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アイドル誕生

今回は無暗に長いので、お時間のある時にどうぞ。

「ハル! 来てくれたんだ!」


暫くして、キョウがサクヤを連れて戻ってきた。

動きやすそうな格好をしてる。

首からタオルを下げて、肌にはうっすら汗がにじむ。

ライブの練習頑張っていたんだね。


「わあ嬉しい、今朝ね、キョウにハル来ないかなあって話していたんだよ!」

「うん、聞いたよ、それで、はいこれ」

「何?」

「チケットのお礼!」


「そんなのいいのに」って言いながら手渡した袋を受け取ったサクヤは、中を覗いて「チョコレートだ!」って嬉しそうに笑う。

よかった、やっぱりチョコレートだよね。


「えっ、しかもこれ、百貨店で売ってる美味しいチョコだよね、こんなにいいものを貰っちゃって、有難う!」

「お気遣い感謝します、皆さん、有難うございます」

「妹がとても喜んでいた、こちらこそ気を遣ってもらって恐縮だ」

「それは私がハルや皆さんに私のライブを見て欲しかっただけだよ、ふふッ、ますます気合が入るなあ!」


サクヤは開いている椅子に掛けて、早速手土産を開くと「皆で食べよう?」って私達にまで勧めてくれる。

キョウはお茶を淹れなおしてくれた。

せっかくだしお言葉に甘えよう。

ん、わぁ美味しい! 想像通りの美味しいチョコレートだ!

モグモグしているとサクヤに「ハルってチョコが好きなんだ?」なんて訊かれる。

もしかして顔に出てたかな、少し恥ずかしい。


「今日は別件もあってこちらへ伺わせてもらったんだ」

「別件、ですか?」

「人払いを頼めるか」


リューが言うと、キョウは察した様子で打ち合わせ室の扉に鍵をかける。

それを見て頷いて、改めてリューは依頼の話を始めた。


「―――貿易商、ジャック・レクナウ」

「そのヒトが、もしかしたらトキワ姉さんを捕まえているかもしれないの?」


サクヤとキョウは深刻な表情で黙り込む。

少しの沈黙の後に、キョウがレクナウの名前を繰り返して溜息を吐いた。


「やはり、そうでしたか」

「キョウ?」

「サクヤすまない、君に言ってなかったが、僕は既に奴が怪しいだろう可能性を掴んでいたんだ」

「ええッ」


そうだったの?

私も驚いてキョウを見る。


「以前よりサクヤに専属の誘いを持ちかけている商人、それが件の貿易商です」

「そのようだな」

「もしかしてラーヴァ代表からお聞きになられましたか? そうです、この事を知っているのは私と、ラーヴァ代表、そして相談したこの劇場の支配人だけです」


今度はキョウが事情を話し始めた。

トキワを探して商業連合へ渡り、ある程度知名度が高くなってきた頃に、偽名を語るレクナウから専属にならないかと持ち掛けられたそうだ。

だけど名前を調べても商人名が登録された帳簿のどこにも記載が見つからなくて、怪しいと思いラーヴァと協力して調査した結果、正体が明らかになった。

サクヤに黙っていたのは、レクナウの目的がはっきりしない内は無暗に不安にさせたくなかったから。

そして、公演を始めた頃からツクモノの歌姫だと公表していたサクヤに、敢えて偽名で近付いてきたレクナウをキョウは更に裏があるんじゃないかと疑った。

その後も調査を続けて、違法に密輸入を行っていること、帳簿に乗らない商品を扱っていることまで掴んだけれど、それ以上はどうしても踏み込めず、切欠を探し続けていたらしい。


「そうだったんだ」

「本当にごめん、だけど僕はトキワ様にも、君にも傷ついて欲しくないんだ、それだけは信じて欲しい」

「当たり前だよ、ちゃんと分ってるよ、キョウ」

「サクヤ」

「私も、トキワ姉さんだって、君の事をいつでも信じているよ」

「ああ、有難う」


二人の間にある信頼は、こうして見ていても伝わってくるよ。

だけど、竜たちも調査に行き詰って私達に依頼したようなものだし、うーん。

カイとメルは何か情報を掴んだとかで、今、港へ向かっている。

だけど二人だけに任せきりなんてできない。

私達は私達で、何か出来ることはないかな。


全員で黙り込んでいると、不意に「そうだ!」ってサクヤが手を叩いた。


「ねえキョウ、そのレクナウってヒトが私に専属を持ちかけてきた商人なら、今度のライブもきっと見に来るよね?」

「ああ、気持ちの悪い長文の手紙が届いていたよ、君に見せたくなかったから破いて捨てたが」

「こら! 勝手にそういう事をしないで、次からはちゃんと見せてよね?」

「うん、ごめん」

「もういいよ、それでね、私にたった今、妙案が閃いちゃったんだけど」


何だろう?

首を傾げていると、椅子から立ったサクヤは隣り合って座っている私とセレスの間に立って、肩を同時にポンと叩く。


「ハルとセレスに、今度やる私のライブに出演してもらうのってどうかな?」


え?

「え?」

「えッ」

「ええッ、えーッ!」


ええと、サクヤ、何て?

