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夢のあと:リュゲル視点

「戻ったぞ」


広間に現れたエレを見て、モルモフたちがワッと歓声を上げた。

その傍らではパヌウラに取り押さえられた赤竜が猿轡を噛まされた口をもごもごと動かして何か言っている。


―――ゴミ山での一戦を終え、竜の屋敷へ戻って半日。

外は日が暮れ、すっかり夜だ。

戦いの始末をつけるため、エノア様から賜った花をまた咲かせたハルは途中で意識を失い、今も眠っている。

セレスとモコ、カイが傍に付き添ってくれているから心配はしていないが、やはり憂鬱だ。


どうしてあいつなんだろう。

理由は分かる。

だが、それなら俺でもよかったはずだ。

どうしてハルが。

優しいあいつはこれからも自分を犠牲にすることを厭わないだろう。

それが辛い。

あいつを頼っておいて虫のいい話だが、本音はこんなことをもうハルにさせたくない。


でも、本当に辛くなるのはきっとこれからなんだ。

ため息を吐いた肩に手を置かれて、見上げるとロゼが微笑みかけてくる。


「ふう、我らが会長はまた客人に非礼を致そうとしたのか」

「そうですプイ!」

「申し訳ございませんエレ様、どうにも収まらないので、こうして拘束させていただいております」

「構わない、お前に執事を任せている理由でもある、しかしよく抑え込めたものだ」

「リュゲル様がお手伝いしてくださいました」

「そうか」


モルモフとパヌウラと話していたエレは、振り返り俺に「手間を掛けた」と詫びる。


「既に報告は受けたが、君たちから詳細を聞きたい、話してもらえるだろうか」

「分かった」

「助かる」


エレはまたパヌウラの方を向いて「どけ」と言い、パヌウラが赤竜を開放すると同時に雷を落とす。

強烈な一撃を喰らった赤竜は「ギャッ!」と叫んで動かなくなった。

やれやれ、これで暫くは落ち着いて過ごせそうだ。


「あれは随分興奮状態に陥っていたようだが、そういう状況になったということか」

「商業連合北部にある『ゴミ山』と呼ばれていた不法投棄場のことは知っているな?」

「全て燃やしたそうだな」

「ああ」

「だが有害なガスも物質も残ってはおらず、谷底に白くサラサラとした無害な灰が積もっているだけと聞いた」

「赤竜が燃やしたゴミを、うちの長兄があの状態へ変えたんだ」

「なるほど」


エレは椅子に掛ける。

俺達もそれぞれ適当に腰を落ち着けた。

その間に赤竜が運ばれていき、入れ替わりでモルモフがお茶を用意してくれる。


「そちらの長兄殿を是非オルムで雇わせて欲しいものだ、業務提携でもいい、まあ無理だろうが」

「ああ」

「しかし感謝しよう、あの場所のゴミが無くなったことは正直とても有り難い、皮肉な話だが死んだノヴェルも多少は浮かばれるというもの」


カナカ商会会長、ノヴェル。

この国の行く末を憂い、独自の観点から問題を解消しようとして、最期は魔人に乗り移られ、魂ごと喰われて消滅した。

彼の本音は自身が有能であることを認めさせたいという野心だったのだろう。そんなことを口にしていた。

だが、志があった事もきっと事実だ。

高潔だが野心家、そこを魔人に付け込まれ、破滅した。

―――彼を甘言で躍らせた魔人。

奴も結局は破滅したが、しかし気になることを言っていた。


勝ち馬を見誤った?

