竜の趣味
「先ほどは、主人が大変失礼いたしました」
「えッ」
屋敷の中へ案内されながら、パヌウラに話しかけられる。
「ラーヴァ様はいつもより少々興奮なさっておいでです、皆さまを迎える日をずっと心待ちにされておられましたので」
「はい」
それは、ロゼを、じゃないのかな。
私達のことを前はあまりよく思っていなかったようだし。
「本来はとても気さくで、情の深い、懐の広い御方でいらっしゃるのです」
「そうなんですか」
うーん、でも昔はエレたち他の竜も手がつけられないほど狂暴で、たくさんラタミルやハーヴィー、妖精を襲って食べていたんだよね。
そしてロゼに呪いを含んだ血を浴びせた。
意図的にやったことじゃなかったのかもしれないけれど、そのせいでロゼは長く苦しむことになったし、今はともかく以前を思うとどうしても複雑だ。
だけど、少しだけ話してみたい気もし始めている。
ラーヴァのことはまだよく分からないけれど、エレは理性的だし、これを切欠に多少竜に関して知ることができれば、見方が変わるかもしれない。
「パヌウラ、後は任せた、私は仕事を片付けてくる」
「はい」
エレはそう言い残して行ってしまう。
私と兄さん達はパヌウラに案内されて、出掛ける前に話をした部屋へ向かう。
「ハルちゃん! 師匠、リュゲルさんも!」
「はるぅ!」
「お帰りなさい!」
椅子に掛けていたセレスが立ち上がる。
隣にいたモコも両手を前に突き出しながらこっちへ走ってきて私に抱きついた!
「ぼく、るすばんしてた! えらい?」
「えらいよモコ、何もなかった?」
「うん! おいしのたべた、ふわふわ、あまいの!」
何だろう?
セレスが「昼食代わりにパンケーキを出されたんだ」って教えてくれる。
なるほど、確かにフワフワで甘いね。
「ハルちゃん、その、エノア様の種子は」
「受け取ってきたよ」
「そうか」
表情を曇らせて俯いたセレスの影から、何か小さいのが卓の上にピョンと飛び出した。
三角の耳に長いひげ、フワフワしたあの子たちは、まさか。
「おんじんしゃまだミャン!」
「ミニャア!」
「ミュンミュン!」
服を着て、後ろ足で立って歩くネコ。
ニャモニャだ!
気付いたセレスがその小さな子たちを腕にそっと抱えてこっちへ来る。
小さなニャモニャたちは嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らして、目をキラキラさせながら私達を見上げた。
「どうして? どうしてニャモニャがここにいるの?」
「うん、何でも競りにかけられていたのを、あの赤竜が競り落として屋敷に置いているそうだ」
この子たち、もしかして、あの時攫われたニャモニャの子たちかな。
壊滅した新興宗教団体が、資金作りのため捕まえて売ったって聞いた、あの。
「殆ど死にかけの体で競りに出されていたらしい、愛玩用だって謳い文句で」
「酷い」
「そんな状態の妖精を欲しがる輩はろくなものじゃない、これは私の推測だが、あの赤竜に買い取られてなければ今頃こいつら命はなかっただろうな」
耳をピンと立てて話を聞いていたニャモニャたちは、思い出して怖くなったんだろう、ブルブル震えだした。
その逆立った毛を軽く撫でて、セレスは小さなニャモニャを一人ずつ私に手渡してくる。
「ようやく君から話を聞いたニャモニャに会えたよ、本当に凄く可愛いんだな、フワフワして柔らかい」
「うん」
「おんじんしゃま、おさとのにおいするミャ」
「ミャア」
「おかあしゃん、おとうしゃん、あいたいミャ」
「ミャウー」
「ミャア、ミャアン」
メソメソと泣き出す小さなニャモニャたちに、パヌウラが「ほら、いけませんよお前たち、約束を忘れたのですか」と声を掛けた。
約束?
