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サイレンコール

「サクヤああああッ!」


這いずりながら追ってきたレクナウの手が、転んだサクヤの脚を掴む前に、駆け寄ったセレスがサクヤを抱え上げる。

そのまますぐ戻ってきた。


「ね、ねえ、君さ、セレスだよね?」

「ああ」


急にどうしたの?

セレスに下ろされて立ったサクヤは、改めてセレスを見上げた。


「君ってさ、男の子でもあったんだ?」

「えっ、あッ! いやその、これはッ」


あ、そうか。

サクヤはまだセレスの体質『アサフィロス』のことを知らなかったんだ。

慌てるセレスに、サクヤはちょっと笑って「大丈夫だよ」って声を掛ける。


「セレスはセレスなんでしょ? そうなんだよね、ハル?」

「うん」


そうだよサクヤ、男の人でも、女の子でも、セレスはセレスだよ。

何も変わらない。

私達の友達だよ。


サクヤに返事した直後、ぐらりと眩暈を覚えた。

なにか、こえが、あたまにッ?


「ハル?」


あの歌声が響いてくる。

いたいッ、目の前がなんだか暗くなってきた。

どうして?


「ちょ、ちょっと、セレスまで、どうしたの、ねえ!」


セレス?

サクヤの言葉を聞いて、セレスを見る。

様子がおかしい。

目を見開いて、歯を食いしばりながら唸っている。

別の叫び声も聞こえてきた。

レクナウだ。

私達と同じように、頭を抱えてのたうち回っている。


この声、ルルの歌声。

こわい。

感情が滅茶苦茶にされる、あたまが、うまく、まわらなくなってくる。

こわい、こわいよ、いやだ、やめて。

おかしくなる。

気が、狂いそうだ。

壊される。

わたしがこわれて、めちゃくちゃに、なるッ!


ふっと楽になった。

あれ?

別の歌声と、鈴の音だ。

顔を上げたら、傍でサクヤが歌いながらトキワの鈴を鳴らしていた。

―――聞いたことのない言葉と、不思議な旋律の歌。

これ、アキツの言語かな。

なんだか心地いい。

ホッとするような、気持ちが軽くなっていくような、そんな歌声だ。


「あ、あれ?」


セレスも不思議そうにしている。

だけど―――レクナウだけはまだ苦しみ続けている。


「ぐおおおおおおおおおおおおおッ!」


バキン、と何かが割れる音がした。


見上げたら、水槽にヒビが入っている。

歌い続けるサクヤと、私を、セレスが抱き寄せた。


「うおおおおおおッ、ぐおおおおおおおッ!」


床に倒れたままでのたうち回るレクナウの手に、何か光るものがある。

あれは指輪?

見覚えがある。

同じものを飛行船に乗った時、カナカ商会会長のノヴェルと、傘下の奴隷商バロクスが着けていた。


水槽の中では水がいよいよ激しく渦を巻く。

合わせてヒビも広がっていく。

このままだと水槽が割れる!

中にある大量の水が、割れたガラスと一緒に押し寄せてくる!


「ハルちゃん」


セレスが私達を抱く腕に力を込めた。


「今から逃げても巻き込まれる、なによりサクヤちゃんの歌声が途切れたら、またあの声に呑まれるぞ」

「そうだね」

「このまま防ぐしかない、大丈夫だ、君たちは俺が必ず守ってみせる」


有難う、セレス。

私もセレスを守るよ。


「エレメントを唱えて防壁を作るよ、気休め程度にしかならないだろうけど」

「平気なのかハルちゃん、体調は?」

「だいぶ回復したからやれる」

「そうか、分かった」


「頼む」ってセレスに軽く肩を叩かれる。

任せて、私もやれることをしよう!


「土の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ」


エレメントの詠唱に入る。

水槽の中で激しく逆巻く水に赤い髪を揺らめかせて、歌い続けるルルの姿は何だか泣いているみたいだ。

胸が苦しい。


「汝の力をもって、我が欲する望みを」


ルルの腕に抱かれている、カイの姿が動いた気がした。

ゆっくり顔を上げていく。

―――カイ!

手を伸ばして、ルルの頬に触れた。

気付いたルルが視線をカイへ移して、歌声が、止んだ。


カイがルルを抱きしめる。

ルルも、カイを抱きしめた。


「グガッ、グガガガガッ!」


な、なに?

振り返るとレクナウの様子がおかしい。


「ガガッ、グガガガガガッ!」


足が、両腕が、壊れてしまう方向へ歪にねじ曲がって。


「グゴガガッ!」


手の甲を突き破り、鉤爪のようなものが生えた。

全身からいきなり黒い毛が生えてレクナウの姿を覆い尽くす。

その胴の辺りからも一対の脚が生えた。あれは、虫の脚?

どんどん大きく膨らんでいく。

最後に唯一元の面影を残していた顔の両目がグルンとひっくり返って赤くなり、目の両脇にもう一対、赤い目が開いた。


「アガッ、アガガッ、アガガガガガガッ!」


口から昆虫の口が飛び出してガチガチと音を立てる。

今のレクナウの姿は、もう人と呼べない。

クモだ。

大きなクモ、これまで何度も見たことがある、人が変態して魔物になった姿。


「ザグヤァ、ザァグゥヤァァァァァァ!」


クモが不気味な声を響かせる。

だけどその声が聞こえていない様子で、サクヤは鈴を振りながら歌い続けている。


「ウグゥ、ザグヤァァァァァァァァ!」

「あいつもしかして、サクヤちゃんの歌声に阻まれて寄ってこられないのか?」


確かにそんな雰囲気だ。

毛むくじゃらの前脚を振り上げて威嚇のような行動をとっているけれど、傍に来ようとはしない。

頭の上からまたバキンと何か割れる音が響く。

水槽のヒビがもっと大きくなっている!


