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国境へ 2

部屋のベッドは二台。

エレが「さて」って呟く間に、セレスは私の手を引いて「私達はこっちのベッドで一緒に寝よう、いいよな? ハルちゃん」って訊かれる。

構わないよ。

よく一緒に寝るからね。

モコがポンッと小鳥の姿になって「ぼくも!」って私の肩に止まる。


「それでは、私はこちらのベッドを使うとしよう」


エレはもう一台のベッドに腰掛けてニコリと笑う。

竜と一緒の部屋で寝ると思うと少し緊張するな。

支度を整えて、ベッドへ潜り込む。


「おやすみ、ハルちゃん」

「はる、せれす、おやすみ」


向こうのベッドからも「おやすみ」ってエレの声が聞こえた。

皆、おやすみ。

目を閉じるとすぐ眠たくなって、そのまま意識がぼやけていく。


――――――――――

―――――

―――


何だろう、眩しい。

広い場所だ。


緑が溢れて、花も沢山咲いている。

気持ちいい。

ここ、なんだか落ち着く。


あれ、なんだろう?

大きい。

高いな、塔かな?


近付いて見上げたら、本当に大きい。

ツタの絡まる壁のあちこちに花が咲いて、素敵な塔だ。

壁に触れて体を寄せた。

落ち着く。

塔の表面は石なのに、なんだか温かいような気がする。


―――やっとたどり着いたね。


え?

誰、今の声。


―――待っていたよ、ハルルーフェ。


姿が見えない。

風が吹く。

どこにいるの?


―――もうすぐ。


急に空が暗くなり始めた。

強い風が吹き抜けて足元を攫われそうになる。

怖い。


―――もうすぐ起きてしまう。


何が?

いやだ、怖いよ! 誰か!


「はる」


後ろからフワリと抱きしめられた。

振り返って見上げたら、白くて大きな翼が。


――――――――――

―――――

―――


朝だ。

目を開けたままボーッとしていると、人の姿のモコがぴょこッと覗いてくる。


「はる、おはよ」

「おはよう」


また夢を見た。

綺麗な場所だったけれど、怖い感じもして、何だったんだろう。

うーん。

欠伸すると、今度は明るく「おはよう!」って声が響く。


「セレス、おはよう」

「まだちょっと眠そうだ、でもそろそろ起きないと」

「ん」


セレスは今朝もしっかり鍛錬していたんだね、偉いなあ。

そういえばエレは?

いないと気付いて部屋を見渡したら、扉が開いてエレが入ってきた。


「やあ、起きたか、おはようハルルーフェ」

「おはよう、エレ」

「愛らしい寝顔だった、朝から良いものを見せてもらった」


えっ、そう、なの?

だらしない顔していなかったかな。

ちょっと涎も垂れてるし、恥ずかしい。


セレスが「支度を済ませてしまおう」って手を貸してくれる。


「まったく、油断も隙もあったものじゃない」

「セレスも寝顔見られたの?」

「いや、その前に起きて身支度を済ませたよ、君がいるからな」

「もしかしてあまり休めなかった?」


顔色は悪くなさそうだけど。

頬に触れてムニムニしてみる、ちょっと熱い?

