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七日の後に

「ハルちゃん、ハルちゃん起きるんだ、朝だよ」

「ん、んん」

「はるぅ」


あれ?

―――そうか、朝だ、起きないと。

体を起こして目を擦る。

ベッドから降りて、フラフラしながら着替えを済ませたら、セレスに手を引かれた。

部屋を出るとリューに「おい、まだ寝ぼけているのか」なんて声を掛けられる。


「昨日はしゃぎ過ぎたか、早く寝たのに、ほら、目を覚ませ」

「ん」

「おはよう、僕の可愛いハル、眠そうな顔も愛らしいよ」

「おふぁよう」

「まったく」


洗面所へ連れていかれて、顔を洗って、やっと目が覚めた。

セレスが髪を梳かしてくれる。


「ふふ、昨日は楽しかったな、グリフォの夢でも見たのかい?」

「え、どうして?」

「寝言を言ってたよ、大きいとか格好いいとか」


う、飛行船でロゼとモコと一緒にグリフォを追いかける夢だったんだけど、まさか寝言まで口にしていたなんて。

恥ずかしい。

よし、気持ちを切り替えて、今日からまた練習頑張るぞ!


支度が済んで、リューが用意してくれた朝食をいただいてから、急いでホテルの玄関へ向かう。

今朝はまたレイの迎えの車が停まっている。


「おはようございます、麗しの姫たち」

「おはようございますッ」

「おはよー!」

「さあさ、お乗りください、本日よりまたレッスンですよ! 美しき汗を流すのです!」

「朝からお前はうるさいな」

「ええ、ええ、朝日に囀る小鳥のようでしょうとも、さあ姫ッ、本日も貴方がたの忠実なる僕であり最も熱心なファンであるこのワタクシが、レッスン会場まで送迎の誉を賜らせていただきます!」


本当に元気だ。

そして車で劇場へ―――あ、コノハナソルジャーの皆だ!

私達を迎えるために待っていてくれたのかな、揃って「おはようございます!」って挨拶してくれる。

おはよう!

皆も早いね。


「おはようございます、あの、有難うございます」

「ふぁっ?」

「私達を待っていてくれたんだろう? おはよう、私からも礼を言うよ、早くから感謝する」

「ひ、ひぇっ」

「そそそそそそそそそんなッ、めめめッそうもないッ!」

「ぐはッ、尊きッ!」

「朝日を遥かに凌駕する輝きに目がッ、目がぁッ!」

「は、ハルフィ姫ッ」

「セレーナ王子!」

「姫ですぞッ、しかしッ、分かりみしかないッ」


セレスが苦笑する。

「おはよー!」ってモコが両手を上げて元気に振ると、ソルジャーたちもニコニコしながら全員で「おはよー!」と手を振り返してくれた。


「はぁ、モコたんもライブにご参加なされたらよろしいのに」


ソルジャーたちの中から呟く声がした。

それは同感、でもモコが『出ない』って言ってるからね。


見送られながら劇場へ入って、まっすぐ練習室に向かう。

今日も先にいたサクヤが「待ってたよ、おはよう!」ってとびきりの笑顔で迎えてくれた。

やっぱり素敵だ、辺りがパッと明るくなったように感じるよ。


「昨日は急に練習休んでごめんね、それで、これお土産だよ」

「え! 気にしなくていいのに、ハルは義理堅いなあ」


サクヤは嬉しそうに「楽しかった?」って訊いてくる。

すごく楽しかったって答えたら、後で話を聞かせてねって言われた。


「ところでお土産って何かな?」

「この箱はパーティーで配られた記念品のグラスだよ、エルグラートの職人の手作りだって」

「すごい、高級品だね、有難う!」

「それとこれも」

「羽根?」

「グリフォの羽根だよ」

「えッ!」


目をまん丸くして驚いている。ふふ、いい反応!

分かるよ、私も昨日は本当にビックリした。


「グリフォって、あのグリフォ?」

「うん」

「そんな貴重なものを貰ってもいいの? 本当に?」

「勿論、受け取ってくれると嬉しいな」

「嬉しい! 有難う、ハル大好き!」


ギュッて抱きついてくるサクヤからいい匂いがする。

私も大好きだよ、喜んでもらえてよかった。


「よし! 今日はやる気にますます火が付いちゃったぞ、これまで以上にビシバシいくからね!」

「そこは少し手加減して欲しい」

「ダメダメ! こんな素敵なお土産を貰ったんだもん、ハル達の気持ちに応えてバッチリ仕上げていくよ、ライブまで日も残り少ないし」

「うん、そうだった、よろしくお願いします」

「私も、まだまだ世話を掛けるが、よろしく頼む」

「ぼくもー!」

「全員まとめて任せなさい! それじゃ、三人とも早く練習着に着替えてくるように、ダッシュだよ!」


昨日休んだ分を取り返さないと。

いよいよ少しの時間も無駄に出来ない、期待してくれている人も大勢いるし、気合入れるぞ。


練習を始めて暫く経った頃、キョウが様子を見に来た。

サクヤから土産の話を聞いて、さっきのサクヤ以上に驚きながら受け取ったグリフォの羽根を何度も確かめる。


「こ、ここっ、こんな貴重なものをッ」

「でしょでしょ?」

「君たちは記念品のグラス以上に魔物の羽根を喜ぶんだな」

「セレスさん! 何を仰っているのですか、貴方はまったく分かっておられない! いいですか? このグリフォの羽根は人体の視神経系に多大なる影響を及ぼす魔力を備えているのみならず羽根を用いて作られた魔法道具には遥か遠方をも見通せる効果や隠されたものを見出す効果そして更には視力に関わるあらゆる効果を打ち消すこともできあまつさえ」

「あのね、つまりキョウみたいなツクモノにとって凄く価値があるってことだよ」

「あ、ああ、そのようだ、失礼した」

「ねえキョウ、その羽根は君にあげるよ」

「えッ、ええッ!」

「あの子に贈りたいでしょ?」

「ううッ」


あの子?

