討伐報告
「それじゃ、今日はここまで!」
サクヤが手をパンパンと打ち鳴らす。
疲れた、はあ、本当に疲れた。
だけど歌も踊りも大分上達してきたって実感している。
うん! まだまだかもしれないけれど、しっかり前には進んでいるぞ!
頑張ろう。
サクヤと一緒にライブを成功させるんだ。
そして―――交易商を調べるための切欠を作る。ルルとトキワを必ず取り戻す。
汗を流して、着替えも済んで、またレイの車でホテルまで送迎してもらう。
いつも本当に有難う。
お礼を伝えたら「いえいえ! 姫君方の送迎の誉にあやかり恐悦至極! 感謝のお言葉は無用にございますれば! しかしそれはそれとして嬉しいです、こちらこそ有難うございます」なんて。
本当にいい人だ、ちょっとだけ勢いが凄いけどね。
ホテルの部屋に戻って、兄さん達にただいまって言って。
今日の話をしようとしたら、先に切り出された。
「処理場の件を片付けてきた」
「ミゼデュースの?」
「そうだ」
二人だけで駆除しに行ったの?
セレスが「お力になれずすみません」って頭を下げる。
それを見てリューは「いや、気遣い無用だ」と返す。
「元々この件は俺とロゼで片を付けるつもりでいた」
「そうだったのですね、詳細を窺っても?」
「ああ、カイ達にも声を掛けよう、そろそろ夕食時だから、食べ終わってからここへ集まって話そうと思う」
「分かりました」
竜への報告は明日、屋敷へ伺うつもりらしい。
―――大丈夫かな。
「兄さん、平気?」
「ああ」
「そう、だけど喧嘩しないでね」
リューは渋い顔で黙り込む。
ついて行った方がいいかな。
「まあ、元より争うつもりはない、あちらが仕掛けてこなければ、こちらも手は出さない」
「うん」
「心配するな、それよりお前たちは? 今日も練習してきたんだろう、どうだ? 成果の方は」
「ハルちゃんが素晴らしく愛らしいです!」
急にセレスが割って入ってきた。
それを言うならセレスの方だよ、歌も踊りもすごく上手でビックリするよ。
「なるほど、詳しく」
「はい、師匠!」
ロゼに促されて、セレスは熱っぽく語りだす。
あの、目の前でそういう話をされるのって、流石に少し恥ずかしいというか。
そのうちモコまで一緒になって練習中の私のことを話し始めて、やめて、まだそんなに出来てないよ、ねえやめて。
リューも聞きながら何度も頷いてる。
私よりセレスとモコが凄いんだよ、ずっと上達が早いんだ。
「その話の続きは食事をしながら聞かせて欲しい」
「はいっ、よろこんで!」
「いーよ!」
「ところで君たちの話も聞かせてくれないか、ハルと一緒に練習頑張っているんだろう?」
「あ、はい」
「うん」
「なら是非教えて欲しい、聞かせてくれるか?」
「いーよ」
「ええと、その、モコちゃんはともかく、私の話は面白くないかもしれませんが」
「構わない、セレス、君の努力も知りたいんだ」
「う、わ、分かりました」
もしかしてセレス、照れてる?
ちょっと顔が赤い。
よし! お返しに私もセレスとモコがすごいって話を兄さん達にたくさんしよう。
それからサクヤの事も、やっぱりサクヤが一番すごい。きっと本番のライブは迫力満点だよ!
食事会場へ向かう途中で、カイ達の部屋に立ち寄って声を掛けた。
二人も居たから合流して一緒に夕食を取って、その後は私達の部屋へ。
広い部屋の長椅子にそれぞれ掛けると、最初に話し始めたのは珍しくロゼだった。
「これだ」
広げた手の平の上に何か浮かんでいる。
黒い球体?
よく見るとたくさんの文字が重なり合いながらグルグル回転している。
「なんですか、これは」
「処理場と、その遠隔操作先に仕掛けられていた術の式だ、ロゼが抜き取り固定した」
「随分と禍々しい術式だな」
リューの説明を聞いて、カイとメルが顔を顰める。
確かに嫌な感じのする術だ。でも遠隔操作先って、どういうこと?
