星明かりのお茶会
休ませてもらっている部屋へ戻ってきた。
リューとモコはメルを見つけたかな。
気になるけれど、気付けばいつの間にか夕方だ。
夕日が空を赤く染めている。
「ねえセレス」
「どうしたハルちゃん?」
「ちょっとお腹が空いたかもしれない」
思い返せば昨日の朝に食べたきりだよ。
セレスが笑って「そうだな、私もだ」って自分のお腹をさする。
「何か用意してもらおう、できればリュゲルさんの手料理が食べたいところだが」
「兄さん達、メルを見つけたかな」
「ああ、今頃は屋敷へ戻る最中だろう、それにしてもあいつは素直じゃない」
「ふふっ、だからって喧嘩しちゃダメだよ」
「それはごめん、気をつけるよ」
だけど昨日は協力して戦っていたし、お互い好きに言い合えるのは仲がいい証拠だよね。
違うなんて言っていたけど、きっとカイはセレスのことを友達だと思ってる。
セレスもそんな雰囲気だ。
そういえば『喧嘩するほど仲がいい』って言葉があったよね。
「ハルちゃん、何が食べたい?」
「何でもいいけど、甘いのがいいかな」
「よし」
セレスは部屋にモルモフを呼んで、食事を用意してもらえるよう頼んでくれる。
やっぱり頼りになるね。
「もうじき日が暮れるな」
「そうだね」
「劇場は、きっとまだ酷い有り様だろうな」
「うん」
大勢亡くなっていた。
あの時劇場にいた大支配人のレイやコノハナソルジャーの皆は無事かな。
心配で不安だ。
長椅子に掛ける私の隣にセレスが座って、体をよせて、優しく抱いてくれる。
胸に顔を埋めて目を瞑った。
落ち込んでも仕方がないのは分かっているけれど、やっぱりつらいよ。
亡くなってしまった人や獣人はどうか安らかに。
そして助かっても体や心に深い傷を負ってしまった皆は、その傷が早く癒えますように。
「ライブ、滅茶苦茶になったね」
「そうだな」
「悔しいよ」
「ああ」
「ベルテナは可哀想だと思う、でもやったことは許せないんだ、こういう気持ちはよくないのかな」
「いいや、私も同じだ、だがいつまでも恨みを引き摺るわけにはいかない」
「そうだね」
「片をつけよう」
「うん」
「君は私が必ず守る、いつだって、何度でも」
「私もセレスを守るよ、傍にいてね」
「ああ」
大丈夫だ。
顔を上げて目元を拭う。
セレスが優しく微笑みかけてくれる。
「お食事、お持ちいたしましたプイ~」
扉が開いて、料理を乗せた台を押しながらモルモフが部屋へ入ってきた。
わ、いい匂いがする!
「有難う」
「いえいえ、本来であれば会食の場を設けたいところですプイ、ですが皆さまお疲れのご様子、主人からもお客人の申し出を第一にと言付かっておりますプイ」
「そっか、ねえ、エレとラーヴァは?」
「お忙しいご様子プイ、どちらもただ今屋敷には不在ですプイ」
「そうか」
それなのに、私達を屋敷へ受け入れて、モルモフたちに世話するよう言っておいてくれたんだね。
感謝しよう。
「食べ終わりましたらワゴンに乗せて部屋の外へ出しておいてくださいプイ、それからこちらはお着換えですプイ、お隣の部屋でお湯を使えますプイ」
「色々有難う」
「ごゆっくりおくつろぎくださいプイ、ご用があれば何なりとお申し付けくださいプイ」
「うん、そうさせてもらうよ」
モルモフの頭を撫でて、耳の後ろをコチョコチョ掻いた。
気持ちよさそうにうーっと首を伸ばしたモルモフは、丁寧にお辞儀をして部屋を出ていく。
フワフワだったな、ふふ。
「さて、食べて体も綺麗にするか」
「うん、ねえセレス」
「一緒には入らないぞ」
「どうして?」
「はあ、いつも言ってるだろ、私は半分男なんだ、だから」
「でも今は女の子だよね?」
「そうだけど」
この話はいつも平行線だ。
セレスはなかなか納得してくれない、どうすれば気にしないで一緒に湯を使ってくれるようになるんだろう。
食事が済んで、隣の部屋の浴室を使わせてもらって、すっかりさっぱりした。
セレスと寛いでいると、扉を叩く音の後でリューとモコが部屋に入ってくる。
「はるぅーっ!」
「モコ!」
「えへへぇ、ただいま!」
「お帰りなさい」
メルは見つかったのかな。
訊いたら、見つけて連れて戻ってきて、カイ達の部屋へ送り届けてきたらしい。
「彼女なりに思うところが多くあるようだが、その辺りも含めて話すと言っていた」
「カイとルルなら大丈夫だよ、二人ともメルが好きだから、本当の気持ちを聞けてきっと嬉しいと思う」
「やっぱりお前なんだな」
「え?」
「いや、何でもない、同じことをモコもメルに言っていた」
モコが?
