チョコレートパフェ
部屋でリューを待っている間にお湯を用意してもらって、軽く体を拭いて汗や汚れを落とした。
シェフルからここまで馬車の旅だったけれど、やっぱり汚れるし、こうしてゆっくり綺麗にできるのって嬉しい。でもなあ、やっぱりお湯を張ったお風呂が恋しいなあ。
クロとミドリを預けて部屋に来たリューも簡単に身づくろいを済ませて、改めて皆で町へ出る。
もうすぐ夕方、あちこちから美味しそうな匂いが漂ってくるよ。
「先にオーダーの店へ行こう、飲食の類の店なら夜までやっているが、オーダーの店はそろそろ閉まるだろうからな」
「それは明日でもいいよ」
「そうか?」
「うん、お腹空いた」
「お前は」
呆れた顔するリューだってお腹が空いているはず。
ロゼが肉だ肉だと騒ぐ。
今日のロゼは三つ編みだ。その三つ編みをリューにグッと引っ張られて、ロゼは「うおっ」と声を上げる。
「騒ぐな静かにしろ、ただでさえお前は大きくて目立つんだ、少しは自重してくれ」
「ちゃんと認識阻害をしているぞ? それも君に言われる前からしている」
「俺が鬱陶しく感じるんだ」
「それはあんまりじゃないか、流石の僕でも泣いてしまう」
ハル、って弱々しく擦り寄ってきたロゼをよしよししてあげながら、先にどんどん歩いていくリューを追いかける。
相変わらずだ、いつも通りな二人のやり取り。
どうしてこんなロゼを、モコも、クロとミドリも怖がるんだろう。まだロゼのことをよく知らないからかなあ。
「おい、肉だな、この店にするぞ」
「リュー!」
パッと顔を上げたロゼは、目をキラキラさせてリューを見詰める。
何だかんだいつも優しいよね、リューって。
「やはり君だ、お兄ちゃんは今とても嬉しい、弟の愛を噛み締めているよ」
「噛み締めるのは肉だけにしておけ、ハルも構わないか?」
「うん、私もお肉食べたい!」
私の肩に止まっている小鳥姿のモコもピイッと元気よく鳴いた。
モコもお肉好きだもんね。
フフッと笑ってリューが私とモコの頭を順に撫でる。
「よし、それじゃ入ろうか」
「はーい」
早速店に入って、店員に席まで案内されて、卓についてお品書を手に取った。
「ねえ、あのね、リュー兄さん」
「どうしたハル」
「ええとね、あの、ここにチョコレートパフェって書いてあるんだけど、もしかしてアイスクリームや生クリームが乗っている、あのパフェかな?」
本で見たことがある。
食べたい。
凄く食べてみたい、もしあのパフェなら、本当にあのパフェだとしたら、食べないわけにはいかない。
たっぷりの生クリームとアイスクリーム、フルーツにビスケット、チョコレートまで、見た目からしてもう美味しそうだったパフェ。
自分で作ろうとしても、何だかこれじゃないって感じのものしかできなかったんだよね。
しかもこのパフェは名前にチョコレートってついている、大々的に謳うってことはチョコレートが主役に違いない、それは絶対美味しい、字を見ているだけで涎が出てくる。
「頼むか?」
「頼もう、僕はフルーツパフェを頼む」
ロゼまでそんなことを言い出すから、リューはクスクス笑いながら「なら俺は飲み物でも頼むか」って呟きながらお品書を眺める。
やった! とうとう、とうとう本物のパフェが食べられるんだ、ドキドキしてきたッ。
モコにも分けてあげよう、感動のお裾分けだ。
肩の上でパタパタ羽ばたくモコを撫でてあげると、気持ちが伝わったようにピイッと声を張る。
「すいません、注文いいですか」
店員を呼んで、リューが注文を済ませて、待つ間もそわそわと落ち着かない。
明日のオーダーの店も楽しみだし、シャルークに来てよかったな。アグリロにも乗せてもらえたし。
―――そのうち料理が運ばれてきて、食べ終わってから、いよいよパフェがテーブルの上に現れた。
「これが、パフェ」
想像以上だ。
花瓶みたいな形の細長いガラス容器に、キラキラ輝く美味しそうなものが詰め込まれている。
たっぷりの生クリーム、瑞々しい果物に、滑らかなアイスクリーム、そして上からトロリとかけられたチョコレート!