「この式を用いることで、任意の場所にミゼデュースを発生させることができる」
「なッ」
「まだ試験段階のようだが、実用が可能な程度には仕上がっているらしい、そうだな、ロゼ?」
ロゼが頷く。
リューから説明を促されて、面倒臭そうに話し始めた。
「これは魔力や思念を送受信する術だ、ミゼデュースの発生過程は様々だが、この術を用いて任意の場所におけるミゼデュースの活性化を促すことができる、仕掛けの造り自体は単純だが、設置し、固定させ、更に運用や制御を行うにはそれなりの技術が要求される、恐らくヒトには無理だろう」
「つまりこれを仕掛けたのは人外の存在、そういうことでしょうか、師匠」
ため息を吐いたロゼがセレスをじろりと睨む。
ビクッとしたセレスを見て、リューが「こら」とロゼを注意した。
「説明しろ、手間を省こうとするんじゃない」
「僕は十分に言葉を尽くした、敢えて確認を取る必要がどこにある?」
「お前な」
「おい、とにかく魔人が噛んでるってことだな? そうだな、ハルの兄貴?」
「ああ、恐らくその可能性が高い」
リューが答えて、訊いたカイはそのまま唸る。
部屋にいる全員が少しの間黙り込んだ。
「また魔人か、奴ら何を企んでいやがる、さっぱり分からねえ」
「ヒトに手を貸すこと自体あり得ないからな、愉快犯とは考えづらい」
「何かにつけ自分の力をひけらかしたがるのが魔人だが、だからってここまで手の込んだ真似はしねえよ、もっと単純に壊したり殺したりするだろうぜ」
「私も同感よ、思えばあのラクスとかいう魔人の行動も妙だったわね」
「カルーパ様のお体を乗っ取りやがったことだな、あんな真似して海神の怒りを買うなんて分かり切ってただろうに、まあヤツが単に頭が弱かった可能性もあるが」
カルーパ様。
お亡くなりになってしまわれたけれど、その想いは今もディシメアーの海に溶け込んで皆を見守っておられるのかな。
「粉だ謀反だってより、魔人が関わってるってことの方が問題だぜ」
「そうだな、だがどちらも放置するわけにはいかない」
「で? その物騒な術を使ってまずは商業連合で狼煙を上げるって魂胆か?」
「ッツ! まさか、エルグラートより鎮圧のための兵を派遣させ、国内の守りが手薄になったところで蜂起するつもりだと?」
セレスが真っ青になる。
「あくまで可能性の一つだ」ってリューが声を掛けても、強ばった顔をしたまま膝に置いた両手をぎゅっと握りしめている。
「セレス、まだ確定したわけじゃないんだ、落ち着け」
「はい」
「思い詰めるんじゃない、それに君だけの問題でもないだろう」
「分かっています、分かっていますが、しかしッ」
辛いよね。
どんな人でも、セレスのお兄さんに変わりないよね。
膝の上の手にそっと手を重ねた。
はっとしたように振り返ったセレスと目が合う。じっと私を見詰めて、少しだけ微笑んでくれた。
大丈夫だよ、傍にいるから。
セレスを一人になんて絶対にしない。
「とにかく、状況はきな臭くなっている、全員一層の警戒を怠らないよう、連携を密に取って行動しよう」
「ああ、それにハルが目をつけられてんだろ」
カイの言葉で全員が私を見る。
―――理由は分からない、だけど砂漠で子供の姿をした魔人に『中央へ来るな』と警告を受けた。
やっぱり、エノア様から授かった花が関係しているんだろうか。
「魔人はハルちゃんが咲かせるエノア様の花を厭う、お前も見ただろう?」
「ああ、カルーパ様を乗っ取ったあの女魔人のことだな」
「そうだ」
カイに向かって頷いたセレスは、今度はリューに「しかし何故ハルちゃんなのでしょう?」と尋ねる。
「彼女が特別だからでしょうか?」
「どうだろう、ロゼも分からないそうだし、俺にも推測することしかできない」
「そうですか」
「しかしハルが狙われているなら、俺達がすべきことは決まっている」
「はい」
こっちを向いたセレスに手をギュッと握り返された。
「必ず、君を守る」
「セレス」
リューと、カイとメル、モコも頷く。
ロゼは優しく微笑みかけてくれる。
皆がいてくれるから心強いよ、有難う。私も頑張るからね。
「それじゃ、ひとまずそっちは片付いたってことでいいのか?」
「依頼に関しては、だが昨今ミゼデュースの被害が増えているという話から鑑みるに、他の場所にもこの術を仕掛けられている可能性が出てきた」
「マジかよ、じゃあ今度はその術を探さないとならねえってことか?」
ああ、めんどくせえ! ってカイが手足を放り出す。
隣でメルも「そうねえ」と溜息を吐いた。
「すまないが、手を貸してもらえないだろうか」
「わーってるよ! クソ、乗り掛かった舟だ、商人どもを調べるついでにやってやる」
「御方様、先ほどの術を後ほど詳しく拝見させてください、把握しておきます」
「いいだろう」
メルにロゼが頷き返す。
話はまとまったみたいだ、でも、本当に大変なことになってきた。
「君たちはここドニッシスから探索範囲を広げていってくれ、俺とロゼは外から調べていく」
「おいおい、商業連合は広いぜ、まさかド田舎の方まで足を運ぶつもりじゃないだろうな」
「最近ミゼデュースが発生した場所を調べていくことになる、地方での発生報告は稀だろう、俺達も精々がドニッシス周辺からの捜索だよ」
「ゴミの量的な話ってわけか、確かにそうだな、一理ある」
それに―――地方で騒ぎを起こしても後回しにされるだけ、中央のエルグラートから兵が派遣されるほどの被害は、商業連合の中心部でなければ出ない。
リューの言葉にセレスの表情がまた曇る。
大丈夫だよ、そうなる前に何とかしよう。
「ハル達は引き続きライブに向けて準備を続けるように」
「お力になれず申し訳ありません」
「何を言っている、セレス、君とモコがハルの傍にいてくれるから俺達も気兼ねなく行動できるんだ、助かっているよ」
「リュゲルさん」
うん、セレスとモコが一緒だから私も安心だよ。
それぞれがどうするか決まって、カイとメルは自分たちの部屋へ戻っていく。
私達も明日に備えて休もう。
ライブの日は近い。
―――そして、同じ日に裏の競売が開催される。
きっと何か大変なことが起こるだろう、そんな予感が今からしている。
怖いけど、気持ちで負けてなんていられない。
私は私に出来ることをしっかりやるんだ。




