新しい友達
はいって明るく返事をしたセレスとは対照的に、ロゼは複雑そうな様子で改めて狩りをしに林の奥へ向かう。
「何かあったら必ず僕を呼ぶように」って念を押していったけど、その時ずっとセレスを見ていたんだよね、なんでだろう。
セレスが目をキラキラさせながら見詰め返したら、渋い顔して背中を向けて行っちゃった。
「よし、それじゃあ、さっきの続きだ」
「リュゲルさん、私は何をすればいいですか?」
「そうだな、セレスは野草の類の見分けはつくか?」
「えーっと」
エヘヘ、と苦笑いするセレスに、リューも笑って「それなら薪を集めてくれ」と頼む。
「分かりました!」
「かまどは作れるか?」
「それくらいでしたら、お安い御用です!」
「なら火を頼む、俺とハルはもう少し食材を探してくる」
「はい、騎獣の番もお任せください!」
ドンッと叩いた胸が大きく揺れる。
うー、別に羨ましくなんかないもんね、私はまだ発育途中なだけだから。
「何かあったら俺達を呼んでくれ」
「お気遣い感謝します、要らぬ気遣いかもしれませんがリュゲルさんもお気を付けて!」
「ああ、有難う」
「ハルちゃんも、怪我しないようにね」
「うん」
親切だなあ。
やっぱりセレスっていい子だよ。
それからまたリューと一緒に山菜や野草を詰んで回った。
結構沢山取れたな、ついでに豆や、根菜の類まで取れちゃった、やったね。
「なかなか大漁だな、これだけあれば数日持つぞ」
「うんっ」
「よし、セレスのところへ戻ろう」
戻ってみると、かまどができて、火が焚かれていた。
番をしているセレスの近くで、クロとミドリは草を食んでいる。
ロゼはまだ戻っていないみたい。気付いたセレスが立ち上がっておかえりなさいと笑顔で迎えてくれた。
「用意済んでいます、鍋吊りも組んでおきました!」
「へえ、用意がいいな」
「有難うございます!」
「セレス、凄いね」
「そうかな、へへッ、有難う」
照れ笑いするセレスに、私とリューも笑う。
早速リューが下ごしらえを始めたところで、おおいと声がしてロゼが戻ってきた。
「師匠!」
「おかえりロゼ兄さん!」
「ただいまハル」
私にだけ返事して、ロゼは担いでいたシカを下ろす。
もう、仕方ないな。
それにしても大きい、肉付きのいい牡鹿だ。
「大物を仕留めてきたな」
「これくらい普通だろう」
「まあいいか、おかげで何日か食材を集めなくて済みそうだ、助かったよロゼ」
「君の期待に応えられて何よりさ」
ニコッと嬉しそうに笑ったロゼを見て、セレスが頬に手をあてながらほうっと息を吐く。
そんなにロゼのことが好きなんだ。
確かにロゼは綺麗だし、強いし、憧れる気持ちはよく分かる。村でも皆に好かれていたもんね。
「さて、それじゃ飯を作るぞ、ハル、手伝ってくれ」
「はーい」
「ロゼはセレスと火の番を頼む」
「な、何ッ」
「了解しましたぁッ」
固まるロゼに近付いて、セレスはまた目をキラキラ輝かせながらじっとロゼを見詰める。
ロゼが無視して火の近くへ座ると、今度は少しだけ離れた場所に座って、やっぱりまだロゼを見ている。
「ええい、いい加減僕を見るな、視線が鬱陶しいッ」
「はい師匠ッ」
「見るなと言っている、お前は耳が遠いのか?」
「耳は結構いいです、師匠!」
「だから師匠と呼ぶなと、はあ、どうしてこうなった」
うーん、仲良くして欲しいな。
セレスに悪気は無いようだし、だけどロゼが本気で嫌なら止めないとだし、難しいよ。
どうすればいいか迷ってリューを見たら、視線に気付いたリューは軽く首を振ってから、また黙々と牡鹿の解体を続ける。
今のところ様子見ってことかな、確かにセレスの事情もまだ分からないままだし、もう少し打ち解けたらロゼもあそこまで嫌がらなくなるかもしれないよね。
よし、オーダーを使おう。
取り出した香炉にオイルを垂らして、熱石に魔力を通すと、清涼感のある香りがフワンと漂う。
