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出会い

―――シャルークを出発して二週間と少しくらい。

改めて、ロゼって凄いなと身に染みて思う。

シェフルからシャルークまでの何事もなくのんびりとした道中が夢だったみたいに、魔物や盗賊に襲われる。

これは確かに通行手形や旅券が必要になるわけだ。

村でも採取の時たまに魔物が現れたけど、石を投げて追い払えたし、そこまで怖いと感じたことはなかった。

だけど森であんな体験をして、そして今、やっぱり魔物は怖い。そして人間も同じくらい怖い。


「ハル、そっちへ行ったぞ!」

「かっ風の精霊よ、我が希う声に応じてきッ、ダメッ、詠唱間に合わない!」

「何やってるんだッ」

「ヴェンティ・ボル・タージエンスぅッ」


渦を巻く風の刃が向かってきた魔物の表皮を浅く切りつけながら明後日の方向へ飛んでいく。

魔力が全然制御できてないッ、モコも頭の上でピイピイ鳴いて大騒ぎしてる!


「やッ、いやぁッ!」


逃げ出そうとすると同時に何かが飛んできて、間近まで迫っていた魔物を串刺しにした。

槍だ、弓の矢尻を太くて長い木の枝に紐で巻いて固定しただけの即席の槍、その槍が魔物を一撃で絶命させてしまった。


「ハル、大丈夫かい?」


振り返ると、ニコニコ笑いながらロゼが近付いてきて、急に力が抜ける。

こ、怖かった、ものすごく怖かった。


「おや、顔色が優れないな、まさか怪我をしたのか?」

「それはない、血の臭いがしない、こらハル!」


うう、今度はリューが怖い。

村にいた頃も容赦なく私を鍛えてくれたけど、旅に出て更に厳しくなった気がする。


「状況をよく見ろと毎度言っているだろう、ぼんやりするな、常に周囲の位置関係と、次に何をするべきか考えて行動しろ、思考を止めるな」

「ごめんなさい」

「お前はもう戦えるんだ、だから俺も手を抜かない、自分の命だぞ、しっかりしろ」

「はい」

「こらこらリュー、それくらいにしておけ、あまりハルを」

「甘やかしてハルの為になるのか?」

「い、いや、僕はそういうつもりでは」

「だったら口を挟むな、さっきもお前が加勢しなければ、ハルは大怪我を負っていたんだ」

「それは君がさせないだろう」


リューの迫力に圧されたようにロゼが黙り込む。

兄妹の中で一番強いのはリューだ。私もロゼもリューには逆らえない。

クロとミドリは少し離れた場所で私達を待ちながらのんびり草を食んでいる。

以前は加勢する意気込みを見せていたけれど、全然出番が来ないから、最近はそういうものだと割り切って専らあんな感じだ。相手にする数が多過ぎて持て余す時だけ、文字通り蹴散らしてくれる。

はぁ、強くなるのって大変だ。

エレメントを使えるようになっても無詠唱じゃ制御できないし、戦闘中に詠唱を始める頃合いの見極めだって今みたいに上手くいかないことの方が多い。

森ではカイを援護して、エレメントも無詠唱で使えたんだけどなあ。

いっそ武器を持とうかなんて考えもしたけど、そっちの方がもっと不安だ。接近戦は攻撃を外した時の危険が大き過ぎる。

リューは本当に凄いな。

ロゼも、手伝うばかりで前に出てこないけど、凄いことは充分に分かってる。

私だけまだまだでちょっとへこむ。

せめて後衛は立派に務められるようになりたいよ。


「ハル」

「はい」

「今夜また特訓するぞ」

「はぁい」


これも私の為を想ってのことだよね。

頑張れ私、強くなるんだ、いつかリューとロゼを守れるくらいに。


「よし」


ポンッと頭に手を乗せられて、そのまま撫でられる。

見上げると、リューは笑って「そろそろ食事にしよう」と言う。


「おお、その言葉を待っていたよ」

「やったぁ、お腹ペコペコッ」


肩に移動していたモコもピイッと鳴き声を上げる。

移動中はこの姿の方が都合がいいからってずっとこのままなんだよね。でも、モコもすっかり慣れた様子で、どっちの姿でも同じように過ごしている。

食事をとるならモコを元の姿に戻してもらわないと。


「食材調達するぞ、ロゼは肉だ」

「任せておけ、大物を仕留めてこよう」

「あまり大きいのはやめろ、後処理が面倒だ、精々イノシシ程度にしてくれ」

「心得た!」

「並みの大きさのイノシシだぞ、いいな?」

「ふむ、そうか、惜しいが致し方あるまい、了解した」


何かあったら大きな声でお兄ちゃんを呼ぶように!

