そよ風吹く庵にて
記録水晶の映像を見終わって、サクヤ達とライブの話で暫く盛り上がった。
あの日、カイも会場で私達を見ていてくれたらしい。
「けど、お前のヤバい方の兄貴」
「ええと、ロゼ兄さんのこと?」
「あんなのと一緒にいられるかよ、実際傍にいなくて正解だったぜ、あれは別の意味で怖いと思った」
「失礼だぞ! 誰よりも眩く輝かれていただろう!」
「ああ、ギラギラしてたな、何なんだよアレ、怖ぇよ」
「理解できないのはお前が未熟だからだ、師匠は常に誰よりも最先端を行かれるお方だ」
セレスとカイの話に「そのようですね」ってキョウも混ざる。
「ソルジャーの方々も絶賛されておいででした、あの方こそ真の武士だと」
「あぁ?」
「お持ちになられていた自動で色の変わるサイリュームですが、自作とのこと、あの方の本気の熱意を感じて私も震えました」
「意味不明だぜ」
「君は分かっているな、キョウ」
「ええ、大支配人からもあのサイリュームを是非商品化したいと打診されております」
「素晴らしい考えだ、サクヤちゃんの応援がますます捗ってしまう!」
「ここにはバカしかいねえのか」
「失礼だぞ!」
「商機でもあるんですよ、カイさん!」
「うえぇ、俺には分からねえよ、分かりたくもねえが」
まあ、でも、綺麗だったよね。
あのサイリュームで会場が埋め尽くされたら、きっと素敵だろうな。
「ねえキョウ」
「はい、なんでしょう」
「サイリュームのこと、私からロゼ兄さんに訊いておくよ」
「おお! 助かりますハルさん!」
「ハルがお願いしてくれるなら、商品化はもう確定したようなものだね」
「ああ、有難い、感謝しますハルさんッ」
「う、うん」
キョウもサクヤもそんなに期待しないで、まだ分からないんだから。
でも、こんなに熱心に言ってくれているし、私もちょっと頑張ってロゼを説得してみよう。
ファンの皆にも喜んでもらえると嬉しいよ。
「ところでハルさん、セレスさん、大支配人より別件で伝言をお預かりしております」
え、何だろう。
セレスも「何だ?」ってキョウに尋ねる。
「お二人には大変申し訳ないことをした、謝罪して許されるものではないと」
「まさかライブの事か? バカな、あれは彼の責任じゃないだろう!」
「ですが、配慮が足りなかったと申されておいででした、いずれ劇場再建が成った折には必ずご招待させていただくので、是非また足を運んで欲しいと」
「行かせてもらうさ、なあ、ハルちゃん」
「うん、必ず行きますって大支配人に伝えて、キョウ」
「分かりました、きっとお喜びになられます」
本当は自分で謝りに来たかったけれど、事後処理が忙し過ぎて時間が取れないからって、キョウに伝言を頼んだらしい。
後日改めてお詫びに伺うとも言っていたそうだけど、それは不要だと伝えてくれってセレスもキョウに伝言を頼む。
「劇場の再建は今どんな状況なんだ?」
「はい、スポンサーであられるオルム商会が全面的に支援して下さり、被害者への補償も含めた劇場の再建を急ピッチで進めております」
「新しくなった劇場でね、無償のライブをする予定なんだよ」
「慰安公演です、それまでの間も被害に遭われた方々が収容されている医療機関などを慰安訪問する予定です」
それ、すごくいいね。
きっと皆喜ぶよ、サクヤの歌声に励まされると思う。
「それと、これは小耳に挟んだのですが、どうもソルジャーの皆さんの体内に件の『粉』の影響を軽減する抗体が生成されていたそうで」
「えッ」
セレスと一緒に驚く。
―――そういえば、解析結果を受け取ったロゼ主導で粉の解毒薬が作られて、早速量産体制を整えて各所へ無償で配布中だって聞いた。
ソルジャーの皆の抗体はその薬の開発に一役買ったらしい。
「あの騒動の日、会場でソルジャーの何名かはギリギリ理性を失わず、避難誘導を手伝ってくださいました」
「そうだったのか」
「後日彼らの検査を行ったところ、件の抗体が発見されたそうです」
「生成に何か条件があったのか?」
「それは不明ですが、彼らは他のファンより何倍もサクヤの歌声を日々浴び続けていた精鋭揃いでしたので」
「まさかその影響だと?」
「断言できませんが、私はそうではないかと考えております」
セレスとキョウの話を傍で聞いていたサクヤは「ええ~っ、そんなことないよぉ!」って笑いながら手を振る。
でも私もサクヤの歌声ならそういう事は起こりそうな気がするよ。
「それにトキワ姉さんの方が凄いんだよ、私よりずっと強い癒しの力を持ってるんだから」
「ふふ」
トキワは口元へ手をやって笑う。
「我らの歌声はアキツの神へと捧ぐもの、それ故、神を寿ぐ言の葉の力が彼の方々へ善きものをもたらしたのかも知れませぬ」
「そうなのかなあ、姉さんが言うならそうなのかも」
「我らが苦難の道を歩むとき、神は我らの傍らに寄り添い、道行きを照らしてくださるものですよ」
うん、分かるよ。
このエルグラートの地をお造りになられた大地神ヤクサ様、建国の租であられるエノア様も、きっと私達を見守っていてくれる。
それに実際、海神オルト様から加護をいただいたから、神は傍にいてくださるって実感するよ。
皆のおかげできっと粉の被害は減っていく。
今も苦しんでいる人たちもいずれ回復するだろう。
―――だけど全部が終わったわけじゃない。