「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで、私の声に応えておくれ」
現れた輝きの気配は水の精霊アクエ、よかった、ちゃんと来てくれた。
「この桶を綺麗な水で満たして」
頼むと、空だった桶があっという間に澄んだ水で満たされる。
光は私の周りをクルクル飛び回り、パッと一際強く輝いて消えた。
よし、これで具材を洗って、煮炊きする水の確保ができたぞ、有難うアクエ。
「ハルちゃん、君、オーダーが使えるのか!」
いつの間にか傍に来ていたセレスが目をまん丸くして私と水で満たされた桶を交互に見る。
「うん、そうだよ」
「凄いな、ここまで使いこなせるなんて、初めて見たよ、流石師匠の妹君だ!」
「ほめ過ぎだって、でも、有難う」
「どういたしまして、可愛くてそのうえオーダーが得意だなんて、本当に君って素敵だね」
「あ、うん」
えーっと、流石に恥ずかしい。
照れてまごつきながら具材を洗い始めると、セレスも手伝ってくれた。
下拵えがあらかた済んだ辺りで、解体と肉の処理が終わったリューも来て、三人で料理を続ける。
メインのお鍋はリュー、私は麦粉を水で練って即席のパン作り、セレスは私とリューの手伝い。
ロゼは、ムスッとしながら火の番をしている。
不機嫌を感じ取ったクロとミドリにまで遠巻きにされて、すっかり拗ねてるなあ。
きっとお腹が減り過ぎたんだ、早くご飯を食べさせてあげよう。
「気に入らない」
「はいはい、そう思うならお前も手伝え」
「僕は何をすればいい」
「この肉にこの塩を揉み込んで、手頃な大きさに切り分けてから串に刺して焼いてくれ」
「分かった」
ムスッとしたまま肉を焼き始めるロゼ。
そんなロゼをまた目をキラキラと輝かせて見詰めるセレス。
どうして『師匠』って呼ぶのか、後で訊いてみよう。
―――そうこうしている内に食事の用意が済んで、皆で火を囲むようにして適当に腰を下ろすと、一緒に食べ始める。
こうして食事をとるのはもう何度も経験したけれど、その時の採れたてをその場で調理して食べるのって楽しい。
何でもリューが美味しくしてくれるおかげだよね。
「ふぉっ、リュゲルふぁん! このなへ、ふごくふまいへふっ」
「食べながら話すな、行儀が悪いぞ」
「んぐっ、す、すみません、でも本当にうまいです、まさか外でこんなうまい料理にありつけるなんて!」
「それはどうも」
「ハルちゃんが作ってくれたパンも凄くおいしいよ」
「えっ、えへへッ、有難う」
「師匠!」
ロゼはさっきから無言だ。
鍋の汁を椀に注いでモリモリ食べてる。よっぽどお腹が減っていたんだね。
「師匠が焼いてくださったこの肉最高です、塩加減が絶妙で幾らでも食べられる!」
「お前は遠慮という言葉を知らないのか」
「あ、はい、腹を壊さない程度にしておきます」
「違う、そもそも僕はお前なんかのために肉を焼いたりしない」
「恐縮ですっ」
リューが「噛み合ってない」とぼやきながら溜息を吐いた。
話しているうちに打ち解けるかもしれないし、ここはまだ見守ろう。
「ところでセレス、君の話を聞かせて欲しいんだが」
「はい、何なりと」
「見聞の旅をしているそうだが、そのはぐれてしまった従者のことも含めて、君はどうしてあの場所で戦っていたんだ?」
食事中の手元を休めて、セレスは話し始める。
「私の家はその、結構名前が知られていて、具体的なことはお話しできませんが、私は姉弟の末なんです」
「上にお姉さんが?」
「はい、姉が二人と兄が二人います、でも一番上の姉は随分前に出奔して、兄たちは昔からあまり仲がよくなくて」
さっきのセレスの表情を思い出す。
今もどこか少し寂しそう。
家族の仲が悪いなんて想像できないけど、きっと悲しいよね。その事をずっと気にしているんだろうな。
「私には家督を継ぐ権利もありませんから、小さな頃からずっと余り者扱いされていました、でも最近になって一番上の兄がエルグラート国内視察の名目で見識を広げるよう仰って」