そんなことを言いながらロゼは林の奥へ分け入っていく。

この辺りは木が多い。森と呼べるほどじゃないけど、見通しはあまり良くない。

だからさっきみたいにいきなり襲われることが多くて、正直疲れた。

ある程度は臭いで感じ取れるけど、経験不足の私じゃ気付いたって素早く対処できるわけもなくて、はあ、この先まだまだ思いやられるなあ。


「ねえリュー、これは食べられるキノコかな?」

「ああ、焼くと美味い、こっちの野草は煮込みに仕えるな、生でも食べられるぞ、齧ってみろ」

「うえぇ、苦い」

「この苦みがいいんだ、お前もそのうち分かるようになる」

「ずっと分からなくていいよ」


リューは私より食べられる植物に詳しい。

私もそれなりに分かるよ。村は自給自足だから、自然とこういう知識が身に付いたんだ。


「あっ、これ甘い花だ、やった、ねえリュー、ほら見て、甘い花が咲いてる!」

「ハル」

「うん?」

「お前はよく頑張っているよ」


急にそんなことを言われて驚いていたら、頭を撫でられた。

どうしたんだろう。

嬉しいけど少し照れ臭い。ちゃんと見てくれているんだ。


「へへ」

「だからと言って今後も手は抜かないからな、お前が一人でも戦えるように」

「兄さん達はずっと一緒にいてくれるんでしょ?」

「当たり前だ、けど、あの時みたいに離れ離れになってしまったら、俺はお前を守ってやれない」


リュー、まだ森でのことを気にしていたんだ。

今になってようやく私を強くしようと頑張ってくれる真意が分かった気がして、胸が熱くなる。

そうだよね、あの時、最悪死んでいたかもしれないんだ。そんなことになったらリューはどう思うだろう。もし私なら、後悔してずっと苦しみ続けると思う。

リューにそんな思いをさせたくない。

頑張ろう。

私の為だけじゃない、兄さん達のために、もっともっと頑張るんだ。


「兄さん、私、頑張るよ」

「ああ」

「すっごく強くなる、だから、これからもよろしくお願いします!」

「フフ、そんなに気負わなくていい、もしあの時みたいなことがまた起きても、俺は必ずお前を守る、約束する」

「頼りにしてる」


また頭を撫でられて、リューと笑い合った直後、どこかからドーンと大きな音が聞こえてきた。

驚いて振り返って音が聞こえた方角を探す。

ロゼが向かった先だ、まさかと思うけど、ロゼに何かあった?


「兄さん」

「行くぞハル、ミドリの手綱を頼む」

「はい!」


リューはクロの手綱を掴んで、緊張している二頭と一緒に木々の間を抜けていく。

暫く進むと、木立の先に開けた場所が見えた。

そこで―――誰かが魔獣と戦っている。


「ロゼじゃないな」


目を凝らすリューに頷き返す。

確かに違う、知らない人だ。

オレンジ色の髪を高い位置で一括りにして、甲冑を着込んだ細身の女の子。片方の手に大きな剣を持っている。

あの魔物は何だっけ、確か森にすむ大型の魔獣、名称は―――


「頭食いだ」


急に傍で声がして、飛び上がりそうになった私を大きな腕と手が抱えて口まで塞がれる。

目だけで見上げるとロゼが「やあ」とニッコリ笑った。全然気配がしなかったよ、いつから居たの?


「ロゼ、お前、何をしているんだ」

「君達も観戦に来たのだろう? なかなか見ものだぞ、体捌きがとても美しい」

「それはいい、あの子は誰だ?」

「僕が知るわけがない、さっき見つけたばかりさ、面白いから眺めていたんだ」


リューが深々と溜息を吐く。

今だけは私も同じ気分だ。ロゼ、そこは加勢に入ってあげてよ。

距離があってハッキリしないけど、多分、私と同じくらいの年頃の子だ。


「さて、あれは熊に勝てるかな?」


頭食いは森にいる熊を倍くらい大きくした魔獣で、名前の由来となった頭蓋骨をも噛み砕く牙は口の端から突き出るほど長く鋭い。

その牙を剥いて襲い掛かってくる頭食いに、けれど女の子は一歩も引かず、むしろ踏み込んで剣を振るっている。

ロゼの言葉通り間際で攻撃を避けるのが上手い、加えて、あんな大きな剣を易々と振りまわして、切ったり突き出したりする速度もすごく早い。

つい見惚れてしまった。

私と変わらない年頃の女の子が、両手で握った剣一本で頭食いをじわじわと追い詰めていく。

だけど、女の子が目の前の頭食いの胸に剣を突き刺した直後、背後の茂みが揺れて、現れたもう一頭の頭食いが前足を大きく振りかぶった。


「やれやれ」


そう呟くロゼの声が聞こえた時には、傍にいたはずのリューは無言のまま女の子目指して一目散に駆け出していて、ロゼも私を離すと溜息交じりに女の子の方へ向かっていった。

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