産業廃棄物処理場 2
ミゼデュース
『哀れな道具』という意味の名称通り、廃棄された道具から生まれる魔物の亜種だ。
沢山の壊れた道具の寄せ集め、歪な形をして、ぎこちない動作で、気味の悪い音を立てる。
怖い。
竦んでいたら肩に手を置かれた。
「未熟者、始末をつけろ」
「わかった!」
モコは構えて「こおりのせいれーよ、われがこいねがうこえにおうじてきたれ」って、普段はしない詠唱からエレメントを唱えはじめる。
人目があるから気を遣ったの?
私よりずっと冷静だ。
私も! 何のためにここへ来たか忘れるな、怖気づいてる場合じゃない!
「氷の精霊よ!」
エレメントを唱え始めると、傍でロゼが笑ったような気配がした。
「我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」
「がらしえ、ぺんとらーれ、はーさー!」
「ガラシエ・ラグレ・レーベロイ!」
モコと同時にエレメントを発動させて、氷の精霊ガラシエの槍に貫かれたミゼデュースを、更に凍り付かせて動きを止める。
そこへ駆け寄ってきた武装集団が氷ごとミゼデュースを砕いて壊す!
「まだいるぞ!」
別の場所からも現れた! 複数体いる、他にもまだ!
「はる、ぼくこっち!」
「分かった、私は向こうを手伝ってくる、気をつけてね」
「はーい」
火や水は多分使わない方がいい。
何があるか分からない場所だ、引火して爆発や、化学反応が起きて毒性のある物質を発生させるかもしれない。
雷もダメ、土は防御ならいいだろうけど、攻撃はやめておいた方がよさそうだ。
だから唱えるなら、氷か、風!
「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ! ヴェンティ・フィン・ルーフェム!」
私が一番得意な風の精霊ヴェンティのエレメント!
鋭い風の刃でミゼデュースを切り裂く!
バラバラになって動けなくなった欠片を、武装集団が丹念に潰して箱の中へ詰め込んでいく。
あれってミゼデュースを処理するための道具かな。
魔物の亜種だけど、やっぱり魔物と戦うのとは少し違うんだね。
暫く武装集団と協力して戦って、発生したミゼデュースをあらかた片付けた。
向こうではモコが、回収途中のミゼデュースの欠片を鉄の棒で叩いたりしている。
欠片になっても少しだけ動くんだよね、不気味だな。
「状況! 警戒解除! 発生個体全ての駆除完了を確認!」
どこからか声がして、武装集団は「有難う」「ご協力感謝します」と私達に声をかけつつ戻っていく。
今度は別の職員たちが現れて、集積場内の確認と、魔力払いの作業を始めた。
淀みが散っても臭いは無くならない。
だけどさっきより少しだけ息がしやすくなった気がする。
「いや、お強い! 流石ですね!」
案内してくれていた職員が声を掛けてきた。
「どこかお怪我などはありませんか?」
「ありません、有難うございます」
「助かりました、これなら安心してお任せできます、依頼の件、何卒よろしくお願いいたします」
今日は見学って伝えてあるからね。
頭を下げる職員に、こちらこそなるべく早く駆除しに来ますって答える。
これは、よくないよ。
ミゼデュースが発生するせいでゴミ処理が滞っているのかもしれない。
それが余計にミゼデュースを生む原因になっているとしたら、酷い悪循環だ。
「ご覧の通りです、連日魔力払いを行っておりますが、それでもすぐ魔力が淀み、ミゼデュースが発生します」
「どれぐらいの頻度で現れるんですか?」
「最近はほぼ毎日ですよ、以前は月に数回程度だったんですが、はっきり言って異常です」
「原因に思い当たることはありませんか?」
「いえ、ですが外部委託した調査報告では、何かしら淀みの焦点が存在するのでは、ということでした」
「淀みの焦点?」
「調査中もミゼデュースが発生して詳細に調べ尽くすことはできなかったようですが、恐らくは、この集積場のどこかに」
目視では見つけられないもの?
それは、魔術的な現象ってことかな。
「淀みを散らすとその焦点らしき気配も薄れてしまって、ですがミゼデュース発生後の淀みはすぐ散らさなければ、新たなミゼデュースを発生させてしまいます」
うーん、だったらどうやってその淀みの焦点を見つけ出せばいいんだろう。
思いつく方法としては、ミゼデュースが発生した時、同時に焦点を探して消滅させる、かな。
だけどそれって凄く大変そうだよ。
このゴミの山は幾らでもミゼデュースを生むだろうし、淀みの焦点だって簡単には特定できないだろう。
「ここの稼働を休ませるわけにはいきません、それこそ、街中にゴミが溢れてしまう」
「そうなんですね」
「急ぎ新たな集積場を作るとしても、その間もミゼデュースの被害は増え続けるでしょう、手に負えなくなる可能性もある」
悩ましい問題だ。
だから竜たちは私達に依頼したんだろう。
でも、最近って部分、なんだか引っかかる。
最近起こったよくないこと。
それは獣人特区、攫われた獣人がおかしくなって戻ってきた。
あの事件も最近起こり始めたよくないことだった。
―――粉?