そうか、モコもメルを励ましたんだね。
同じラタミルだし、言葉が胸に届いたんだろう。
でも、カイとルル、それにきっとメルとも、ここでお別れだ。
すごく寂しいよ。
またディシメアーの海へ行けば会ってくれるかな。
「ハル」
向かいの長椅子に腰掛けて、不意にリューが真面目な顔をした。
「この一件が片付いたら、エルグラートへ向かう」
「うん」
「俺はお前にずっと言っていないことがあるな?」
思いがけずドキッとした。
―――きっとパナーシアのことだ。
唱えられることに意味がある、その理由を私はまだ兄さん達から教えてもらっていない。
「エルグラートへ向かう前に、そのことを話す」
「はい」
「すまないな、隠すようなことではないんだ、だが」
言いかけたままリューは黙り込む。
本当は話したくないって雰囲気だ。
聞いてもいいことなのかな、兄さんが嫌なら、私は知らないままでも構わないよ。
「兄さん」
呼ぶと、リューは笑い返してくれる。
だけどなんだか寂しそうで、隣へ移ってギュッと抱きついた。
「ハル?」
「兄さん、大好きだよ」
「ああ」
「だから気なんか遣わないでね、お願いだよ」
間があって、髪を撫でられる。
大きくて温かい、大好きな掌だ。
「分かっているよ」
「うん」
「お前は幾つになっても甘えてばかりだな、もうすぐ十六だろう」
「誕生日まではまだあるよ、それまでは子供だよ」
「ああ、そうだな」
「うん」
「ハル、ハルルーフェ」
見上げたら、優しく微笑み返された。
兄さん、大好き。
「お前が幾つになっても、どこへ行って、何になろうとも、お前は俺の大切な妹で、俺はお前の兄さんだ」
「うん」
「いつまでも頼ってくれていい、好きなだけ甘えろ、幾らでも応えてやる」
「本当?」
「ワガママはダメだぞ?」
「言わないよ、もう」
ずっと傍にいて。
兄さん達がいてくれたら、私、何も怖くないよ。
「さて、それじゃ俺は、ちょっとロゼを探しに行くかな」
あれ、そういえば一緒じゃないね。
てっきりついていったと思っていたけど、ロゼはどこに行ったんだろう。
「モコはここに残るだろ?」
「うん」
「それならハルを頼む、セレスも、傍に付いていてやってくれ」
「はい!」
「じゃあな、お前達、少し早いがおやすみ、いざという時に備えて体をしっかり休めておけよ」
「おやすみなさい、兄さん」
「おやすみー!」
長椅子から立って扉へ向かうリューを見送った。
兄さん、また明日。
「羨ましい」
セレスが小さく呟く。
何が? と思って「どうしたの?」と尋ねたけれど、何でもないと笑われた。
「しかし、確かに寝るのはまだ早過ぎるな、テラスで少し風にあたろうか」
「うん」
「ぼくも!」
「それなら飲み物と軽食を用意してもらおう、三人で星を眺めながらお茶会だ」
「わあ、楽しそうだね、やろう、やろう!」
「うん! やろー!」
モルモフを呼んでお茶とお菓子の用意を頼んでから、部屋にある卓と椅子を外の眺望台へ運び出す。
夜風が気持ちいい。
今、うっすら感じた甘い匂いは何の花だろう。
「皆、今頃どうしてるかな」
「部屋で休んでいるんじゃないか」
「あのね、さくやときょーは、ときわとおはなししてるよ」
「えっ」
「かいとめるもおはなししてる、るるはねてる」
「見えるのか、モコちゃん」
「うん」
頷いて、だけどモコは「でも」と顔を曇らせる。
「みえると、こわい」
「怖い?」
「うん」
もしかして昨日のことかな。
見えても言えない、それどころか何もできない、知っているのに。
それは凄く怖いに違いない。
あと、きっと悔しい。
「モコ」
フワフワした銀色の髪を撫でる。
私を見上げる瞳の空色、まるで真昼の空が詰まっているみたい。
「いつも有難う」
「はる?」
「モコが怖くないように、私、もっと強くなるからね」
「だいじょぶ、ぼく、はるまもる!」
「それでもだよ、私にもモコを守らせてよ」
「うん」
「二人とも、私もいることを忘れてもらっちゃ困るっ」
セレスにモコと一緒に抱き寄せられる!
わっ、ふふ! もう、セレス!
「せれすもいっしょ!」
「そうさ、私も君たちを守る、一緒なら絶対に負けたりしない!」
「うん!」
「そうだね、モコ、セレス、これからもよろしくね」
「こちらこそ」
「はーい!」
不安なことだらけだけど、私も、モコも、セレスも、一人じゃない。
兄さん達だっていてくれる。
もしまたモコが怖い予知を視てしまっても、そんなのきっと覆せる。
「皆様、お茶とお菓子をお持ちいたしましたプイ」
「お、来たぞ、さあ座って、座って」
「わあ、全部美味しそうだよ、有難う」
「プイプイ、お茶をお淹れいたしますプイ」
「わーい、たべよーっ」
星空の下で、眠くなるまで三人でお茶会だ。
こんな楽しい時間がずっと続いて欲しい。
―――でも、まだいつかは分からないけれど、近いうちに必ず状況が動き出す。
せめてその時まで怖いことや不安なことは脇に置いておこう。
皆で笑って過ごすんだ。
ひっそりと忍び寄ってくる暗い影を跳ね除けるために。




