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狂乱の宴 6:リュゲル視点

「おい、勘弁してくれないか」


うんざりしながら声を掛けるが、ロゼは「何のことだい?」なんてとぼけた様子だ。


「そのサイリューム、それとさっきの踊りも、一体何を考えているんだ」

「隊長!」


は? 何だ、急に。

さっきロゼと一緒になって踊っていた面々が、頬を紅潮させながら俺達を取り囲んでいる。

―――今はライブの中休み。

数時間に及ぶ長丁場の公演は、こうして前半、後半と、分けて行われるものらしい。


「先ほどのキレのあるダンス、お見逸れいたしましたぞ!」

「ところで貴殿は一体?」

「そちらのサイリューム、初めて見るものですな? 最新型ですかな、どちらでご購入を?」

「我らはサクヤ姫を慕い、尊きあの方を崇め祀るコノハナソルジャー! 貴殿の名を伺いたい、なんと申されるのか!」


コノハナソルジャー?

ハルから聞いた親衛隊か。

話しかけられているのはロゼだが、案の定まったく相手にしない。

やれやれ、しかし、以前ハルたちが世話になった方々だ。

俺からも礼を言っておかなければ。


不意にポケットから小さい声が聞こえた。


「動きがあったプイ」


競売か。

よりによってこんな時に、ライブの後半をまだ見終えていない。


「兄さん」


ロゼを軽くつつき、改めてソルジャーたちに会釈する。


「彼と俺は、その、プリ×プリの二人の兄です」

「おっ、おおっ! なんとっ」

「ご身内ッ」

「プリ×プリのお二人は、まさかの姉妹!」

「お静かに、急用ができたのでライブを抜けなければなりませんが、二人が世話になったので、俺達からも礼を」

「なんの! 姫を守るは我らが使命、サクヤ姫の妹分とあらば当然のことをしたまで」

「そうですぞ、兄上方、お二人の不在は我らが全力をもって埋め合わせていただきます」

「更に! もっと! サイリュームを振って踊りまくりますぞ!」

「お名残り惜しいとは思いますが、後はお任せください」

「そういえば、ふむう? 兄上方もなかなかの美形、ぐふッ!」

「ど、どうされた同士よ?」

「気をしっかり持てッ、誰か、救護はーんッ!」


認識阻害の眼鏡越しでも、ロゼをまともに見ようとするとこうなる。

騒ぎが大きくなる前に出た方がよさそうだ。


「モ、いや、ソラ」

「なーに?」

「お前は残ってくれ」

「わかった」


いざという時の備えと、モコもライブを見たいだろうからな。

何事もなく終わればそれでいい。

あとで後半がどうだったか聞かせてもらおう、つくづく名残惜しいな。


「私は一緒に行くわ」

「そうだな、ところでカイは」


会場内にはもういないようだ。

先に出たか、俺達も急ごう。

客席の間を進んでくメルの後から、俺もロゼを引っぱって歩く。


「嫌だ、リューッ!」

「諦めろ、こっちが優先だって言っただろ」

「任せておけばいい!」

「それでも俺は行くぞ、ついてきてくれないのか、兄さん」


途端にロゼは黙り込んだ。

俺だって我慢するんだから道連れだ、じゃなきゃ恨むぞ兄さん。


劇場から出ると、道端に停めた車の傍に立って俺達を待っているパヌウラが見えた。

カイも車の傍にいる。


「遅ぇぞ!」

「すまない」

「てっきり来ないかと思ったぜ、随分と浮かれていやがったからな」

「こいつと一緒にしないでくれ」

「リューッ」

「楽しかったわよ、カイも一緒にハルちゃんたちを応援してあげたらよかったのに」

「ざけんな、あんな真似するかよ」


言い捨ててカイは車へ乗り込む。


「パヌウラ、状況は」

「目星をつけていた三か所中、二か所にて動きがみられました」

「二か所?」

「どちらかは陽動かと」


