賑やかな旅
さて、お腹も膨れたことだし、とミューエンへ向けて出発することになった。
セレスも一緒だ。
ニコニコしてすっごく嬉しそう、私も嬉しい、リューも笑ってる。
ロゼは、うーん、まだ拗ねているけど多分大丈夫、かな?
ピリピリしてないし、そもそも怒っている雰囲気じゃないもんね。
「それじゃ、セレスはロゼと一緒にミドリに乗ってくれ」
「ミドリ?」
「は?」
またロゼとセレスの声が重なる。
ハッと振り返るセレスから、サッと顔を背けるロゼ。少し慣れ始めているような気がする。
「俺はハルを乗せるから、頼むロゼ」
「何故僕がこいつと同じ鞍に騎乗しなければならないんだ」
「騎獣が二頭しかいないからだよ、俺よりお前の方が適役だろう」
「そ、それはそうだが、いや待てリュー、もっといい方法がある」
「何だ?」
「こいつは徒歩で随伴させればいい、それなら」
「却下」
強い口調で答えたリューがギッとロゼを睨みつける。
ロゼは言葉に詰まって、それから長い溜息を吐くと、肩をがっくり落とした。
「分かった、君が言うなら従おう」
そう呟いてから、ミドリの鞍にひらりと跨り、いかにも渋々とセレスに「乗れ」って呼び掛ける。
「師匠」
「その鬱陶しい目つきをやめろ、僕に同じことを言わせるな」
「はいっ」
セレスも、体高二メートルあるミドリの鞍にひょいっと跨った。
わあ、身軽だなあ!
もしかしたら騎獣に慣れているのかもしれない、名家のお嬢様らしいし、可能性ありそうだ。
「し、し、失礼します!」
そう言ってロゼの腰にぎゅっと抱き着く。
途端にロゼがゾワゾワっと全身を震わせて「抱きつくな!」って叫ぶけど、セレスは目を瞑って、ああ、頬擦りしてる。
ロゼのこと本当に好きなんだなあ。
「ハアハア、師匠、なんだかイイ匂いがします、立派な体格をしておいでだ、流石」
「やめろ、許可なく僕の匂いを嗅ぐな、胸のぜい肉を押し付けるな、体を擦りつけるんじゃない!」
「で、では、ご許可を頂けたならスリスリしても?」
「するわけがないだろう、いい加減にしろ、おいリューッ!」
リューは首を振って、クロの鞍に跨ると、私に手を差し伸べてくれる。
「ほら、お前も乗れ、こんなところでいつまでも騒いでいたら盗賊共の格好の餌食だ」
「わ、分かった」
その手に捕まって、鞍の上に引き上げてもらう。
私はリューの手前側、軽く手綱を揺らして歩き出したクロのたてがみを撫でると、クロは嬉しそうに鼻を鳴らした。
「ねえ兄さん、ロゼ兄さん大丈夫かな」
「平気だろ、あいつはいつも大げさなんだ、それにロゼは根本的にはセレスを嫌わないはずだ」
「そうなの?」
「ああ」
「どうして?」
見上げたら、リューは私を見てフッと笑う。
「綺麗なものが好きだからだよ」
なるほど、そうか。
セレスって美人だし、強いし、最初の出会いは戦っている姿を眺めていたんだもんね。
師匠なんて呼ばれて調子が狂ったのかな、そんな気がしてきた、本当に嫌な時はリューや私の頼みでも聞いてくれないし。
「ハル」
「なに?」
「モコには暫く鳥のままでいてもらおう」
「あ、うん」
ずっと私の肩に止まって大人しくしていた小鳥姿のモコが「ピイッ」と鳴いて答える。
ラタミルの雛だなんて知られたらきっと驚かせるよね、お互いもう少し慣れるまで秘密にしておいた方が良さそう。
「モコ、暫くこのままでいてね、セレスには内緒だよ」
「ピッ」
モコは頷いて翼をパタパタとはばたかせる。
この姿で飛べたら本物の小鳥と同じなんだけど、ラタミルも飛ぶ練習が必要なのかな。
そういえば―――嵐の夜、家に迷い込んできた時に、お世話係がいたって話していたっけ、確か『アディー』って呼んでいた。
