御三家:リュゲル視点
「ハルルーフェ様はまだ稚く愛らしいですな」
チェンラブの言葉に、エレが冷ややかな目を向ける。
「つまらないことを考えない方がいい、そちらに兄君がおいでだ」
「ただの年寄りのたわ言ですよ、聞き流して頂きたい」
「しかし」とチェンラブは、今度は不貞腐れている赤竜を見て溜息を吐いた。
「そちらの会長殿は実際幼くいらっしゃるようだ」
「ああ、私も常々頭が痛い」
「なんじゃと! 主らと辛気臭い顔を突き合わせているより、ハルルーフェと添い寝する方がはるかに意義があろう!」
「ですか」
「教育方針を間違えただろうか」
「相談役殿、お気を落とさず、子供とはそういうものです、思うようには育たない」
「しかしそれでは困る、一度どなたかに教育方針をご教授頂くべきか」
エレがこっちを見る。
やめてくれ、おぞましい。
俺もいい加減ここを退出したいが、まだ話すべきことは残っている。
「粉の被害に関して、最終的にどうなっているんだ?」
尋ねると、今度はバイスーの番頭役メヌキが報告してくれる。
「ベティアスにおいてはほぼ終息したとのことです、被害者数は数百に上るとのこと、我が国の被害と合わせてかなりの損失が出ております」
「商業連合側の被害はどうなんだ、こちらも収まったのか」
「粉に関しては、ですが、先日の騒動の余波でミゼデュースが活性化している模様、こちらの終息は今暫く掛かるかと」
「ミゼデュースに関しては地道に駆除していくより他ありませんな」
「死して負の遺産を置き土産にするか、彼が掲げた理想とは程遠い結末になったようだ」
「皮肉なものです」
「まあ、発想の意外性という点においてのみ、一定の評価の余地はあるかもしれないが」
国の未来を憂い、ゴミ問題の解消を提唱していた彼が、ゴミの化け物を置き土産にする、か。
そこはかとなく怨念のようなものを覚えてしまうな。
多少の同情心が湧いてしまう程度には哀れだ。
「うちは本社がグッチャグチャじゃあ、庭にデカい穴も開いてしもうたし」
それは、うちの兄のせいだ。
―――まあ黙っておこう。
「誰ぞやにこの落とし前をつけさせぬと気が済まん!」
「しかしカナカの前会長は既にお亡くなりですよ」
「まだいるじゃろうが」
腕組みするラーヴァを見て、エレは視線を俺へ移す。
「そうだな、君たちがこれから向かうエルグラートに、そもそもの発端の首謀者が」
「ほう、それは」
チェンラブも俺を見る、ラーヴァもだ。
―――エルグラート王家、第二王子サネウ。
現在反乱を企てていると目されている、彼か。
「既に噂は噂の域を越えた、造反の意思は現実と捉えて差し障りないだろう」
「狙いは何でしょうな?」
尋ねるチェンラブに、エレは「そうだな」と手で顎を擦る。
「貴殿は如何様に考える?」
「ふふ、御方は宝冠を被ることはまかりなりませぬ故」
「それはそうだ、玉座につくためには条件を満たさねばならない」
「はい、それこそ国家の憲章より変える必要があります」
「初代の巫女王エノアは神格化されている、神の勅をヒトが変えることなど叶わないし、許されもしない」
「それこそ恐ろしき反逆行為ですからな、如何なる理由があろうとも」
「であれば?」
「宰相の座を簒奪することが目的かと」
ラーヴァがゲラゲラと笑い出す。
エレも、チェンラブも、呆れた様子でクスクスと肩を揺らす。
「兄弟喧嘩というわけか、犬も喰わんぞ!」
「それを言うなら夫婦喧嘩ですよ、オルム殿」
「しかしくだらない、現宰相閣下は切れ者だ、恐らくとっくに知っておられるだろう」
「それで放置なさっているということは、何か目的がおありなのでしょうか」
「愚かな弟にキツイお灸をすえるためかもしれない」
なるほど。
だが、そのために大勢を巻き込み、既に命さえ奪っている。
俺からすればやり過ぎだ。
「近く、王都は血なまぐさいことになりそうですな」
「ああ」
「嫌な話をするのう、その王都へ我の可愛いリュゲルとハルルーフェはこれから向かうんじゃぞ」
「だからこそでしょう」
