車中にて
エレの案内でついて行くと、大通りに向かい開けた場所に出た。
正面に車が二台停まっている。
黒くて大きな車だ。
―――なんだかクロとミドリを思い出す。
ごめんね、車に乗っても、お前たちが一番なのは変わらないよ。
車の脇に立っていた獣人が扉を開いた。
エレが「さあ、乗ってくれ」と私達を促す。
「待て、君はあちらだ」
早速いそいそ乗り込もうとしたラーヴァをエレが捕まえる。
「何でじゃ!」
「私がこちらに兄弟と乗るからだ、君がいると話の邪魔になる」
「我とダーリンの逢瀬を邪魔すると申すか!」
エレがスッと瞳を細くするのと同時に、ラーヴァの頭に黒い雷が落ちた。
近くにいた人や獣人たちがギョッとして振り返るけど、すぐ何も見なかったように通り過ぎていく。
普通じゃない雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
私も、今は理由があるから仕方ないけど、そうでなければこの二人に関わりたくないよ。
「きゅう」と呟いて倒れたラーヴァを見下ろして、エレは改めて私達に車に乗るよう言う。
それから、振り返ってセレス達へ「君達はこれと共にそちらの車へ」と告げた。
ずっとセレスの傍にいたモコが、慌てて私の方へ駆け寄ろうとする。
その前に腕を翳して「君もあちらだ」とエレはもう一台の車を示す。
「いやだ!」
「私は君を招いていない」
「でもぼく、はるのだよ!」
「関係ない」
そっけないエレを睨んでモコが認識阻害の眼鏡を外そうとする。
何かするつもりじゃ、いけない。
慌ててモコに駆け寄った。
―――ちょっとロゼに似てきた気がする。
「モコ、待って」
「はるぅ」
「お願いがあるんだ、モコ、セレスの傍にいて」
「でもぼく」
「セレスを守って」
セレスがハッとしてこっちを見る。
必要ないって思ったかも、セレスが強いのはもちろん知っているよ。
だけど、ラーヴァはロゼが戦った赤竜、ロゼの瞳と翼には今も消えない呪いの赤が染み込んだままだ。
転生体だって言っていたから、厳密には違うかもしれないけど、それでも油断できない。
万一の時、モコが傍にいれば安心だ。
それにセレスにもモコを守って欲しい。
カイもメルもいる、またラーヴァが暴れても、すぐ命を奪われるようなことにはならないはず。
「セレス」
小さく呼んだら、セレスは微笑んで頷いてくれた。
私の気持ちが伝わったんだ、嬉しい。
「ねえ、モコ?」
「うん」
「お願いできる?」
「いーよ、はるのおねがいなら、ぼく、だいじょぶ」
モコもニッコリ笑って、セレスの傍へ戻っていった。
二人とも気をつけて。
カイとメルも、あの赤竜に何もされませんように。
「流石だな」
エレが私を見てニヤリと笑う。
「兄妹揃って翼を誑し込む術に長けているようだ」
「モコは友達だよ」
「そうか、それは失礼した、ふふ」
何だか楽しそうで不気味だ。
最初にエレが車に乗り込んで、次にロゼ、私が乗って、最後にリューが着席すると、扉が閉められる。
前の席に座った獣人に、エレが「出してくれ」と声を掛けた。
車はゆっくり走りだす。
「さて」
車内の造りは乗り合いの馬車みたいになっていて、前の席と背中合わせの席にエレが掛けている。
その向かいの席に兄さん達と一緒に座っているけど、特に窮屈さは感じない。
天井は馬車よりずっと低い。
だけど、馬車より全然揺れないし、音も殆どしない。
車窓から覗く景色は寝台列車と同じように後ろへスイスイ流れていく。
「ここから屋敷までそれなりにかかる、着くまで君たちの質問に答えよう、私に訊きたいことがあるだろう?」
「それなら、まずはあの竜、ラーヴァについて聞かせてくれ」
リューが切り出す。
私も気になっている。
ロゼに酷いことをした赤竜の転生体。
―――そもそも『転生体』って何だろう。本で読んだこともない。
「サマダスノームでそちらの翼に殺害された折、破壊を免れ残っていた竜核を私が吞んで、アレを産んだ」
「産んだ?」
「正確には再度受肉させた、この胎を使いはしたが、ラーヴァと私の間に血縁関係は無い」
「理屈がよく分からないんだが」
「詳細の説明は不要だろう、全ての竜が可能な訳ではないが、数多の呪いを蓄えた『古き竜』と呼ばれる一部の竜は、他の竜の胎を借りて復活が可能というだけの話だ」
何でもないように話すけど、それってとんでもないことだ。
つまり『古き竜』は『竜核』を持っていて、その『竜核』さえ残っていれば、別の竜の胎を借りて復活できる。
ツクモノとちょっと似ているな。
ツクモノも、核になった道具さえ無事なら、いずれまた人型に成れるって言ってたよね。
「私も先代より商売を継いだ身だが、そろそろ隠居しようと考えていたため、都合が良かった」
「お前の前のオルムの会長も竜なのか」
「オルムは代々竜が商いをする店だ」
エレは長い足をゆっくり組み替える。
今も怖くて仕方ないけど、エレも、ラーヴァも、目を惹く雰囲気のある美人だ。
しかも二人とも胸がすごく大きい。
エレはセレスより大きいかもしれない。そういった意味でも迫力があって圧倒される。
「我ら『古き竜』は主である貴き大地神ヤクサ様より勅命を賜っている、その命を果たすためにもアレは必要だった、だからこの胎を貸した」
「存在の天秤、というものだ」
不意にロゼが口を開いた。
「ハル、君は知らないね?」
「うん」
「ではお兄ちゃんが教えてあげよう、まず、前提として妖精と竜は大地神ヤクサの眷属だが、ラタミルやハーヴィーとは存在意義が異なる、妖精と竜には大地神より明確な役割が与えられている」
役割?
