思いがけない贈り物
そろそろ朝食の時間だってキョウに言われて、兄さん達に、サクヤとキョウも一緒に朝食をとっていいか訊きに行った。
「構わないが、大丈夫なのか?」
「変装するんだって」
「そうか、今朝も賑やかな食事になりそうだな」
丁度添乗員が食堂車の用意が整ったって教えに来てくれたから、今度はサクヤ達を誘いにまた部屋へ向かう。
今日のサクヤの変装は、サラサラの青い髪を左右の高い位置で括って、ロゼがあげた眼鏡を掛けている。
キョウは髪が栗色だ。
「二人とも印象が全然違うね」
「ふふッ、これならバレそうにないでしょ?」
「うん、それじゃ、行こう!」
皆で食堂車へ行って、案内された席に着く。
昨日の停車駅で列車を降りた時と同じように、周りの誰もサクヤを見たって特に気にする様子はない。
「変装より眼鏡の効果の方が大きい感じだよ、本当に凄いね、この子」
「うん、ロゼ兄さんは凄いんだよ」
「そうだね、あらためて感謝します、ロゼさん、眼鏡を譲っていただき有難うございました」
ロゼは「別にいい」って返す。
モコも入れて、三人はそれぞれ違う形だけど、同じロゼ手作りの認識阻害の眼鏡だ。
お揃いだね。
「はぁ、やはり美しい」
ぼんやりしているキョウに、リューとセレスが苦笑いする。
私に見える形は普通に眼鏡だけど、キョウには女神に見えているらしいから、ツクモノの感性って独特だ。
サクヤもそうなのかな。
例えば格好いい鈴を見た時、キョウと同じように恋愛感情みたいなものを覚えたりするんだろうか。
今朝のメニューはミルクリゾット!
よかったねサクヤ、米だよ。
副菜のイモとキノコと鶏肉の蒸し焼きと、粉チーズがかかったサラダ、根菜のマリネも美味しい。
セレスも嬉しそうだ。
食事しながら、ドニッシスに着いてからの話をした。
私達はセレスが勧めてくれた宿で部屋を取って、すぐアティの情報収集に取り掛かる。
サクヤ達は駅から真っ直ぐ会場へ向かう。
駅で送迎の車を手配してくれているんだって。
「大変だな」
「そんなことないよ、確かに体力はいるけど、でも、いつもすっごく楽しいんだ!」
「そうか」
「ここへ来た一番の目的じゃないけど、でも、私の歌で皆が喜んでくれるのを見るとね、私もいっぱい、いーっぱい元気を貰えるんだ、疲れなんて吹っ飛んじゃうくらい!」
「君はなんだか眩しいな」
「ふふッ、だってキラキラ光るのが私だもん、いっぱい光って皆を照らすんだ、それが私だよ!」
私もサクヤが眩しい。
実際人気の歌姫で、あちこちでライブを開催して、チケットがすぐ売り切れるくらいの実力を伴っているから、格好いいよ。
憧れるな。
今は私もすっかり『鈴音の歌姫』のファンの一人だ。
「さて、食事も済んだことだし、僕らはそろそろ下車の準備をしなければ、まだ打ち合わせも途中だからね」
「はーい」
「ハルさん、下車前に一度私達の部屋へ来ていただきたいのですが、構いませんか?」
「うん、いいよ」
何だろう?
―――朝食が済んで、リューは共用車両の方へ歩いていく。
下車後のことをカイ達とも話しておくらしい。
ロゼは兄さん達の泊まっている部屋へ戻っていった。
私もセレス、モコと一緒に、一旦部屋に戻ることにした。
忘れ物が無いように、もう一度荷物を確認して、下車の用意を済ませておかないとね。
「いよいよドニッシスか」
早速ドキドキして、ワクワクしている
ドニッシスに着いたら、やること、やりたいことが山積みだ。
まずは何を置いてもアティの捜索。
絶対に見つけ出そう、カイのためにもなるべく早く。
それから時間があれば、ドニッシスの観光、オーダーやチョコレートの専門店には絶対行きたい。
後は道具屋、小物屋に、本屋!
花屋も覗きたいな、もしかしたらドニッシスでしか手に入らない珍しい花が見つかるかもしれない。
それからサクヤのライブ!
