古参勢
「―――はい、終了!」
手を叩いてサクヤが言う。
汗が凄い、体じゅう熱い。
今の、大分上手くできたと思うけど、どうだったかな。
「サクヤ、どうだった?」
「すっごくよかったよ、もう完璧だね!」
「本当?」
「勿論、これなら明後日のライブは大成功だよ!」
タオルで汗を拭きながらホッとする。
サクヤが「ハル、すっかりアイドルの顔だね」なんて言って笑う。
「そうかな?」
「うん、キラキラしてすっごく素敵だよ」
「えへへ」
嬉しい。
客席で見ていたモコが「はるーっ!」って手を振ってピョンピョン跳ねる。
「うつくしーよ、はる!」
「有難う、モコ」
「ぼく、はるすき、さくやもすき!」
「うんっ、私も好きだよ、モコちゃん!」
「せれすもすき!」
そういえばセレスは?
振り返ると、オレンジ色の瞳と目が合った。セレスも凄い汗だ。
「ハルちゃん」
「セレス、私、ちゃんとできてた?」
「ああ、完璧だ、最高だよ、でも」
どうしたの?
少し落ち込んで見えるけど、セレスも本番が不安なのかな。
「君を、あまり大勢に知って欲しくない」
「え?」
「君と最初に出会ったのは私だ、だから君のことを一番よく知っているのは私なんだ」
「古参勢のエゴだね、分かるよセレス」
サクヤがうんうん頷く。
古参勢? エゴ? 何のことだろう。
「君は素敵だから皆に見せびらかしたい、きっと皆君のことが好きになる、でも、それで君の気持が後から来た奴らの方へ向いてしまったらって思うと、その」
「セレス」
「ごめん、迷惑だよな、こんな気持ち」
「う、うわぁーっ!」
「きたきたきたぁッ、来ましたよこの展開、待ってましたッ」
あれ、いつの間にかキョウがいる。
サクヤも口元に手を当てて、なんだか二人ではしゃいでる?
「これは、アレだよね、キョウ?」
「アレだねサクヤ、外せないイベントだ、盛り上がってきたぞ」
「セレス、言うしかないよっ」
「ええ、言ってくださいセレスさん」
「できればもっと接近して! ハルに顔を近づけながら、真剣な声で、囁くようにッ」
「目の奥を覗き込みましょう、そして告げるんです」
『君のことを、独り占めにしたい』
二人の声が揃った。
同時にセレスが顔を真っ赤にして振り返る。
「やめてくれ二人とも! 私の気持ちを弄ばないでくれ!」
二人はキャーッと騒いですごく楽しそう。
セレスは恥ずかしいのかな、そんな二人に必死で色々言ってる。
今のって、何かの芝居のセリフ?
分からないけれど、でも、セレスが不安なら放っておけないよ。
「セレス」
手を取って、ギュッと握ると、こっちを向いたセレスは何故か慌てる。
向こうでサクヤとキョウが「おおッ」と声を上げた。
「は、ハルちゃん」
「大丈夫だよ」
「えっ」
「傍にいるよ、ずっと一緒でしょ?」
「ッツ!」
「だって、私もそうしたいから、だから心配しなくていいよ」
「は、は、ハルちゃんッ!」
不意に拍手が聞こえてきた。
サクヤとキョウが目を潤ませながら手を叩いてる。
セレスも涙ぐんでるし、なんだろう、今のも知らないうちに芝居の一幕をなぞっていたのかな。
少し気になってきた。今度どんな芝居か教えてもらおう。
「泣かないでセレス、明後日のライブ、一緒に頑張ろうね」
「う、うんっ、うんっ」
「ふふ、緊張していたけど、ちょっと楽になったよ」
「え?」
「有難う、セレス」
「こ、こちらこそ!」
「私もいるよーッ!」ってサクヤが飛び込んできた!
「私もいますよ、皆さん、裏方はお任せください」
「ぼくもっ、いーっぱいおうえんする!」
「キョウ、モコちゃんも」
「ふふッ! ライブは皆でやるんだよ、私達、裏方で頑張ってくれるキョウや関係者の皆様、それから大事なファンの皆、誰が欠けても最高のライブにはならないんだ」
「ええ、ですから明後日は皆で盛り上げていきましょう」
「二人のおかげで気合が入ったし」
「はい」
セレスがどこか照れくさそうに頭を掻く。
私も何もしていないけれど、励みになれたなら嬉しいよ。
「よーし、やるぞっ、えい、えい、おーッ!」
掛け声に合わせて腕を上げるサクヤの真似をして「おーッ」と握った拳を掲げた。
これ、なんだか気合が入るね。
いつの間にか舞台に上がってきていたモコまで一緒になって「おーっ」ってやってる。
気持ちが一つになったところで、今日の練習はこれで終わり。
帰る支度をしていると、サクヤが声をかけてきた。
「明日の練習は昼からだよ、ご飯を食べてから来てね」
「うん」
「分かった」
「はーい」
「通し稽古を一度だけやったら解散、後は本番に備えてしっかり体を休めるように」
「いいの?」
「サクヤちゃんも休むのか?」
「私はこれでも『鈴音の歌姫』って呼ばれているからね、時間が許す限り練習あるのみ、だよ」
「それなら私達も一緒に」
「ダメダメぇ!」
言いかけたセレスの鼻を、サクヤが指でムニュッと押す。
セレスの頬がポッと赤く染まった。
「君たち『プリ×プリ』はデビューしたての新人なんだから、英気を養うのも練習のうちだよ、体と心をよく解しておいて」
「あ、ああ」
「本番はね、めいっぱい楽しんだ者勝ちだよ! 私達の嬉しい、楽しいって気持ちが、ファンの皆にも伝わるんだ、歌や踊りを上手にやるより大切なことだよ」
「そうか」
「うん! だから二人と、モコちゃんも、ライブの日を楽しみにしてね、私も今からすっごく楽しみ!」
「私もです、楽しいライブにしましょう、皆さん」
「はい!」
サクヤとキョウを見ていたら、今からワクワクしてきたよ。
レイも言っていたよね『楽しんで』って。
いいライブにするために、練習の成果を出す以上に、私が楽しむことが大事なのかもしれない。
「みなっさん! 親交を温めておられる中ご提案が御座います、日ごろの労いも兼ねて、共にディナーに参りましょう!」
わっ、思い出したら急に現れた。
レイはニコニコしながら夕食に誘ってくれる。
「私達は構わないけど」
サクヤとキョウが顔を見合わせてから、こっちを向く。
私は兄さん達に訊かないと。
「ハルちゃん、こんな時こそあいつらを使うべきだろ?」
あいつら?
