動き始める商人達
翌朝早く、セレスとモコに起こされた。
急いで支度して、部屋の外で待っていたモルモフに案内されて広間へ向かう。
―――緊急の話って何だろう。
広間には兄さん達とカイが居て、それにエレとラーヴァも揃って私達を待っていた。
「おおハル! 今朝もなんと愛いことか! ほんに眼福じゃあッ」
「会長、惚けている暇はない、事態は焦眉の急だ」
「うるさいのう、分かっておる!」
モルモフに席へ促されて椅子に掛ける。
私達の着席を待って、早速ラーヴァが話を切り出した。
「取り急ぎじゃ、状況が動いたぞ、まずグレマーニに国家反逆罪の罪状が下った」
えっ、それって。
驚いている間に話は続く。
「現在出頭命令が出ておる、奴は王家で匿われているものとばかり思っていたが、連合内の邸宅へ戻っていたそうじゃ」
「モルモフたちの情報網でも掴みきれなかった、つまり、また魔人が絡んでいる可能性が高い」
「グレマーニを切り捨てるつもりか」
リューの言葉に「恐らくそうじゃろ」とラーヴァは頷く。
「加えてペッグも高飛びしようとしておる、港に船を用意しておったんじゃ、小癪な」
「そちらの情報も掴んでいなかったのか?」
「面目ない」
「呆れたな」
「そう言うでない、出立される前に尻尾を掴んだのじゃ、それでチャラにしてたもれ」
「魔人、いや、こうなってくると国内に情報操作を行っている者がいる」
「カナカ代表、ノヴェルだ」
「違いないのか?」
「彼奴以外でこんな真似ができるものはおらんよ、なにせ腐っても御三家一柱じゃからな」
そのノヴェルは現在居場所が掴めないらしい。
「国外逃亡の可能性は?」
「会長の言葉の繰り返しになるが、ペッグも逃亡前に情報を捉えた、流石にそこまで後手には回らない」
「我らの情報網を甘く見てもらっては困る、まあ今回はそれなりにしてやられたが、国外逃亡すら見逃すほどザルではないわ」
「となると、国内の何処かに潜伏しているのか」
「現在モルモフたちに総力を挙げて探させている、発見は時間の問題だ」
「その辺りのお前たちの見込みはいまいち信用ならない、モルモフの努力は認めるが」
「なんとっ」ってラーヴァはショックを受けたように声を上げる。
エレも同じ雰囲気だ。
相変わらず兄さんは竜たちに厳しい。
「妖精びいきじゃ! おのれ、後で彼奴等の毛を毟ってやるッ」
「やめておけ会長、そんな真似をすればいよいよ内申が下がる」
「ぐぬぬっ」
今の発言を聞いて、モルモフたちが広間の隅に集まりながら震えてるよ。
毛を毟るのはやめて、私もそれは止めるよ。
リューがラーヴァに軽蔑するような目を向けている。
「あの、ではリュゲルさん、取り急ぎペッグから対処していかれますか」
私の隣の席についているセレスが、リューに声を掛けた。
「そうだな、グレマーニに罪状が下ったということは、既に公的機関が動いているはずだ」
「商業連合の治安を司るガーディアン達ですね」
「ああ、奴も滅多な真似は出来ないだろう、これから急ぎペッグを押さえに行く」
「分かりました、お供いたします」
「頼む、おい、竜!」
リューが呼ぶと、ラーヴァはますます悲しそうに卓にかじりつく。
「よよよっ、なんでじゃ! せめて名前で呼んでくれんか? のう、リュゲルよ」
「何だ」
エレの方は普通だ。
「グレマーニはひとまずそちらへ任せたい、どうだ」
「心得た」
「構わんがぁ? もし魔人が出てくれば流石に我らとて手に余すやもしれん、じゃからダーリンを」
「却下だ」
ラーヴァが全部言う前にリューはぴしゃっと跳ね付ける。
