反比例する印象
「あの、パヌウラさん」
「はい」
「さっきこの子達に言っていた『約束』って何ですか?」
パヌウラはリューに甘えてじゃれつく小さなニャモニャたちを見てから「おやおや」と笑う。
「それは勿論、自身の代金分、この屋敷で奉仕して全額返済する、という約束です」
「えッ」
「ラーヴァ様がご提示なさったのは競り開始時の金額を全員で割った額です、それ以上はお前達の身の丈に余る、と」
随分割引してくれたんだ。
それでも一体幾らなんだろう、こんな小さな子たちが働いて返せる額なのかな。
「ご覧になってお判りでしょう、まだ小さなこの子たちに出来ることはあまり多くありません」
「はい」
「ですが、出来ることを一生懸命こなしておりますよ、借金は半分ほど返済が済んでおります」
「すごい!」
「ぼく、がんばったミャン!」
「あたちも、おてつだい、いっちょうけんめいがんばったミュン」
「ぜったいおうちかえるミャン、だからもっと、もーっとがんばるミャン!」
「ミャニャンッ」
身振り手振りをつけて話す小さなニャモニャたちから真剣な気持ちが伝わってくる。
そうなんだね。
できれば何か助けてあげたいな。
「その借金は残り幾らなんだ?」
リューが尋ねると、パヌウラはまたニコッと笑ってから「いけません」と首を振った。
「肩代わりを申し出られた方には、競り落とした総額から返済を終えた分を差し引いた額を請求すると、会長は仰っておいでです」
「うッ、それは」
「恐らく今ご想像なさった額の数倍はございますよ、分割は一切認められません、会長同様に一括で、とのことです」
「いや、俺は」
口ごもって黙り込むリューに、パヌウラは申し訳なさそうな顔をした。
「少々意地の悪い物言いをいたしました、ご容赦ください」と頭を下げる。
「大切なのは、この子らが自ら労働して返済完了すること、それは今後生きていく上で貴重な社会経験になると、主は仰っておいででした」
「そうか、確かに、そうだな」
「一時の情けも必要なことはありましょう、しかし、根本的な解決もまた然りに御座います」
「ああ、分かるよ」
「僭越な物言いをいたしました、失礼をお詫びいたします、そしてご理解いただき恐縮に御座います」
「いや、俺こそ何も見えていなかったんだな、こいつらは一生懸命頑張っているっていうのに、それを台無しにしようとした」
小さなニャモニャたちを撫でるリューの横顔は優しい。
兄さんって本当に心があったかいよね。
そんな兄さんだから、私もロゼ兄さんも、他の皆だって、兄さんのことが大好きなんだ。
「頑張れよ、お前達」
「ミャン!」
「がんばるミャ」
「おうちかえるミャ、ミャアン」
ゴロゴロと喉を鳴らして体を摺り寄せる小さなニャモニャたちにも、リューの気持ちが伝わったみたいだ。
君たちが無事に戻ったら、きっと里の皆は大喜びするよ。
応援しているからね、頑張れ。
「ところで皆様、エレ様が後ほど晩餐にご招待したいと申されておいでです」
「晩餐」
呟いたセレスに、リューが今日はこの屋敷に泊めてもらうことになったって話す。
「だが食事の世話にまでなるわけには」
「お連れ様もまだお戻りになられておりませんし、もう夕刻に御座います、シェフも是非腕を振るわせて欲しいとのこと、如何でしょう?」
「そこまでしてもらう義理がない」
「何を仰っておいでですか、貴方様がたは我ら妖精の恩人、ニャモニャ、ラヴィー、ワウルフと、同胞を幾たびもお助けいただきました、当然我らも貴方様がたを歓迎いたします」
そういえばパヌウラも半分は妖精なんだっけ。
見た目は普通に人だし、特に妖精っぽい部分も見えないから、すっかり忘れていた。
この屋敷にはモルモフもいる。
使用人の殆どは妖精らしいし、つまり今までと同じように、恩人の私達を持て成したいって思ってくれているのかな。
ふと視線を感じて振り返った。
少し開いた扉の影から、モルモフたちがこっちを窺っている。
「プッ、プイプイ、そうですプイ、恩返しせぬは妖精の恥!」
「皆様をろくに持て成しもしなかったと知れ渡ったら、それこそいい笑いものですプイ」
「我々のためにも、どうか、プイッ」
「エレ様はともかく、ラーヴァ様に関してはお詫びのし様もありませんが、何卒ップイ!」
「我々の顔を立てると思って、プイプイ!」
「それにシェフはとっくに仕込みを始めておりますプイ、食材がもったいないですプイ、召し上がっていただくだけでもどうかッ」
頭を下げたり、拝んだり、それぞれ必死だ。
リューが困った顔で私達をぐるっと見まわしてから「分かった、分かったよ」って手を振る。
「今晩だけは持て成されてやる、それでお前たちの気が済むなら」
「あ、有難うございますプイ!」
「精一杯お持て成しさせていただきますプイ、寝具もタオルも清潔フカフカですプイ!」
「毛一本残さず掃除しておきましたプイ、美食を堪能して、お疲れをゆっくり癒して頂きたいですプイ!」
「ああよかった! よかったですプイプイッ」
「でかしたぞ、ネズ公共!」
突然大声が天井を突き破って降ってきた!
