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オルムの庭園

部屋からも眺めていたけれど、改めて来た庭は見どころだらけだ!

見たことのある植物、図鑑で知ってる植物、商業連合に来てから見かけることが増えた植物、たくさんある!

少し分けてもらえないかな。

竜が戻ったら頼んでみようかな。

どれもしっかり手入れされているから質のいい芳香物質がたくさん採れそう。

ここの植物を使ってオーダーのオイルを作りたいな。


「あ!」


見つけた!

これだ!

駆け寄って確かめる、間違いない、図鑑で見たことがある。


「どうしたのハル、何か見つけた?」

「サクヤ、モコ、これだよ、商業連合が原産地の花!」


今が丁度開花の時季だった、実物を見られて嬉しい!

これは、イリエス。

特徴的なオレンジ色の大きくて鮮やかな花弁、香りは蕩けるように甘い。


「あ、これ、私も知ってるよ、時々贈り物の花束に入ってる花だ、イリエスっていうんだ」

「このオレンジ色を黄金に例えて商人に人気の花だけど、香りが強過ぎるから使いどころが難しくて、花屋では見かけないんだよね」

「そっか、楽屋に飾ってると部屋中この花のいい匂いでいっぱいになって、私は好きだな」


うん、私も好きだよ。

イリエスの花ってこんな香りなんだ。

オーダーで使ったら誰が来てくれるだろう、やっぱり黄金の精霊グルチェ、灯火の精霊デティエール、光の精霊ルミナも来てくれるかな。

もしかしたら陽光の高位精霊エオーラや、この甘い香りにつられて糖蜜の精霊サッシャメルも来てくれるかもしれない。

サッシャメルは、チョコレートの精霊ショコラッテと仲がいい。

つられてショコラッテも来てくれたりして! 

もしボナ以上のラディシ・チョコレート無しでショコラッテが呼べたら新発見だ!

検証してみたい、この花少しだけ分けてもらえないかな。


「イリエスはね、香りだけじゃなくて、蜜もすごく甘いんだ」

「そうなの?」

「のみたい!」


ピョンピョン跳ねるモコに、サクヤはクスクス笑う。

私も飲んでみたい。

確か花の額の部分をちぎって下から吸うと飲めるんだよね。


「ハルちゃん!」


セレス達も来た。


「随分甘い香りがするな」

「ほら、イリエスが咲いてるんだ!」

「へえ」

「知ってる?」

「ああ、これ、蜜がすごく甘いだろ」


そう言ってセレスは花をポキンと摘んで、えっ!

額の部分をちぎって蜜を吸う。

い、いいの? 勝手にそんなことして。


「ん、甘い」

「ねえセレス、勝手に摘んでいいの?」

「これだけ咲いてるんだ、構わないさ」

「流石は王者の風格といったところでしょうか」

「うん、ビックリしたよ、やっぱり王子様なんだねぇ」


キョウとサクヤが感心してる。

急にセレスは何かに気付いたように顔を赤くして「あ、あとで謝っておくよ」って目を逸らした。

もう、仕方ないな。


「えいっ」


私もイリエスを一輪摘んで、額をちぎって蜜を吸う。

わあ、本当に甘い!