つまり、更なる筋書きを描いている者がまだ複数人いるということだ。


ヒトを狂わす粉に関わる者たちで、あと一人だけ生存している者がいる。

王家第二王子サネウ。

彼と、他にも誰か、王宮で野望の図面を引く者がいるというわけか。

かの場所には魔人が潜り込んでいる可能性が高いと、以前ロゼが言っていた。

そいつなのか、サネウなのか、更に別の誰かがいるのか。

いずれにせよ全て片付いたわけではない。

まったく頭の痛い問題だ。

俺達はとっくに無関係じゃなくなっているからな。


「国境の兵は引いたんだな」

「ああ、一応は」


エレの返答に「一応?」と訊き返す。


「調査の報告を上げよと告げられた、何かあればまた来るだろう」

「どういうつもりだ、それこそ内政干渉だろう」

「ふん、アレは商業連合を属国の一つとでも勘違いしているのだろう、自身は当然命を下せるものと思っている」

「呆れたな」


エルグラート王家は連合王国の宗主だが、連合全体における方向性の決定権を所有しているだけであり、各国はそれぞれ統治者や行政機関を有していて、国内の政を行う権利はそちらが持っている。

この国を船に例えると、舵取りするのが国王の務めであるという話だ。

船の向かう先が気に入らなければ船員は声を上げ、場合によっては船を降りる可能性もある。

無暗な国政干渉はこの離反を促す可能性が高い、船は船長の持ち物かもしれないが、船員が従うのは個々の意思によるものだ。


「赤子ですら理解できる程度のことが分からないとはな」


エレは茶を飲み、ため息交じりにぼやく。


「過干渉は反発を招く、この国が今も連合王国たり得ているのは、ひとえに離反の旨味が別段ないからに過ぎない」

「随分な言いようだな」

「商業連合は自国のみで運営が可能だ、国内生産率こそ低いが、我らには輸出入という大きな強みがある、それに、我が国の技術力は他国においても一目置かれるものだ」

「他の国でも扱っているような道具に関しては、商業連合製は一定の品質を認められているからな」

「ブランド、というものだ、何より商売において我らに勝る者などいるものか」

「強気な発言だ」

「事実だよ、だからこそあのバカ王子のやり様はそれこそバカとしか言いようがない」


辛辣過ぎて失笑してしまった。

エレは黒い瞳を細くして心なし嬉しそうに微笑む。


「この話はもういい、それよりゴミ山での顛末を聞こう」

「ああ」

「私も国境でのことを君たちに話す、聞いてもらえるだろうか」

「分かった、それじゃ、こちらからだ」


あの場所で何が起こり、どんな形で一応の結末を迎えたのか。

俺が話し終えると、今度はエレが語りだす。


「こちらは呆気ないものだったよ、モルモフより伝令が入り、そのことをあちらの指揮官へ伝えると、暫くして撤退命令が出たと兵達は引き上げていった」

「今度は渋らなかったのか」

「元より引き上げたい雰囲気ではあったからな、後の行動は素早かったよ、それこそ呆れるほどに」


王子直轄の兵がその体たらくか。

彼はどうやら軍の統治に向いていない。

確か軍部の要職に就いていると聞いているが、果たして実態はどんなものなんだろうな。


「リュゲル」


改まってエレが呼ぶ。


「全てに片が付いたと、まさか思ってはいないだろう?」

「ああ」

「ならばこれからどうするつもりだ」


エルグラートへ向かう。

中央エルグラートの、王都ウーラルオミットへ。

それが母さんとの約束だ。


「やることは決まっている、俺達はエルグラートへ行く」

「そうだろうな、日は後どれほどだ?」

「まだそれなりにはある、だがこの状況だ、早く着くに越したことはない」

「むしろ間際の方がいいのではないか? ここにいれば、我らが守って差し上げられる」

「母が心配なんだ」


エレは俺を見詰めたまま「ふむ」と口元へ手をやる。


「なるほど」

「正直、お前たちの申し出は有り難い、ハルもここに心残りを多く置いていくことになる」

「歌姫たちと、ハーヴィーか」

「そうだ」

「あの者達に関しては我らに預けるといい、良いように取り計らおう」

「ああ、少なくともサクヤさん達に関してはお前たちをあてにしている」

