調査開始
商業連合にも乗り合いの馬車みたいな、運賃を払って乗せてもらう車が走っている。
その車を途中で呼び止めて、劇場の近くまで運んでもらった。
セレスが案内してくれたホテルは、なんと二十階建て!
途中で聞いた話だと、劇場関係者も多く利用するホテルなんだって。
ということはもしかして、サクヤ達も泊っていたりするのかな。
部屋は最上階!
―――カイは高い場所は嫌だって言って、メルと一緒に下の階の部屋を取った。
広い部屋で、大部屋にあるガラス扉から外へ出ると、周辺の景色を一望できる。
他は寝室が三つ、浴室とトイレは別で、服を掛けておく小部屋や、荷物をしまうための棚まであった。
浴室は兄さん達と一緒でも入れそうなほど広い。
だけど、それとは別に、地下に大浴場があるらしい。
「それってもしかして!」
「ああ、湯をたっぷり張った広い浴槽のある風呂だよ、それもなんと二種類!」
「すごい!」
「そして、頼めばマッサージもしてくれる」
「いいな、それ」
リューはマッサージに興味が湧いたみたいだ。
私は断然、大浴場が気になる!
「まあ、ここの設備を利用するのはひとまず後にしよう」
「そうですね、カイとメルさんと待ち合わせていますし、行きましょう」
大きな荷物は部屋に置いて、手持ちする分だけ身につけて一階へ向かう。
広い一階部分の奥の方、軽食を取ることもできる場所にカイとメルがもういて、私達を待っていた。
「遅ぇぞ」
「すまない」
集まったところで、これからどうするか話し合うことになった。
周りには人も獣人もあまりいないけど、メルがさりげなく結界を張って内容を聞かれないようにする。
「まず、何を置いても最優先はルルとトキワの捜索だ、現状手掛かりは何もないわけだが、カイ」
「なんだ」
「昨日の聞き込み、あまり成果は上がらなかったと言っていたが」
「ああ、直接訊けはしねぇからな、何か珍しいモノの取引はないかとか、そういうものを集めている商人の話を聞きたいとか、そんな風に訊いてまわったんだが」
「ダメだったわね」
「答えるどころか、こっちの腹を探られたよ、殆ど門前払いだ」
なるほど、と頷いて、リューはちょっと考え込む。
「では搦め手で行くべきだろう、昨日竜たちが挙げた三人の商人、名前を憶えているか?」
武器商人ペレニタ・グレマーニ、奴隷商バロクス・ペッグ、交易商ジャック・レクナウ。
武器商人のペレニタは、あのベルテナの父親だ。
金銭で爵位を手に入れた野爵で、最近第二王子のサネウ様と懇意にしているってセレスが前に話していた。
奴隷商のバロクスは、ディシメアーの海中にあった実験施設内で見つけた書類に、政治家のガナフと連名で署名していた。
けれど、そのガナフは殺されてしまった。
直接の死因は出頭した獣人の手に因るものらしいけれど、これまでの経緯を考えると、多分―――口封じ、された気がする。
最後に交易商のジャック、この人が寝台列車内で起きた事件を実行犯たちに依頼した主犯らしい。
蒐集癖があって、もしかしたらトキワや、ルルも捕えている可能性がある。
「ああ」
「担当を分けよう、そして最初は客として、彼らの商売先、取引している店などにも接触する、大抵の経営者は末端の店や従業員などに関わらないからな」
「回りくどすぎやしないか?」
「直接接触を図るためにはオルムの名を出さなければ無理だろう、だがそんなことをすれば警戒されて踏み込めなくなる」
「なるほど、だったら俺は交易商だ、手っ取り早くいかせてもらう」
ルルと一番関わっていそうな交易商。
もし違っていたとしても、何かしらの有益な情報は手に入れられそうな気はする。
「では俺達は残りの二人をあたろう、セレス、手伝って欲しい」
「はい、勿論です!」
答えたセレスに頷いて、リューはロゼを見る。
「ロゼ」
「嫌だ」
「おい、まだ何も言っていないだろ」
「では僕は、ハルを連れていく」
「え?」
私?
振り返ったロゼが「ダメかい?」って目をウルウルさせる。
うう、それは、全然構わないけれど。
「はぁ、やれやれ」
リューはため息を吐いてから、改めて私に「頼まれてくれるか?」って訊く。
いいけど、何をすればいいの?