「わああああッ、らッ、ラーヴァ様!」
「おい、さっきラーヴァ様をお運びしたやつは誰だプイッ、何故こちらにッ」
「ふんッ、我の愛の力を侮るでないぞ、どれ程強固な檻に閉じ込め、どれ程見張りを立てようと、全て愛の名の元に突破してくれるわ!」
そう言うけれど、ラーヴァはまた体を縄でグルグル巻きに縛られている。
立ってピョンピョン跳ねる姿が何かに似ているんだよね、何だっけ。
「ダーリィン、ダーリンッ、ダーリンッ、ダーリイイイイイインッ!」
跳ねながら近づいていくラーヴァへ、ロゼは傍の椅子を掴んで投げつけた!
「こら、ロゼ!」
ラーヴァはその椅子にフッと火の息を吹きかけて一瞬で炭にすると、またニマニマしながら「ダーリィン、恥ずかしがらんでくれぇッ」ってピョンピョン近づく。
またロゼが椅子を投げて、その椅子をラーヴァが炭に変えて、二人の距離はじわじわ縮まっていく。
「だ、ダメだ、不味い、落ち着けロゼ、それ以上は」
ロセがとうとう卓に手をかける。
慌てて立ち上がったリューが傍へ駆け寄るのと、扉からモルモフたちがうわーっとラーヴァへ雪崩れて押し寄せたのは、殆ど同時だった。
「なッ、何するんじゃネズ公! 丸焦げになりたいか!」
「それ以上はエレ様をお呼びしますプイ!」
「なんとッ!」
「ダメですプイ、さあッ、早くお部屋へお戻りを!」
「はッ離せ! エレを出すとは卑怯じゃ、このネズ公共! 後で酷いぞ! 分かっておろうな!」
「いいから早く! 早くラーヴァ様を連れ出すプイ!」
「プイプイ!」
「やめろぉーッ」
「ワッショイ、ワッショイ、プイプーイ!」
また担がれて運ばれていく。
今日一日で何度見た光景だろう、さっき少しはしゃいでいるってパヌウラは言っていたけど、これが少し?
普段のラーヴァの想像がつかない。
自腹を切って妖精を助けたり、違法取引を強化したりしているのに、もう何がなんだか、訳が分からないよ。
「主人が度々申し訳ございません」
パヌウラが深く頭を下げる。
「お前たちも大変だな」
「滅相もございません、どうかお気を悪くなさらぬよう、何卒お許し願います」
「いいよ、もう、流石に少し慣れてきた」
そう言ってリューは、また無表情になってるロゼを肘で軽く突く。
ロゼは無事だった椅子に腰掛けて、小さく溜息を吐いた。
「ところでお茶のおかわりは如何でしょうか」
「ああ、頂こう」
私も頂きたい。
今日は一日中、緊張したり気が抜けたり、忙しなくて何だか疲れる。
ゼルドと謁見して、エノア様の種子を受け取ったし。
―――やめよう、この事はもう今日は考えない。
陽がすっかり暮れた頃、カイとメルが戻ってきた。
入れ替わりでパヌウラは小さなニャモニャたちを連れて部屋を出て行く。
ニャモニャたちはあくびして、もう眠いんだろう、リューから受け取ったパヌウラの腕の中でうつらうつらし始めていた。
「この辺りじゃ大した収穫は無かったな」
「今は近く催される鈴音の歌姫のライブで街中の話題は持ち切りのようね」
そういえばサクヤがくれたチケット、まだ伝えてなかった。
後で話しておこう。
ついでに依頼のことをサクヤ達にも教えていいか訊かないと。
リューとセレス、カイとメルが、それぞれ情報交換している間、なんとなく機嫌の悪いロゼの傍でお茶を頂いた。
モコも隣で「おかし、おいしーね」って茶請けをパクパク摘んでる。
「ロゼ兄さん、これ、ほんのりバラの風味がするよ」
「どれ、ふむ」
「ふふッ、ロゼ兄さんのお菓子だね、甘くて美味しい」
「おいしーっ」
「君にとって僕は甘くて美味しいのか、それは悪くない」
「うん、私、このお菓子大好き」
「ぼくも!」
「そうかい、フフ」
少し機嫌が直ったかな?
不意に部屋の扉が叩かれて、入ってきたのはエレだ。
「お構いもせず待たせて申し訳ない、晩餐の用意が整ったので呼びに来た」
「晩餐?」
呆れ顔で「飯まで食わせてくれンのかよ」って言うカイに、エレは肩をすくめる。
「せめてこの程度はさせてくれ、君たちは我らの大切なお客様だ」
「商人らしいセリフだな」
「ああ、オルムは賓客にたいした持て成しもできないなどという醜聞は心外だからな」
そんな事を誰が言うと思っているんだろう。
「では行こう」と促して、出て行くエレの後に続く。
晩餐か。
正式な食事会かな、初めての体験だ。
礼儀や作法、恥ずかしくないよう気をつけないと。