さっきからロゼは一言も喋らない。
二人とも本当に竜が好きじゃないんだな。
「およよぉッ!」
「それより何故グレマーニだけ罪を問われたんだ?」
リューの質問にエレが「それは」と答えてくれた。
「一昨日、エロール大劇場にて惨劇を起こした魔物が変異したグレマーニの娘だという証言が多く上がり、既に持たれていた件の粉の製造に関与していた疑惑と合わせて、国と国民の財産と生命を著しく脅かす危険性ありと司法が見做したからだ」
「娘が切欠になったわけか」
「ほんにふざけた親子じゃよッ、あ奴のせいで我の大劇場が! どれだけの資本が! 金が! あぼーんしたと思っておる! まったく許せん!」
「まさかお前達が政府に働きかけたんじゃないだろうな」
「ん? なんのことじゃ?」
「忙しくしていると聞いたが」
「我々は善良なる一国民として国家を憂い、日々の安寧を守るため労を惜しまない、それだけのことだ」
「難しいことはよく分からんのう、それよりとっととペッグとグレマーニをひっ捕まえてギューッと搾りあげてやらんと気が済まん!」
「あの二人は既に用済みだ、如何様に処理してもらって構わない」
「おい」
怖い。
竜の思想ってやっぱり過激で独特だ。
「まあいい、これで話は済んだな」
リューが席を立つ。
隣の席に座っていたロゼも腰を上げる。
それを見たセレスが立って、私も、カイも立ち上がると、モコも椅子からピョンっとおりる。
「ペッグが向かった港は、先日そちらのハーヴィーが調査に赴いた場所だ」
「へえ」
エレの言葉にカイが頷く。
そういえば、ルルの傍に付いていなくていいのかな。
「なら案内ができる、俺も付き合ってやる」
「いいのか? 君は妹さんが」
「ルルのことはメルに任せてきた、だから気にするな」
そうか。
任せたんだね。
訊いたリューもなんだか嬉しそうな顔をしてる。
「あいつが移動に耐えられるくらい回復するまでまだ暫く掛かりそうだ、だからその間は手を貸す、デカい借りができちまったからな」
「そんなことは気にするな」
「兄妹揃ってお人好しかよ」
「なんだ?」
「いーや、とにかく手伝ってやる、まあ、不要だってんなら大人しく引っ込むが」
「まさか、助かるよ」
カイもついてきてくれるなら力強い。
今度は兄さん達もいるし、負ける気がしないよ。
魔人が現れたってきっと大丈夫だ。
「よし、急ぎ向かおう、だがカイ、その、君は」
「ぼくがのせるー!」
手を挙げたモコを見て、カイが溜息を吐く。
「大丈夫か?」
「へーき、かいね、もうおえってならないよ」
「お前だけな、ったく、空に慣らされるなんて最悪だぜ」
「えへへ、だってね、ぼくとかい、なかよしだから、ねー?」
「うるせぇ」
カイがモコの頭をわしゃわしゃ撫でまわして、モコはキャーキャー騒ぐ。
二人もすっかり友達なんだね、嬉しいな。
「それじゃモコ、俺も乗せてくれ」
「いーよ」
「ロゼ、お前はハルとセレスを頼んだ」
「承ろう」
振り返ったロゼが私へ向かって腕を広げる。
「ほらおいで! おはよう、僕の可愛いハル、お兄ちゃんが港まで大切に抱えて運んであげよう」
「よろしく兄さん、セレスも行こう?」
「あ、ああっ! よろしくお願いします、師匠!」
不意に「待て」とエレに呼び止められた。
「王子よ、出立前に劇場で回収した品を引き取って欲しい」
「私か?」
「そう、貴殿の得物だ」
モルモフたちが重厚な雰囲気の箱を持ってきて、開くと何か布で包んで収められている。
手に取ったセレスが布を解くと、中から砂漠で貰った剣が現れた。
「これは! 無事だったか、よかった」
