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思いがけない同行者

振り返った女の子が驚いた表情を浮かべた。

爪が振り下ろされる前に、リューが頭食いの足を切りつけて転倒させる。

その間にロゼが女の子を抱えて飛び退きながら「イグニ・ハーサー!」とエレメントを唱えて、炎の矢を頭食いへ打ち込んだ。

相変わらずの無詠唱、ロゼって本当に何でも出来る。

燃え上がり、苦しみのたうつ頭食いの胸の辺りをリューが貫いてとどめを刺した。

ほとんど瞬きの間の出来事だった。

凄い。

言葉を交わさなくても、それぞれが最適な行動を取って、共通の目的を果たす。

お互いのことを分かり合い、信頼し合っていないとできない連携だ。

私もいつか、あんな風に戦えるかな。

―――頑張ろう。

なれるかな、じゃない、出来るようになるんだ。

剣を振って鞘に戻したリューがこっちを振り返るから、慌てて木陰から飛び出して二人の所へ向かう。

私だけ見ているだけだった。

肩でモコが翼をパタパタ動かしながらピイピイ鳴いてる。さっきの二人の戦いぶりに『凄い』って興奮しているみたい。


「兄さん!」

「見ていたか、ハル」

「うんっ、凄かった!」

「いや、そうじゃないんだが」


少し気まずげに指で頬を掻いてから、リューは改めて「連携の感覚は掴めたか?」と私に訊いてくる。

あ、そういうことか。


「うん、でもまだ難しそうだよ」

「単独での戦い方と、集団での戦い方には違いがある、少しずつ慣らしていこう、俺達となら赤の他人より連携を取りやすいはずだ」

「そうかなぁ」

「余計な気を遣わなくて済むだろ、それに兄妹だ、お前の考えそうなことくらい見当がつく」

「うっ、私はそんなことないけど」

「だったら分かるようになれ」


普段と戦闘中じゃ全然違うよ。

それはともかく、さっきの女の子は大丈夫かな?

ロゼが向かってくれたから無事なのは間違いないだろうけど。


「ロゼ?」


呼ぶと、振り返ったロゼはあからさまに顔を顰めている。

そしてすぐ傍に立つ女の子は胸の前で両手の指を組んでじっとロゼを見上げたままだ。

どうしたんだろう?


「助けてくれ、リュー、ハル」


不意に「ああ」とリューまで渋い表情を浮かべた。

私とモコだけ頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる。


「ししょう」


ぽつりと聞こえた声に、なんだろうと改めて女の子を見る。


「師匠と呼ばせてください、師匠!」


えっ。

今度はリューまで一緒になってポカンと固まった。

ロゼは体を震わせている。

女の子の目がキラキラだ、そういえばあの位置からだとロゼの顔がちゃんと見えるし、今ロゼは認識阻害の眼鏡をかけていない。


「強くて美しい、貴方こそ私が探し求めていた理想の姿だ、師匠!」

「お前は何を言っている」

「師匠!」

「ち、近付くな」

「師匠!」


ええと、やっぱり聞き間違いじゃなかったみたい。

ロゼを『師匠』と呼んだ女の子は、恭しく足元へ跪いて、爪先に顔を寄せていく。

慌てて飛び退くロゼに、見上げて不思議そうに首を傾げた。


「師匠、ぜひ御身へ服従の口付けを」

「待て待て、お前は何を言っているんだ、流石の僕でも理解不能だぞ」

「貴方のようになりたいのです、私の師匠になってください!」

「断る!」

「師匠!」


何がどうなっているの?