―――ロゼは分かりやすく説明してくれた。
妖精と竜は地上における調停者の役割を担っていて、妖精は様々な形で地上に存在するあらゆるものを補助して繁栄を促す。
一方で、竜はその繁栄が過ぎないよう、食べたり壊したりすることで調整を行う。
「竜がラタミルやハーヴィーを喰うのも、数が増え過ぎて地上に影響を及ぼさないよう、未然に防ぐという意味合いが強い」
「そうなんだ」
「だが目的がどうあれ食べられては堪らないからね、眷属も抵抗することで竜の数を減らす、そしてその眷属を妖精は助けるが、竜は妖精も喰う」
「利害関係にある妖精は食べない」
エレが注釈を入れる。
でも、どっちにしたって怖いことに変わりない。
「それから、我らは天秤の安定のために食らうことが主だが、自らを高めるためにラタミルやハーヴィーを襲いもする」
「こいつが殺した竜は、霊峰の峰を陣取ってやりたい放題だったと聞いたが」
「赤竜は『古き竜』の中でも別格だ、大抵の竜は身の内に溜め込んだ呪いにいずれ浸食され命を落とすが、赤竜は際限なく呪いを溜め込み無限に力を増すことができてしまう」
「なッ」
「そちらの翼と戦った時のアレは、我らでも手に負えないほど力をつけて狂暴化していた、それをまさか、ただの一羽が堕とすとは思いもよらなかったが」
だけどそのせいでロゼは呪いを浴びて、消滅寸前まで追い込まれた。
今だって、赤く染まる目と羽の先だけ赤い翼を、ロゼは「醜い」と嫌っている。
ロゼだけの特別な印みたいで凄く綺麗なのに。
「安心しろ、今の転生体、ラーヴァは復活して間もない、溜め込んだ呪いも微々たるものだ、かつての脅威には遠く及ばない」
「そのようだ、あれなら核ごと容易く壊せる」
「ふふ、勘弁してくれ、また次の後継者を探すのは手間だ」
黒く長い髪をさらりとかき上げて、エレは「ご理解いただけたかな?」と唇の両端を吊り上げた。
だから、ずっと昔にロゼが退治したはずの竜が、ここ商業連合にいるんだ。
サフィーニャ達が知ったら気絶しそう。
でも妖精って距離を無視して連絡を取り合えたよね?
モルモフとニャモニャって、これまでに会った妖精たちと違って交流が無いのかな。
―――まさか、ネコとネズミだから?
「お前たちはどうして商業連合でわざわざ店を構えて商売をしているんだ」
「ふむ、それに関しては些かの事情がある、しかし今語ることは出来ない」
エレは小さく息を吐く。
「そして、その商売に関して、現在厄介な問題が発生している」
「問題?」
「君達を屋敷へ招く理由だ、詳細は後ほど話すが、君達も無関係でないと言えば凡そ察しはつくだろう」
もしかして『粉』のこと?
それとも魔人、どっちだろう、両方だとしたら―――また大勢の命が失われるかもしれない。
不意にエレと目が合う。
そのままじっと見つめられて、少しだけ気後れして膝の上で手を握る。
「君に特に用があるのは、我々ではない」
「えっ」
「この地より永きに渡り砂漠の虚を見詰めておられる偉大なる竜、西方の守護を司られる『黄金の君』だ」
黄金の君。
それはまさか、エノア様の種子を預かっている、三番目の西の竜?




