貧民街1:リュゲル視点
回収した術を竜に渡して、さっさと屋敷を後にする。
いるだけ疲れる場所だからな。
案の定、しつこく引き留めようとしてきたラーヴァをモルモフたちが防いでくれた。
彼らの方がよっぽど優秀だ、賢くて度胸もあり、フワフワしていて可愛い。
そのモルモフから借りた、小さなモルモフが二人、俺の左右のポケットに入っている。
手の平に乗る大きさでまだ子供だそうだが、仕事はきっちりこなせるとのお墨付きだ。
「緊張するプイ、お務めしっかり励むプイ、任せるプイ!」
「お外楽しいですプイ、頑張りますプイ」
「二人ともよろしく頼む」
「プイ!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますプイ」
毛の黄色い方は顔に眼鏡のような模様があって、淡い赤毛の方は柔らかな巻き毛だ。
どちらも撫でてやると嬉しそうにする。
「ひとまずカイとメルと合流して話そう」
「プイ!」
「ロゼ、二人がどこにいるか分かるか?」
ロゼが口笛を吹くと、鳥が飛んできた。
二人を探すよう申しつけて暫し待つ。
―――間もなく、さっきとは別の鳥がロゼの元へ舞い降りて、何度か鳴くと飛んでいった。
「本当に便利だよな」
「君も使うといいと言っているだろう」
「お前みたいには扱えないよ、寄ってくるだけだし、加護も与えてやれない」
「ふむ、まだ些か時が必要なのかもしれないね」
何だそれは。
俺はただのヒトだからできないってだけの話だ。時間は関係ないだろう。
鳥からカイ達の居場所を聞いたロゼの案内で歩き出す。
宿泊しているホテルの近くにある公園で、二人は俺達を待っていた。
「ここで待つよう言われたの」
「お疲れさん、竜の屋敷に行ってきたんだろ、あんたも大変だな」
伝達役を引き受けてくれた鳥が気を利かせたのか。
公園内のベンチに腰掛けて、早速話を切り出す。
「まずはこの子を預かって欲しい」
「プイ!」
「あら可愛い」
「おいよせよ、ネズミの子守なんて御免だぜ」
「ネズミじゃありませんプイ、モルモフですプイプイ!」
二人に事情を説明する。
「伝達役ねえ、こんな小せぇナリで、ちゃんとこなせるのかよ?」
「はい、しっかり務めますプイ」
「偉いわねえ、お利口さんね、よしよし」
「プイィ」
「じゃあメル、お前が持っとけ、俺はお断りだ」
「はいはい」
メルは俺から受け取った淡い赤毛のモルモフを、掌に乗せて可愛がっている。
「よろしくお願いね」
「はいプイ!」
「そんじゃ、早速行動開始だな、行くぞメル」
「ええ」
「二人とも気を付けろよ、頼んだぞ」
「はいよ」
「リュゲル、貴方も気を付けて、お方様におかれましては、ご武運を」
俺に声を掛け、ロゼには丁寧に頭を下げて、先に歩いていくカイの後をメルも追う。
メルの肩に乗せられた淡い赤毛のモルモフが「頑張ってきまーす、プイ!」とこっちへ手を振った。
「頑張れプイ!」と、俺のところに残った黄色いモルモフも手を振り返す。
「さて、俺達も行くぞ」
「はいプイ、気張るプイ!」
探索開始だが、闇雲に探し回る必要はない。
ミゼデュースの発生にはある程度の条件がある。それを満たす場所を選んで向かえばいい。
カイとメルもそのつもりでいるだろう。
「ロゼ」
「なんだい」
「ドニッシスの郊外で、あまり住環境のよくない場所へ連れて行ってもらえるか?」
「いいとも」
多少周りの目が気になりながらもロゼに掴まると、ロゼは俺の腰を抱いて一気に空高く舞い上がる。
「わぁーッ! 空プイ! 飛んでるプイ!」
「なあ、いつも思うんだが、こういうの誰かに見られたりしないのか?」
「君も心配性だね、何度も言っているが、ヒトが僕を認識できるのは、僕がそうしているからだよ」
「じゃあ一緒にいる俺は?」
「今は僕の一部だから見えていないよ」
「うーん、街中でいきなり姿が消えたって感じなのか?」
「ふふ、どうかな、そこは秘密にしておこう」
なんでだよ、まあいい。
それにしてもやっぱり空は気持ちがいい、黄色いモルモフも大はしゃぎしている。
「落ちるなよ?」
「プイ!」
「ロゼ、こいつも落とさないでやってくれ、頼む」
「君の頼みなら聞こう」
「よろしくお願いするプイ!」
さて、あとはロゼに任せておけばいい。
―――それにしても、上空から見下ろすドニッシスは壮観だが、俺からすれば少し歪にも感じられる。