それが個人名なのか役目の呼称なのか分からないけれど、その『アディー』がモコに飛び方を教えてくれるはずだったのかもしれない。
モコ、このままだとずっと飛べないし、羊の姿なのかな。
ラタミルはどれくらい経てば書物や絵画で見るような翼が生えた人の姿に変わるんだろう。
なるべく早くラタミルの大神殿へ連れていった方がモコのためになるのかもしれない。
だけど、その時はモコとお別れだ。
分かっているけど、今はまだ実感が湧かない。
翼をゆっくり撫でたら、モコは小首を傾げてから、私の首筋辺りに体を摺り寄せてくる。
「フフ、くすぐったいよ」
ピイピイ鳴くモコにクスクス笑いながら、まだいいかって、それはひとまず保留にすることにした。
私がどうしたいかより、モコがどうしたいかが大事だよね。
自分のためだってモコが望むなら、私もそれを受け入れなくちゃ。
だから私があれこれ悩んでも仕方ない、そんなことより、これから向かうネイドア湖のことを考えよう!
「待て」
急にロゼの声がして、リューも手綱を引いてクロの足を止める。
ふっと伝わってきた嫌な気配、魔物だ、でもまだ姿が見えない。
リューがクロから降りて私へ手を伸ばす。
借りて下りると、モコは私の肩からクロの鞍へピョンと飛んで移動した。
「私も加勢します」
セレスもミドリから降りて、柄を握った剣をすらりと抜き放つ。
その直後、木々の間から飛び出してきた黒い影が一斉に襲い掛かってきた!
「グァングか!」
灰色の毛に黒いぶちのある中型犬くらいの大きさの魔獣、犬歯は毒牙で噛まれると最悪命を落とす。
特徴的なのは、基本魔物は単独か一時的に数匹集まって行動を共にする程度だけど、グァングは狩りをするため意図的に数十匹規模の群れを形成して襲ってくるんだ。
真っ先に切りかかっていったのはセレス、リューも次々とグァングを斬る!
私は後方支援、エレメントを詠唱!
「大気を司る精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよッ」
よし、今度は上手くいきそう。
膨らんだ魔力の流れが翳した掌へ収束していくのが分かる。
「ヴェンティ・ラム・パージフレ!」
ごうっと唸りを上げながら逆巻く風がグァングたちを吹き飛ばす。
次々と地面に転がった姿をリューとセレスが斬りつけて、その間に香炉を取り出し、今度はオーダー!
「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで、私の声に応えておくれ」
ゆらゆら揺れる香炉から立ち上る香りに惹かれて光が現れた。この気配は風の精霊ヴェンティ。
今エレメントで呼んだから、また力を貸してくれるんだね、有難う。
「リューとセレスに風の加護を与えて!」
精霊の力が二人をフワッと包み込み、動きが目に見えて早くなる。
体勢を整え襲い掛かってくるグァングを剣で切り裂き、取りこぼしたグァングはこっちへ向かってくる前に悲鳴を上げて次々倒れていく。
その体に深く突き刺さった数本の木の枝。
振り返ると、ミドリに跨ったままのロゼが近くの木の枝を魔力で何本もパキパキと矢に変えて、浮かせながら戦況を眺めていた。
見ている私に気付いてニコッと笑い返してくれる。相変わらず余裕だな。
「ハル、よそ見をするな!」
リューに呼ばれて、慌ててまた香炉を揺らしながらオーダーを唱える。
「フルーベリーソ、おいで、おいで」
戻ってきてくれたヴェンティに、今度は二人へ風の防護壁を張るよう頼んだ。
そしてエレメント!
