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狂乱の宴 5

セレスがベルテナ目指して駆け出していく!

その背中へエレメントを唱える!


「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよッ、ヴェンティ・レガート・ストウム!」


風の精霊ヴェンティの守りがセレスを包み込んだ。

勢いをつけて舞台から飛びあがったセレスは、構えた剣でベルテナを切りつける!


「ぴぎいいいいいいいッ!」


すごい声だ! 耳が痛い!

何か飛び出した? なんだろうあれ、金属の弾?

会場のあちこちに落ちると同時に爆発して、そこから火の手が上がる!


「ひどいいいいっ、どうしてええええっ、どうしてべるてなをいじめるのおおおおおっ!」


ベルテナに、もう元の面影はない。

長く大きな牙を生やした、ブタ。それが今の姿だ。

あんまりだよ。

確かにベルテナは酷い事をたくさんした、それは決して許されない。

だからって、こんな目に遭うなんて。

これが重ねた罪の代償? これがベルテナへの罰?

違う、おかしい。

獣人特区の時もそうだった、嫌疑の掛かった獣人が今のベルテナのようになって暴れて、討伐された。

だけどそれじゃ何も解決しない。

罪を償う機会を得られないなんて、ベルテナは自分が犯したことの意味さえ知らないままなんて。

報われないよ、誰も、報われない。


「あのこばっかりいいいい! ずるいいいいい! べるてなのものよ! ぜんぶ、ぜんぶ、べるてなのものなのおおおお!」


巨大な蹄は設備だけじゃなく観客まで潰す。

血が、人が、酷い。


「せれすさまもおおおおっ、この、すてーじもおおおおっ!」


セレスがまた切りつけて、ベルテナが悲鳴を上げる。


「ほうかんをいだくのだってえええ! ぜんぶ! ぜんぶべるてななのおおおおっ! なにもかもべるてなのものなのおおおおおお!」

「ふざけるなッ」


剣を構えながらセレスが叫んだ。


「お前の犯した罪は消えない、これまでお前が奪った全ては戻らない! そのことを棚に上げて、何を抜け抜けと!」

「わたしのおおおお! せれすさまはわたしのおおおおお!」

「お前を決して許さない、この名と民を守る使命にかけて、今、引導を渡してやるッ」

「どおしてええええ! べるてなのものなのにいいいい! べるてなのものなのよおおおお! いやっ! いやっ! いやああああああ!」


ベルテナはもう元に戻らないんだ。

反転湖の大蛇、サマダスノームのキメラ、獣人特区の獣人、それに、砂漠に現れた魔獣。

―――魔人だ。

やっぱり魔人が絡んでいる。

ベルテナには罪を償って欲しかった、だけどそれは叶わない。

それなら、ここで止めるしかない。

命を奪っても。


「はる」


呼ばれて振り向くと、サクヤの傍からこっちを見ている空色の瞳と目が合う。


「べるてなは、じぶんではめつした、はるがせおうことはなにもないよ」

「モコ?」

「おろかなむすめ、みずからをさしだしてなおよくする、けれどあやまちがむくわれることなどけっしてない」


ど、どうしたの?

急にそんなことを言って―――でも、少し楽になった。

許されることのないベルテナを、可哀想と思ってもいいのかもしれない。


あの子は、私とそんなに歳の違わない女の子だったから。


「ヴィーラセルクブレ、応えよ、我が助けとなれ」


香炉を揺らして唱えると、光の獣が現れた。

属性を持たない純粋な力そのものの精霊、大きいの、さあ力を貸して!


「逃げている皆を守って、これ以上誰も死なないように、お願いッ」


獣は吠えて、舞台から飛び出していく。

粉を吸っておかしくなった観客を蹴散らしながら、迫りくる炎を防ぎ、避難誘導している職員たちを守りつつ避難を手伝ってくれる。


私も行こう。

ベルテナを止めるんだ。


「はる!」


駆け出す後ろからモコが呼ぶ。


「あきらめちゃ、だめだよ!」

「うん!」

「ぜったい、だいじょぶだから!」

「分かってる!」


何もかも滅茶苦茶だ、こんなことになって凄く悔しい。


「セレス!」


ベルテナがセレスめがけて蹄を振り下ろす!


「イグニ・イクスミネイト・ハーサー!」


その蹄に無詠唱のエレメントを撃ち込むけれど威力が出ない、炎で一瞬怯んだベルテナの蹄をセレスが剣で弾く。


「ハルちゃん!」

「おまえええええっ! よぉくぅもぉおおおおおっ! べるてなのをとったああああっ、とったああああああ!」


義手だった方の腕からまた弾が発射された!


「ルッビス・ディフェソロー・ストウム!」


咄嗟に石の精霊ルッビスの力で防御癖を作るけど、防ぎきれない! 壁ごと吹き飛ばされる!

