竜との晩餐
大きな両開きの扉の前に辿り着いた。
左右に控えていた使用人たちが恭しくお辞儀して開いた扉の先には―――うわぁ!
大きな広間!
凄い、こんなに凄いのは初めて見る!
あちこちに飾られた美術品、天井にも絵が描かれて、それにあの照明、眩しい!
足元は毛足の長いフカフカな絨毯。
部屋の真ん中に置かれた長卓にかかったクロスに染み一つない、パリッと糊が利いたその上で、燭台に灯った火が揺れて、花瓶の花は瑞々しい。
どこもかしこもキラキラ、目が眩みそう。
「好きに掛けるといい」
言いながらエレは一番奥、主催の席に着く。
そこから左右に分かれて、兄さん達、カイとメルは、それぞれ向かい合う席を選んだ。
私は兄さん達の方へ行こうとしたら、不意にセレスが手前に立って、お辞儀しながら片手を差し出す。
「セレス?」
「レディ、貴方をエスコートする栄誉をこの私にお与えいただきたい」
「えッ」
れ、レディ?
急に顔が熱い、どうしよう、でも断るのも変だよね。
「はい」
その手の上にそっと手を置くと、顔をあげたセレスは嬉しそうに笑って、私を兄さん達の隣の席まで連れて行ってくれる。
わ、わあ、姫みたい、ドキドキする、これも初めてだよ。
使用人が引いた椅子に私を座らせてから、セレスは私の隣に座った。その隣の席にモコがピョンっと腰掛ける。
まさかエスコートされるなんて、不意討ち過ぎる。
横目でセレスをチラッと伺ったら、セレスも気付いて笑い返してきた。
もう、後で驚いたって言おう。
先にひと声かけてくれたらよかったのに、まだドキドキが収まらないよ。セレスのせいだからね。
「そうだモコちゃん、テーブルマナーは知っているか?」
「んーん、しらない」
「それじゃ、食べる時は私かハルちゃんの真似をしてくれ、出来るかい?」
「だいじょぶ!」
ニコッと笑うモコを見て少しホッとした。
母さんや兄さんに教わった通り、気負い過ぎず丁寧に食事を頂こう。
最初に出てきたのは飲み物だ。
食前酒、でも私には多分ジュース、モコもジュースかな。
甘くていい香り。
あ、これ、リンゴとモモが混ざってる、嬉しい。
「では、今宵の食卓を、我らが恩人と共にする栄誉を祝して」
エレがグラスを掲げる。
私達もそれぞれグラスを掲げて―――モコもちゃんと真似できてるね、偉い。
「乾ぱ」
「エレーッ!」
エレの音頭に被さるように怒鳴りながらラーヴァが広間へ飛び込んできた!
まだ縛られたままだ、バネみたいにピョンピョン跳ねて、ああそうか、バネだ、昔見たオモチャに似ているんだ。
「何故じゃッ、何故我を晩餐に呼ばん! 流石にこれはあんまりじゃぞ!」
「ああ、そうか、忘れていた」
「なッ!」
「随分静かだと思っていたが、しかし今の君はこの場に相応しくは無いな」
「え、エレぇッ、貴様ぁッ」
「出直せ、せめてそれらしい格好をしてこい」
「ぐううううううううッ、お、おのれぇーッ!」
ラーヴァは涙目になりながら、また飛び出していく。
少し可哀想かもしれない。
食事に呼ばれないのは流石に辛いよね。
「失礼、仕切り直そう」
だけどエレは何事もなかったようにまた音頭を取って、乾杯、と告げてからグラスの縁に唇をつける。
急に不安だ。
また揉めないといいけど。
お腹が空いたし、せめて最初の主菜までは食べられますように。
グラスのジュースは少しシュワッとするミックスジュースだ。
美味しい、リューにも飲んで欲しかったな。
後で作り方を教えてもらおう、じっくり味わっておかないと。
最初は軽くつまめる前菜から始まる、晩餐と呼ぶだけのことはある格式の高い料理だ。
これは中央、エルグラート様式。
料理に合わせて使う食器も、食べ方の作法も、全部決められている。
よかった、もしかしたら機会があるかもしれないと思っていたディシメアー式は少し自信がないんだよね。
エルグラートなら大丈夫、ノイクスでも平気だ。
それにしてもすごく美味しそうな料理、こんな機会は滅多にないし、うーん、お腹の虫が騒ぐ。
―――あ、そういえば服装。
まあ、流石にこれは仕方ないか、エレもスーツ姿だし、卓の作法だけしっかり弁えよう。
順に料理が運ばれて、最初の主菜が出てきたところで、またラーヴァが広間に現れた。
「おおっ」
セレスが小さく声を漏らす。
私も驚いた。
赤い炎のようなドレスをまとって、髪を結ったラーヴァは別人、いや、別の竜みたいだ。
綺麗なお辞儀をして、使用人に席まで案内され、引かれた椅子に掛けると、そこで急に腕組みしてフンッと鼻を鳴らす。
「おいエレ、これでいいじゃろ」
「正装か」
「そうじゃ、髪も結ってきてやったわ」
「ああ」
エレは頷いて、皿の上の肉を切りながら言う。
「我々は平服だが、気にすることはない、君の気遣いはよく理解した」
「ぐッ、ああ言えばこう言う! ほんっとに主は嫌な奴じゃの! しかも我を除け者にしよって!」
「その件に関しては謝罪しよう、悪気はなかった」