「ハーヴィーもだよ、やれやれ、すっかり信用を失くしてしまったものだ」

「それならお前のところの会長にしっかり首輪をつけて躾け直すんだな」


「励もう」とエレはため息交じりに呟き、笑う。


「分かった、だがハルルーフェが気懸りだ、急く気は分かるが今暫くこちらで過ごされるといい」

「ああ、粉の解析も待つつもりだ、そっちが片付くまでは滞在させてもらう」

「君たちの荷物をバイスーのホテルより引き上げさせてもらった」

「なっ!」


いつの間に。

エレは「気を利かせた」と悪びれない態度だ。勝手な真似を。


「心配は無用だ、私も会長も暫くは色々と忙しい、屋敷にもあまり戻らないだろう」

「相変わらず勝手だな」

「合理的な判断と思っているよ、屋敷内では好きに過ごして構わない、世話もさせよう」

「まったく」


とにかく、ひとまず一段落だ。

この屋敷にいい思い出はまるでないが、ハルのこともある。

暫く世話になるとしよう。

竜がいる以外は快適な場所ではあるからな。


「君たちもそろそろ休むといい、部屋へ案内させよう」


そう言ってエレが手を叩くと、広間へモルモフが入ってくる。


「お客人を部屋へ」

「プイ!」

「会長はどうしている?」

「エレ様お手製の拘束具にて拘束中ですプイ、暴れてますプイ」

「やれやれ、ではもう一度分からせてくるとしよう」


立ち上がった俺達と一緒にエレも広間を出る。

そして廊下で「では」と告げると、逆の方へ歩いていった。


モルモフに案内された部屋へ入ってようやく少し気が抜けた。

―――本当に荷物が運び込まれているな。

まったく、あいつらはやっぱり苦手だ。


「さて、君は体を清めて休むといい」


ロゼはそう言って外の眺望台へ出るガラス戸の方へ向かう。

どこかへ行くつもりなんだろうか。


「ロゼ」


その後を追い、腕を取る。

振り返ったロゼが「どうした?」と微笑む。


「お前、あの時」


ゴミ山で竜態の赤竜を目にしてからずっと気掛かりなままだ。

じっと俺を見つめるロゼの目が柔く緩んだ。


「君までハルと同じ顔をする」

「え」

「君たちは本当に優しいね」


頭を撫でられる。

なんだ、藪から棒に。それに子供扱いはよせ。


「今の僕は君たちのお兄ちゃんだよ、リュゲル」

「ああ」

「僕はラタミルではない、過去など今は関係ない」

「ロゼ」

「この目も、翼の色も、その証だ」


それはやっぱり―――そうなのか?

前から気になっていた。

だけど口に出来なくて、ずっと黙っていた。

お前が言わないなら俺も言わない。

それを卑怯と表すのなら、そうかもしれない。


「兄さん」


胸に額を押し当てる。

「なんだい?」と訊き返す声に、答えず背中へ腕を回した。


失いたくないものばかり増えていく。

俺は、とっくに雁字搦めだ。


「やれやれ、君は相変わらず甘えることだけは上手くならないね」


背中を撫でる手の感触に、目を瞑る。


「可愛い僕のリュゲル、心配は無用だ、この僕は未来永劫君とハルルーフェの頼れるお兄ちゃんだよ」

「ああ」

「久々に背中を流してあげようか、髪も洗ってあげよう、今夜は可愛い弟をたっぷり甘やかすとしよう」

「それはいい」


腕を解いて離れると、ロゼはあからさまに残念そうな顔をする。

それがおかしくてつい笑う。

ロゼも笑って、俺の髪をゆっくり撫でた。


「残念だ、君には僕の翼を洗ってもらおうと思っていたのだけれど」

「えっ、そういうことなら話は別だ」

「なんだい、本当に好きだね」

「綺麗だからな」


苦笑するロゼの腕を引く。

「やれやれ」とロゼはついてくる。

たまには兄弟水入らずもいいだろう。


「リュゲル、それならやはり僕は君を洗ってあげよう」

「いらないよ、俺は自分でできるから」

「それは狡い、僕だって君を洗いたい」

「犬か何かと勘違いしてないか?」

「まさか! それは君だろう」

「俺の兄さんは犬じゃない、けど、俺は兄さんの羽を洗う、自分のことは自分でする、大人だからな」

「まったく、なんて弟だ!」


ふふ、少し気が紛れた。

―――有難う、兄さん。

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