また振り返ったロゼが必死に「リュー、助けてくれ、リューッ」と叫ぶ。

呼ばれたリューは手で額を押さえながら溜息を吐いた。


「取り敢えず場所を移動しよう」

「リューッ」

「お前も来い、そっちのお嬢さんも、その、取りあえず着いてきてくれないか?」


女の子はパッと立ち上がって「分かりました!」と笑顔で答える。

明るい雰囲気の可愛い子だけど、ちょっと変わっているかもしれない。

ひとまず、待たせていたクロとミドリの手綱を引いて、微妙な空気のまま場所を移動することになった。

女の子はロゼの傍でずっと目を輝かせながら、ロゼを見つめ続けている。

そのロゼは絶対に女の子の方を見ようとしない。


「ね、ねえ、あのっ」


思い切って女の子に声をかけてみた。

だって気になるよ。少なくとも悪い子には見えない。


「君、名前は?」

「えっ、ああ、ごめん、まだ名乗ってなかったね、私はセレス」

「セレス」


ロゼを見上げて、うっとりした表情を浮かべてから、今度は私の傍へ小走りで駆け寄ってきた。

改めて近くで見ると凄い美人だ。

二重の目元は穏やかで優しそう、睫毛長いなぁ、スッと通った鼻筋に艶々した唇、高い位置で一括りにした髪は動くたび光りながらサラサラと揺れる。目も髪もオレンジ色で太陽みたい。

服の裾から覗く肌は真っ白で滑らか。なによりその、胸が、うう、これはティーネといい勝負だ。


「可愛いお嬢さん、君の名前は?」

「えッ、あっ、あの、私はハルだよ」

「ハルちゃんかぁ」


こんな風に名前を聞かれたのって初めて。

ちょっとドキドキした。

セレス、何だかいい匂いがする。


「名前も可愛いね、その子は君のペットかな?」

「あ、ううん、友達だよ」

「そうか、ペットなんて言ってごめん、初めまして小鳥さん、君もよろしく」


肩に止まっているモコが尻込みするように鳴いた。


「この子の名前は?」

「モコ」

「可愛いね、もしかしてハルちゃんがつけたの?」

「そうだけど」

「やっぱり、そうだと思ったよ」


随分気さくな人だな。

前を歩くリューがチラチラこっちを見ている。気付いたセレスはリューにも駆け寄って自己紹介をした。


「初めまして、セレスです、先程は助けて頂き有り難うございます」

「い、いや、気にしなくていい、俺はリュゲルだ」

「リュゲルさん、よろしくお願いします!」

「ああ」

「それで、あのぅ」


急にモジモジして、セレスは一番後ろを歩くロゼを振り返る。


「その、師匠のお名前は、なんと仰るのでしょうか?」

「あ、ああ、ロゼだ」

「ロゼ様!」


ロゼがキッとリューを睨む。

どうして名前を教えたんだって顔してる、リューは困ったように首を振ってまた前を向いた。

セレスはさっきと同じように胸の前で両手の指を組みながら「師匠、ロゼ様、師匠」って繰り返している。


「お名前も素敵だ、やはり、あの方は私が目指すべき至高の存在」

「ね、ねえ、セレス」

「ん? 何だいハルちゃん」


やっぱりちょっと変わった人なのかも。

こっちを向いてニコッと笑い返してくれるから、それでも何だか話しやすい。


「セレスは一人で何をしているの、もしかして、冒険者?」

「うーん、当たらずとも遠からずってところかな、見聞の旅さ」

「見分の旅?」

「そう、お供がいたんだけど、はぐれちゃってね」


元々一人じゃなかったんだ。

はぐれたって、それは色々と心配なんじゃないかな。


「大丈夫なの?」

「あいつのことなら多分平気、妙に悪運の強い奴だからね、それに主人の危機に勝手に逃げ出すような薄情者だ、今頃は先に目的地へ向かっているんじゃないかな」

「そ、そうなの?」

「多分ね、まあでも途中で魔物に襲われたとして、それって自業自得だろ、流石にそこまで面倒見きれないよ」


随分さっぱりしているんだ。

あれだけ強いし、旅をする以上危険は避けられないって割り切っているのかもしれない。


「ハルちゃんみたいに可愛い子ならともかく、あんなのを探すだけ時間のムダムダ」


うーん、少し違うかな?

