業火に潰える理想
「一期に畳みかけるぞ!」
「はいっ」
「こっちもゴミはもううんざりだぜ!」
地上では防戦一方だったリューたちが一気に攻勢に転じる!
「うおりゃあああああああああッ!」
集団へ切りかかったセレスがまとめてミゼデュースを払い除け、そこを個別にリューが殴打で次々破壊して、引いたところへ今度はカイが三又の槍を突き込む!
「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよッ、ヴェンティ・ボル・タージエンス!」
セレスとカイの後方に下がったリューが唱えたエレメントが、風の渦を起こしてミゼデュースをバラバラに吹き飛ばす!
そしてまた駆け出して、今度は二人の前方へ躍り出て他より大きなミゼデュースを砕いて壊していく!
セレスは、切りつけた剣をそのまま薙いで、切り返して振り回し、舞いながら戦っているみたいだ。
砂漠で貰ったあの剣、うっすら白銀に輝いて見える。
振った軌跡が光の帯を描く、刀身に嵌っている石は金色に光っている。
カイの三又の槍は一突きの威力が凄い、たくさんのミゼデュースをまとめて吹き飛ばす!
そして前衛をリューとセレスに任せて、少し引いて詠唱無しのエレメント!
「ガラシエ・ペントラーレ・ハーサー!」
大量の氷の槍がミゼデュースへ降り注ぐ!
駆け出して飛びあがり、串刺しにしたミゼデュース諸共振り下ろした槍の一撃が他のミゼデュースもまとめて粉々に破壊する!
「どうやら僕が手を貸す必要はなさそうだ」
ロゼが呟く。
私も同感、でも、やっぱり見ているだけなんてできない。
「氷の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ディクチャー・ガラシエ・コンペトラ・ストウム!」
触れたものを凍らせる氷の精霊ガラシエの護り!
これで防護は十分、あとは。
「ねえ、ロゼ兄さん」
こっちを向いたロゼに「あの、ダメかな?」って訊いてみる。
さっきは止められたから。
心配されたのとは少し違うように感じた、どうしてだろう。
「ハル」
ロゼは、伸ばした手を私に触れる直前で「おっと」って引っ込めて、両手に炎を出して燃やす。
わ! あッ、でも火傷はしてないね?
消毒?
火の消えた手で私の頭にポンと触れる。ちょっとあったかい。
「いいとも、後のことはこのお兄ちゃんに任せて、君が思うとおりにするといい」
「でも、さっきは」
「あの時の君は、怒りで『花』を咲かせようとしていただろう?」
「えっ」
「それはいけないよ、君が咲かせる花は、君の慈悲が生み出す、他者への深い労わりだ、決して破壊のためのものであってはならない」
兄さんの言うことがよく分からない。
だけど、確かにそうだ、あの時はいつもと違っていた。
私は魔人が逃げるのを止めたくて、許せなくて、エノア様の花を咲かせようとした。
だけどそれはよくない。
今なら分かる。
この花を、種子を、エノア様はきっとそんなことのために私へ託したんじゃない。
「兄さん、止めてくれて有難う」
「うん、君をいつでも見守っているよ、ハルルーフェ」
もうあんなことはしない。
―――よし。
フカフカのモコの毛を撫でて「よろしくね」って声を掛けた。
「うん、ぼくおとさないよ、だいじょぶ!」
「有難う、モコ」
花を咲かせよう。
終わらせるんだ、カルーサの、ノヴェルが遺したこの状況を。
あの人が抱いた理想は、願いは、ここで潰える。
「フルースレーオー、花よ咲け、声よ響け―――トゥエア!」
青い花が溢れて地上へ降り注ぐ。
これだけじゃ足りない、もう一度!
「フルースレーオー、花よ咲け、愛よ開け―――ポータス!」
さっきも咲かせた紫色の花。
また溢れて、トゥエアとゴミだらけの地上を埋め尽くしていく。
はッ、はぁッ、つらい。
だけど前より少しマシだ、慣れたかな。
ううっ。
モコの背中に倒れて毛に顔を埋める。フワフワだ、ふふ、いい匂い、あったかい。
「未熟者、行くぞ」
「はいししょー!」
ロゼとモコが降下を始めた。
あれ、モコ、ちょっとずつ大きくなってる?
