次の目的地
昼食をとってから郵便局へ向かった。
大きな建物の中にたくさん人がいて、見慣れない光景にソワソワする。
「これが絵ハガキだよ、ハル」
ロゼから手渡されたのは、長方形で少し硬めの紙。
片面には昨日伺ったレブナント様のお屋敷が描かれて、もう片方の面は真っ白だ。こっちに宛先と文章を書くんだね。
他にも種類があるけど、これがいいな、これにしよう。
「兄さん、この絵ハガキが二枚欲しい」
「分かった」
リューが買ってくれた絵ハガキを受け取る。
書きたいことが沢山あって片面だけじゃ足りないかもしれない、絵の面にも書いていいんだよね。
郵便局を出てから、私とロゼだけ先に宿へ戻ることになった。
リューは観光案内所を覗いてくるって、ついでにクロとミドリの様子も見てくるらしい。
「夕方までには戻る」
そう言って歩いていく姿を見送った。
リューの荷物は、財布が入ったカバン以外、全部ロゼが引き受けて持っている。
「ねえ、兄さん重くない? 私も少し持つよ?」
「この程度たいしたことはないさ、君の優しい気遣いだけ受け取らせてもらおう、さて、僕らも宿へ行くか」
「うん」
宿へ戻って、部屋に入ってすぐ、荷物を置いたロゼはベッドに寝転がり「ひと眠りする」って目を閉じて本当に寝ちゃった。
こんな時間に昼寝して、夜も眠れるのかな。
ロゼが寝る前に元の姿に戻してもらったモコが、椅子に掛けてテーブルの上に置いた絵ハガキを前に考え込む私の隣で、一緒に絵ハガキを覗き込んでいる。
「えーっと」
シャルークに着いてから色々なことがあったな。
領主様にお会いして、アグリロに乗せてもらったし、それからチョコレートパフェ! 本当に美味しかったあ。
オーダーの店は最高だった。
あれだけたくさんの道具やオイルを見ることができて満足だよ。調合の参考にもなったし、店員も親切で優しかった、お土産まで貰っちゃった。
花の香りが二種類と、果実の香りが一種類。
リューにもオイルを貰った。兄妹だから考えていることが伝わったのかな。
どんな精霊が来てくれるんだろう、今から使うのが楽しみだ。
村の外の世界はたくさんの人や物で溢れている。
私の次の誕生日に合わせて王都へ向かっているから、村に戻るのは一年半後くらいになりそうだけど、旅の話をティーネに聞かせたい。
手紙だけじゃ伝えきれないよ。
そんな体験や思い出が、この先もっと増えていくんだろう。
「はる」
「なに、モコ?」
「にこにこしてるね」
そうかな。
気持ちが顔に出ていたのかな、ちょっと恥ずかしい。
「楽しいことが沢山あったからだよ、怖いこともあったけどね」
「あなのこと?」
「うん」
カイ、あれからどうしているだろう。
元気にしているかな。モコの頭をモフモフ撫でる。
「ぼく、とべるようになりたい」
「そうだね」
「ぼくがとべたら、あなからでられたよ」
「あの時は仕方ないよ、それに飛べなくてもちゃんと出られたでしょ」
「ぼく、なにもできなかった」
「気にしなくていいって、モコはまだ雛なんだから」
「うん」
なんだか落ち込んじゃった。
鳥の姿になっても飛べないこと、モコなりに気にしているのかな。
よし。
「あのねモコ、ここから南へ向かうとベティアスっていう隣の国に入るんだけど、ノイクスとの境目辺りに大きな山があってね」
「やま?」
「地面が高く高く盛り上がっているんだよ、空に届きそうなくらい」
「そら?」
「そう空、もしかしたらラタミルのいる場所に近付けるかもしれないね」
「ぼく、かえるの?」
「えッ」
思いがけず言葉に詰まる。
モコと別れるのはずっと先のことだと思っていたけど、ラタミルが探しに来たら、そのまま連れていくのかな。
「まだ分からないよ」
そんなことしか言えなかった。
今はまだ考えられない、ううん、あまり考えたくない。
「はる」
モコがスリッと体を擦りつけてくる。
私、今どんな顔しているんだろう。気を使わせて、格好悪いな。
「大丈夫だよ、ちゃんとモコがいた場所に帰してあげるからね」
「うん」
「さて、母さんとティーネにハガキを書こう!」
「うん!」
リューが帰ってくるまでに仕上げるぞ。
母さん宛とティーネ宛にそれぞれ書いてから、オーダーの店で貰った香りを使って調合を試してみた。
花と果実の香りに合わせるなら樹木か樹脂あたりの落ち着いた香りがいいだろう。精霊を指定して調合するか、何が来るか試すか、うーん迷う。
「―――戻ったぞ」
不意に部屋の戸が叩かれて開いた。
リューだ。いつの間にか窓から差し込む日差しがオレンジ色に染まっている。
「おかえりなさい!」
「りゅーだ、おかえり」
