々だ。森で大きな川は見たけど、湖はもっとずっと広いらしい、そんな光景想像もつかない。

一面水の広がる風景か―――そのほとりに咲き乱れるエピリューム。

はあッ、早く見たい、見たい!


関所のあるこの街からネイドア湖までは数日って話だった。

ネイドア湖のほとりにも村があるらしい。

そして今日は久々の宿。嬉しい、ベッドで眠れるんだ!


「先に宿を取って、それから食事にしよう、色々と買い足すものもあるし、クロとミドリを預り所へ預けてくる」

「金ならあるだろう」

「先の長い旅だ、節約するに越したことはない」


リューはやっぱりしっかりしてる。家でもやりくり上手だったもんね。

一緒に兄さん達を見ていたセレスが感心したように頷いた。


「リュゲルさんが家庭を持ったら、よく家を守りそうだな」

「そうだね、私もそう思うよ」

「へえ、君はお兄さんが君以外に大切な存在を作っても構わないの?」

「うん」

「そうか」

「二人ともとっくに大人だよ、お嫁さんを貰っても、まあ、ちょっとは寂しいかもしれないけど」


多分、いつかそんな日が来る。

それに私だって、もし素敵な人が現れたらその時は。


「し、師匠は、家庭の枠に収まるような御方じゃないだろ?」


え?

振り返ったら、セレスは急になんだか必死で訴えてくる。


「あの眩くも気高く尊い煌めきを独占するなんて恐れ多いこと、何人たりとも許されていない、そう思わないか?」

「えーっと」

「私は弟子としてあの方の生き様を追い続けたいんだ、だから何ものにも縛られず自由でいて欲しい、これは私の勝手な願いでしかないけれどッ」


うーん?

よく分からないけど、セレスはロゼが好きだから、お嫁さんを貰って欲しくないってこと?

まあ、そんな話は今のところないし、取りあえず心配しなくていいと思うけどな。

騒ぎ続けるセレスの言葉を話し半分に聞き流しながら、肩でふっくらしているモコの羽を撫でる。

柔らかくてあったか、湖に着いたら少しの間だけでも元の姿に戻してあげたいな。一緒にエピリュームを見て話したいよ。


関所の街はリアックという。

エリニオスとミューエンを行き来する旅人や商人が大勢通るから、旅客用の豪華な馬車や、乗り合いの大きい馬車、たくさんの荷物を積んだ隊商、騎獣連れの人や獣人もたくさんいる。

シャルークくらい賑わっているけど、店の数はシャルークより少なくて、代わりに屋台やテントがたくさん並ぶ。食べ物、道具、その他諸々、立ち寄ったついでに商売しているのかな。