大丈夫かな。


「い、いや、睡眠はしっかりとれている、有難う」

「そう?」


だったらよかった。

無理はしないでね。


支度が済んだら、兄さん達の部屋へ声を掛けに行く。

すぐリューが出てきて「何もなかったか?」なんて心配そうに訊かれた。


「うん、あ、でも」

「どうした」

「夢を見たよ、すごく大きな塔の夢、綺麗でね、懐かしい感じがしたんだ、不思議だよね」


「塔」と呟いたリューは何か考え込む。


「他には?」

「ないよ、よく寝た、お腹もすいた」

「そうか、改めておはよう、今朝も可愛いぞ」


あれ、ロゼみたいに褒めてくれた、珍しい。

嬉しいな、えへへ。


「リュー兄さんも素敵だよ、おはよう!」

「有難う」


今日はいよいよ国境の街に着く、はず。

大きな川を越えた向こうがエルグラートなんだよね。

もうすぐ母さんに会えるんだ。

とはいえ、国境を渡った先から王都ウーラルオミットまでは騎獣の足でもふた月くらいかかるらしいけれど。


宿で朝食をいただいて、また車に乗り込む。

順調に進めば夕方頃には国境へ辿り着く予定だ。


「君たちの騎獣は既に到着しているとのことだ」


エレが教えてくれる。

久しぶりにクロとミドリに会えるんだ! 嬉しい、楽しみだな。

二頭とも元気らしい。よかった。


「それで、お前のところの会長も国境にいるのか」

「ああ、私とあれとで君たちをエルグラートへ送る予定だ」

「要らない世話だ」

「そう邪険にしないでくれ、本音を言えば王都まで付き添いたいくらいだよ」


今日もリューはエレにそっけない。

でもエレは、私の向かい側でずっと機嫌よくニコニコしている。


「ふふ」

「おい、気味が悪い、さっきから何だ」

「昨日の思いがけない喜びを噛みしめている」

「何?」

「ハルルーフェに好きだと言われた、うちの会長のこともだ、それがとても嬉しい」


え? あっ!

慌てて振り返ったら、リューが何とも言えない顔をしてる。

ロゼは、うう、なんて言うか、もっと微妙な雰囲気だ。これ、どういう気持ちなんだろう。

あの、ごめんね?

前に聞いた昔の話はちゃんと覚えてるよ。

でもロゼは気にしていないって言ったし、私は竜たちには親切にしてもらってばかりだから、嫌いになんてなれないよ。


「ハル」


不意に頭をポンポン叩かれた。


「狼狽えなくていい、構わないさ」

「リュー兄さん」


本当?

ちょっと怒ったりとか、してない?


「お前の気持ちにまで口を出したりしないさ、ハルの気持ちはハルのものだ」

「うん」

「ロゼも同じだよ、おいロゼ、お前も構わないだろ?」

「無論さ、僕はいつだって君の意思を尊重する、だがそれはそれとして、ハル、竜相手に油断してはいけない、いいね?」

「はい」


二人とも有難う。

私が一番大切なのはいつだって家族だよ。

それだけは変わらない、絶対に。


「なに、心配には及ばないさ、私と赤竜は、君とリュゲルにだけは牙を剝きも爪を振るいもしないと誓おう」


エレが微笑む。


「どうだかな、怪しいものだ」

「やれやれ、信用が無い、うちの会長はともかく、私は君たちに対して常に誠実であるよう努めているつもりなんだが」

「竜なんて似たり寄ったりだろ」

「とんだ風評被害だ」


でも、リューが何を言っても、エレは気にしていない雰囲気だ。

ラーヴァも全然めげないし、竜って体だけじゃなく精神的にも強靭なのかもしれない。


移動中の車内では誰もあまり話そうとしない。

でも時々、巷で起こったことや社会情勢の話なんかをぽつぽつと口にする。

私とモコはもっぱら聞き役だ。

経営者をしているエレは当然だろうけど、リューとセレスも世の中のことにすごく詳しい。

私はそういうのあまり興味が湧かないんだよね。

美味しい食べ物やお洒落の話は少し気になるけれど、やっぱり一番はオーダーの研究だ。


空の色が夕暮れ色に染まり始めた頃、向かう先に大きな街と、輝く川が見えてきた。

川というか、大河だ!