「ただいまハル、モコ、ロゼは寝ているのか」
呟きながらベッドへ近づいて、寝ているロゼの体を揺する。
「おい起きろ」
「ん、ああ君か、おかえり」
「ただいま、昼間から寝るなんてだらしがないぞ」
「ハハ、たまにはいいじゃないか、やあハル、絵ハガキは書けたかな?」
私の方へ笑いかけてくるロゼに、「書けたよ」と頷き返した。
「それなら出しに行くか、郵便局自体はもう閉まっているが、投函用の窓口は開いているからな」
「どれくらいで届くの?」
リューに訊き返すと、そうだな、と考えるように腕組みをする。
「恐らく数日だが、遅れる可能性もある、まあ大まか一週間程度だろう」
「そっか」
「僕がまた鳥を呼ぼうか?」
ロゼが言ってくれたけど、今回は遠慮しておく。
封筒に入れてないから、もし雨が降ったら濡れて文字が滲んで読めなくなるよ。
「ついでに少し早いが夕食を取るぞ、観光案内所で聞いた話をしたい」
「兄さん、クロとミドリはどうしてた?」
「大人しくしていたよ、厩舎の雰囲気もいいし、世話役も心得ているようだから、心配ないだろう」
レブナント様のところのアグリロもそうだったけど、躾けられて騎獣になった魔物って大人しいよね。
騎獣にできる魔物と、できない魔物がいるのは、この辺りの違いなのかな。
「ンーんんっ、はあ、リュー」
「なんだ」
伸びをしたロゼが、ベッドに座ったままリューを見上げる。
「夕食も僕は肉が食べたい」
「昼に食べただろうが、夜は魚だ、美味い魚料理の店を教えてもらった」
「魚か、ふむ、魚も肉だな、いいだろう」
「お前はつくづく食道楽だな」
「それは言い得て妙だね、ハハハッ」
寝ていたのにあまり髪が乱れていない。
ロゼの髪ってフワッとして癖があるけど、触ると滑らかで絡まったりしないんだよね。
ブラシで梳かしてあげたら喜んでくれた。ついでに編み込みもしちゃえ。
村でもこんな風にティーネと弄らせてもらったっけ。
「どうかな、似合うかい?」
「うん、可愛い」
「なるほど可愛いか、素敵な評価だね、有難うハル」
私も簡単に身支度を整えて、宿を出て先に郵便局へ寄ってから、今度はリューの案内で魚料理を出す店に向かう。
モコはロゼに小鳥の姿へ変えられて、また私の肩の上だ。
何だかこの状態が定着しつつあるような気がする。
「それで?」
席について注文を済ませてから、ロゼが切り出した。
観光案内所ではノイクスにある色々な観光地を調べることができるんだって。
村があるあの森、ドリアド大森林も紹介されていたらしい。
「エリニオスと隣接するミューエン領に湖があることは知っているか?」
「知っているとも、ネイドア湖だろう」
私も知ってる、本で読んだことがある。
ノイクス屈指の湖で、確か、エノア様にまつわる伝承があったはず。
「そのネイドア湖のほとりにしか咲かない花があるそうだ」
「えっ」
思いがけずテーブルに乗り出した。
ネイドア湖のほとりにだけ咲く花?
気になる。その花から抽出した芳香成分を使ってオイルを作ったら、どんな精霊が呼べるだろう?
「ハル、行儀が悪いぞ」
リューに叱られて、慌てて椅子に座りなおして間もなく料理が運ばれてくる。
卓いっぱいに並べられた皿の上には湯気と一緒に美味しそうな匂いを漂わせる魚料理の数々!
魚ってあまり食べたことがないから興味津々、お腹まで鳴っちゃう。
焼き魚、煮魚、蒸した魚に揚げた魚、魚を加工した料理、どれもすごく美味しそう、よだれが垂れそうだよ。
「さて、どれから食べようか、どれも実に食欲をそそる」
「箸を使うのは久しぶりだな」
「わ、私、ちゃんと使えるかな」
礼儀作法の一環で使い方を教わったけど、久々だから自信がない。
ふと見れば、リューに取り分けてもらった小皿の魚を、モコはくちばしで上手に啄ばんでいる。
いいなあ、私も今だけはくちばしが欲しい、うう。
「ハル、持ち方がおかしいぞ、ほら、こうだ」
「うーっ」
「食べ難いのなら店の者を呼んで違う食具を」
「ダメだ」
いつもながらこういう時のリューって容赦がない。
それにしても二人共箸の持ち方が綺麗だ、私も頑張ろう。
「リュー」
「ん?」
「さっきの話だが、では僕らの次なる目的地はネイドア湖で決まりかな?」
「ああ、ハルも乗り気だしな」
「そうだね、それがいい」
「有難う兄さん」
特にリュー、観光案内所で話を聞いてきてくれたおかげだ。
モコもヒヨヒヨ鳴いた。そうだね、楽しみだね。
「ところでその花、名前はエピリュームといったか」
「ああ」
「エピリューム?」
知ってる。図鑑で見たことがある。
そうか、あの花ってネイドア湖のほとりにだけ咲く花だったんだ。