飲食店と宿が多くて、他には物品の集荷場や取引所、郵便局もあった。お土産まで売ってる。

また絵ハガキを買って、母さんとティーネに送らせてもらおう。


「関所は大抵こんな風に活気があるんだ、人も獣人も物品も多く行き交うからな」

「そっか」

「騎獣の預り所も他所より手慣れている、クロとミドリは騎獣として大分慣れたから、預けて問題無いだろう」

「もしかして、シャルークはクロとミドリのために騎獣連れで泊まれる宿にしたの?」

「まあ、それだけじゃないが、それもある」


ちなみに、リアックに着くまでの間に立ち寄った村や町では、リューかロゼのどちらかがクロとミドリと一緒に借りた馬小屋で休んでいた。

騎獣って元は魔物だから、適切な設備のある施設と有資格の管理者が揃っていないと預かってもらえないんだ。色々お役立ちな半面、こういうところは大変なんだよね。


「ところでハル、宿の部屋だが、その、セレスもいることだし、俺達と分けようと思っているんだ」

「分かった」

「平気か?」

「えっ」


どうしてそんなこと訊くんだろう。

女の子同士だし、何も心配ないと思うけど。


「私とセレスが一緒の部屋なんだよね?」

「ああ」

「いいよ、ティーネと一緒のベッドで寝たこともあるし、寝相はそんなに悪くないはずだから」

「いや、ベッドは人数分ある部屋を取る、二人一緒に寝る必要はない」

「ハルちゃん?」


いつの間にか傍に来ていたセレスがひょいっと覗き込んできた。

目の前にいきなりくっきり二重で睫毛の長い美人が現れて、少しだけビックリする。


「わっ」

「あ、ごめん、ところで私ってもしかしてハルちゃんと一緒の部屋なのかな?」

「そうだよ」

「そうか、やっぱりそうなるか」


セレスは頭を掻きながらハハハッて笑う。

どうしたんだろう。

もしかして、一人部屋の方が良かったのかな。


「あ、違う違う、ハルちゃんと一緒の部屋で寝泊まりできるのは大歓迎だよ、女の子同士だし、うん、まあいいか」

「よくない」


今度はロゼが割って入ってくる。

セレスを睨みながらもう一度「よくない」と繰り返した。

今のロゼは認識阻害の眼鏡をかけて、髪はハーフアップ。私が結んであげたんだ、可愛くてよく似合ってると思う。セレスも大絶賛してくれた。


「お前、どういうつもりだ、まさか僕のハルに手など出すまいな?」

「当然です師匠、ハルちゃんは尊敬する師匠の大切な妹君、誓って万に一つも間違いなど起こしません」

「その言葉確かに聞いたぞ、違えればお前に死以上の制裁を下す、忘れるな」

「はいッ」


二人とも本当に心配性だなあ。

ここまで一緒に来る間に、セレスが悪い子じゃないって十分知ったはずだけど、妹の私と二人にするのはまだ抵抗があるのかな。

一応、夜はオーダーを使うって後で二人に言っておこう。

私は気にしないけど、二人は安心するだろうし、オーダーならセレスも嫌な思いをしないはず。


「ロゼ、そのくらいにしておけ」


リューに呼ばれても、ロゼはフンと鼻を鳴らしながら腕組みしてまだセレスを睨む。

セレスは、やっぱり気にしていない。それどころかうっとりとロゼを見上げて、本当にタフだなあ。


「それじゃ俺はクロとミドリを預けてくるから、お前たちは宿を決めておいてくれ」

「分かった、後で案内を飛ばそう」

「なるべく小さいので頼む、目立たないようにしてくれよ」

「了解した」


クロとミドリの手綱を持って歩き出したリューを見送ってから、私達も今夜の宿を探すために移動を始めた。


「ねえハルちゃん、さっきリュゲルさんが仰っていた『なるべく小さいの』って?」

「鳥だよ、迎えは小鳥にして欲しいって意味だよ」

「迎えの小鳥?」


私の肩でモコがピヨピヨ鳴く。

意味を説明すると、セレスは「凄いッ」って叫んでまたロゼを見詰めだした。そのロゼはやっぱり渋い表情だ。

あれ、なんだかいい匂いがする、これ何の匂いだろう?