「リュゲル、おいで!」
「なッ、ロゼ?」
「せれす、かい! のって!」
「はッ、ハルちゃんッ!」
「おいこのッ、また無茶しやがって! 動けなくなってるじゃねえか!」
セレスと、カイだ。
モコの背中に乗ってくる。
セレスが起こして抱えてくれた、カイも心配そうだ。
「大丈夫、だよ」
「そうは見えねえよ、おい、乗ったぞ!」
「モコちゃん、飛んでくれ!」
「うん、いくよー!」
モコが力強く羽ばたいて飛びあがる。
リューは?
ああ、ロゼが抱えてる。
「未熟者、あの竜に伝えろ」
「ししょー、もやすの?」
「そうだ」
「りょーかい!」
燃やす?
モコはラーヴァの方へ向かって飛んでいく。
残っている巨人は、あと一体だ。
「とんでもないな」
「ああ、ありゃ完全に規格外だぜ、古竜ってのはつくづく厄介だ」
セレスとカイが話してる。
確かに凄いよね、竜態になったラーヴァは圧倒的だ。あの巨人をたった一人で倒してしまった。
あれが赤竜の本気。
だけどその赤竜をロゼは倒した。
兄さん、本当に強いんだなあ。
「らーヴぁー!」
モコが大声でラーヴァを呼ぶ。
だけど赤竜は聞こえていない様子で巨人への攻撃を止めようとしない。
「どうしよ、ねえかい」
「なんだ?」
「えれめんと、できる?」
「ばッ、攻撃しろってか! あの状態の竜にそんな真似してみろ、今度はこっちに向かって火を吐くぞ!」
うう、それは困るよ。
「ら、ラーヴァッ」
セレスに凭れながら呼ぶ。
「ダメだハルちゃん」って止められるけど、もう少しだけなら大丈夫、だから。
「聞いて、ラーヴァ」
「ハルちゃんッ」
「ラーヴァ」
赤竜の動きが止まる。
振り返ると、こっちへ羽ばたいてきた。
『おお、ハルルーフェよ、我を呼んだか? どうしたのじゃ、大丈夫か?』
「来た」「来やがった、マジか」って、セレスとカイがひそひそ囁く。
私も少し驚いた。
「ラーヴァ、お願いが、あるの」
『おお、おお、何でも聞くぞ、言うてみい、我に何を望む?』
「モコ」
「はーい!」
あとはモコに伝えてもらおう。
私は、本当言うと、いまいち分かってないから。
「あのね、らーヴぁ、このごみぜんぶ、もやそ!」
『何じゃと』
「ろぜがね、もやせって、ぜんぶ!」
『むッ、ダーリンとな!』
振り返った赤竜がいきなり火を吐いた。
すぐそこまで迫っていた巨人の体のあちこちが爆発して砕ける。
『よかろう! 盛大に燃やし尽くしてくれよう、ここにあるゴミ全部じゃな!』
「うん!」
『ダーリンの言うことじゃ、なんぞ考えがあるに決まっとる、ハルからも頼まれてしもうたし、これは張り切るしかないのう!』
そう言って首を反らせたラーヴァは『危ないぞえ、もそっと遠くへ離れてたも』と言って、喉の辺りをどんどん膨らませていく。
熱い。
辺りの大気が急速に熱を帯びていく。
モコが翼を大きく羽ばたかせてラーヴァから一気に距離を取った。
崩れかけた巨人と大量のミゼデュースが蠢くゴミ山の上で、膨らみきった喉からラーヴァが凄い量の炎を吐き出す!