い、たいッ。

だけど衝撃は抑えられた、これくらいならまだ平気だ!


「水の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ! アクエ・ヴィメント・ティプル!」


今度は客席の出入り口付近へ向けてエレメントを唱える。

迫りつつあった炎を水の精霊アクエの降らせる水が幾らか防いでくれる。

駆けつけてきたセレスに「大丈夫か?」と抱き起こされた。


「平気ッ」

「ぷぎいいいいいいいいいいいいいっっっ!」


ベルテナがまた何発も弾をデタラメに撃ち出す!


「べるてなのよおおおおおお! この、あばずれ! はしため! またのゆるいばいため! ぷぎっ、ぴぎいいいいいいいい!」


セレスに抱えられて、飛び退き、弾の着弾から逃れる。

サクヤは大丈夫?

まだ歌声は響いている。

確認したらモコが魔力で壁を作って瓦礫や炎を防いでいた。有難う、モコ。


「ハルちゃん、怪我は?」

「これくらいならすぐ治るよ、それよりセレス」

「ああ、ベルテナはもうダメだ、可哀想だが、殺すしかない」

「うん」

「君が気に病むことはない」

「有難う、大丈夫、それよりあの砲撃をどうにかしないと」

「被害が拡大するな、腕を切り落とそうか」


危険だよ。

砲撃そのものは私がエレメントで食い止めよう。


「どうするつもりだ?」

「凍らせる、狙いを定める必要があるから、このままベルテナの傍まで連れていって欲しい」

「なッ、危険だ!」

「セレスが守って、だけど私が砲撃を止めたら、すぐ放り出してくれていい」

「馬鹿な! できるか!」

「セレスはそのまま攻撃して、大丈夫、自分のことくらい守れる」

「無理だ!」

「信じて、お願い」


ごめん、セレス。

だけど今は納得してもらう時間さえ惜しい。

じっとセレスを見詰める。

セレスも私を見て、苦しそうに表情を歪めた。


「大丈夫だよ、私達ならやれる」

「ハルちゃん」

「私もセレスを信じる、だから、一緒にやろう」

「ッツ! 分かった」


俯いて、でもすぐ顔を上げると、その目で真っ直ぐベルテナを捉えながらセレスは言う。


「だがハルちゃん、私が何より優先するのは君の命だ、これだけは絶対に譲らない」

「うん」

「そのためなら、ここにいる全員を見殺しにだってする」

「セレス」

「それだけは覚えていてくれ」


分かった。

でも、そんなことはさせないよ。


「行くぞ、ハルちゃん」

「うん」


ベルテナめがけて駆け出すセレスの腕の中から、エレメントを詠唱する!


「氷の精霊よ! 我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」

「ぴぎいいいいいいッ、ぶぎっ、ぶひいいいいいいッ!」


弾を撃ち出す義手の腕がこっちへ向けられた。

暗くぽっかり開いた射出口の奥が赤い光を帯びていく。


「ガラシエ・ラグレ・レーベロイ!」


その腕を凍らせる!

氷の精霊ガラシエの魔力が義手を氷で包み込む!


「セレス!」


セレスは唇を噛んで、苦しそうな顔をしながら、私から手を離す。

そして両手で大剣を握りベルテナへ躍りかかる!