「師匠! 師匠師匠ッ、ああッ尊敬します師匠! まさか野生の鳥まで手懐けてしまわれるとはッ」

「あーっ、うるさい! お前は鬱陶しい、もっと離れて歩け!」

「ねえ兄さん、あれ見て、美味しそうなのが売ってるよ!」


私が指す方へ、ロゼも目を向ける。セレスはまだロゼを見たままだけど。


「むっ、なんだアレは」

「白くてフワフワしてる、パンかな?」

「間に肉が挟まっているな、豚か?」

「見ただけで肉の種類を判別できるなんて、流石師匠!」

「お前はいちいち口を挟むな」

「ねえ美味しそう」

「食べたいのか?」

「うんっ」


モコも翼を広げてピイって元気に返事をする。

仕方ないなあと笑ったロゼは、私の頭を撫でてから、その肉が挟まった白くてフワフワのパンを買ってくれた。

私と、モコと、自分の分と、それからセレスの分も。


「し、し、師匠から食べ物を賜ったぞ!」

「美味しそうだね」

「ああッ」

「セレス、涎が垂れてるよ」

「う、しまった、ごめんハルちゃん、格好悪いところ見せちゃったな、ハハッ」


店員に尋ねたら、これは『角煮まん』って名前の食べ物だって教えてくれた。

豚肉の塊を厚めに切り分けてから甘辛く煮て、このフワフワした『マンジュウ』で挟む。西の商業連合から伝わってきた軽食なんだって。


「パンじゃないんだ、はむ、んッ、美味しい!」

「そうだな、これはなかなか美味だ、後でリューに食べさせて味を覚えてもらおう、このマンジュウの作り方も教わらなければ」

「流石です師匠!」

「意味が分からない、再現させてもお前に分けるとは言ってないからな」

「楽しみですね、師匠」

「僕の話を聞け、その耳は本当に都合がいいな」


尋ねたら店員は作り方を丁寧に教えてくれた。親切だな。

ロゼが聞いて覚えて、後でリューに教えるらしい。

食べ歩きは行儀が悪いけど、角煮まんを齧りながら宿を探して、適当なところに決めてから、ロゼが呼んだ小鳥におつかいを頼む。

その間セレスはずっと目をキラキラ輝かせてロゼを見詰めていた。

鳥って呼べば来てくれるけど、ロゼみたいにおつかいを頼んだりは出来ないもんね。ロゼは本当に凄いよ。

待っていたら、そのうちさっきの小鳥を頭に乗せたリューが渋い顔で戻ってきた。


「次からは囀るなと言っておいてくれ、ずっとこの調子だ、歩く傍から注目された」

「君を楽しませたかっただけさ、許してやって欲しい」

「それは分かるんだが、せめてもう少し、はあ、もういい、とにかく次からは頼む」

「心得た」


可愛い声で囀っていた小鳥は、ロゼに「行け」と言われてパタパタ飛び去っていく。

有難う、リューはちょっと恥ずかしかったみたいだけど、ちゃんとおつかいしてくれたもんね。


「ん? 何か臭うな、肉の匂いか、砂糖と醤油で煮た甘じょっぱい匂いだ、お前たち何か食べたのか?」


気付かれた、流石、鼻がいい。

ロゼがさっき食べた角煮まんの話をして、今度は一緒に食べに行こうと誘ってくれた。

苦笑しながらリューも頷く。興味あるみたい、やったね!

それから―――お昼をとることになった。

大衆食堂のよくある品揃えを眺めて、それぞれ注文する。

運ばれてきた料理を食べながら、リューとロゼがネイドア湖の辺りは魚料理が名物だって教えてくれた。


「臭みが少なく身が柔らかい、特に塩焼きが絶品だ」

「わあ、美味しそう」

「師匠はお召し上がりになったことがおありなのですか?」

「お前に答える義理は無い」

「こらロゼ」

「フン」


「ええと」とリューが場を取り繕おうとする。

だけど今のロゼの言葉をセレスが気にしたようにはやっぱり見えない。リューもそうと分かっていても、セレスを気遣ったんだ。

兄さん優しいもんね。

私もそんなリューに任せっぱなし、でもロゼってリュー兄さんの言葉は大抵聞くから、適任なんだよね。


「知っているかもしれないが、ここミューエンは土壌が豊かで、取れる農作物も豊富なんだ、果樹園もあるらしい」

「リンゴ?」

「ああ、リンゴだよ」


リューが笑う。

セレスに「ハルちゃんリンゴが好きなの?」って訊かれて「そうだよ」って頷いた。

甘酸っぱくてサクサク、そのままでも美味しいし、煮ても焼いても揚げても美味しい。リンゴってどんな風に食べてもとーっても美味しい!

リンゴの花から取った芳香成分をオーダーのオイルの調合にも使えるし、まさに隙なし。


「だけどチョコレートも好きなんだ、シャルークで食べたチョコレートパフェは最高だったよ、次はココアも飲んでみたいんだぁ」

「そっか、ふふッ、ハルちゃんって本当に可愛いね」

「え?」

「おい、僕の前で僕のハルに色目を使うな」


ロゼに睨まれて、滅相もないってセレスは両手を振ってから、今度はうっとりとロゼを見詰める。


「ご身内を気に懸けられる師匠、なんと慈悲深き御心、尊敬します」

「本当に慈悲深いならこの程度でいちいち口を挟まないだろうけどな」

「おいリューッ」


声を上げたロゼを無視して、リューは食後のお茶を飲んでいる。


「ご安心ください師匠、私とハルちゃんはまだ友人ですので」

「まだ?」


急に変な空気になった。

ロゼだけじゃなくて、今度はリューまでカップを置いてじっとセレスを見ている。

どうしたんだろう、卓上にいたモコがピョンピョンと私の腕から肩へ飛び移り、羽をブルッと震わせた。


「まあいい」

「リュー」

「セレスは弁えているからな、お前もいちいち騒ぎ過ぎだ、ハルだって自衛できるだろう」

「いや、しかしだな」

「どうせお前が見てるんだ、滅多なことにはならないさ」


今度はセレスも首を傾げる。

たまに私にも分からないんだよね。二人の間だけで通じることって結構あるみたい。

異世界だからこそ何でもアリじゃないですかね?

砂糖はともかく、醤油なんかは扱っている場所は限られていますが。

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