真っ赤になって黙り込むキョウを見てクスクス笑いながら、サクヤが「ハルのお兄さんがくれた凄い眼鏡だよ」と教えてくれる。


「あれか、なるほど」

「毎日毎日、キョウが大切にお世話して、たくさん話しかけているんだよね」

「さ、サクヤ! それは誰にも言わないでくれと!」

「囲い込みか、君もなかなかやるもんだ」

「いえッ、その、あ、あのように美しい方のお世話をさせていただける栄誉にあやかっているだけで、し、下心など、とんでもないッ」

「早く目覚めてくれるといいね、そうしたらまずはお付き合いからかな?」

「サクヤ!」

「うん、私も応援するよ、君の想いが通じるといいな」

「ち、違ッ、いえ違いませんがッ、ううーッ!」


グリフォの羽根、一番いい形で役に立ちそうだ。

後でロゼに改めてお礼を言おう。

キョウとあの眼鏡が上手くいくように、私も応援しているよ。


練習を再開して、昼休憩を挟んで、また練習。

歌も踊りも本気で取り組むと大変だ、でもやりがいがあるし、何より楽しい!

サクヤが教え上手だから、自分でも分かるくらい上達していく。

本当に凄いよ。

サクヤって本物なんだなとつくづく思う。

だからこそ私も応えないと、サクヤとのライブを成功させるために、何より見に来てくれる皆に喜んでもらえるように!

それがきっと出演する本当の目的にも繋がっていく。

レクナウ、前にセレスが追い払ったきりだけど、ライブには来るんだろうな。

切欠を掴んで、ルルとトキワを助け出すんだ。


でも意気込みが過ぎて少し気持ちだけ先走り過ぎた。

踵が痛い。

練習靴を脱いで確認したら、赤くなって皮が擦り剥けている。


「いてて」

「ハルちゃん大丈夫か?」

「靴擦れ? 見せて」


駆け寄ってきたサクヤが踵の擦り傷に手を翳す。

そしてハミングで歌い始めた。

発声練習でも、レコードでもない生の歌声、本当に綺麗な声だ。


「あ、あれ?」


傷が治っていく。

もしかしてこれが、サクヤの歌声に宿る治癒の力?


「はい、もう大丈夫だよ」

「すごい、有難う!」

「どういたしまして」


痕も残さず元通りだ。

セレスとモコと一緒に感心していたら、不意にサクヤがぽつりと呟く。


「でもね、トキワ姉さんの方が凄いんだ」


寂しそうな声。

胸の奥がズキリと痛む。


「サクヤちゃん、きっと取り返そう」

「うん、ぼくもがんばる」

「サクヤ、元気出して、大丈夫だよ、私も協力するよ」


サクヤは私達をじっと見て、笑顔で「有難う」って言ってくれるけれど、辛いよね、不安だよね。

ルルが絡むとカイも思い詰めた表情をしていた。メルは苦しそうだった。

二人を取り戻せるかもしれない可能性を逃すわけにいかない。

ライブを成功させるんだ。

―――あと一週間。

きっとライブの日を区切りに色々な事が動き出す、そんな予感がある。


練習を再開して、気付けばもう夕方だ。

サクヤが「今日はここまで、お疲れさまでした!」って手を打ち鳴らす。


「詰め込み過ぎてまた怪我をしたら意味無いからね、後はしっかり休んで疲れを取るように」

「はーい」

「有難うサクヤ」

「サクヤちゃんもお疲れ、また明日」

「うんっ、待ってるよ、それじゃまたね!」


汗を洗い流してから、着替えて劇場を出る。

レイの送迎でまたホテルへ。本当に助かるよ、もう一歩も歩きたくないくらいクタクタだ。


「では我が姫たち、明日もお迎えに上がります、今宵もよい夢を」

「よろしくお願いします」

「ばいばい」

「頼む、じゃあな」


走り去る車を見送ってから部屋へ戻ろうとした。

その時、不意に呼び止められる。


「ハル」

「えっ」


振り返ると―――カイだ!

それにメルも、二人とも交易港から戻ったんだね!


「カイ、メル!」

「ただいまハルちゃん、セレスにモコちゃんも」

「お帰りメルさん、変わらず美しくて何よりだ!」

「おかえりー!」


暫くぶりで嬉しい。

二人に「お帰りなさい!」って声を掛ける。

カイは私をじっと見て「ただいま」と応えてくれた。


「ねえ、マキュラムの交易港ってどんな場所だった? 教えて、船ってどれくらいの」

「おい落ち着け、遊んできたわけじゃねえぞ」

「ふふ、ひとまず貴方たちのお部屋へお邪魔させてもらえないかしら、そこでじっくり話を聞かせてあげる」

「うん!」

「ところでお前らの方はどうなんだ、何か進展あったか?」

「あったよ」

「そうか、なら取引だ、情報交換といこうぜ、俺達も話を聞きたい」


取引じゃなくても話すんだけどな。

まあいいか、二人とも長距離の移動で疲れているだろう、一緒に部屋へ行こう。

―――今夜は夜更かしになりそうだ。

明日の朝寝坊しないように、ロゼかモコに起こしてもらわないと。

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