「それで旅を?」
「はい、一族の者としてふさわしい教養をと、そのために世間を見て回るのは良いことだと、私を送り出してくださったのです」
「従者も付けてくれたんだな」
「そっちはもう一人の兄です、最初は一人旅の予定だったんですが、私を気遣って付けてくださいました」
「だけど今は行方知れず、と」
「はい、まったく、あいつ」
そう呟いて、セレスは「一体何のための従者だか、ふざけた奴ですよ」って憤慨する。
気持ちに合わせて表情がくるくる変わるから、見ていて飽きないよ。今はちょっと不謹慎かもしれないけど。
「その従者、先に目的地へ向かっているだろうと話していたな」
「私達はネイドア湖へ行く途中でした、だから、多分あいつはネイドア湖で私と合流するつもりだと思います」
「主人の君を探しもせずに?」
「我先に逃げ出すような奴ですから、それにお恥ずかしい話ですが、実はこれが初めてではないんです」
「それは、何と言うか」
「マテリアルが使えるっていうのに、魔物や盗賊と遭遇するたび悲鳴を上げて逃げ出して」
「悪いが流石に呆れる、セレス、君は随分と苦労しているようだな」
うんうん、私もリューに同感。
でも愚痴っぽくならずに頑張っているんだから、格好いいな。私と同い年くらいなのに。
行き先もネイドア湖で私達と同じだし、出来れば一緒に連れていってあげたい。
リューへ視線を向けたら、リューも私を見る。
目が合うとちょっと笑ってから、分かった、って答えるように頷いた。気持ちに気付いてくれたのかな。
「セレス」
「はい」
「俺達の行き先も君と同じネイドア湖なんだ、だから」
「え!」
「リューッ」
驚くセレスの声と、ロゼの大声が重なった。
ハッと振り返ってまた瞳を輝かせるセレスの熱視線を避けながら、ロゼは体ごと乗り出して「何故こいつにその話をするんだ!」ってリューに訴える。
「隠さなくてもいいだろう、この先も一人でネイドア湖まで行くなんて危険が過ぎる、流石に見過ごせない」
「まさか連れていくつもりなのか?」
「ハルの友達だからな」
「冗談じゃない!」
勢い立ち上がったロゼがつかつかとリューに近付いていく。
だけど、その手前にセレスが飛び込んで「師匠!」とロゼを見上げた。
「なっ、なんだ、邪魔だ、僕の視界に入り込むな!」
「この先もご一緒できるなんて光栄です!」
「僕は許可していない!」
「ロゼ、今も言ったが、その子はもうハルの友達だ」
パッとこっちを振り返るロゼ。なんだか必死だ。
えーっと、ははは。
「ハル!」
「お願いロゼ兄さんッ」
「なん、だと、まさか君まで、そんな」
あ、あー、落ち込んじゃったかもしれない。
フラフラとさっきまで座っていた辺りへ戻って、またストンと腰を下ろした。
ごめんロゼ、だけど私もセレスを放っておけないよ。
俯いてしょんぼりしているロゼの傍に、今度はリューが歩いて行って隣に腰を下ろす。
「なあロゼ、お前の気持ちは汲んでやりたいが、流石に年頃の女の子を一人で放りだしたら寝覚めが悪い、だから頼む」
「うう、君達が結託して僕を裏切るなんて思いもよらなかった」
「人聞きの悪いこと言うなよ、確かにちょっと変わった、いや、個性的な子だけど、今のところ実害は無いだろう?」
「僕はまとわりつかれて迷惑している」
「それはそうかもしれないが、なあ、やっぱりダメか?」
黙り込んで、それからぽつんと「君はズルい」と呟いたきり、そっぽを向くロゼを眺めてから、その背中をポンポンと叩いて「大丈夫だ」とリューは私とセレスに笑いかけてくる。
「セレス、よければ一緒に行こう、確かに君はかなり腕が立つが、それでも女の子だ、一人にはしておけない」
「な、なんてことだ、ああ―――お兄様」
「え」
「貴方こそ本物の紳士、是非敬わせてください、お兄様!」
それは却下、と即答したリューとロゼの声が綺麗に重なった。