「ヴェンティ・ボル・タージエンス!」


衝撃に備えて頭を守りながらエレメントを唱えた。

瓦礫だらけの舞台の上に、風の精霊ヴェンティが作り出す風の渦が現れる。

そこへ落ちて、かろうじて落下の威力を押さえられたけれど、色々なものがぶつかって刺さる。

痛ッ、血が出た。

ロゼが作ってくれた衣装もボロボロだ、でも怪我は想定よりずっと少ない。


あ、れ? 傷が、治る。

ハッとしてサクヤの方を見た。

あの歌だ、さっきからずっとサクヤの歌が私やセレスを癒してくれているんだ。


「ぴぎゃあああああああああ!」


セレスに切りつけられて吹き出したベルテナの血がここまで飛んでくる。

酷い恨みの血だ、これは呪いになるかもしれない。

絶叫して暴れるベルテナに、蹄の攻撃を除けながらセレスは一撃、また一撃と、確実に攻撃を加えていく。


客席の避難もほとんど済んだみたいだ。

大きいのもいつの間にか消えている。


だけど、そこらじゅうで倒れて動かないたくさんの姿。

まだ息があるかは分からない。

会場もボロボロだ。

さっきまで、眩しくて、賑やかで、あんなに楽しかったのに。


「べるてなのなのおおおおおおおおっ、ゆるさないいいいっ、ゆるさないいいいいいっ、ころすううううううううっ!」


怪我に治癒魔法を唱えて立ち上がる。

もう終わりにしよう。

祈りを込めて、両手を前へ差し出す。


「フルースレーオー、花よ咲け、温もりよ届け―――ヴァティー!」


掌から溢れ出す、燃えるように赤い花。

私の周りを埋め尽くして、そのまま劇場の床へどんどん広がっていく。

さむい。

だけど、からっぽのあの子を満たさないと、この騒ぎは収まらない。


「ぎぃッ!? い、いやっ、なにこれ、いやっ、いやああああああああ!」


エノア様から賜った花、ヴァティーがベルテナの足元まで広がると、ベルテナは急に苦しみだした。


「ぐるぢいっ、ぢがうのぉっ、だって、べるてなはっ、べるてなはああああっ、ちがうちがうちがうちがうちがう! こんな、はずじゃ、ぷぎいいいいいいっ」


可哀想、あの子もきっと被害者だ。

暴れるベルテナの目がこっちへ向いた。

ギラリと激しい色を映す。


「おまえええええっ! おまえなんかあああああっ! ぎらいだああああああっ!」


凍り付いた腕を何度も床に叩きつける。

ガラシエの氷が少しずつ砕けて落ちていく。


「べるてなのおおおおっ! とったあああああ! ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ! ゆるざないいいいいいいっ!」


血まみれで、傷だらけで、苦しそうだ。

その苦しみを大勢に与えてきたこと、ベルテナはどれだけ自覚しているだろう。


「じねえええええっ! おまえなんがああああっ! おまえなんがあああああっ! じんじゃええええええええええっ!」


喚いて暴れる姿の後ろから、セレスが首筋めがけて大剣の先を突き刺す!


「ぎッ!? ぎゃあああああああああああああああ!」


絶叫するベルテナから剣を引き抜き、更に横へ切り裂いた!

吹きあがる血飛沫をセレスが飛んで除けるのと同時に、ベルテナはゆっくり倒れて動かなくなる。


「うわっ」


その姿が一気に黒ずんで、ドロドロと溶けだしていく。

反転湖の大蛇と同じだ。

崩れてタールのように広がっていく中に骨の塊が見えた。

あれは人骨だろう。

元のベルテナの骨だ、巨体の中に埋もれていたんだ。


ベルテナは、いつからおかしくなっていたんだろう。

こうなってしまうことも含めて父親の計画に巻き込まれたんだとしたら、やりきれない。


「ハルちゃん、大丈夫か!」

「うん」


駆け寄ってきたセレスに「酷い顔色だ」って覗き込まれた。

それはセレスもだよ、でも、お互いに大きな怪我を負わずに済んでよかった。


「ベルテナは報いを受けたんだ、彼女が今までしてきたことを思えば、当然の末路だ」

「そんな風に言わないで」

「ハルちゃん」

「少しだけでも可哀想って思ってあげようよ、ベルテナだって、こんなことになりたかったわけじゃないと思うよ」

「それは」


罪は罪として、この結末はあんまりだ。

ベルテナのしたことは許されないけれど、こうして命を弄ぶ誰かの行いを認めはしない。


最期まであの子のこと、分からないままだったな。

違う出会い方ができていたら、もっと違う道もあったのかな。


「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで、私の声に応えておくれ」


香炉を揺らして精霊を呼ぶ。

水の精霊アクエと、氷の精霊ガラシエが来てくれた。


「お願い、この建物の火を消して」


精霊たちは辺りを飛び回って燃え盛る炎を鎮めてくれる。


「フルースレーオー」


唱えると、セレスが「お、おい」と慌てる。


「やめろハルちゃん、なにを唱えているんだ、それは」

「花よ咲け、愛よ開け」

「よせ! ダメだ、君はさっき花を咲かせたばかりじゃ」

「ポータス」


紫色の花が咲く。

溢れて、ベルテナの亡骸の黒い泥を覆い尽くしていく。

あれをそのままにしたら、この場所に呪いが残ってしまう。

ダメだよ、そんなの。

ここは大勢の人が楽しむ場所なんだ、辛いことが起きてしまったけれど、きっとまたやり直せる。

そのために、恨みは全部掃ってしまわないと。


「ハルルーフェ!」


呼び声が聞こえた。

目の前がぼんやりする、さむくて、さむくて、息が苦しい。

誰かが抱きしめてくれる。

あったかいな―――兄さん。


不意に、ゾクリとした。


何かまた聞こえた、誰かが叫んでる。

サクヤ?

あそこに倒れているのは、キョウ?

誰かいる。

三日月形の光る刃。

ゆっくりこっちへ近づいてくる。


笑っている。

ベルテナの、付き人?


「あははぁ、成果は上々ですなぁ、さすがベルテナ様、最後までしっかり役に立ってくださった」


な、に?


「さーて、お楽しみはこれからですよぉ? それまでちょーっと眠っていてもらいましょうか」


セレスが倒れ込んでくる。

私は―――何も、分からなくなった。

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