シャルークのオーダー専門店
「わあぁッ」
店の正面をゆっくり、じっくり見渡す。
ここかぁ。
オーダーのオイルや道具を扱っている専門店。
濃い紫色の庇の下のショーウィンドウ、ガラス壁の向こうに並べられた沢山の道具や小物。
新入荷って書かれた小さな看板、装飾に使われている花や果物は本物かな?
店の外なのに、もういい匂いが漂ってくるよ。
はあ、胸がいっぱいでちょっと息苦しいくらい、緊張して手に汗まで掻いている。
そっと扉を開くと、隙間から色々な種類の混ざりあった香りが溢れだして、ますます鼓動が高鳴った。
「いらっしゃいませ」
店の奥から店員が覗く。
ビクッとした私の後ろから扉を押さえて、そのまま開きながら「こんにちは」と私を押し込むようにしつつリューも店の中へ入ってくる
「こんにちは、本日は何をお探しですか?」
「いえ、すみません、妹が店の中を見たいと言って」
「そうですか」
店員はニッコリ笑って「ではどうぞ、お好きなだけゆっくりご覧になっていってください」と言ってくれる。
嬉しい、買い物しないのに、調合の参考にしようと思っているのに、親切な人だな。
ドキドキしながら棚へ近づいて、並ぶ香り見本の一つを手に取った。
「そちらは風の精霊ヴェンティ好みのブレンドです」
「か、嗅いでもいいですか?」
「どうぞ」
へえ、私の調合と似ているけど違う、ヴェンティはこういう香りも好むんだ。
次はこっち、水の精霊アクエが好む香りだって書いてある、なるほど清涼感のある香りだ。ヴェンティのオイルもスッキリした印象だったけど、こっちはそれより香りに湿度を感じる。
これは特に精霊を限定していないオイル、こういうのも重宝するんだよね。
オーダーは香りで精霊を呼び寄せる魔法だから、近くに高位の精霊がいて、この香りを気に入ってくれたら力を貸してくれる可能性がある。
イグニ好みのオイルもあった! シェフルのお風呂で使われていたのとはまた違う印象だな、どっちの方が効果あるんだろう。
同じ精霊を対象にしていても、香りの種類が幾つもあるのは、絶対的な効果を持つ香りが存在しないの半分、術者の好み半分だ。
好きじゃない香りで呼んだ精霊が言うことを聞いてくれるわけがない、香りと術者の相性もオーダーを使う上で重要な要素なんだよね
はあ、オイルが沢山あり過ぎて整理が追いつかないよ、ちょっとクラクラしてきた。
隣の棚は道具が置いてある
色々な形をした香炉、オイルを調合するための道具、保存容器、香炉を吊る鎖や固定するための道具、熱石は棚に置かれた箱の中に適当に入っている。
消耗品だからかな? 私が使っている熱石はロゼが作ってくれた特別製だから丈夫で長持ちだけど。
植物からオイルを抽出するための蒸留器も売られている。
凄い値段だ、でも、添えられている説明文を読む限りロゼの蒸留器の性能には遠く及ばなそう。改めてロゼに感謝だ。
「ハル」
いつの間にか隣にいたロゼが、ひょいっと覗き込んできた。
「どうかな、欲しいものはあるかい?」
「うーん、それを言ったら全部欲しいよ」
「ならば店ごと購入しようか」
「こらロゼ」
冗談だと思うけど、ロゼならやりかねない気がする。
そう思って今、リューも声をかけたんだろう。店員だけ笑っている。
「いいよ、この店で買い物したい人はたくさんいるだろうし」
「ふむ、奥ゆかしい、流石僕の妹だ」
「あはは」
「そろそろ行くぞ、ハル、ロゼ」
リューに呼ばれた。
後ろ髪惹かれるけど、ここに来られただけでもう充分、幸せなひと時だった。
お願いして少しだけ素材を買ってもらう。
会計の時に尋ねられたから、私がオーダーを使うことを話したら驚かれた。
「他の魔法と比較してあまり一般的ではありませんので、来店されるお客様もそう多くはないのです」
「勿体ないですね」
「そのお言葉とても有難く存じます、よろしければこちら、ご来店の記念に是非どうぞ」
「えっ」
「お客様程の年頃の方がいらっしゃることはあまりございませんので、店からのささやかな気持ちです」
幾つか手渡されたのは、オーダーのオイルを調合する時に使う植物から抽出した芳香成分入りの小瓶。
嬉しいけどいいのかな、なんだか高そうだよ?
