特別浴場にて
特別浴場は、予約をして、誰も使っていなければすぐに入れるそうだ。
利用できるのは一時間。
部屋に据え付けの通話器で受付に確認を取ったら、今は丁度空いているって!
「よし、行こう」
「うんっ」
「わーい!」
三人で、まずカイ達が泊まっている部屋へ向かう。
扉を叩いて中へ声をかけても返事はなかった。
いないみたいだ。
もしかしたら兄さん達と一緒に打ち合わせに参加しているのかもしれない。
―――競売でルルに繋がる情報が手に入るかもしれないからね。
「仕方ない、三人で入りにいこう」
「そうだね」
「おゆ、たのしみ!」
特別浴場は、いつも使っている大浴場から更に奥へ進んだ場所にあった。
受付で渡された鍵を使って扉を開く。
わあ、広い!
それになんだか大浴場と雰囲気が違う。
「へえ、随分と洒落てるんだな、如何にも雰囲気じゃないか」
「はるーっ、せれす! おゆ、おっきいよ!」
モコが呼ぶから覗きに行く。
本当だ、三人でゆったり浸かってもまだ余るくらい大きい。
浴槽になみなみと満たされた湯の上には沢山の花びらが浮かんでいる。
「綺麗」
「うつくし! うれし!」
「それにいい匂いだ、あの浮かんでいる花びらの香りかな」
「何種類かはそうだね、バラ、サルビア、カレンデュラ、あとはニワトコかなあ」
「流石だなハルちゃん、香りで種類が分かるのか」
オーダーのオイルを作るために使ったことのある花や草の香りは大体覚えているよ。
でも鼻自体はリューの方が利く。
「風上から近付くとすぐ見つかるんだ」
「ははッ、凄いな」
話しながら服を脱いで、浴室へ入る。
セレスも一緒だけど、やっぱりこっちを見ようとしない。
「でも、セレスが誘ってくれるなんて、少し意外だよ」
「君はこうして湯に浸かるのが好きだからな、けど、だからといって不義理を働くわけにはいかない」
「私は気にしないよ?」
「あのなハルちゃん、何度も言っているが、私は半分男なんだ、だから未婚の、しかも成人前の君の裸を見るなんて、もっての外だ」
「だけど今のセレスは女の子でしょ?」
「認めてくれるのは嬉しいよ、だけど、その、言いたくないがもう少し恥じらいを持って欲しい」
うっ、そんな風に言われるとは思わなかった。
女の子同士なら構わないって考えていたけれど、やっぱりダメなのかな。
だけど今のセレスなら見られても恥ずかしくないんだよね。
男の人のセレスに見られるのは少し抵抗あるけれど、女の子のセレスは、やっぱり女の子だからなあ。
「それにしても、こうしてライブ前日に三人だけでゆっくり寛げると、明日の英気が養われるよ」
「そうだね」
「私達、今日まで練習ずっと頑張ったよな」
「うん」
「モコちゃんも一緒に頑張ったな」
「うん!」
「それなのに本番は出演できないなんて残念だ、いつか機会があれば」
「それはだめ」
モコが泡まみれの姿で首を振る。
「ぼく、みがんもってるから、あぶない」
「そうなのか?」
「ししょーがいってた、すぎたるびはどくになるって」
「なるほど」
魅眼の効果って、これまで見てきた感じだと、対象の精神支配に近い。
ライブでそれをやったら危ないから参加はダメってことだよね。
認識阻害の眼鏡をかけていても変わらないのかな。
ラタミルは凄いなあ。
ううん、魅眼持ちのロゼとモコが凄いんだ。
「だが、ずっと一緒にいるせいか、私はすっかり慣れたようだ」
「せれすはちがうよ」
「え?」
「ひとでもへーきなの、さくやもちょっとちがうからへーき」
「何の話だ?」
「はるとりゅーもへーき」
モコ?
セレスも戸惑っている。
どうして平気なんだろう、サクヤはツクモノだから何となく分かる。
でも、私とセレス、リューに魅眼が効かない理由が何かあるんだろうか。
「どうして平気なんだい、モコちゃん」
「おんなじだけど、ちがうからだよ」
「違う?」
「うん、はるとりゅーはとくべつ、せれすもとくべつ、さくやはべつ」
「ええと?」
モコは詳しく説明する気がないみたいだ。
鼻歌を歌いながら体を洗って、戸惑っているセレスに「あたま、あらって!」とねだる。
うーん、特別ってどういう意味だろう。
考えても分からない。
これ以上訊いても仕方のない雰囲気だし、まあいいか、気にするのはやめよう。
それより髪も体も洗い終えたから、私は先に湯に浸からせてもらおうっと。
「ねえはる、せれす、あした、がんばろね」
「ああ」
励ましてくれて嬉しい。
モコは客席で応援を頑張ってくれるんだろう。私もしっかり応えないと。
「ぼく、あしたね、ちょっとしんぱい、でもがんばる」
「ハハッ、大丈夫だよモコちゃん」
「ほんと?」
「ああ、私もハルちゃんも全力で挑む覚悟だ、なあ、ハルちゃん」
「うん!」
そのために一生懸命練習してきたんだ。
嬉しそうに笑ったモコは、セレスに流してもらった頭をプルプルッと振ってから、駆けてきて浴槽に飛び込んでくる!