これからエルグラートへ向かうわけだし、まだ気は抜けない。
「ねえハル、皆も、色々あったけど楽しかったよね」
サクヤのピンク色の髪が柔らかな風に揺れる。
ふっと花の匂いがした。
「もうすぐハルたちは行っちゃうんでしょ?」
「うん」
「エルグラートの王都ウーラルオミット、そこにハルのお母さんがいるんだよね」
「そうだよ」
旅の最初の目的地。
元気かな、こんな状況だしずっと心配している。いつだって早く会いたい気持ちはあるよ。
「セレスも一緒に行くんだよね」
「ああ」
サクヤに頷き返したセレスの表情は少しだけ固い。
ベルテナがあんなことになって、きっと婚約の話も取り消しだろうけど、王都へ戻るのは色々と複雑だろう。
「モコちゃんは、ええと」
「ぼく、はるといっしょ」
モコはニコニコしながら私にギュッと抱きついてくる。
「はるにね、なまえもらった、だからぼく、はるの!」
「もしやそれは名付けによる眷属化ですか?」
「ししょーもりゅーになまえもらった、だからししょーはりゅーのだよ」
「え?」
その辺りの事情は皆に詳しく話していない。
私にもずっと秘密にしていたくらいだから、ロゼは知られたくないんだと思う。
だから言う気もない。
「ロゼさんの名は、リュゲルさんが命名されたのですか?」
「だけどロゼさんはハルとリュゲルさんのお兄さんだよね?」
「うん」
サクヤとキョウは顔を見合わせる。
「眷属って、ヒトも持てたっけ?」
「いや、それは無理だ、ヒトは神が造り給うたもの、有り体に言えば格下、上位の存在を眷属化など不可能だよ」
「じゃあ、使役してるってこと?」
「そうは見えない、恐らく家族という関係性を受け入れたことを、今のように例えたんだと思う」
「そっか、そうだよね、ロゼさんもモコちゃんも、ハルとリュゲルさんの兄妹だもんね」
そうだよ、ロゼは兄さんで、モコは妹。眷属とか使役っていう言葉は全然腑に落ちない。
キョウが言うとおり私は人だからそもそもラタミルをどうこうなんてできないし、二人が私とリューを好きになってくれたから、一緒にいるんだ。
私も二人が好き。
大切な家族で、これからもずっと大好きだよ。
「ぼくねー、はるの! だからずっといっしょ!」
うん、私も同じ気持ちだ。
でもいいのかな、天空神の領域へ還らなくても。
やっぱり大神殿へは行くべきだよね。
モコはロゼとメルしかラタミルを知らないから、大神殿へ行って、そこで色々な物を見て、知って、決めるといい。
それがどんな決断でも私は受け入れるよ。
「いいなあ、私もハルが好きだから、ずっと一緒にいたいなあ」
サクヤが寄り掛かってくる。
「私も、サクヤと一緒にしたいこと、話したいことがまだたくさんあるよ」
「ふふっ、そうだよね、まだまだ全然足りないよ」
「うん」
「私ね、ハルと、セレスと、モコちゃんにカイ、ハルのお兄さん達とも、会えてよかったって思ってる」
「私もだよ」
「姉さんのことも本当に感謝してる、ハル達が居なかったらどうなってただろうって考えると、ちょっと怖い」
「確かにそうだな、僕もあのまま死んでいたかもしれない」
キョウが胸の辺りを押さえながら呟く。
あのライブの日に殺されかけたんだよね、リューが治癒魔法で助けたんだ。
レクナウの屋敷であった事は、今思い出しても何もかもゾッとする。
「本当に有難う、ハル、みんなも」
「ええ、この出会いは生涯の宝です」
「大げさだなあ、でも、私もキョウと同じ気持ちだよ」
トキワも優しく微笑んでる。
気持ちのいい風が通り過ぎていった。
「お別れなんだね」
「うん」
「絶対にまた会おうね、いつか必ずライブに招待するよ」
「それじゃ、私も歌と踊りの練習を続けておく」
「本当? 次に会った時チェックしちゃうぞ? サボってたらコチョコチョするからね?」
「ふふ、頑張るよ」
もっとずっと一緒にいたいけど、私もサクヤ達もそれぞれやることがある。
だけど永遠に会えなくなるわけじゃない。
寂しいのもきっと今だけだ。
「ハル様」
トキワに呼ばれた。
「貴方様の元へ、必ずや我らの歌を届けましょう」
「はい、有難うございます」
「時が満ちし折、お約束いたしまする」
何だろう?
今、少し不思議な感じがしたけれど、気のせいかな。
「それじゃ、私達はそろそろ部屋に戻るね」
サクヤが立ち上がると、キョウとトキワも腰を上げる。
「ハル達はまだここにいるの?」
「うん、もう暫くのんびりしてるよ」
「だったらさっきの続きといくぞ、カイ!」
「おう、泣かせてやるぜセレス、覚悟しやがれ」
「それはこっちのセリフだ!」
「ぼく、おひるねする~」
セレスとカイはさっきの打ち合いの続きをするんだね。
モコは私の膝に頭を乗せてあくびした。よしよし。
「そっか、それじゃまた後でね」
「失礼いたします」
「では」
サクヤ達が屋敷へ戻っていく。
暫く見送って、セレスとカイはさっきまで打ち合いをしていた場所へ一緒に駆け出して行った。
なんだか、穏やかだ。
記録水晶の映像をもう一度見ようかな。
「ねー、はる」
「ん、なに、モコ?」
膝の上であおむけになって、モコがにっこり笑う。
「たのし、ね?」
「うん」
ずっとこうしていられたらいいのに。
モコのフワフワな髪を撫でながら、見上げた空は眩しいくらい青く澄んでいた。