パチンとウィンクしたセレスは、口元に手を添えて「誰か!」と呼ぶ。
間を置いて、物陰から「プイッ」とモルモフが飛び出した。
「あッ、モルちゃんだ、可愛いーッ!」
「おおッ、な、何者ですか?」
「モルモフプイ、妖精プイ」
「妖精!」
サクヤとキョウは知っていたみたいだけど、レイは驚いている。
大丈夫かな。
「なるほど、興味深いですね、初めましてモルモフ殿、ワタクシはこの大劇場の大支配人、レイ・グロウと申します」
「知ってるプイ」
あ、平気そうだ。
大劇場の大支配人だけあって懐が広いんだろう。流石だな。
「プイプイ、ハル様、お兄様方へのご連絡プイ?」
「あ、うん」
「ちょっと待つプイ、んーむむっ、はいプイ、了解得られましたプイ!」
「えっ」
「お言付けがありますプイ、『ちゃんとお礼を言うように』だそうですプイ」
早い。
だけど今の言伝、きっとリューだ。
勿論お礼は言うよ、もう、兄さんは。
「許可は取れたのでしょうか?」
「はい」
「でしたら早速参りましょう! 本日は趣向を凝らし、料亭でアキツ料理をご堪能いただきます!」
アキツ料理か。
リューも色々作ってくれたけど、今度はどんな料理を食べられるのかな。楽しみ!
サクヤとキョウ、セレスとモコ、それから私、全員でレイが運転する車に乗って料亭へ向かうことになった。
いつも送迎してくれる車より大きな車だ。
向かう途中、車内で箸を使えることを話したら、サクヤ達とレイから凄く驚かれた。
「ハルさんは所作も美しいですし、親御さんよりしっかりと躾ていただいたようですな、素晴らしい」
「だけど箸を使えるなんて、商業連合の偉い人でも滅多にいないよ?」
「そうですね、とても珍しいです」
「昨今はコノハナソルジャーの皆サマも見事な箸遣いをご披露なさっておられますよ」
「うん、私だけじゃなくて、アキツのことも好きになってくれたみたい、嬉しいよ」
「有難いことです」
「国を跨いでの文化的交流、まさしく芸術の至るべき姿ですな、そういった意味でもサクヤ嬢の存在はかけがえのないものなのです」
「もー、ほめ過ぎだよ大支配人」
「いえいえ、この程度ではまるで足りませんよ! そもそも『鈴音の歌姫』がこの国へお越しくださって以来」
後はずっとサクヤを褒めるレイと、その言葉に頷き続けるキョウとセレスの話を聞いていた。
本当に凄いんだね、サクヤって。
友達で、仲良くしているけれど、改めて尊敬する。
レイが連れて行ってくれた料亭で出されたアキツ料理は『カイセキ』って呼ばれるらしい。
どれも繊細で味わい深い料理ばかりだった。
帰ったらリューになるべく詳しく教えないと。
できれば一緒にまた食べに来たいな。すごく美味しかったから、作ってもらいたいとかそういうことは関係なく、兄さん達にも味わって欲しいよ。
私達をホテルまで送り届けてくれて、レイはサクヤとキョウを乗せた車で帰っていった。
それとも劇場に戻ったのかな。
私は言われた通りしっかり体を休めよう。これもライブの準備のうちだよね。
「明日は早起きしなくていいから、ちょっと嬉しいな」
「そうだな、君の寝顔を堪能できる」
「え、見てるの?」
「はるのねがお、かわいーよ」
「モコまでやめてよ、恥ずかしいよ」
二人とも、いつも私より早起きだから。
でも二人より早く起きられる自信はない。
モコはラタミルだからそもそも眠らなくていいし、うう。
部屋に戻ると、兄さん達が寛いでいた。
今日のことを話して、明日は昼からだって伝えてから、大浴場へ行く。
昨日はここの大きな湯に浸かれなかったからね。
やっぱりいいなあ、手足をのびのび伸ばして湯に浸かっているだけで疲れが取れるよ。
「ねえ、いつかサクヤも一緒に、皆で一緒に湯に浸かりたいね」
「うん」
「そうだな、そうなると、両手に花どころじゃ済まないだろうな」
「え?」
「いや、こっちの話さ、ハハハ」
セレスは前より少しは傍にいてくれるようになった。
だけど相変わらず目を逸らす。
女の子のセレスは女の子だから、私は気にしないのに。
「あ、そうだ、メルも呼ぼうよ」
「さんせー!」
「そ、それは、いよいよ理性が試されそうだ、覚悟を決めないと」
何か言ってる。
こういう時のセレスっていつも大変そうだよね。
さて、そろそろあがって部屋へ戻ろう。
気持ち良くても、あまり長く浸かっていると、のぼせるからね。