「本気で忘れとったんかぁ! ぐうううッ、なお性質が悪いわッ!」
「まあいいッ」と怒鳴って、エレは運ばれてきた皿の肉を行儀よく切り分けてバクッと食べる。
「別に晩餐に参加するためだけに正装してきたわけじゃないからの! フンッ」
今度はロゼを見て、ニマッと目を細くした。
ソースがついた唇を舌でぺろりと舐め取ると、次はリューに、それから私にも目を向ける。
「よいのう、ようやっと夢が叶った気分じゃ」
「君の妄想癖には頭が下がる」
「黙れエレ」
「思い上がるのは勝手だが、客人に無礼を働いたら即刻退場してもらう」
「うるさいのう、そんな真似はせん! 飯時くらいごちゃごちゃ言うでないわ!」
リューが小さく溜息を吐いた。
セレスもだ。
ロゼはまた無表情だし、せっかくのエルグラート式料理なのに。
「にしても、ほんに謎じゃの」
卓に頬杖をついて、ラーヴァはグラスの酒を一気に飲み干す。
「ダーリンはともかく、どうしてリュゲルとハルルーフェにこうも心惹かれるんじゃろうな」
誰も特に答えない。
ラーヴァは独り言みたいに話し続ける。
「主らは何と言うか、こう、胸がざわつくというか、ムラムラするというか、なんじゃのう、本当に何なんじゃ」
「―――食事中にじろじろと見られるのは好まないんだが」
「おっ、やっと声を聞かせてくれたか、主は声も愛いのう」
嫌そうにするリューを見て、ラーヴァはケラケラ笑う。
「そう緊張せんでもよい、主ら兄妹からすれば我は好ましくなかろ、なにせかつてダーリンと契った仲じゃからのう、じゃが心配要らぬ、主らから大切な兄を取り上げたりなどせん」
「リュゲル、ハルルーフェ、構わないだろうか」
不意にロゼがそんな事を言うから、見上げたらすっかり半目になってる!
リューが慌てて「よせ、構うから落ち着け!」って宥めにかかる。
「僕とアレの認識の誤差を均そう、そうしなければこの不快感は収まりそうもない」
「ダメだ、皆あいつがおかしいことはちゃんと理解してる、だから気にするな」
「だッダーリン! もしやこの場で我を力づくでッ?」
「お前も煽るなと言っている! いい加減にしてくれ、迷惑だッ」
「おお、なんと」
急にしょぼんとするラーヴァを眺めて、エレが溜息を吐く。
「そのつもりはなかったんじゃが、急にどうした? 我の何が迷惑なんじゃ?」
「は?」
「分からんの、ヒトは稀に難解じゃ、取って食おうとしたわけでもないというに」
リューが固まってる。
今の流れで、本当にリューがどうして怒ったか分かっていない?
―――やっぱり竜とは理解し合えないかもしれない。
「ラーヴァ」
エレが片手を上げて指を鳴らそうとする。
それを見たラーヴァは「よせ! 我はまだ席に着いたばかりじゃ、意地でも出て行かんぞ!」と慌てて卓にしがみついた。
兄さん達は完全に警戒しているし、セレスとメルは困っているし、カイは面倒臭そうだ。
モコは―――食べてる。
行儀よくできて偉いね、って感心している場合じゃない。
「あ、あの!」
ここは私に懸かっている!
と、思う。多分。
「お話、します」
「む?」
「これまでの旅の話、興味、ありませんか?」
食事を一緒に取るのは、美味しい食べ物と楽しい時間を共有して、親睦を深めるためだ。
こういう場ならなおさら、それなのに揉めるなんて、せっかくの晩餐が台無しになる。
個人的には、エレとラーヴァのことをもう少しだけ知りたいと思っている。
二人とも恐ろしい竜だ。
それは間違いない。
ラーヴァにはロゼのこともあるし、ロゼはもう気にしていなくたって、私とリューが割り切るにはまだ時間が要ると思う。
でも、それとは別に、この竜たちは非情で、情けも無く、何でも食らう悪食なんかじゃなくて。
ちゃんと情があって、社会に貢献する意思があって、オルム商会をしっかり支えている。
だから二人のことをもっと知っておきたい。
暫く関わる相手だし、感情的な決めつけで対応するのはよくないよね。
理解した上で、どう接するか選ばないと。
「君たちの話を聞かせてくれるのか?」
エレが首を軽く傾げて訊いてくる。
そういえば私達のこと調べているんだっけ。
今更、興味が湧かないかな
「聞きたい!」
ラーヴァが卓に手をついて、乗り出すようにしながら目をキラキラ輝かせる。
「是非! 是非聞かせておくれ、ハルルーフェ! お前のその愛らしい声で、お前達の冒険譚を是非聞きたいぞ!」
「ああ、私も興味がある、話してくれるというなら有り難い」
「さあさあ! 嬉しいのう、ワクワクするのう! 早う早うハルルーフェ、待ちきれん!」
こんなに食い付くなんて。
調書じゃ分からないことも多いのかもしれない。
よし。
グラスの水で唇を湿らせて、深呼吸。
全部は話せないけれど、私の話を聞いて、この場の何かが変わるかもしれない。
膝に置いた手を軽く握りながら、これまでの出来事を語り始めた。