「いいや、その剣に触れた者が数名傷を負った、恐るべき魔剣だ」
「我もよう触らんぞ、そんな物騒なもんをよく振り回せるものじゃ、気持ち悪ッ」
「なッ!」
「魔力を持たないアサフィロスならではだろう、ある意味恐ろしい」
セレスは複雑そうに受け取った剣を携える。
でもよかった、魔人にも対抗できるって言われた剣だ。
モルモフたちは劇場で回収した私達の持ち物を他にも色々と持ってきてくれた。
香炉、それからオーダーのオイル。
兄さん達に預かってもらっていた荷物と合わせて、手早く何を持っていくか選んで支度を済ませる。
「それじゃ行くぞ」
「はい!」
広間を出て、屋敷の庭へ。
廊下を移動しながらカイに近付いて話しかける。
「ねえカイ」
「ん?」
「ついてきてくれて嬉しいよ、有難う」
「おう」
昨日の夜のこと、ちょっと思い出すな。
二人だけの秘密だよね。
モコはカイを運んだから、私達が会っていたって知っているけど。
「なんだよ」
「ううん! 頑張ろうね!」
「はいはい」
やっぱりそっけない。
だけど前より雰囲気が柔らかくなったような気がする。
だって友達だからね! ふふ!
―――って、ちょっと浮かれているかも。
いけない、いけない。
今から向かう港で戦いになるかもしれないんだ、気を引き締めよう。
「な、なあ、ハルちゃん」
セレスに声を掛けられる。
どうしたの?
「あの」
「あ、剣、壊れなくてよかったね」
「え? ああ、うん」
「私、しっかり支援するからね」
「そうか」
「セレスを守るよ」
「分かった、私も君を守るよ」
頑張ろう。
―――庭に着くと、モコがポンッと羊の姿になった。
その背中にリューとカイが乗って、私はセレスと一緒にロゼに抱えられる。
翼を広げた二人は一気に空へ!
「おおっ、何度見てもすごい、絶景だ!」
「空って気持ちいいよね」
「そうだな!」
セレス、嬉しそう。
「港はあちらか」
先に方向を決めて飛び始めたモコに、ロゼもついていく。
カイが案内しているんだろう。
前に話を聞かせてもらった交易港。
竜たちに知られないよう船を用意して、ペッグは外国へ逃げようとしている。
その前に捕まえないと。
―――本音を言えば、すごく怖い。
またレクナウみたいなことになるんじゃないかって予感がしている。
でも、そんなの納得いかないよ。
『粉』のせいで大勢死んだ。
実際の被害や二次災害、それに製造過程で、どれだけの命が奪われたか分からない。
その罪の重さも知らずに、魔物になって討伐されておしまいだなんて、誰も何も救われないよ。
ペッグはできれば捕まえたい。
自分がやったことを全部投げ出して逃げるような卑怯者は許されない。
人として司法の裁きを受けて、その罪を償って欲しい。
「ハルちゃん」
セレスに見つめられる。
私も頷き返して、ロゼに「兄さん」って声を掛ける。
「なんだい、ハル」
今、思い出したこと。
レクナウもペッグと同じ指輪を着けていたことを話す。
「そうか」
「やっぱり関係あるよね?」
「僕のハルは慧眼だ、無論あるとも」
「なにか知ってるの?」
「いいや、今はまださ、だが既に推論は立っている、現物を見れば全て分かるよ」
「うん」
「心配はいらない、一昨日と異なり、今回は僕とリュゲルがついている」
そうだね。
でも、覚悟はしておこう。
遠くに輝く海原が見え始めた。
大きな港に繋がれているたくさんの大きな船。
その手前に広がっている、あれはきっと話に聞いた倉庫街だ。
マキュラムの交易港。
とうとう着いた。
あの場所のどこかに―――ペッグがいる。