「わっ! こら、モコ!」
「えへへ」
「飛び込むと危ないぞ、モコちゃん」
「行儀悪いよ」
「ごめんなさい、ねえはる、せれす、あのね」
「なに、モコ?」
「ぼくね、おーえんする」
「うん」
セレスも湯に入ってくる。
「有難うモコちゃん、君の応援があれば百人力だ」
「うん! だからね、はる、せれす、がんばろね?」
「ああ」
「フフッ、うん、頑張るよ」
「だいじょぶ! ぼくいる、ししょーも、りゅーも、めるも、かいもいる!」
「そうだね、そう思うと心強いよ」
「ああ、有意義な一日にしよう」
「うん!」
わっ、モコ、急に翼を出して羽ばたかないでッ!
鳥の水浴びみたいだ。
はしゃいでいるのかな、だけど浴室で遊ぶのはダメだよ。
「あのね! あのね! ぼく、ちょっとだけ、かご、できるよ!」
「そうなの?」
「うん! ししょーにおしえてもらった! ふたりにあげる!」
スイッと傍まで泳いできたモコから、額にキスされた。
セレスの額にもキスをして、モコはなんだか照れたように笑う。
今のが加護かな、有難うモコ。
「ぼく、まだちょっとしかかごできないけど、はるとせれす、きっとまもるよ」
「うん」
「感謝するよモコちゃん」
「えへへ! いつかね、もっとおっきー! かご! ふたりにいーっぱいあげるね!」
「楽しみにしてるね」
「ああ、是非ともよろしく頼む」
成長しているんだね、モコ。
―――ライブが終わって、ルルも見つかったら、いよいよ中央のエルグラートへ向かうことになる。
そしてラタミルの大神殿へモコを送り届ける。
モコはどうするんだろう。
やっぱりラタミルの領域へ帰るのかな、それとも別の選択をするのかな。
今から考えるのはよくないよね。
それに選ぶのはモコだ。
私はどんな選択でも受け入れないと。
それが友達としてモコにしてあげられる一番のことだ。
特別浴場で過ごす一時間はあっという間だった。
受付に鍵を返して部屋へ戻ると、兄さん達も帰ってきていた。
「戻ったか、大浴場へ行っていたのか?」
「ううん、セレスがね、特別浴場の予約を取ってくれたんだ」
「ゆに、はなびらいっぱいういてて、うつくしだった!」
「そうか、有難うセレス、気を遣ってくれたんだな」
「い、いえ、そういうわけでは」
リューにお礼を言われてセレスは照れてる。
体も心もすっかり解れて、おかげで明日は思いきりライブを楽しめそうだよ。
「お前達、明日はいよいよ本番だな」
「うん」
「はい」
「俺とロゼも見に行くよ、カイ達も一緒に行く予定だ、大支配人が一番いい席を用意して下さった」
「そうなんだ、私もお礼を言わないと」
「皆さんには君と私の晴れ姿を誰よりもよく見て欲しいからな、勿論、ライブの主役はサクヤちゃんだが」
「そうだね」
「俺達からすれば、お前達こそが主役なんだが?」
そう言って、リューに頭を撫でられる。
セレスの頭も撫でようとして、ちょっと手を止めて、だけどリューはセレスの頭も私と同じように撫でた。
セレス、なんだか嬉しそうだ。よかったね。
「頑張れよ」
「うん!」
「あ、あの、リュゲルさん、ところで競売への潜入作戦はどういった段取りになっておられるのでしょうか?」
「それは、すまないが話せない、万が一に備えての措置だ」
「いえ、私も考えが至らず、失礼いたしました」
情報漏洩を防ぐためかな。
ライブとは開催時間がずれているそうだけど、そっちは兄さん達に任せるしかなさそうだ。
私達は私達で手いっぱいで、とても手伝えそうにないからね。
「さて、湯を使ってきたなら、明日に備えて腹を膨らませてくるとするか」
「はーい!」
「そうですね」
「ロゼ、今日は作らないぞ、明日は忙しいだろうからな、今夜はさっさと食べて寝る」
リューから言われたロゼは、ムッとして「いつも僕がねだっているみたいじゃないか」なんて言う。
でも「実際そうだろ」って返されてそっぽを向いた。
ふふッ、仕方ないよね、だってリュー兄さんの手料理は美味しいから。
村にいた頃は当たり前だったけど、今は贅沢だなって思うよ。
―――ライブの後、明日は流石に無理だろうけれど、頑張ったご褒美をねだらせてもらおうかな。