砂糖とハチミツの間みたいな甘さだ、花の香りと合わさって蜜も蕩けるみたいな味がするよ。


「おいしい~ッ」

「はる、ぼくも! ぼくものむ!」

「いいよ、はい、どうぞ」


もう一輪摘んで、今度はモコに。

モコもイリエスの蜜の味が気に入ったみたい。

気付いたらサクヤとキョウも蜜を吸ってる。


「わ、美味しいよこれ」

「ああ、想像の倍は甘い」

「お前ら」


カイだけ蜜を吸ってない。呆れて私達を見てる。

セレスがイリエスを一輪摘んで、カイにグイッと突きつけた。


「こうなったら共犯だ、お前も吸え!」

「嫌だね」

「ええ~っ、カイも吸ってみなって、美味しいよ?」

「ええ、思いがけない甘露ですよ」

「ぼく、これすき!」

「俺を巻き込もうとするな、大体虫じゃねえんだ、花の蜜なんか吸わねえ」

「ハルも吸ってるのに?」


サクヤが首を傾げたら、カイはグッと言葉に詰まる。

私のことはともかく、本当に美味しいよ。

だけど叱られるかもしれないから、決めるのはカイだ。

目が合ったカイに何となく笑い返す。

カイは「ああ、くそッ」って頭を掻いて、セレスの手からイリエスをパッと取った。

そのまま額の部分をちぎって蜜を吸う。


「どう?」

「如何ですか、カイさん」

「おいし?」

「甘い」


サクヤとキョウ、モコに訊かれたカイは、渋い顔で答えた。

甘いのが気に入らなかったのかな。


「吸ったな! これでお前も共犯だ!」


セレスが嬉しそうに笑う。

サクヤも「皆で叱られようね」ってバツが悪そうに肩を竦めた。


「ねえハル、もうこの際だしオーダーの分も摘んじゃいなよ」

「流石にそれは、謝ってから改めて頼むよ」


そこまでしたら、ここを管理している庭師や竜だけじゃなく、兄さん達にまで叱られそうだ。

セレスが不意に「おーい、モルモフーッ!」って辺りへ呼びかける。


「プイ!」


花壇の影から麦わら帽子を被ったモルモフが飛び出した。

可愛い!

もしかして庭師もモルモフなのかな。

呼べばどこにでも現れるね。なんだかロゼ兄さんみたいだ。


「すまない、事後報告になるが、ここに咲いているイリエスの花の蜜を吸わせてもらった」

「構わないプイ、ご主人様方から皆様には邸内で自由に過ごしてもらって構わないと言われましたプイ、庭の植物もお好きにどうぞ、プイ!」


本当?

それならオーダーのオイルの素材に幾らか採取させて欲しい。


「じゃあ、庭の草花は好きに摘んで構わないんだな?」

「はいプイ、ただ刺のあるものや、毒を持っているものもありますプイ、その辺りはお気を付けくださいプイ」

「分かった」


訊いてくれたセレスと、許可をくれたモルモフにお礼を言う。

麦わら帽子のモルモフの傍へ行って「大切に使わせてもらうね」って喉の辺りをコチョコチョすると、気持ちよさそうに首を伸ばした。


「はぁ、たまりませんプイ、僕らナデナデされるの大好きプイ」

「そうなの?」

「プイ、でもご主人様方はあまり撫でてくださいませんプイ、僕ら、本当言うとご褒美はナデナデやコチョコチョが嬉しいプイ」


そういえば、ニャモニャの里でも小さなニャモニャたちは撫でるとすごく喜んでいたな。

喉をゴロゴロ鳴らしながらしっぽをピンと立てて、フフ、可愛かった。

モルモフも同じなんだ。

もしかしたらラヴィー達や、ワウルフ達も同じだったのかもしれない。


あれ、いつの間にかあっちこっちからモルモフが覗いてる。

よーし!


「集合!」


立ち上がって両手を広げると、一斉に集まってきた!

周りじゅうモルモフだらけだ!


「わあー! モルちゃんがこんなにいっぱい、可愛い!」

「艶々でフワフワだなあ、ハハハッ!」

「意外に毛が飛ばないんですよね、よしよし」


サクヤとセレス、キョウも、モルモフたちを片っ端から撫でまわす。

皆、短い尻尾をピコピコさせて嬉しそう。

プイプイの大合唱だ!


「やめろっ、俺はお前らを撫でたりしねぇッ!」

「いいな、ねーはる、ぼくもなでて!」


カイは囲まれて困ってる。

私に抱きついてきたモコのこともナデナデ、ふふッ、モコもフワフワだね。


暫くモルモフたちを撫でまわして、モフモフをたっぷり堪能させてもらった。

モルモフたちも満足そう。

最初に呼んで来てくれた麦わら帽子のモルモフが「感謝するプイ、皆様、あっちにアジランジアも咲いてるプイ」って教えてくれる。


「アジランジア!」


ベティアス産の原種を商業連合で品種改良して種として定着した花で、花の頃は確かに今。

やった! アジランジアまで咲いてるなんて!


「アジランジアも貰っていい?」

「どうぞプイ、なでなでのお礼プイ、好きなだけ摘んでいいプイ!」


モルモフたちに案内されて場所を移動する。

花壇の一角、わあ、アジランジアだ、それも青系統とオレンジ系統の両方が咲いてる!


