狂乱の宴 3
控室の時計を見上げる。
もうすぐ―――ライブが始まる。
劇場の外も中も大勢の観客で大盛況だそうだ。
入場が始まって、皆ずっとバタついている。
私もさっきから緊張が解けない。
ううっ、これじゃライブを楽しめないよ。
「ハル!」
「ハルちゃん」
椅子に掛けている私の傍に、サクヤとセレスが椅子を引っぱってきて腰掛ける。
二人はニコニコしながら私の手をそれぞれ取った。
「なに?」
「うふっ、うふふふふっ」
「どうしたのサクヤ」
「フフフッ」
「セレスもどうかした?」
笑っていた二人がいきなり抱きついてきた!
「えッ、何?」
「ハル緊張してる! 可愛い!」
「ああ! ドキドキして硬くなっているハルちゃん、すごく可愛いよ!」
「ちょっとセレス、また気絶しないでよね?」
「うっ、それは、努力する」
何? どうして緊張していると可愛いの?
訳が分からなくて二人を交互に何度も見た。
二人とも楽しそうだけど、緊張してないのかな。羨ましい。
「ねえハル、もうすぐライブだよ、緊張している理由は何かな?」
「ふ、不安、かな」
「どんな不安? 言ってみて」
そうだな。
上手く歌えるか、とか、振り付けを間違えないか、とか。
あとは、観客に喜んでもらえるか、とか。
失敗して、二人や皆に迷惑を掛けたくないって気持ちもある。
「それはぜーんぶ、関係ありませーん!」
「ええっ」
いきなりそんなことを言うサクヤに驚く。
セレスも頷いているけど、だって、ライブを成功させたいよ、だから。
「何故ならハル? 舞台で起こることは全部アドリブ! だから失敗なんてないんだよ」
「それは」
「私だってたまに歌詞を間違えるよ、でも笑顔で手を振れば、ファンの皆は大喜びだよ」
「そうなの?」
「そう、ニコニコ笑って、皆に楽しいって気持ちを伝える、そうすればファンの皆は必ず応えてくれる」
「うん」
「だからハル、私達と、ファンの皆を信じて」
「えっ」
「君が失敗したって思っても、そんなの気にしないって私達は受け止めるよ、だから信じて笑って、ドーンと飛び込んできちゃってよ」
「サクヤ」
信じる、のか。
そうだね、いつも兄さん達だって私を信じて見守ってくれる。
ファンも同じなんだ。
それにサクヤとセレスが傍にいる、私は一人で舞台に立つわけじゃない。
「ハルの笑顔はね、凄いんだよ」
サクヤがにっこり笑う。
眩しいくらいキラキラ輝く笑顔だ。
「花みたいに皆を元気にしてくれる、だからいっぱい笑おうよ」
「花?」
「うん、ハルは花だよ、セレスは太陽、そして私は皆に希望の光を届ける星!」
太陽と、星。
振り返るとセレスのオレンジ色の瞳と目が合った。
そうだね、セレスは太陽だ。
そしてサクヤは星、その通りだと思う。
「星が翳ったり、太陽が暗くなったり、花が枯れても、皆を不安にさせるでしょ?」
「うん」
「だからね、前を向いて、背筋を伸ばして、思いきり笑おうよ! ハルは可愛いよ、私に負けないくらい!」
「ふふッ」
「やっと笑顔になったな、ハルちゃん」
二人とも有難う、すっかり気が楽になったよ。
きっと大丈夫。
傍に太陽と星がついているんだ、私は思いっきり咲いて、歌って踊ろう!
「皆、そろそろ開演だよ、準備はできてる?」
キョウが控室に声を掛けに来た。
朝からずっと忙しそうにしている、今も首からタオルをかけて、着ているシャツは汗で染みだらけだ。
「もちろん、いつでも出られるよ!」
「ああ、万全だ」
「私も大丈夫」
「そうか」ってキョウはニコリと笑う。
「ハルさん、セレスさん、本日はデビューおめでとうございます、今、大勢のファンが客席でお二人の登場を待ち侘びています、彼らを大いに沸かせてください」
セレスと顔を見合わせて、キョウに頷き返す。
「サクヤ、君はいつも通り、鈴音の歌姫の歌声を会場中に轟かせてくれ!」
「いいよ! 任せて!」
「それじゃライブ開始だ、三人とも怪我の無いように、いってらっしゃい!」
キョウの言葉に送られて控室を出る。
舞台へ向かう間も、すれ違う全員から何度も励まされた。
また緊張してきたけれど、さっきの緊張とは違う、ドキドキするような感じ。
舞台裏に続く分厚い扉を開く。
薄暗い空間の向こう、客席の方から大勢の気配が伝わってきた。
「たくさんいるね」
呟くと、隣でセレスがクスッと笑う。
「満席だそうだ、この劇場の最大収容数を教えようか?」
「う、ううん、聞かないでおく」
先にサクヤだけ出番だから、呼ばれて駆けていった。
途中で振り返って私とセレスに手を振る。
私達も手を振り返して、二人で待機場所へ向かう。
「ハルちゃん」
「なに?」
ライブが始まったら、まずサクヤが何曲か歌ってから、私達の出番だ。
出番を待つ間に器具の取り付けをされる。
「凄いぞ、よく聞いておけよ」
「え?」
セレスに訊き返すと、不意に辺りがしんと静まり返った。
どうしたんだろう。
直後に大音量ともの凄い声援が空気を揺らす!