これは絶対に見たい、舞台で歌うサクヤのことを、サイリュームを振って応援したい。
でも、セレスは劇場の支配人に口を利いてくれるけど、絶対に席を用意してもらえる約束はできないらしい。
仕方ないよね、急な話だし。
だけど観たいなあ。
セレスがあんなに嬉しそうに話してくれるくらいだから、きっとすごいライブに違いない。
最前列の踊り付きでサクヤを応援するコノハナソルジャーも気になるし、行けたら嬉しいんだけどな。
もしライブに行けなかったとしても、せめてサイリュームだけでも欲しい。
魔力で光る棒なんて仕組みが気になる、ロゼに見せたら作ってくれるかもしれない。
「ハルちゃん、ドニッシスに着くのが楽しみで仕方ないって顔してるぞ」
「えッ、そうかな」
「はる、ぼくもたのしみ!」
フフ、そうだね、楽しみだね。
―――三人で話したり、車窓の外を眺めたりして過ごしている間も、列車は走り続ける。
景色がどんどん見たことのない雰囲気に様変わりしていって目まぐるしい。
密に立ち並ぶ建造物、高い建物、車の数も増えて、空を飛行船が飛んでいる。
連合王国内随一の技術と経済力を誇る商人の国。
その中心地へ、もうすぐ辿り着くんだ。
「ハルちゃん、そろそろキョウのところへ行こうか、もうすぐドニッシスに到着してしまう」
「そうだね」
「ぼくもいく!」
改めてサクヤ達の部屋を訪ねる。
またキョウが出迎えてくれて、中へ入るとサクヤが待っていた様子で「いらっしゃい」って声を掛けてくれた。
「ふふッ、あのね、ビックリさせようと思って、今まで黙っていたんだけど」
そう言いながら卓の上に短冊みたいな紙を置いた。
何だろう?
モコと一緒に首を傾げたら、いきなりセレスが「こッ、ここッ、これはぁッ!」って大声で叫ぶ。
「関係者及び支援者限定の特別招待チケット! しかも今度のライブのチケットじゃないか!」
「そうだよ、しかもなんと、舞台が一番よく見える特別席!」
「うッ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
すごい。
でも、一枚しかないけど、一人しか使えないの?
「この一枚で全員入ることが出来ます、受付で人数を伝えてください」
「ハル達はセレスとモコちゃん、お兄さん達と、カイとメルの七人だよね、一応先に劇場には伝えておくね」
そうなんだ、嬉しい。
「ハル達には絶対に観に来て欲しくて、だからこのチケットをプレゼントしたいんだ」
「いいの?」
「勿論!」
だって、とサクヤはニッコリ笑う。
キョウも笑顔だ。
「友達だもん、応援しに来て欲しいよ、そしたら私、もっともーっと頑張れちゃうから、ねッ?」
「うんッ、応援しに行くよ、有難う!」
「どういたしまして、やったぁッ」
サクヤが手を出してくるから、その手に私もパチンと手を合わせる。
嬉しい!
まさか、こんな素敵な招待を受けられるなんて、最高に幸せな気分だよ!
「ね、ね、サイリュームも用意しておくからね、使い方もキョウが教えるからねッ」
「僕なのか、まあいいが、では公演前にお伝えしましょう」
「それには及ばない!」
セレスが片手をズイッと前に出して首を振る。
「なにせ私がいるからな、サイリュームの使い方など当然知っているさ! サクヤちゃんッ、全身全霊を込めて応援するよ!」
「すごいねセレス、それじゃ私もめいっぱいファンサしちゃうよ!」
「うおおおおッ、うおおッ、だ、だがそれではコノハナソルジャーの諸兄に申し訳が立たないッ、くッ、一体どうすればッ」
「ソルジャーの皆にもいっぱいファンサするから大丈夫、今度のライブはお客さん全員に思いっきりファンサしちゃう、だから一緒にライブを盛り上げて欲しいな!」
「おッ、おおおおおおおッ、勿論だよサクヤちゃん! 私はこのライブに命を懸ける!」
ファンサって何だろう。
後でセレスに教えてもらおう。
それにしても随分盛り上がってるな、つられて私もますますワクワクしてきた、ふふ、楽しみだ!
できればカイとメルも一緒に―――そんなことしている暇はないって言われそうだけど、でも、少しでも一緒に観られたら嬉しい。
ずっと気を張ってばかりじゃ疲れるし辛いよ。
「でもセレス」
「なんだい、サクヤちゃんッ」
「私を応援してくれるのは嬉しいけど、私にばっかり夢中になっていいの?」
サクヤがこっちを見る。
同時にセレスが胸を抑えて「ぐうッ」と呻いた。何?
「ち、違うんだハルちゃんッ、私はそのッ、決して!」
「ふふ、面白いねえ、キョウ」
「そうだねサクヤ、これは当分楽しめそうだ」
「君達!」
サクヤもキョウも、どうして笑っているんだろう。
さっきからセレスは忙しないし、まあセレスはいつもこんな感じか。
モコも不思議そうに首を傾げてる。
外から汽笛が聞こえてきた。
間もなくドニッシスに到着すると車内放送で告げられる。
―――いよいよだ。
「では皆さん、私とサクヤは駅の関係者通用口を使わせていただくことになっていますので、こちらにて暫しお別れですね」
「よかったらライブの前にも劇場へ遊びに来て、話を通しておくから」
「探し人の件も、何卒よろしくお願いいたします」
「勿論だ、こちらの案件と合わせて情報を収集しておく、有益なものがあればすぐ伝えよう」
「はい、我々も情報収集しておきます、お互い必ず見つけだしましょう」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、私の姉さんも、カイの妹も、絶対に取り戻そうねッ」
サクヤと頷き合う。
どっちもきっと無事だ、そう信じて探そう。
必ずこのドニッシスにいるんだ。
二人とも、すぐ見つけ出して助けるから、それまであと少しだけ待っていて。