「まずい、ハルちゃん!」

「はい!」


今はレクナウを相手にするより、先にエレメントで防壁を作らないと!

改めて詠唱しようと開きかけた口に何か飛んできて張り付いた。

これ、糸?

クモの糸だッ、くるしい!


「ハルちゃんッ、くそッ!」


セレスが毟り取ろうとして伸ばした手にも糸が絡みつく!


「こんなものぉッ、ふざけるなよ!」


手に絡みついた糸をブチブチと引き千切って、私の口についた糸もセレスが剥がしてくれた。

急いでエレメントを唱えないと、完全に間に合わなくなる!


バンッと何か爆ぜるような音がした。

あっ!

水槽が、とうとう壊れて、水が!


セレスに抱き寄せられる。

ギュッとしがみついて目を瞑った。

―――声がした。


「ハーヴィーコール!」


冷たい。

水が流れていく、けど、あれ?

閉じていた目を開く。

予想していたよりずっと勢いがない。

どうして?


「お前達、無事か!」


カイだ。

ルルを抱えて水の中をバシャバシャと駆けてくる。

これはカイがやったの? ハーヴィーコールで水を操って私達を守ってくれた?


「ハル!」

「カイッ!」

「話は後だ、ルルに、妹に、治癒魔法を唱えてやってくれ」

「分かった」


近くで見ると、ルルは本当に酷い状態だ。

体のあちこちが不自然にえぐれて、生気もほとんど感じられない。

喉に何かで焼かれたような傷がある。

この術で声を封じられていたのか、だったら。


「パナーシア」


その焼け痕に触れると、指先がビリッとした。

パナーシアで癒せない傷はない。

術を治癒して消してしまえば、ルルはまた喋ることができるはず。


「っふ、あれ?」


閉じていた瞼がゆっくり開いた。

目の覚めるような、綺麗なサンゴ色の瞳が覗く。


「おにい、ちゃん?」

「ルル!」


叫んで、カイがルルを抱きしめる。

ルルもゆっくりカイの背中に腕を回して、また目をギュッと瞑った。


「きて、くれたんだね、お兄ちゃん」

「ああッ、遅くなってすまないッ」

「大丈夫だよ、信じてたから、きっと助けに来てくれるって」

「ルルッ!」


二人とも泣いている。

私も胸の奥がツンとする。

よかったね、カイ。

よかったね、ルル。

本当によかった、よかったよ。


「ザグヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


いきなり絶叫だ!

壊れた水槽の中に、レクナウだったクモがいる!


「お兄ちゃんッ」


しがみ付くルルを宥めるように撫でて、カイはルルを下ろす。

ルルは腰から下がまだ魚の姿のままだ。


「ハル、お前に妹を頼みたい」

「うん」

「俺はあいつをブッ殺してくる」

「カイ」

「セレス!」


怒鳴るように呼んで振り返ったカイに、セレスは拳で涙を拭いながら「なんだ」と答えた。

それを見て、カイは呆れたような顔をする。


「なに泣いてんだお前」

「う、うるさいッ、けどよかったなッ!」

「ああ、まあな」

「あいつをブッ殺すんだろ?」

「そうだ」

「手を貸してやる、俺も、奴だけは絶対に生かしておけない」


セレス、やっぱり優しいね。

ニッと笑ったカイは、辺りを見回して、壊れた檻から格子を一本折って手に持った。


「こんな獲物じゃ心許ないが、無いよりマシだからな」

「俺は素手でいける」

「ならハルにエレメントをかけてもらえ、直に触れると障りがあるかもしれない」


カイの言うとおりだ。

こっちを向いたセレスの体に触れながらエレメントを唱える。


「火の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、イグニ・レーヴァ・コンペトラ」


触れた対象を燃やす火の精霊イグニの加護だ。

拳に精霊の力が宿るから直に触れてしまうこともなくなる。

もう一つ、こっちは二人にかけておこう。


「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ディクチャー・ヴェンティ・レガート・ストウム」


これで風の精霊ヴェンティが守ってくれる。

―――最後にもう一つ。


「パナーシア」


カイに触れながら唱えた。

驚いて目を丸くするカイに「ダメだよ」って言う。

さっきまでうっすら血の匂いがしていた。

きっと意識を失う前に、ルルと同じように魔人に呪いの傷を負わされたんだ。


「この、お節介」


カイはちょっと困ったように笑う。


「さぁて行くぞッ、よくも俺の妹をこんな目に遭わせてくれたなァ!」


そういってクモの方へ向き直ったカイは、手に持った金属の棒を握りなおした。


「落とし前はきっちりつけさせてもらうぜ!」

「ああ、お前は踏み越えてはいけない一線を越えてしまった、その罪は、命を持ってしか贖えない!」

「覚悟しろ、この外道ッ」

「ここで引導を渡してやる!」


セレスも構える。

二人の後ろで、まだ鈴を振りながら歌い続けるサクヤと、濡れた床の上にすわり込むルルを、守るためにエレメントを唱える。


「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ヴェンティ・レガート・ストウム!」


風の精霊ヴェンティの加護が私達を包み込む。

―――もう、こんな酷い事はおしまいだ。

私もカイとセレスを止める気はない。

レクナウは今まで犯した罪を償う時を迎えたんだ、彼は裁かれなくてはいけない。


「いくぞッ!」

「おうッ!」


二人が同時に駆けだしていく。

クモも構えて前脚を振り上げる。

勝って!

私は皆を守る、絶対に守ってみせる!

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