「いいんですか?」
「はい、どうぞ使ってやってください」
「有難うございます」
受け取ってお礼を言って、店を出る前にもう一度店員に頭を下げてから、扉を潜った。
まだ店内の感動と興奮の余韻が残ってる。
お土産まで貰ったし、本当に素敵な店だな、またいつかきっと来よう。
「ハル」
リューに呼ばれて、頭の上に何かをポンと乗せられた。
掴んで下ろして見てみると、リボンで口を縛った小さな袋だ。開けたら中にオーダーのオイルが入っていた。
「兄さん?」
驚いて見上げると、リューはクスッと笑い返してくる。
「せっかく来たんだ、素材だけじゃなくオイルも欲しいだろ」
「うん、でも」
「選べないお前の為に俺が勝手に選んで買った、精霊を限定していないオイルだ、何が来てくれるか楽しみだな」
気付いていたんだ。
だって全部素敵で、選ぼうとしたら時間がいくらあっても足りなくなりそうで、素材だけにしておいたんだ。
嬉しい。
ギュッとオイルを握りしめて、リューに「有難う」って笑顔で伝える。
このオイルで何が来てくれるだろう、蓋を開けて嗅いでみたら甘くて優しい香りがした。
「さて、次はどこへ行こうか」
「買い出しだ、ついでに観光もするぞ、ハルは他の場所も見に行きたいだろう?」
「見たい!」
「ならばまた僕が案内しよう、興味深い場所、面白い店が沢山あるぞ!」
肩でモコもピイッと鳴く。
楽しみだね、モコ。
―――それから、シェラークの街中をあちこち歩き回った。
広場には噴水や石像があったり、芸を披露している人がいたり、通りに連なる店以外にも、屋台や、市まで開かれていた。
大勢の人や物が絶えず行き交っている。
色々な声が聞こえて、色々な匂いがして、たくさんの色、たくさんの姿、とっても刺激的だ。
「ハル、疲れたかい?」
「昼過ぎだろうから、そろそろ食事をとるか」
目移りしていたらロゼに訊かれて、頷くリューに、思いがけずポカンとする。
そんな風に見えたのかな。
でも確かにお腹が減ってきた、昼食の話をされた途端に気付く。いつの間にか夢中になっていたみたい。
「ねえ兄さん、食べた後で手紙を書きたい」
「また母さんとティーネに出すのか」
「そう」
「それなら絵ハガキにするといい、ここには郵便局があるから売っているだろう」
「郵便局、エハガキ?」
ロゼの言葉に首を傾げた。
郵便局は知ってる。
大きな街にだけあって、手紙や荷物を集荷して配達してくれる場所だ。持ち込めば、代金と引き換えに大抵の物を運んでくれるらしい。
エハガキ、は、分からない。
絵が描いてあるのかな、ハガキって何だろう?
「片面に絵が描かれた簡易の手紙さ、もう一方の白い面に宛先と文章を書き込み送る、書く面積が足りなければ絵の面を使ってもいい」
「そんなのがあるんだ」
「絵ハガキは郵便局でしか取り扱っていないからね、描かれているのは、例えばその街の名物や地方の名所と色々だ、旅の知らせに気が利いているだろう?」
「へえ、いいね、絵ハガキ!」
シャルークに来たよって文字で伝えるだけじゃなく、絵も添えたらきっともっと喜んでもらえる。
リューもいいと言ってくれたから、食事が済んだら郵便局で絵ハガキを買ってもらおう。いつも以上に手紙を書くのが楽しみになった!
「ロゼ兄さんって本当に色々なことを知ってるね」
「僕は君達のお兄ちゃんなのだから、これくらいは当然さ」
「そっか」
「どうだいリュー、僕はしっかりお兄ちゃんだろう?」
「そうだな」
「フフ、そうだろうそうだろう、君達は僕の可愛い弟と妹だからね!」
ロゼもリューも頼りになる。
二人と一緒だと安心だし楽しい、何となくそれぞれの手を掴んだら、同時に振り返って笑い返してくれた。
「さて、昼は何を食べるか」
「肉にしよう!」
ロゼの言葉に、モコまでピイッと鳴いた。
呆れ顔したリューが「お前たちは本当に肉が好きだな」とぼやく。
お肉美味しいもんね。
私はチョコレートが好き、またパフェが食べたいなあ。