「何だかアジサイに似てるね」

「でもアジサイはこの花のようにグラデーションの掛かった色にはならないよ、不思議だ」

「確かアジサイって土壌の水質によって色が変わるんだろ?」


セレス、よく知ってるね。

サクヤとキョウもアジランジアを興味津々に見ている。


「アジランジアは品種改良の方向性で株が二種に分かれたんだ、その特徴は主に色と香りに現れているんだよ」

「香り?」


それぞれの花の香りを確かめて、セレスは「確かに違うな」って頷く。


「青い方は清涼感がある、オレンジの方は柔らかくて暖かな香りだ」

「簡単に説明するとね、まずディシメアーに原種の花があるんだけど、これは育成環境によって色と香りが変化するんだ、だからそれを―――」


アジランジアについて話している間に、セレスが取り出したナイフで花の株を幾つか切り取ってくれた。

綺麗に咲いている株より、香りの強い株を選んである。

嬉しい、オーダーを理解してくれているんだね。


「有難う、勉強になったよ、ハルちゃん」

「はい、有意義な学びでした」

「すごいねえハルは、私、ちょっと難しかったかも、えへへ」


サクヤ達にも喜んでもらえた。

私は好きだから知ってるだけだよ。

皆もきっと同じだよね、好きなら詳しく知りたくなる、そういうものだと思う。


両腕いっぱいにイリエスとアジランジアだ、はあ、大満足!

早速部屋で抽出機にかけよう。

戻りながら香りの芳香性も決めて、組み合わせはどうしようかな、アジランジアは系統ごとに分けるのと、合わせたものを用意しよう。


「有難う、私、そろそろ部屋へ戻るよ」

「じゃあ私も! ハルが調香するところが見たい! いいかな?」

「うん」

「では私もお邪魔させていただきます」


セレスとモコは兄さん達に私のことを頼まれているから。

サクヤとキョウも一緒に来ることになったけど、カイはどうするのかな。


「ねえ、カイはどうするの?」


サクヤに訊かれたカイはそっぽを向く。


「どうせ暇だ、ルルはメルとばかり話してるしな」

「へえ、寂しいな? お兄ちゃん」


セレスがニヤニヤしてカイに言う。


「それでハルちゃんに会いに来たのか」

「フン、別に、それだけってわけじゃねえ」

「は?」

「お前こそ調子に乗ってんじゃねえぞ、当然みたいな顔しやがって」

「だったらなんだ」


また喧嘩になりそうな二人の間に、サクヤが「どう、どう」って割って入る。


「二人とも、好きな子を困らせるのよくないよ?」

「うぐッ、す、すまないハルちゃん」


謝るセレスと、目を逸らしたカイも「悪い」って呟いた。

それは別にいいけど、すぐに言い合うのはなるべく控えて欲しいよ。


「しかし、盛り上がってきたね、サクヤ」

「そうだねキョウ、ますます目が離せないよ」

「先人の言葉通りだ、現実より面白いショーはない」

「ホントホント、どうなっちゃうのかな、ドキドキするよ!」


またサクヤとキョウが何かの話で盛り上がってる。

二人を見ながらセレスは苦笑いして、カイは先に歩きだしながら「先行くぞ」ってどんどん屋敷に戻っていく。


「はる、いこ!」

「うん」


私もモコと手を繋いで歩きだす。

楽しみだな。

まだ呼べたことがない精霊が来てくれると嬉しい、早く色々試したい。

ここの庭へ出て本当によかったよ。


――――――――――

―――――

―――


それから、二日経った。


ノヴェルの居所も、魔人の行方も、まだ掴めていない。

兄さん達も出掛けてばかりだ。

竜も国境から戻らない。


だけど私はすっかり回復して体調もいい。

サクヤとキョウも元気そう。

トキワは、道具だった間の影響も殆ど無くて、アキツにいた頃の調子が戻っているそうだ。

ルルも毎日ぐんぐん元気になってる。

様子を見に行くたび嬉しそうに話しかけてくれるから、すっかり仲良くなった。

明るくて元気で、寡黙なカイとは方向性が違うね。

カイはたまに「うるさい」って言うけど、私は賑やかで好きだよ。


本当に、皆、よかった。

後はこれまでに起きた『粉』にまつわる出来事の清算をするだけ、全ての始末をつけるだけだ。


皆と一緒に広間で朝食をいただいた後、部屋に戻ってセレスとモコと今日は何をしようか話していたら、扉が叩かれた。

パヌウラだ。

硬い表情で「皆様、至急お仕度を」と告げてくる。


「何があった?」


尋ねたセレスに、パヌウラの顔つきがもっと険しくなる。


「オルム本社、及び、バイスー本社がミゼデュースの大群に襲撃されております、恐らくカナカ会長の仕業だろうとのこと、先に向かうので皆さまも急ぎ来られたしとリュゲル様より伝言です」

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