チョコレートのプレートまで刺さっている、容器の中にもチョコレート、チョコレート尽くしだ、やった、最高だぁッ。
「どうしたハル、食べないと溶けるぞ」
「あ、うん」
「ははあ、さては感激して見惚れているな? では僕のフルーツも分けてあげよう、これでもっと豪華になるぞ」
「わっ、うわわっ、どうしよう、モコも一緒に食べよう?」
ピ、と小鳥のモコが鳴く。
柄の長いスプーンでそっと掬って、まず一口。
美味しい、感動と冷たさで体がぶるっと震える。
モコにも一口あげたら、一瞬固まってから全身をブルッと震わせた。やっぱり感動したのかな、羽が膨らんでる。
「美味しい」
「そうか」
「フフ、良かったね」
兄さん達もニコニコ笑う。
村の外にはこんなに美味しいものがあるって、ティーネにも教えてあげたい。
手紙に書こう、いつか一緒に食べようって。作り方が分かれば再現もできるかな、その時はリューに頼んでみよう、ティーネと作るのもいいかも。
モコもパフェに夢中だ、冷たいから食べ過ぎたらお腹壊すよ。
でも、あれ? そういえばモコが用を足しているところを見たことがない。
「ねえ、ロゼ兄さん」
「なんだい、ハル」
「ラタミルって用を足さないの?」
ここは飲食店。
声を潜めてこっそり聞いたら、ロゼは一瞬キョトンとしてから、軽く吹き出した。
「ああそうだよ、そもそも食べる必要がないからね、用を足す必要も然りさ」
「それじゃ、食べたものはお腹の中でどうなってるの?」
「臓器の類もそれっぽく真似ているだけだ、消化も吸収もしない、食べ物は腹の中で霊的に分解され消失する」
「霊的?」
「そのものを構成している概念とでも言えばいいか、まあ、つまり腹の中でただ消えるだけということさ」
「ラタミルにとって食事自体に意味はないの?」
「いいや、味覚はあるからね、食べた感動を味わうことは出来る、食事の概念を持たないラタミルにとって食事はなかなかに刺激的で病みつきになる者もいる、らしい」
「そうなんだ」
だからモコはよく食べるんだ。
冷たいものに限らず、たくさん食べてもお腹を壊す心配がないのって、少し羨ましいかもしれない。
「ねえ、もしかしてハーヴィーもそうなの?」
「あいつらのことなんか知らないよ、排泄もするんじゃないか」
「こらロゼ、食事中に口にする言葉じゃないだろう、ハルもそれくらいにしておけ」
「はーい」
確かにリューの言う通りだ、この話はこれでおしまいにしよう。
リューはミルク入りのコーヒーを飲んでいる。
お品書にはココアも載っていた。ココアも飲んだことがないから飲んでみたい、流石に今日はもうお腹いっぱいで無理だから、また次に機会があるといいな。
容器の底までスプーンで掬って、はあ、ご馳走さま、チョコレートパフェとっても美味しかった!
膨らんだお腹を擦りながら店を出たら、空はもう夕暮れから夜の色へ染まり始めている。
通りの店も殆ど閉まって、人の姿も昼より大分少ない。それでも、昼間のシェフルの通りよりずっと多いけれど。
宿へ戻って、今度はお風呂を借りた。
やっぱり浴槽は無いか、もし近くに大きな川があったとしても、設備として設置するのは難しいんだって。
だからシェフルのお湯に浸かれるお風呂は名物なんだと後で教わった。
イグニのオイルも効果は絶対じゃないもんね、もっと精度を上げる方向で調合を試すのもいいかもしれない。
ロゼに髪を乾かしてもらって、今日はもう寝ることにした。
明日はオーダーの店だ、私ばかりお願い聞いてもらっているけど、私とモコだけシェラークに来るのは初めてだから、いいよね?
「ねえはる」
羊の姿に戻してもらったモコが、ベッドの上で私の隣に寝そべりながら眠そうに目をぱしぱしと瞬かせる。
「りょうしゅはどんなひとだったの?」
「そっか、モコ、ずっとリューの懐で寝てたんだっけ」
「うん、ぼくいつのまにかねてた、とりになっててびっくりした」
「ロゼだよね、覚えてないの?」
「わかんない」
モコに、寝ていた間のことを話してあげた。
「あぐりろ!」
「次はモコも見られるといいね」
「はる、あぐりろ、こわい?」
「躾けてあったから怖くなかったよ、きっとモコも平気だよ」
「うん」
モコの背中を撫でる、フワフワしてあったかい。
うつらうつらする姿を見ているうちに、私も段々眠たくなってくる。
明日はオーダーの店に行って、それから母さんとティーネに手紙を書きたいな。
そういえば、レブナント様の所で見かけた、あの写真の人は誰なんだろう。
どことなくティーネに似ている気がしたのはウサギの獣人で被毛が真っ白だったから? でも、何ていうか、雰囲気も似ている感じがしたんだけどな。
またレブナント様にお会いしたら訊いてみよう。
モコの寝息を聞きながら目を閉じる。
明日は他にも色々見て回りたい、シェフルよりもっと大きな街だから何でもありそう、楽しみだな、本当に旅に出て本当に良かった、フフ。
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―――
翌日。
身支度を整えて宿を出る。
もう一泊の予定だから、クロとミドリは宿の厩舎に預かってもらった。
モコはまた小鳥に姿を変えられて私の肩の上だ。なんだかこの状態が定着しつつあるような気がする。
「朝食を済ませたらオーダーの店を覗きに行こう」
「いいの?」
「ああ、荷物が増えるからな、買い物は後でいい」
「やった!」
楽しみ!
今朝、食事を取った店は焼き立てのパンがおススメで、外はサクサク、中はフワフワでとっても美味しかった。
リンゴのジャムがあったから、たっぷり塗って食べちゃった、へへ。
モコもたくさん食べていたな。
「―――こちらだ、ハル」
朝食を済ませてから、ロゼの案内で向かったオーダーの店。
ずっと楽しみにしていた、私にとってシェラークへ来た一番の目的。
勿論、レブナント様にお会いするのも、通行手形を頂くのも、大切な用だったけどね。
でもやっぱりオーダーの店に行くのが一番楽しみだった。シェフルのお風呂みたいに、また調合のヒントを貰えるといいな。
足取りも軽く進んだその先、店頭に掲げられた看板を見つけて―――凄い。
感激して、胸がいっぱいになって、その場に立ち尽くした。