そして聞こえてきた。
サクヤの歌声―――すごい。
レコードや練習で聞いた時の比じゃない、圧倒的だ。
体がカッと熱くなる。
すごい、すごい、すごいよ!
例える言葉が見つからない、なんて表現したらいいかも分からない、とにかくすごい、すごい!
「どうだ、ハルちゃん」
「うん!」
「これが鈴音の歌姫だ」
「すごいね、サクヤは本当に星なんだ」
私も客席で見たかった、歌声が体中に響いてくる。
なんだかじっとしていられない。
歌いたい。
早く、サクヤと、セレスと一緒に、舞台に立って歌いたい!
「ハルちゃん」
セレスが見詰めてくる。
辺りは薄暗いのに、オレンジ色の目だけがキラキラ光って見える。
「私達も、もうすぐ彼女と一緒に舞台に立つんだ」
「うん」
「まだ緊張してる?」
「してるけど、それよりもっとワクワクしてる!」
「そうか、ふふッ、確かにそんな顔だ」
セレスだって待ちきれない様に見えるよ。
私と同じくらいドキドキしてるんじゃないかな。
「ハルちゃん」
「はい」
「君と一緒に舞台に立てて光栄だ」
「私も」
「私は君の一番のファンだ、いつでも君を応援している」
「私もだよ、セレス」
「嬉しいよ、有難う」
手で前髪を上げられる。
セレス?
急に近付いてきて、額にキスされた。
え、え? わっ、ど、どうしたの?
セレスはクスクス笑う。
なんだかなあ、今は驚かせないで欲しいよ。それとも励ましてくれたのかな?
「さあ行こう、ハルちゃん」
セレスが差し出す手に掴まる。
器具と衣装を確認していた職員から出番を告げられた。
いよいよだ。
「一緒に楽しむぞ!」
「うん!」
舞台からサクヤの声が聞こえてきた。
「―――みんなぁーッ!」
位置について。
今からあの大歓声の渦へ飛び込むんだ。
大丈夫。
私は一人じゃない、それに客席には兄さん達が、モコも、カイとメルだってきっと見に来てくれている。
「待たせたねっ! それじゃあ、今日デビューする私の可愛い妹たちを紹介するよーッ!」
声援が聞こえる。
空気がビリビリ震えてる。
「プリンセスズ!」
今日のために作ってもらった私とセレスの曲。
前奏が流れ始めて、傍に控える職員が合図に数を数え始める。
「スタンバイ、スリー、ツー、ワンッ」
ゴーッ、の声に合わせて飛び降りた!
辺りに羽がふわっと舞い上がる!
ひるがえったスカートが花みたいに広がって、セレスと一緒に、落下速度を調整されて舞台の上に降り立つ。
着地と同時に外れた器具がするすると引き上げられていった。
すごい歓声!
登場は大成功だ!
眩しいッ!
それに、熱気が押し寄せてくる!
これがライブ、これが、サクヤが見ている景色!
何も考えられない、考えている暇なんてない。
歌って、踊って、夢中になって、気付けば曲が終わっていた。
サクヤが駆けてきて「みんな! 初めまして! プリ×プリの二人だよーッ!」と私とセレスの腕を取って客席へよびかける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーッッッ!」
「ハルフィーちゃああああああああんッ!」
「セレーナさまああああああああああッ!」
「プリ×プリ! プリ×プリ! プリ×プリ!」
わ、わ、すごい。
客席がピンクとオレンジ、若草色の光で揺れている。
「二人は私の可愛い妹分! みんな、私と同じくらい大好きになってね!」
あちこちから「もちろん!」「わかった!」「だいすき!」って返事が聞こえてきた。
嬉しい。
思わずサクヤ、セレスと、顔を見合わせて笑い合う。
「それじゃ、次の曲からは二人も一緒に! いっくよーッ!」
前奏が始まる。
―――前にセレスがレコードで聞かせてくれた曲だ。
あの時は、こうして三人で舞台に立つなんて思いもしなかった。
熱い!
楽しい!
嬉しい!
見える全部がキラキラ輝いてる!
歌うのってこんなに楽しいんだ、踊るのってこんなに気持ちがいいんだ。
なにより、皆が笑ってくれる。
その笑顔に満たされる。
ようやく本当に分かったよ。
私達と、観客の皆と、それから裏方で支えてくれる大勢の人たち。
全員がこうして一つになれるのが、ライブなんだ。