なるほど、そういうことか。

だったら俺達は別行動だ。


「メル、君はカイと一緒に」

「ええ」

「俺達はもう一か所へ向かう、ロゼ、頼む」

「分かったよ、はぁ」

「もう少しやる気を出してくれ、さっさと片付けて戻るぞ」

「ふむ、そういうことなら急ぐとしよう」


そう言って俺をひょいと抱えて、翼を広げる。

直後には空の上だ。

そのまま目的地へと真っ直ぐ飛んでいく。


「やっぱり空の移動は早いな」

「障害物がないからね」

「それはお前くらいなものだろ」


商業連合の空には、他国の空と違う危険が数多ある。

だが、それでもこの空は安全な方だ。ラタミルに襲われないからな。

ロゼにはどのみち関係のないことだろうが。


本当にあっという間に着いた。

地上へ降りて、辺りを用心深く探る。


ここは、とある商人が建てた私設の美術館だ。

蒐集物の一部を公開しているそうだが、他の美術館の三倍の観覧料を取っている。

まったく、呆れるというか、商魂逞しいというか。

所有者の商人はカナカの傘下で、美術館の一角がオークション会場になっており、そこで取引が行われる可能性があるらしい。


「プイ!」


ポケットから小さなモルモフが顔を覗かせる。


「ライブ凄かったプイ、ハル様、可愛かったプイ」

「そうだろう?」

「劇場にも仲間が待機してるプイ、何かあればすぐ連絡が来るプイ」

「助かる、できれば後半がどの程度進行したかも教えて欲しい」

「了解プイ」


オークション会場で違法取引の現場を押さえる。

その際に起こった物的、人的被害や損失、全ての賠償はオルムが持つことになっている。

つまり手っ取り早く済ませるためには何をしてもいいということだ。

だったら、さっさと片付けて劇場へ戻ろう。

後半が始まって、客席に俺達がいないと気付いたハルが不安になるだろうからな。


「だが競売の参加者および関係者はなるべく生かして捕えて欲しいそうだ、更に繋がりを炙り出すためにな」

「ふむ」

「それと出品された物や生物に関しては可能な限り傷つけないように」

「いいよ、心得た」


話しながらロゼは美術館の正面入り口へまっすぐ向かっていく。

待て、まさかそのまま入るつもりか。

付近には恐らくオルムの実働部隊やガーディアン隊も潜んで様子を窺っているだろう。競売側に気取られたら混乱は必須だ。


「お、おい!」

「なんだい?」


普通に美術館へ入ったロゼに、受付が「本日は終了です」と声を掛けてくる。

ロゼが認識阻害の眼鏡を外す。


周囲の人影が全て倒れて動かなくなった。


「ああ、まったくもう!」

「手っ取り早いだろう?」


愉快そうに笑うロゼを見て、俺も少し眩暈を覚えた。

これが『魅眼』の力、まったく恐ろしい。

同じ能力を持つモコもいずれこうなるのかと思うと、今から頭が痛くなりそうだ。


「さて、このまま競売会場とやらに乗り込もうじゃないか」

「場所は分かるのか?」

「他愛もないことさ、ついておいで」


ロゼがいれば、もしかしたらオルムの実働部隊やガーディアンは必要なかったかもしれない。

案内されるまま美術館の一角へ辿り着いた。

壁に掛けられている大きな絵画をロゼが軽く手で押すと、壁ごと開いて通路が現れる。


「隠し通路、こんな場所に」

「稚拙な仕掛けだ、つまらない」

「それよりこの先に会場があるのか?」

「ああ、あるよ」

「客は」

「いるね、盛り上がっているようだ、こちらには気付いていない」


本命はここだったか、よし。

ポケットに潜んでいる小さなモルモフへ伝達を頼む。


「では、僕らはハルの歌声を聞くために戻ろう」

「まだ駄目だ」

「何故!」

「オルムの実働部隊とガーディアン隊がこちらへ向かっている、彼らに引き継ぎをしてからだ」

「なんだと、まったく!」