どう答えたらいいか分からなくて苦笑いしたら、顔を覗き込まれて「有難う、君って優しいね」って囁かれた。

セレスは女の子なのに、なんだか顔が熱いよ。


「ところでリュゲルさんと君と、その、し、師匠は、どういうご関係なのかな?」

「二人は私の兄さんだよ、一番上の兄さんがロゼ」

「兄妹か!」


仲が良さそうで羨ましい。

そう言って笑うセレスから寂しい気配がして少し気になった。

セレスは兄弟いないのかな。


「こんなに強くて格好いいお兄さん達で、ハルちゃんはさぞ鼻が高いだろうね」

「えへへ、うん、そうだよっ」

「やっぱりそうか」

「うん」


兄さん達を褒めてもらって嬉しい。

セレスのこと好きになりそう、ううん、もう好きになってる、友達になりたいな。


「ねえハルちゃん、私達友達になろうよ」

「えっ」


思いがけず気持ちを読まれたのかと思ってビックリした。

驚く私に、セレスも驚いて「もしかして嫌?」って心配そうに訊いてくる。


「う、ううん、全然嫌じゃないよ!」

「そうか、よかった」

「私も友達になりたいなって思っていたからビックリしたんだ」

「嬉しいよ! それじゃ、これからよろしく!」

「うん!」


嬉しい。

まさか旅の途中で友達ができるなんて。

だけどカイとも知り合えたし、この先もっと色々な人と出会って仲良くなれるのかも、楽しみ!

手をギュッ、ギュッと握ってくるセレスに、私からもギュッと握り返した。


「ハルちゃんって意外と力が強いんだね」

「え、そんなことないよ、普通だよ」

「フフッ、力持ちの女の子って可愛いと思うよ、私も力持ちだし!」

「そっか、そうだね、フフ、そうかも!」


セレスと話しているとなんだか楽しくなってくる。

並んで歩いていたら、後ろからゴホン、ゴホンと咳払いが聞こえてきた。

すぐセレスが振り返って「師匠!」と目を輝かせる。


「おい、お前」

「はい! 何でしょうか!」

「僕を師匠と呼ぶのをやめろ、それから僕のハルに近付き過ぎだ、傍から離れろ」

「はい師匠、ハルちゃんとは友達になりました!」

「だから何だ、離れろと言っている、それから僕を師匠と呼ぶな」

「師匠!」

「だからやめろと言っている!」


強いな、セレス。

こんなにはっきり言われているのに、全然引く気配がないよ。

前から溜息が聞こえてきた。

振り返ったリューが「二人ともやめないか」と間に割って入ってくる。


「セレス」

「はい!」

「取りあえず話を聞かせて欲しい、状況が分からない事には、このまま君を連れていくわけにもいかない」

「そうですね、分かりました」

「ひとまずこの辺りで休むぞ、食事にしよう」

「了解です!」

「はーい!」


セレスのお腹がキュルルッと鳴いた。

ハッとして、赤くなりながら笑って誤魔化すセレスに、つられて私も笑っちゃう。


「ご、ごめん、朝から何も食べてなかったから、実はその、お腹が空いていてさ」

「リューは料理上手だよ」

「そうなんだ」

「私も作るから、いっぱい食べてよ」

「えっ、ハルちゃんの手料理か、やった、嬉しいなぁ!」


今度は物凄い音がして、振り返るとロゼがお腹を擦りながら恨めしそうな目でこっちをジトッと見詰めていた。

リューがまた溜息を吐く。えーっと。


「に、兄さんもお腹が空いたんだね?」

「そうだとも! 僕もたくさん食べるぞ、ハル!」

「はい師匠!」

「お前は遠慮しろ、それから僕を師匠と呼ぶな!」


いよいよ頭を抱えたリューが唸った。


「もういい、いいからさっきの通り、ロゼは肉、俺とハルと、それからセレスは他の食材調達だ」

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