「大気を司る精霊よ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ヴェンティ・フィン・ルーフェムッ」
ヴェンティ大活躍だ!
風の刃に切り裂かれたグァングたちの赤黒い血が辺りに飛び散る!
―――本音を言えば、こういうのって今でもあまり慣れない。
だけど命懸けの状況で弱音なんか吐いていられない。あの森で遭った出来事が、私に覚悟を教えてくれた。
モコが一緒だったから、カイが助けてくれたから、今もまだ生きているんだ。
一人で何でもできるなんて思わないけど、一人でも戦えるようにならなくちゃ。
最後のグァングをリューが切り伏せて、さっきまでの静けさが戻ってきた。
剣を振って鞘に戻したリューはそのままつかつかとロゼの方へ歩いていく。
「ハルちゃん、怪我はない?」
私のところへはセレスが駆け寄ってきてくれた。
優しいな、有難うセレス。
「平気だよ、セレスは?」
「私も、フフッ、優しいんだね、有難う」
片目をパチッと瞑って返される。
わっ、ちょっとだけドキッとした。ウィンク上手だな。
「いたた、痛い痛い、リュー!」
声に振り返ると、あぶみに乗せたロゼの足をリューがギュウギュウ握っていた。
セレスが慌てて二人の方へ走っていく。
「また高みの見物か? 手伝えと毎度言っているだろう」
「あ、あの程度なら君とハルだけで十分だ、実戦は何より君達の成長を促してくれる、それと僕も最低限の助力はしたぞ!」
「ふうん、最低限」
「君達を想ってだな、いたいッ、リューッ」
「リュゲルさん、待ってください!」
どうするつもりだろう。
クロの傍に行くと、鞍の上で待っていたモコがぴょんと頭に飛び乗ってきた。ロゼを乗せているミドリは迷惑そうに鼻を鳴らしている。
「師匠はッ、師匠は私のために敢えて手出しせず見守って下さったのです!」
「は?」
「えっ」
「おかげで私も皆さんのお役に立てると証明することができました、足手まといにはならないと」
「いや、待ってくれセレス、元よりそんなことを思っては」
「私に見せ場を譲ってくださったのです! だからどうか、どうかお怒りを鎮めてください! それでもまだ罰が必要と仰るのであれば何卒この私に!」
「違う! お前の為なわけがあるか!」
ミドリの上から怒鳴るロゼと、必死なセレスの間で、リューはポカンとしている。
私も何がなんだか、リューも同じように成り行きを見守るしかない。
「僕が見守ったのはリューとハルの成長だ、お前は関係ない、勝手に理由を捏造するな!」
「師匠、私、今後も励みます!」
「ええい、いい加減まともに僕の話を聞け、師匠と呼ぶなと言っているだろう!」
「師匠!」
「やめろ!」
あ、リューがこっちに来た。
やけに疲れた顔している。私の頭を軽くポンポンと叩いてからクロの鞍に跨り、手を差し伸べてくれた。
掴まって私もクロに乗ると、「行くぞ」と声を掛けて手綱を揺すり、クロが歩き出す。
少し進んだ辺りで慌てたロゼの声が追いかけてきた。
「何故黙って先に行く、リューッ、待て!」
「セレスを置いてくるなよ」
「うぐッ、おい、早く乗れ!」
ロゼの呼びかけに、セレスの元気な声が若干被り気味に「はい!」って答えた。
小走りの蹄の音が隣に並ぶと、恨めしそうにリューを見るロゼの背中にセレスがぴったり張り付いて、また目を瞑りながら頬擦りしている。
「フフ、師匠ぉ」
「流石に僕もそろそろ耐えかねる、リュー、後で労ってくれないか?」
「なに言ってるんだ、お前はもっと働け」
「僕なりに努めている!」
「分かっていますよ師匠」
「お前は僕を師匠と呼ぶな!」
セレスが同行することになって、すっかり賑やかだな。
私の頭の上でモコが翼を広げながらピイッと楽しそうに鳴いた。