繁栄と発展を享受する住人たち、けれどその恩恵からあぶれた者たちは日々苦境にあえいでいる。
どこの、どんな場所にでも大なり小なり格差は存在して、それは人が社会的な生活を送るうえでやむを得ないことだ。
しかしこの国はその差が大き過ぎる。
神の加護の及ばない地で、人が自らの力のみを頼りに生きることは、こうも過酷なのか。
「リュゲル、あれはどうだい?」
ロゼが示す辺りに、半ば廃墟のような住居群らしき場所が見える。
「魔力が淀んでいる、仕掛けがあるだろう」
「よし、降りてくれ」
「プイプイッ、皆に報告するプイ、すぐ調査を始めるプイ!」
妖精の思念伝達は本当に便利だ。
ついて来てもらいよかった、頼りにしてるぞ。
降り立つと、辺りは人影もなく静まり返っている。
誰もいない―――訳ではなさそうだ。
そこらじゅうに転がっているゴミや瓦礫、漂うすえたような臭い。
この環境ならミゼデュースがいつ発生してもおかしくはないな。
「ここは貧民街ですプイ、郊外には割と多いですプイ」
「そうか」
「中央で暮らせなくなったヒトが追い出されて集まってくるプイ、格差ってやつプイ、厳しいプイ」
セレスが見たら嘆くだろう。
彼女は自分の立場と責務をしっかり理解している。
俺もあまりいい気分はしない。
「リュー」
「ああ」
分かっている、とロゼに頷き返す。
移動し始めてから気配が集まってきた、相変わらず姿を見せない所から察するに、狙われているのか。
「片付けようか」
「いや、隠れる、余計な騒ぎを起こしたくない」
こんな場所にはガーディアンも来ないだろうが、無益な殺生は極力控えたい。
「火の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、イグニ・レヴァーラ・スリッシオ」
火の精霊イグニの起こす陽炎が、俺達の姿を包み込んで風景に隠す。
直後、あちこちの物陰から男たちが飛び出してきた。
中には首から数字が刻まれた奴隷の印を下げた姿も見える。
「消えやがった!」
「くそッ、よりにもよって術師かよ、道理で身なりがいいと思ったぜ」
「逃げられちまったか、いい稼ぎになると思ったのによぉ!」
「あークソッ、だからさっさと襲っちまえばよかったんだ、金持ってただろうし、顔もよかった、ありゃ高く売れたぞ」
「はあッ、畜生! 酒だ酒だ! 飲まなきゃやってられねえッ」
「ムカつくぜ!」
男たちは悪態を吐きながら、そこらにあるものへ当たり散らして去っていく。
やれやれ、どうやら勘のいい奴は混ざっていなかったようだな。
「プイ! ご報告プイ!」
小さなモルモフが声量を控えつつ手を挙げた。
「怪しい場所発見プイ、ここから南西の方角プイ」
「あちらか」
ロゼも気付いたようだ。
歩き出すのでついて行く。
「最初に当たりが引けたな」
「僕がいるのだから当然だよ」
その言葉が少し引っ掛かり、ロゼに尋ねる。
「お前、術の場所は分からないんだよな?」
「分かるよ、だが近付かなければ流石に特定までは至らない、平野のどこかに落とした一粒の豆を見つけろとだけ言われても困ってしまうだろう?」
「確かにそうだな」
「だが僕は目がいいからね、大まかに見当はつけられる、その場へ赴けば目的の豆を見つけることも可能さ」
「助かるよ」
「君のお兄ちゃんは凄いだろう?」
ニコリと笑ったロゼは、「ついでに」と、話を付け足す。
「一つ壊せば、接続されている他の術も同時に壊せる方法を編み出したよ」
「なッ」
「これで随分手間が省ける、どうだい、リュゲル?」
「凄いな」
あの術を回収したのは昨日だ。
それでもう、そこまで対応可能なのか。改めて感心するというか、いっそ呆れてしまう。
ロゼに出来ない事などないのかもしれない。
「そうだろうとも、ほら、もっと僕を褒めてくれていいよ?」
「流石に驚いた、有難う、兄さん」
「うん、可愛い僕のリュゲル、君の役に立てて何よりさ」
小さなモルモフも「すごいプイ」としきりに感心している。
これなら明日にも目的を達成できるかもしれない。
「さて、手早く済ませてしまおう、こんな場所に長居は無用だからね」
「そうだな」
「連絡来たプイ、それっぽいのが見つかったプイ、あっちプイ!」
告げられた方へ急ぐ。
―――魔人どもが何を企んでいるか、まだ推測の範囲を出ないが、これ以上好きにさせるものか。
仕掛けは全て破壊する。
後手に回り続けるのは本意じゃないからな。




