煌めく夢
「はい、ありますよ」
キョウはニッコリ笑って「お貸ししましょう」って言ってくれる。
わあ、やった!
サクヤと顔を見合わせて、お互いに両手をパンっと合わせて鳴らす。
「よかったね、ハル!」
「うん、サクヤも有難う」
「ふふっ、どういたしまして」
その記録水晶で、いつもサクヤのライブ映像を撮って見直しているんだって。
良かった所、悪かった所をそれぞれ考えて、次に活かしているらしい。
「その時のライブはその時限りです、故にしっかり見直すことが大切なのです、地道な努力の積み重ねによって私達は常に新鮮な感動と興奮を観客の皆さまへお届けできるのです」
「職人意識だな」
「はい、我らが鈴音の歌姫に『その程度』などという不名誉な評価は、誰よりもこの私が我慢なりません」
「キョウってね、結構負けず嫌いなんだよ」
「僕は常に舞台と真摯に向き合っているんだ、君だってそうだろう」
「勿論!」ってサクヤは嬉しそうに頷く。
「私に会いに来てくれたみんながいーっぱい元気を受け取ってくれますように、今だけは幸せな気持ちで満たされますようにって、願いながらいつも歌っているよ」
「その想いを全力で補佐するのが私の務めです」
すごいな。
二人は本気でライブや観客と向き合っているんだ。
「本番当日の映像を記録したものを後日お渡しいたします、それでよろしいですか?」
「有難う」
「ところでその小型の記録水晶は、どの程度の大きさなんだ?」
「手の平に乗るくらいですね」
「そ、そんなに小さいのか!」
驚くセレスに訳を訊いたら、一般的な記録水晶って一抱えほどの大きさがあるんだって。
そして水晶だから衝撃を受けると砕けてしまう。
大きい、重い、扱いづらくて、手間の割に効率が悪い。
なるほど、それは確かに普及しないわけだ。
「今、商業連合では化学薬品を用いた記録媒体の研究が行われております、いずれは記録水晶などよりもっと性能が良く扱いやすい機器が生み出されるでしょう」
「夢のある話だな」
「はい、魔力を必要としない生活水準の向上、ハルさんが模索されているオーダーの利便性向上につながるものがあると思います」
うん、道具って目的のための手段だからね。
いずれオーダーも、開発中の記録媒体も、皆が当たり前に使えるようになって欲しいな。
昼休憩を挟んでまた練習。
午後はずっと発声練習だ。
意識的に歌ったことってなかったけれど、本気で歌うのって姿勢から呼吸、発声、やること、意識しなくちゃいけないことがすごくたくさんある。
こんなに疲れるなんて思ってなかったよ。
更に合わせて踊るなんて、サクヤは凄いな。私にできるのかな。
「疲れたぁ」
「ああ、歌って本気で歌うと結構体力要るんだな」
「だけど、たのしーよ!」
私はクタクタだけど、セレスとモコはまだ全然余裕だ。
体力も付けないとだなあ。
笑いながら傍に来たサクヤが「みんな、お疲れ様!」ってタオルを手渡してくれる。
練習中に一度着替えたけれど、もう汗びっしょりだ。
「今日の練習はこれでおしまい、後は体と喉を休めてね」
「指導有難う、サクヤちゃん」
「どういたしまして、セレスは発声が正確だよね、よく響くし、お腹からしっかり声が出てる」
「歌姫に褒めていただけるなんて光栄だ」
「モコちゃんの声も、なんていうか惹き込まれるような不思議な魅力があるよ、ねえ、君もライブに出てみる?」
「んーん、でない」
モコは首を横に振り返す。
「ししょーにいわれた」
「それって、あの、すごく綺麗なお兄さんだよね、何て言われたの?」
「おまえはだめだって」
「うーん、まだ小さいからかな」
そうかも。
今でこそ成獣になって人の姿にもなれるようになったけれど、前はずっと小鳥か羊の姿だったよね。
でもラタミルが舞台に立ったらそれこそ観客全員を虜にしそうだよ。
もしかしてそういう理由? あり得るかもしれない。
「ハルも前よりずっと声が出るようになったね」
「そうかな」
「君の声って何だかホッとするよ、ハルにも歌姫の才能があるかも」
「同感だ」
「うん、ぼくはるのこえすき!」
「ふふッ、モテモテだね!」
ちょっと照れる。
赤い顔をタオルで拭って誤魔化していたら、練習室の扉が勢いよく開いた。
「乙女たち! お疲れ様です!」
レイだ。
そのまま駆け寄ってきて何か手渡される。
何だろうこれ、瓶入りの、アメ?
「蜂蜜のアメです、とても喉にいいものですよ、ワタクシが丹精込めてお作り致しましたッ」
「お前はこんなものまで手作りするのか」
「当然ですとも、養蜂場へ行き蜂蜜の収穫から拘ってお作りいたしましたよ? 尊き演者の皆さまをあらゆる面で支えるのが大支配人であるワタクシの務め、そして悦び!」
食べてみよう。
あ、美味しい、ハーブの風味が蜂蜜の甘さと一緒に口の中で広がる。
「美味しいよ、セレス」
「あ、ああ」
「食べてみなよ」
「そうだな」
「ああハルさんッ、お口に合って何よりです! 嬉しいッ!」
「悶えるな、あっちへ行け、お前は何をしに来たんだ」
「そんな惨い、大支配人、大ションボリです」
私達をホテルまで送りに来てくれたらしい。
来る時もそんなことを言っていたね。
ライブが終わるまで、これから毎日送迎してくれるそうだ。
「明日以降も本日と同じ頃合いにお迎えに上がります」
「分かった」
「お寝坊さんはダメですよ?」
「う、はい」
「よければお部屋までお供いたしましょうか?」
「それは結構だ」
セレスにきっぱり断られて、ホテルの前で私達を下ろしたレイは、しょんぼりしながら車を運転して帰って行った。
部屋に戻ると兄さん達が寛ぎながらお茶を飲んでいる。
会談は無事に済んで、土産があるって!