「ッあッつぅ!」
「この距離まで熱が届くのか!」
「ハルちゃんッ」
「くそ、アクエ・アグ・レパ!」
カイの唱えたエレメントで、水の精霊アクエの生み出す水膜が辺りを包んで熱を軽減してくれる。
燃え上がるゴミ山を包み込むように魔力の防壁が現れて、上空には方陣が出現した。
前にサマダスノームでも見た光景だ。
濛々と昇る黒煙が方陣へ吸い込まれていく。
防壁から飛び出した赤竜がゲホッと黒い煙を吐いた。
その姿はどんどん縮んでいって、竜の翼を生やした人の姿に変わる。
向こうで、リューを片腕に抱えながら、もう片方の手を炎へ向けて、何か唱えるロゼの姿が見える。
やっぱり綺麗だな。
大きくて白くて、先だけ赤く染まった翼。
炎に照らされた金の髪が輝きながら風に揺れる。
兄さん。
見惚れてつい溜息が漏れた。なんて言うか、胸を打たれるくらい神々しいよ。
「師匠は凄いな」
「うつくしー」
「ああ」
「あっちも規格外だぜ、美しいってより、俺は恐ろしい」
「バカを言え、畏怖という意味なら理解できるが」
「俺はオルト様の眷属だ、御方以外を畏怖なんてしねえ」
「だとすれば解釈違いだ、よく見ろ、あの堂々たるお姿を」
セレスとモコ、カイが話すのを聞く。
「はッ、やっぱりヤバいだろ、何なんだアイツ」
カイ、ロゼは私とリューの兄さんだよ。
それだけだよ。
綺麗で頼もしい自慢の兄さんだ。
防壁内の炎が少しずつ収まっていく。
私達を包んでいたアクエの膜もパチンと爆ぜて消えた。
吹き抜ける風は仄かに温かな程度だ。
黒煙を吸い込んだ方陣から何か白いものが炎の上へ降り始めた。
あれは、灰かな。
「いこ」
モコがロゼの方へ翼を羽ばたかせて向かう。
「師匠! リュゲルさん!」
セレスが兄さん達を呼ぶ。
「ンだあああああぁぁぁぁリいいいいぃぃぃんンンんんん!」
ラーヴァ?
一直線に兄さん達の方へ向かっていって、途中で何かに弾かれたように飛ばされた。
多分ロゼだ。
魔力の防壁で突進を防いだんだ。
「さっすがじゃあぁぁッ! さすがッ、さすが我のダーリンッ! しゅごいぃぃいッ! はぁッ、はぁッ! た、たまらんッ、したい! 今すぐダーリンと愛し合いたいいいいいいいッ!」
また襲い掛かってくるラーヴァに、リューが「待て!」と叫ぶ。
「先にハルルーフェを休ませたい!」
「んぐぅッ!?」
「お前も見ただろう、こんなことをしている場合じゃない、ハルは三度花を咲かせて疲弊しきっている!」
私を抱えるセレスの腕にギュッと力がこもる。
平気だよ?
ただちょっと動けなくて、声も出づらいだけで―――やっぱり、あまり平気じゃないかも。
「そ、そうじゃった! ハルルーフェじゃ! 早う屋敷へ連れ帰らんと!」
クルッと向きを変えたラーヴァが今度はこっちへ向かってくる。
「ハルルーフェ! ハルルーフェや、無事か? 無理をしよって、どれ、我が屋敷まで運ぼう、こちらへおいで!」
「結構だ!」
「なにぃッ? フン! 我の方がそのチビ助より早い! ハルルーフェをこちらへ寄越せ!」
「ぼくちびじゃない、もこだよ!」
断ったセレスに便乗するように、モコは力強く羽ばたいて飛び始める。
いつもより早い、カイが「くそッ」って体を低くする。
辛そうだ。
手を伸ばして触れたら、こっちを見て「心配すんな」ってちょっと笑う。
「ったく! 寄越せと言うておろうが! ハルルーフェは我が連れ帰る、主らは後からゆっくり戻るがいい!」
「やだ!」
「お前にハルちゃんを任せられるかッ」
「じゃがそこなハーヴィーは随分辛そうじゃぞ」
「うるせえ、お前に気遣われる筋合いはねえ」
「ったくどいつもこいつも! 何じゃ何じゃ! 可愛げのない童どもめが!」
賑やかだな。
―――ゴミ山も、カルーサも、ノヴェルも、全部無くなった。
これまで大勢の犠牲を産んだ『粉』と、そこにまつわる事件の顛末。
全部片が付いた?
ううん、まだだ。
武器商人と通じていた第二王子サネウ様。
あの時カルーサも言っていた、王子が内乱を企てているって。
きっと事実なんだ。
その計画は、今どうなっているんだろう。
もうすぐ向かうことになる中央エルグラート、そこで何が起こるのか。
「ッう、うぅ」
「ハルちゃん?」
「ハル、おい、大丈夫か?」
「はる?」
「おおっ、ハルルーフェよ!」
目を瞑る。
皆の声が聞こえる、心配かけてごめん。
だけど、無事でよかった。
あとはお願い。
戻ったら、湯を借りて、体を綺麗にして、それから―――
張った糸が切れるように、ふつん、と意識が途切れた。