私とセレスが、サクヤのライブに出演?

呆気に取られてセレスを見ると、セレスも目をまん丸くしている。


「ま、待ってくれサクヤ、それは、どういう理由で?」


キョウまで混乱しているみたいだ。

私達をぐるっと見まわしたサクヤは悪戯っぽくエヘヘッと笑う。


「まず、ハルとセレスってすっごーく可愛いでしょ?」

「それは確かに」

「その辺の子たちより断然可愛い! 雰囲気だってまるでお姫様だし、もしかしたら私より可愛いかも」

「そんなことはないぞ!」


勢いよく返したセレスに、サクヤは「じゃあ、ハルとどっちが可愛いと思う?」なんて訊く。

セレスはぐうッて唸って俯いた。

私はサクヤの方がずっと可愛いと思うよ。でも、セレスとサクヤは比べられないかな。


「それでね、だから多分、そのレクナウってヒトも二人を気に入ると思うんだよね」

「それは当然だな、奴は君の容姿もいやらしい表現で褒めちぎっていたし、充分にあり得ると思う」

「だから、ライブを見たらハルとセレスにも専属にならないかって言ってくるかもしれないでしょ?」


あ、そうか!

それを切欠にしてレクナウを調べられるかもしれない。

改めてサクヤは「どうかな?」って私とセレスに訊いてくる。


「手段としてはアリだと思う」


だが、とセレスは難しい表情で腕組みする。


「それは私一人で構わないだろう、ハルちゃんまで危険に晒すことは」

「ダーメ! もうっ、セレスは分かってないなあ!」

「え?」

「他でもない君がこの話の重要な部分に気付かないなんて、そんな事じゃいつまで経っても気持ちは伝わらないよ!」

「は?」


ポカンとなったセレスは、急に赤くなってあたふたし始める。

どうしたの?


「可愛い衣装を着て、ステージの上で照明を浴びながら、キラキラの笑顔で歌って踊るハルの姿、見たくないヒトなんている?」


えっ!

そ、それは、目的が変わってない?

勿論セレスだけに任せるつもりなんてないけど、ライブに出演するのはレクナウの興味を惹くためだよね?


「ハルのお兄さん達も見たいでしょ?」

「いや、それはその」

「絶対に可愛いよ、私が言う事じゃないだろうけど、想像しただけでワクワクしない?」

「うっ」

「最高の思い出になると思うんだけどなあ」

「さ、サクヤちゃん!」


セレスと、兄さん達まですっかり考えこんでる。

呆れたようにキョウが「サクヤ、君ってやつは」なんて呟いた。

うう、そういうのは恥ずかしい。

どうしてこんなことになっているのかな、サクヤが変なこと言うからだよ。


「ぼく、みたーい!」


モコが元気に手をあげた。

ええっ、モコ?


「さっすがモコちゃん! よく分かってるね!」

「うん、はる、うつくしーから、みたい!」

「未熟者にしては気の利く発言だな」


うんうん頷いたロゼが、こっちを向いてニコッと笑いかけてくる。


「ハル、僕も見たい」

「兄さん」

「大丈夫、この僕がついているんだ、君は何も不安に思わず存分に煌めくといい」


それは、そうかもだけど、煌めくの?


「すまない、その、ハル」

「私もッ、くッ、欲に抗えそうもないッ」


リューとセレスが何かに負けたように項垂れた。

二人とも、なんて言えばいいか。


「よし、決まりだね!」


サクヤ、私まだ何も言ってないよ。

でもこの雰囲気。

それに計画をセレスにだけ任せるなんてできないし、うう、でも恥ずかしいよ。


「んんんんんんんッブラッボー! それは最ッ高にすンばらしい案ですな!」


いきなり拍手しながら誰か部屋に飛び込んできた。

あれっ鍵は?

身なりのいい、背の高い男の人だ。


「おっと失敬! ワタクシ、この劇場の大支配人をしております、レイ・グロウと申します!」


言いながらレイは長方形の紙を私達に素早く配って回る。

名刺だ、キラキラしてる。

肩書は『エロール大劇場大支配人』ってなっているけど、大支配人?


「ハイ! ワタクシの主観ではございますが! お嬢さん!」

「は、はい」

「貴方には秘めたる星の輝きが見える、そう! 誰もが憧れ、しかし選ばれた者にしか宿らない星の煌めき! 数多の星を育んできたワタクシのこの目がッ、目が認めたのですッ、そう! 貴方は! 貴方こそは! 紛うことなき大粒の原石ッ!」

「はあ」

「そしてぇッ、そしてそしてそしてぇーッ、セッ、セセッ、セレス様ぁッ!」

「あ、ああ」


そういえば、前にこの劇場の支配人と顔なじみだって言ってたね。

だけどセレスも戸惑ってる。


「はあァあぁ~ッ! あッ貴方様を想い幾星霜、最後に当劇場へ足をお運びくださったのはいつの事でしたか、いえ! 過ぎ去りし過去などもうどうでもよいのです! セレス様!」