こいつらは全員、俺達の事情を察している。
―――ああ、頭が重い。
「まあ、なんであれ商業連合は君たちの側につく」
「近くカナカの新代表が決まりましたなら、改めて声明を発表いたします」
「君たちは東と南にもすでに根回しを済ませているのだろう?」
「ああ」
「ぬかりないのう、ほんに良い、リュゲルや、なんぞ頼み事などあれば気兼ねなく申すがよい、我がいくらでも力となろう」
こいつら全員そうだが、特に赤竜はつくづく面の皮が厚い。
まあ、オルムの会長としては役立ってもらおう。
個人的には関わりたくない。
「リュゲル様、我らバイスーも支援は惜しみません、お困りの際はぜひ我らを頼りになさってください」
「横から口を挟むでない、バイスーの!」
「ですが、貴方様はリュゲル様に嫌われておられましょう?」
「なんじゃと! そんなわけあるか! リュゲルとダーリンはの、ちょっぴりシャイなだけじゃ!」
チェンラブがエレを振り返ってやれやれといったふうに首を振る。
エレも頷いて、俺に「不快にさせてすまない」と詫びる。
「エレぇッ!」
「まあ、なんであれ使ってやってくれ、これもそれなりに役には立つ」
「ほっほ」
「ぐぬぬッ、それなりとは何じゃ! 滅茶苦茶役に立つわ! 我はリュゲルとハルルーフェを好いておるのじゃぞ!」
ゾッとしないな。
ため息を吐いたチェンラブから「ところで、ご出立はいつ頃に?」と尋ねられる。
「一週間後を予定している」
ハル達はここの所ずっと忙しくしていた。
だから暫く休ませてやりたい。
―――本音としては、俺がまだエルグラートへ向かいたくないだけなんだが。
「でしたら皆様がご利用になられていたホテルに同じ部屋をご用意いたしましょう、ここよりは快適に過ごして頂けるはずです」
「気遣いは有り難いが、妹の友人がこの屋敷で養生しているんだ」
「彼らには今暫くの休養が必要だ、それにここなら、ハーヴィーでもツクモノでも気兼ねなく過ごすことができる」
「左様にございますか」
エレの言葉に頷いたチェンラブを、赤竜が「そうじゃそうじゃ!」と囃し立てる。
「我を差し置きリュゲルに恩を売ろうとするその魂胆、まっこといやらしいのう!」
「私はリュゲル様のことを思えばこそ提案させていただいたに過ぎません」
「じゃから、リュゲルとダーリンはちょっとばかり照れ屋さんなだけじゃと申しておろうに!」
「バイスーの、君の気遣いは理解する、こちらも充分対策を取るつもりだ」
「そうなさってください、リュゲル様も、いつでも気兼ねなく当ホテルをご利用いただきたい、ご連絡いただければすぐに対応させていただきます」
「感謝する」
「おおっ、リュゲルまで、何故じゃ!」
本気で分からないなら末期だ、相手にもしていられない。
―――そろそろ話は終わりでいいか。
「では俺も、これで退室させていただく」
立ち上がると案の定赤竜が「ま、待て、まだいいじゃろ、もう少しいてたもれ」と縋ってきた。
俺達に執着する理由は、まあ何となく察してはいるが、それはさておき迷惑だ。
「君のせいだぞ会長」
「は、何故じゃ」
「リュゲル様、長くお付き合いいただき感謝いたします、どうぞごゆっくり休まれてください」
「そうさせてもらう、では」
「何で我のせいなんじゃ、おおリュゲル、リュゲルよ、もそっとその愛らしい顔を見せておくれ、リュゲルぅ~ッ!」
騒ぐ赤竜をエレが抑えている間に、さっさと退室しよう。
広間を出て、扉の脇に控えていたモルモフに案内されて歩き出す。
―――中央エルグラート。
いよいよ向かうことになるのか、母さんが待っているあの場所へ。
ふと、声を聞いたような気がして廊下の窓から庭を見る。
ここの庭は緑が溢れて綺麗だ。
少し村での日々を思い出す。
懐かしい、帰りたいと思ってしまう。
けれど、きっともう戻れない。
不意にこみあげてくるものを飲み下し、前を向いた。
俺は揺らいではいけない。
全てはハルの、妹のためだ。
約束したんだ、だから―――俺も、覚悟を決めるよ。