ロゼは腕組みしながら不満顔で鼻を鳴らす。


「それよりお前、眼鏡を掛けておけよ」

「君はいつでもそうだ、僕の気持ちを汲もうとしない」

「仕方ないだろ」

「優先順位はどうなっている、僕は常に君とハルが一番だ」

「俺はそうじゃないんだよ」

「君の一番も僕だろう!」


違う、一番はハルだ。

そう言い返そうとした俺を遮って、ロゼは不意に振り返る。


子供がいた。

くすんだ金髪の、陰鬱な雰囲気をまとう姿。

―――これは、この子は明らかにヒトじゃない。


「お前たちは害虫だな、鬱陶しいほどまとわりついてくる、そんなに僕を怒らせたいのか」

「ロゼ」

「リュー、あれは砂漠でハルを襲った魔人だよ」


なんだと。

驚いた直後に姿が消えた。

再び目の前に突然現れ、何かに弾かれて飛び退く。

その姿をロゼが魔力の矢をつがえて狙う。

俺も拳を構えた。


そこへオルムの実働部隊とガーディアン隊が到着してしまった。

こんな時に!


「現場はそちらの通路の奥だ、構わず向かえ!」


動揺している彼らへ呼びかける。

不意に子供が手を伸ばして何かを掴む仕草をした。

するとガーディアン隊の一人が俄かに苦しみだし、その頭部がひしゃげて潰れる。


「急げ!」


今の惨事を目の当たりにして状況を呑み込んだか。

実働部隊とガーディアン隊は通路へ殺到する。

オークションの方は任せていいだろう。

俺達はこいつの相手だ。

被害が大きくなる前に片を付けなければ。


ロゼが子供へ次々と魔力の矢を撃ち込んでいく。

全て命中するが、子供は構わず俺に襲い掛かってくる。

直前で避けたその手の一撃が壁を砕いた。

あんなのをまともに喰らったらただじゃ済まないぞ、直接相手にするべきではないか!


距離を取り、エレメントの詠唱に入る。

間をロゼが繋いでくれるが、魔人は俺ばかり狙う。何故だ?

ロゼとはまともにやり合えないという判断か。

だったらどうして姿を見せた? こちらが気付く前に物陰から俺を狙えばよかっただろう。


「リュゲル」

「なんだっ!」

「少しばかりあれの気を逸らせるかい?」


それくらいなら、何かするつもりか?

こんな狭い場所で、しかも美術品を傷つけないよう戦うには、色々と配慮が必要になる。

所有者を慮ってのことじゃない、この芸術を世に産みだした作家たちへの敬意だ。


「氷の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」


氷の精霊ガラシエ。

その凍てつく穂先で奴を貫け!


「ガラシエ・ペントラーレッ」


エレメントを唱え終える前に子供が間合いを一気に詰めてきた!


「ハーサー!」


その腹を氷の槍が貫き、子供の動きが止まる。

不意に姿がグニャリと歪むと、あっという間に圧縮されるように小さくなり、最後は球になってパチンと弾けた。


「有難う、おかげで片付いたよ」


ロゼが傍に来る。


「今のは」

「幻術だね、本体は別の場所だ」

「お前がやったのか?」

「ああ、そっちか、そうだよ、ゴミは丸めてポイさ」


俺が気を逸らす必要はあったのか?

まあいい、片付いたならそれで十分、今は言及している場合じゃない。


オークション会場へ目を向ける。

魔人の妨害は恐らくもう無いだろう。

後は任せて構わないか、彼らの問題だ。俺達はじゅうぶん役目を果たした。


「プイ!」


ポケットから小さなモルモフが飛び出す。


「たっ、たたっ、大変プイ、大変プイ!」

「なんだ?」

「魔人が現れたプイ!」


それは、今ロゼが片付けてくれたが。

小さなモルモフは震えながら続ける。


「ハル様とセレス様、それと、サクヤが攫われたプイ!」

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