「なんだ」

「まずは感謝をッ、その玉石さえ己が身の及ばぬを恥じて砕け散るほど眩い高貴なるお姿を再び拝見出来ましたこと、ワタクシ心の奥底より喜ばしく噛みしめております! 貴方様の再度のご来訪を待ち侘び過ぎたワタクシの首が以前より五ミリほど長く伸びてしまったことをここにお伝えいたしておきましょう! まこと僥倖なることに可憐で華麗なる故近独歩の歌姫、鈴音の歌姫ことサクヤ嬢がまたしても我が劇場にてライブを開催して頂ける運びとなり、サクヤ嬢推しでいらしたセレス様ならばこの機を決して見逃されるまいとワタクシ確信いたしておりましたので日々劇場の床に染み込んだ過去の素晴らしき演者たちの栄光の奇跡を指でなぞって数えながら毎日毎朝毎夕毎晩貴方様のお姿を陽光の元夢の中に求め続け」

「おッ、落ち着けッ、少し黙れ!」

「セレス様!」

「あのな、私の友人たちが戸惑っているだろう、場を弁えてくれないか?」

「はああッ! な、な、なんたる不覚!」


土下座した。

もの凄い速さだった、一瞬で床に膝をついて額を打ち付けた。

結構大きな音がしたけど、大丈夫かな。


「何卒ッ! どうか何卒ッ、寛大なお心を持ってお許しくださいッ、どうかッ!」


私だけかと思ったけれど、リューも、モコも、サクヤとカイまで圧倒されて固まっている。

ロゼはものすごく嫌そうな顔だ。

多分うるさいって思っているんだろうな。


「あの、私からもお詫び申し上げます」


セレスがため息交じりに言う。


「彼は一応、ここの支配人でして、その、狂人ではありません」

「はい!」


顔だけ上げてレイが返事した。

凄くニコニコだ、楽しいのかな。


「セレス様には以前より劇場共々大変ご愛顧いただいております!」

「お前を愛顧はしていない」


ぼそっと呟いたセレスは苦笑いを更にすり潰したような表情を浮かべる。


「これでも話は分かる者です、それなりに信用も置けます、一応」

「セレス様にお褒め頂けるとは!」

「褒めてはいない、勘違いするな」

「ああッ、ワタクシも当劇場も今度もセレス様に誠心誠意感動をお届けする所存に御座いますッ、ですのでどうか、ワタクシのことは親しみを込めて、レイ、と」

「呼ばないからな」


キョウがおずおずと手をあげて「お二人はどういった関係でいらっしゃるのですか?」と尋ねた。


「主と僕ですよ、キョウさん」

「違う!」

「セレス様は芸術全般に大変造詣が深く、当劇場へも美と感動を求めしばしば足をお運びくださっておいでです」

「なるほど、そうなのですか」

「はい! 輝かしきエルグラート王家第五子セレス殿下! はぁ、なんとも荘厳かつ華麗な響き、素晴らしい!」

「ええッ、セレスって王家の方だったの?」


サクヤが目を大きく見開く。

キョウもずり下がりかけた眼鏡を慌てて戻した。


「あ、いや」


たじろぐセレスに、私もどうすればいいか分からない。

困ったな、こんな形で伝わるなんて。


「隠そうとしていたわけじゃない、ただ、王族だからって君たちに気を遣われたくなくて、敢えて言うようなことでもないし」

「お、奥ゆかしい」

「本当だね、お姫様なのに」

「やめてくれ、今の私はただのセレスだ、王家は関係ない、だからこれまで通りに接してくれ」


うん、そうだよ、セレスはセレスだよ。

成り行きを少し不安に思いながら見守っていたら、サクヤが「そうだよね」って頷いた。


「セレスはセレス、そして、ハルはハル、だよね?」

「う、うん」

「ねえ、もしかしてハルも実はお姫様だったりするの?」

「違うよ、私はノイクスにある森の奥の小さな村で生まれて育ったんだよ」

「そうだったね、フフッ、だけどハルもお姫様みたいに可愛いよ!」


有難うサクヤ。

キョウがぐったりした様子でハアーッと溜息を吐く。


「しかし、確か王家の五子は王子と聞いていますが」

「その辺りは色々と事情があるんだ、悪いが詳細は話せない」

「なるほど、セレスさんには秘密の顔があったのですね」


頷いたキョウはレイを見る。

レイもキョウを見て頷き返す。


「いけますね」

「流石です! やはり貴方は並の付き人とは一枚どころか百枚違うッ」

「褒めていただき光栄です、貴方のおかげで私にも見えてきました」

「んんーッ! やはり! やはり一流は一流を知る! セレス様と出会いし時よりワタクシが内に秘め続けてきたビッグ・ウェイブが今ここに!」


何の話をしているんだろう。

二人は同時に振り返ると、私とセレスに向かってぐぐっと詰め寄ってくる。

咄嗟にセレスが腕を翳して庇ってくれた。

なに? 怖いよ!


「しましょう、デビューを!」

「ずばりッ、ユニット名は『プリンセスズ』!」

「略してプリ×プリ!」


プリ×プリ?

訳の分からないまま、いよいよ大変なことになってきた、かもしれない。

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