「この子らは競り開始と同時にラーヴァ様が競り落とされました、まとめて提示された額を一人分として、人数分の額の百倍を一括で、です」
それは幾ら払ったんだろう。
想像もつかないけれど、きっととんでもない額だ。
パヌウラはフフといたずらっぽく笑う。
「ラーヴァ様は妖精が売りに出された情報を聞き漏らしません、その全てに赴き、私財をなげうち買い取られておられます」
「そんなことを、どうして?」
「気に入らないそうです、我らの尊厳を踏み荒らすなど言語道断、しかし手段は選ばねば、と仰っておいでです」
「手段?」
「暴力に訴えることは容易くございますが、それでは今後また起こり得る可能性に対処できなくなってしまいます、なので、自分はよい顧客でいるのだと」
どういう意味だろう。
よく分からないけれど、多分、妖精の売買は無くならないだろうから、これからもずっと防ぎ続けるためにやり方を選んでいる、そういうことかな。
気の長い、しかも、終わりの見えない話だ。
ラーヴァはこうして競りにかけられた妖精を買い取ると同時に、妖精の違法取引自体を政府に裏から手を回して厳しく取り締まらせているらしい。
「それでも妖精は金になります、道楽者、変人、研究者、買い手は数多おります、妖精自体捕えることが困難なので、需要は一向に衰えません」
「ここや銀行で働いているモルモフたちは?」
「全て竜に守られておりますので、それにアレらは抜け目がない、商業連合で暮らすにうってつけの種でございますよ」
そうなんだ、少し安心した。
でも妖精の売買なんて納得いかない、許せないよ。
奴隷もそうだけど、同じ命なのに、どうしてその価値を量るなんて傲慢が出来てしまえるんだろう。
「なので、ラーヴァ様は常に金欠でいらっしゃいます」
「オルムの会長なのに?」
「はい」
「店のお金は使わないの?」
「趣味なのでそのようなことはなさらないそうです、たまに会計役に給金の前借や、借金などされておられますよ」
「オルムの会長が、会計役に借金」
リューはなんだか呆れてる。
そうなんだ、趣味って、そういえばさっきエレも言っていた。
誰かのために金を使うことが竜にとって趣味なの?
「そんな話は初耳だ」
「趣味でなさっておられることですので、敢えてお話にはなられないでしょう」
「確かに、そうだな」
私も訊かれなければ自分からオーダーの話をしない。
個人的なことだし、当然だよね。
パヌウラは私達に着席を促して、お茶の用意をしに部屋から出て行く。
あの時美味しいチョコレートや砂糖菓子が置かれていた卓には、今は沢山の紙束が散乱している。
手に取って読んでみると、何かの資料みたいだ。
「これは過去の違法取引に関する資料か」
「はい、こちらは過去数年の輸出入が行われた物品の目録、奴隷売買に関する数年分の記録と、銀行が融資を行った記録、それから」
「待て、融資の記録って、それは社外秘の情報じゃ」
「なにせオルムですからね、商業連合随一の商会は、商業連合で最も権力を持つ商会でもありますよ」
「なるほど」
卓に着いたリューが頭を抱える。
そこへ、私のところから卓の上を駆けて小さなニャモニャたちがミュンミュン鳴きながらじゃれついた。
あの時もリューはニャモニャに好かれていたけど、何でだろう、ニャモニャが好きな匂いでもするのかな。
確かに兄さんの匂いは落ち着くけど、兄妹だから私だって同じような匂いがするはずなのに。
「こら、やめなさい、まったくお前たちは」
そう言いつつ、早々に諦めた様子でリューはよじ登ってくるニャモニャたちの好きにさせている。
「セレス、この資料はあの赤竜か?」
「はい、本人ではなく執事が持ってきましたが、赤竜からだと聞いています」
さっきの玄関での大騒ぎからは想像がつかない。
ラーヴァ、エレ、やっぱりあの竜たちと少し話してみたい。
恐ろしい竜には違いないけれど、でも、それだけで印象を決めたんじゃ、色々見逃してしまいそう。
だから知っておきたい。
今後のため、カイやルル、サクヤと、トキワのためにも。
「ねえねえ」
不意にモコに袖を引かれる。
「えのあのはな、こんどはなに?」
「あ、うん、ヴァティーっていう赤い花だよ、バラに似てたかな」
「へえ、そうか」
リューと話していたセレスがこっちを向いた。
「それでその、今度は一体、君の何を?」
「温もりだって、確かに咲かせたらすごく寒くなった」
「温もりか」
またセレスの表情が暗くなる。
兄さん達も、中央銀行の時と同じように何となく心配そうだ。
「でも大丈夫だよ、今はもう寒くないし、あの時はリュー兄さんが」
「私は」
私の言葉を遮ってセレスが言う。
「それでも、君から何も失われて欲しくない」
「セレス」
「建国の祖であられるエノア様が竜に託してまで君へ届けた花だ、きっと思いもよらない重要な意味があるんだろう、それでも」
嫌だ、と呟いたセレスは俯いて、でもすぐ顔を上げて私に笑いかけてくる。
優しくて、温かくて、だけどどこか不安げな表情。
心配してくれているんだ、皆が私を大切に想ってくれている。
「すまない、こんなことを言われても困るよな」
「ううん」
「ハルちゃん、君には立派な兄君が二人も居られる、だけど私も、必ず君を護るよ」
「セレス」
「ぼくも!」
モコがピョンっと跳ねた。
「ぼくもまもる、ぼく、はるのだから、はるをまもるよ!」
「モコ」
「そうだな、ハル、よかったな」
微笑むリューに「うん」って頷き返した。
本当に有難う。
私も、皆のことを護るからね。
心配をかけないようにするっていう意味でも頑張るよ。
パヌウラがお茶を運んで来てくれた。
美味しそうなお茶請けもある。
―――幸せだな。
失くしたくないよ、何も。