ううん、まさかと思うけど、魔人、だったりする?
やっぱり今ここで考えても上手くまとまらない、リューに報告して、皆で考えた方がいい。
集積場からまた分厚い扉を通り抜けて、前の部屋へ戻ってきた。
あれ?
えッ、もしかして、私から臭ってる?
ううっ、本当に全身が臭くなってる、作業着を着てもこうなるなんて、貸してもらって本当によかった。
「お疲れさまでした、よければそちらにシャワー室がありますので、ご利用ください」
「有難うございます」
悲しい気持ちになりながら、ご厚意に甘えることにした。
だけどラタミルって本当にいいなあ、ロゼもモコも全然臭ってなかったよ。
やっぱり神の眷属なんだよね、汚れないって羨ましい。
私はしっかり臭くなった、髪もよく洗っておこう。
―――後でセレスに臭いなんて思われたくない。
きっと優しいから言わないだろうけど、そう思うと余計に辛くなる。
体を拭いて服を着て、髪もよく乾かして、よし。
うん、臭ってない、はず。
待たせていた皆と合流して、施設を後にした。
調査完了!
色々あったけど無事に済んでよかった。報告する内容を帰りにまとめておこう。
最初の小屋まで戻ってくると、外に停められた車の傍でパヌウラが待っていた。
私達に気付いて「お疲れさまでした」と労ってくれる。
「では、後日改めて、今度は駆除に伺います」
「お待ちしております、出来ればなるべく早くお願いします」
「はい、分かりました」
職員に見送られながら、パヌウラが開けてくれた扉から車に乗り込む。
ふう、やっとひと心地着いた気分だ。
今日はもうホテルの大浴場でゆっくりのんびり湯に浸かりたいよ。
遠ざかっていく産業廃棄物処理場を窓から眺める。
商業連合のゴミ問題って、想像よりずっと深刻なのかもしれない。
物に溢れた暮らしは便利だろうけど、それだけじゃ済まない側面もあるんだね。
「如何でしたか?」
運転席のパヌウラに訊かれて、処理場でのことを簡単に伝えた。
「それは大変でございましたね、お疲れ様でございます」
「ううん、私もモコも手伝ったくらいで、本当に大変なのは処理場で働いている職員の方々だよ」
「そうですね、ですがお二人はミゼデュースを相手になさったのは初めてでいらしたのでしょう?」
「はい」
「有難うございます、私からも、どうぞ、この件よしなにお願いいたします」
うん、頑張ろう。
車は滑るように走って、郊外から街中へ戻っていく。
「はるぅ」
「うん? なあに、モコ」
「ぼく、きょうおひるまだ、おなかすいた」
あ、そういえば。
竜の屋敷で朝食を頂いたきりだ、私もお腹が減ったかも。
「でしたら、どこか飲食店へお連れいたしましょうか?」
パヌウラが気遣ってくれるけど、もう夕方だし、リューやセレス達が先にホテルで待っているかもしれない。
食事は皆で取った方がおいしいよね。
「大丈夫です、有難うございます」
「かしこまりました、それではこのままご宿泊先のホテルまで直行いたします」
「えっ」
バイスー商会が経営しているホテルに泊まっていることも知られてる?
うう、急に気まずい。
パヌウラが知っているってことは、エレやラーヴァも当然知ってるってことだよね。
なんでだーって押しかけて来たりしない、かな?
そんな事になったらリューに任せよう。
昨日の晩に何があったか、私だけ知らないみたいだからお手上げだよ。
車は暫く走って、ホテルの正面入り口前に停まった。
先に降りたパヌウラが扉を開けてくれる。
「車、有難うございました、とても助かりました」
「どうぞお気遣いなく、足が必要になりましたらいつでもご連絡ください」
「えっと」
「その場で車を呼ぶよう申していただければ、どこへでも駆け付けます」
もしかしてオルムの諜報員経由で連絡が行くってことかな。
便利は便利だけど、監視されているみたい。それってどうなんだろう。
「では皆さま、本日はお疲れさまでした、どうぞごゆっくり体を休めてください」
「はい」
走り出す車を見送ってホテルへ入る。
まあ、いいか。
こういうことは深く考えない方がいいって色々あって学んだ。これも旅の経験だ。
有難く厚意を受けさせてもらおう、うん、それがいい。