「ハルはロゼと産業廃棄物処理場へ行ってくれ」
「えッ!」
声をあげたのはセレスだ。
「リュゲルさん、それは」
「いや、ミゼデュースの討伐は後日改めて行う、その前の下見だ、処理場の場所と状況を調べてきてくれ」
「なるほど、よかった」
ホッと胸を撫で下ろすセレスに、リューは苦笑した。
有難う、心配してくれて。
ロゼ兄さんがいるけど、その気持ちが嬉しいよ。
「僕が行くのだから、片付けてきても構わないよ」
「いや、何か気になるんだ、まだはっきりと言えないが、慎重に進めたい」
「分かった、君の判断に従おう」
「ハルのこと頼むぞ、困らせるなよ、いいな?」
「僕を誰だと思っている、君たちのお兄ちゃんだぞ」
眉間を寄せるロゼを見て、リューが「ハル」って私に声を掛けてくる。
ええっと。
「ロゼ兄さん」
「なんだい、ハル」
「処理場では私のお願い聞いて欲しいな」
「いいとも、君のお願いなら、僕はいつだって、何だって聞くさ」
「うん、有難う」
リューがまた溜息を吐いて額を押さえた。
見ていたメルがクスクス笑って、カイは呆れたようにそっぽを向く。
「ぼくも! はるといっしょ! ししょーといっしょ!」
「ああ、モコはハル達と一緒に処理場へ行ってくれ」
「うん!」
嬉しそうに抱きついてきたモコの髪を撫でる。
昨日はあまり傍にいられなかったから、今日はずっと一緒だよ。
「日暮れ前にここで落ち合おう、では各自行動開始だ、くれぐれも無理や無茶をしないでくれ」
リューの言葉で、席を立って皆でホテルを出る。
別れ際にセレスが「また後で」って声を掛けてきた。
セレスも気をつけて、夕方また会おうね。
「さて、どうする?」
「まず産業廃棄物場がどこにあるか訊かないと」
「そうだね、では行こうか」
「はーい!」
場所を訊くなら、まずは治安部隊の詰め所。
通りがかった人に訊いて立ち寄ると、待機中の隊員が親切に教えてくれた。
ちなみに、この国の治安部隊は『ガーディアン』って呼ばれているんだって。
「産業廃棄場へは、まず電車に乗って郊外へ」
「えきで、くるまをおねがいして、つれてってもらうんだよね」
「面倒だな」
歩く距離じゃないらしい。
空を見上げながらロゼが「飛ぶか」って呟く。
「はーい」
「あッ、ダメダメ! ちゃんと行き方を調べておかないと、カイが一緒に行けないよ!」
「連れていく必要はないだろう?」
それは、確かにそうだけど。
困っていたら、ラッパみたいな音が聞こえた。
振り返った傍へすうっと車が寄せられて、停車した車内から降りてきたのはパヌウラだ。
「皆さま」
「パヌウラさん」
「モルモフより皆様が処理場へ向かわれると聞いて、お迎えに上がりました」
えっ、いつの間に。
慌てて周りをキョロキョロしたら、パヌウラは苦笑して「お気分を害されましたら、誠に申し訳ございません」と頭を下げる。
「いえ、でも」
「当国内において、これも統治の一環と、諜報部の者たちが多く活動を行っております」
「え」
「無論、皆様方の個人的な範疇へ踏み込むような真似は一切致しません、そこは何卒ご信用置かれますよう」
そう、なの?
不安になってロゼを見上げたら、ニッコリ笑って私の頭を撫でてくれる。
「大丈夫、これは偽りを告げていないよ」
「うん、ぼくも、もるもふみてない」
「見てない?」
「先ほどの場所では見かけたが、他では見ていない、そもそも、そんな真似を僕は許さない」
「ごもっともでございます、お怒りを買うような行為は決して致しません」
―――私は全然気付かなかった。
リューやセレスはどうだったんだろう。カイとメルも気付いていたのかな。
また頭を下げてから、パヌウラは私達に車に乗って欲しいと促す。
「公共機関をご利用なさるよりずっと早くお連れいたします」
「有難う、でも、いいんですか?」
「はい、皆様方への協力は一切惜しむなと主より申し付けられておりますので」
それなら、厚意に甘えさせてもらおう。
開けてくれた扉から車内へ乗り込む。
エレと一緒に乗った車よりは狭いけど、三人並んで座っても余裕があって、脚だって伸ばせる。
「では出発いたします」
運転席にパヌウラが乗り込み、車が発進した。
モコは早速外の景色を眺めて楽しんでいる。
私も車に慣れたけど、やっぱりクロとミドリの方がいいな。だって賢くて、温かくて、強いからね。
「処理場へは既に連絡を済ませておきました」
「あ、はい」
「今回は見学ということで、担当の者が内部をご案内いたします」
「分かりました」
産業廃棄物処理場。
どんな場所なんだろう、扱っているゴミ自体が危険だって聞いたから、そういう意味でも少し不安だ。
でも大丈夫。
ロゼとモコが一緒なんだ、私はしっかり調査して、リューに報告しよう。
頑張るぞ。