広くて大きくて、対岸の街がすごく小さく見えるよ。

川面には大きいのや小さいの、何艘もの船が行き交っている。


「あれが商業連合とエルグラートを分かつ国境、ティヌラート川だ」


セレスが教えてくれる。

運河としても利用されているそうだ。


「いつ見ても見応えがあるな」

「セレスは前にも来たことあるの?」

「ああ、今向かっているのは商業連合側の関所がある街ヘイルグン、対岸に見えるのはエルグラートの関所がある街ラーヴェル、どちらもとても大きな街だ」


急にドキドキしてきた。

あの川の向こうはもう中央エルグラートなんだね。


「間もなく日が暮れる、君たちはどうする?」

「預けていた騎獣の様子を見ておきたい、国境を越えるのは明日にしよう」


エレに訊かれて、リューが返事のついでに私たちに言う。

それでいいよ。

セレスも「分かりました」って頷いた。ロゼとモコも構わないだろう。


「では宿を手配しよう」

「いい、お前たちにこれ以上借りを作りたくない」

「私が勝手にやっていることを借りと思ってくれるのか、元より恩を着せるつもりなど毛頭ないよ」


微笑むエレに、リューは唸って「それなら勝手にしろ」ってため息交じりに返す。

話している間に車は街へ入る。

暫く走って、建物の前で停まった。

ここは待合所みたいな場所らしい。


「行こう、奥に君たちの騎獣がいる、ついでにうちの会長もいるだろうが」


クロとミドリ、元気かな。

建物に入ってエレが受付に声を掛けると、従業員が奥へ案内してくれた。

奥には開けた庭のような場所があって、そこに騎獣が何頭か繋がれている。

ドー、ピオス、それから、あっ!


「クロ! ミドリ!」


私が呼ぶより先に気付いた二頭が駆け寄ってくる!

わあっ、ふふ! 元気にしていた? そんなに舐めたらくすぐったいよ!


「随分懐かれておられますねぇ」


案内してくれた職員に感心される。

両側から鼻づらや頭を擦りつけられてもみくちゃだ、リューにも気付いて二頭は嬉しそうに鼻をブルブル鳴らす。

長い間待たせてごめんね、迎えに来たよ。

またこれからよろしく。


「おお、参ったか! 待っておったぞリュゲル、ハルルーフェ、そしてダァリィィィ~ンッ!」


向こうの建物からラーヴァまで飛び出して駆けよってきた。

リューは急に嫌そうな顔だ。

クロとミドリまで鼻を鳴らして前脚で地面を掻く。


「待っておったぞ、どうじゃ? 主らの大切な駒をここまで運んでおいた、我を褒めてたもれ!」

「頼んでいない」

「なんとぉっ! わ、我は役に立ったというのに、そのような物言いをするか、よよよッ」


リューに言われたラーヴァはよろよろ後退りする。

見ていたエレが「会長」と声を掛ける。


「手前勝手な行いに報酬を求める行為は些かならず厚かましい、弁えるべきだ」

「主までそんなことを言いよって! ちょっとくらいは褒められてもよかろ? 感謝を強請って何が悪い!」

「開き直るな」

「ぐぬうッ」

「だが案ずるな、会長、聞くがいい」

「なんじゃ?」

「ハルルーフェは我々を好いているそうだ」

「ぬぁッ! ぬぁにぃぃぃッ!」


振り返るラーヴァの前に、サッとセレスが立つ。

リューとモコまで両脇に立つから、ラーヴァが見えない。


「は、ハルルーフェや! 今のエレの言葉はまことか! ハルぅッ!」


ピョンピョン跳ねるラーヴァの姿がセレスとリューの向こうにチラチラ覗く。


「うん」

「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


エレが叫ぶと、庭中の騎獣まで騒ぎだした。

聞きつけた職員たちが慌てて建物の中から飛び出してくる!

他の客達もなんだなんだって建物から覗いた。

わ、注目されてるよ、どうしよう!


「はッ、ハルルーフェッ! ハルルーフェよ! 今一度我に聞かせてたもれ! 我に好きと言うてたもれぇぇぇぇぇぇッ!」

「言うなハルちゃんッ、なんだか嫌な予感がする!」

「ハル、黙っていろ、これ以上もう何も言うんじゃない、いいな」

「らーヴぁ、うるさい! はるだめ! ぼくの!」


どうどう、クロとミドリも落ち着いて。

だけどラーヴァってどうしていつもこうなんだろう。

ピョンピョン跳ねながらまだ騒ぐラーヴァの後ろにエレが立つ。

何かして、ラーヴァは「ふぎゅッ」と鳴いて跳ねなくなった。


「騒がせてすまない」


エレはラーヴァをひょいっと担ぐ。

気を失っている? それにしても力持ちだな。


「人目が増えてしまったな、ひとまず出よう」


従業員が策を外してくれた場所からクロとミドリを連れ出して、騒いだことを謝ってから建物を後にした。

ラーヴァがいるといつも賑やかだよね

でもリューとセレスはぐったり疲れた表情だ。

モコもまだちょっと不機嫌だし、うーん。

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