何だろう?
「わ、ケーキだ!」
「おいしそ!」
「好きなのを選べ、なんでも王家御用達だそうだ」
「その店、もしや『オルン・ゴウルン』ではありませんか?」
「ん? そうだな、そんな前の店だった」
「以前王宮に仕えていた菓子職人が開いた店です」
「へえ、宣伝に偽りなしか、なら期待できそうだ」
セレスも食べたことがあるらしい。
もしかして国王様もお召し上がりになられたのかな。
私が選んだのは、蜜漬けリンゴのパイミルフィーユ!
サクサクのパイ生地で蜜漬けのリンゴとカスタードクリームを何層も挟んで、上にはこんがり焼けたリンゴが乗っている。
食べると仄かに香るアーモンドの風味、んん、美味しい。
ケーキとお茶で寛いで、少し疲れを取ってから食事会場へ向かう。
食べ過ぎかな、でもたくさん運動したからいいよね。
食休みを取って、大浴場へ。
部屋に戻る頃にはすっかり瞼が重い。
眠い。
また遅刻するといけないから、寝よう。
「ロゼ兄さん、リュー兄さん、私達もう寝るね、おやすみなさい」
「おやすみ僕のハル、夢で逢おう」
「よく休めよ、セレスとモコもおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみー」
寝室へ行って、三人一緒にベッドに潜り込む。
もう目が開かないよ。
欠伸してるとクスクス笑う声が聞こえた。
「ハルちゃん、モコちゃんも、お疲れ、明日も頑張ろうな」
「うん」
「はる、ねた?」
「殆ど寝ているみたいだ、私達も寝ようか」
「はーい、おやすみなさーい」
頭がぼーっとして、声は聞こえるけれど、何を言っているか分からない。
どんどん意識が曖昧になっていく。
おやすみ、セレス、モコ。
明日も練習、がんばろう、ね。
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―――
これ、なに?
たくさん、たくさん、光ってる。
キラキラして眩しい。
降り注ぐ黄金に手を伸ばす。
ああ、そうか。
そうだね、それって凄く素敵だ。
囁く声が聞こえる。
笑い声。
嬉しそう。
楽しそう。
私も嬉しくて楽しい、皆が笑ってくれる、喜んでくれる、応援してくれる。
こんなに素敵なんだ。
分かるよ。
大勢の熱狂に包まれて、今、最高に幸せな気持ちで満たされている。
よし。
やろう。
この光を一人でも多くの人へ届けよう!
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「ふにゃ」
目を開く。
起きると、隣で横になっていたモコも体を起こして「はる、おはよう」って抱きついてきた。
「うん、おはよう」
「今朝はちゃんと起きられたな、おはようハルちゃん」
セレスは鍛錬中だ。
これから練習があるのに、もしかして昨日も鍛錬してから練習に行ったのかな。
「おはようセレス、毎日偉いね」
「ん? ああ、これはもう日課なんだ、やらないと逆に落ち着かない」
「そうなんだ」
やっぱり格好いい。
なんて、感心していないで早く支度しよう。
モコと一緒に部屋を出ると、寝起きな雰囲気のリューが長椅子で新聞を読んでいる。
毎朝部屋に届けてくれるんだって。
私に気付くと「今朝は寝坊しなかったな」なんて言ってニヤッと笑う。
「おはよう、もうしないよ、みんな頑張ってるから、私も頑張るんだ」
「偉いぞ、朝飯を用意しておくから支度してこい、おはよう」
「はーい!」
顔を洗って、髪を梳かして、服も着替えて。
私の支度が済む頃には、皆も支度を済ませて広い部屋に集まった。
リューが卓に食事を出してくれる。
「おにぎりだ!」
「ノリが巻かれているな」
「ノリ?」
米を握って作るおにぎりは前に食べたことがある。
だけどこの黒いのは初めて見た、海藻を梳いて乾燥させたものらしい。
「アキツから伝わった食品で、汁物に入れて飲んだりもするんだ」
「セレスは詳しいね」
「汁物か、美味そうだな、今度試してみよう」
ノリ、美味しい。
米だけのおにぎりも美味しいけど、ノリを巻くともっと美味しくなる。
おにぎりの中の具は漬けた果実だ。ウメの実だね。
それと塩気のある焼き魚、甘辛く煮た根菜、このキノコのおにぎりも美味しい。
「サクヤ人気でアキツの品を扱う店が増えたらしい、色々あってつい買い過ぎた」
「では暫くリュゲルさんのアキツ料理を堪能させていただけそうですね」
「やった」
「朝が早いからな、明日からも寝坊しなければ朝食を用意してやる」
「もう、その話はしないで、今朝はちゃんと起きたよ」
だけどこのおにぎり、また私が遅刻した時持っていけるようにって考えてくれたんだよね。
有難う、兄さん。
お腹いっぱい、そろそろレイが迎えに来る頃だ。
兄さん達に「行ってきます!」と声を掛けて、セレスとモコとホテルの一階へ向かう。




