黄金を呼ぶ精霊
黄金の高位精霊グルチェ。
灯火の高位精霊デティエール。
「どっちも幻って言われている精霊だよ、ハル、凄い!」
私も驚いた。
虹の精霊ラクァスや、陽光の精霊エオーラは、ほぼ文献でしか見ることのない極めて稀な精霊だ。
そしてこの灯火の精霊デティエールも同じように凄く珍しい。
だけど、黄金の精霊グルチェは扱いが少し違う。
黄金の湧く場所に現れるって言われているグルチェ。
金山や、大量に金が保管されている場所で目撃されることもあるそうだけど、その性質は『黄金を呼び寄せる』
飛び回るグルチェから何かがキラキラと降り注いでいる。
これ、金だ。
「とんでもないぞ、ハルちゃん」
セレスが呆然と呟く。
「商業連合は富を生み出すことを価値とする商人の国だ、このグルチェは、その概念そのものじゃないか」
商売で得られる益とは意味が違うけれど、常に富を生み出すっていう側面としては同じかも。
だけど、どうしよう。
この精霊たちに何を頼もう、ええと、そうだ!
「この場へ祝福を降らせて!」
そう告げると、精霊たちは空へ舞い上がり、一度集まってからパアッと弾けた。
鮮やかに色付いた沢山の葉と一緒に金の粒が降り注ぐ。
目が眩むよ、キラキラ、キラキラ、まるで黄金の雨だ。
サクヤも空を仰ぎながら手を翳して眩しそうにしている。
「すごい」
「きれー!」
「本当、なんて美しいのかしら」
皆にも喜んでもらえたみたい。
セレスがくれたバラで作ったこのオイル、これは特別な一本だ。
大切に使おう、有難うセレス。
「この金、集めて換金すりゃ結構な額になるぞ、暫くは金で苦労しないで済む」
「お前はロマンの欠片も無いな」
「うるせえ」
セレスに言い返したカイは、唐突にハーヴィーコールを唱えた。
うわッ、水が!
頭から被ってずぶ濡れだよ、いきなり何するの?
「えッ、ええッ」
「か、カイさん、貴方、ハーヴィーだったんですか?」
驚くサクヤとキョウに、カイはフンと鼻を鳴らしてから、現れた水を自分の周りに集めて中から金だけ取り出した。
両掌山盛りだ、こんな大量の金、初めて見る。
だけど全員頭からつま先までびっしょり濡れた。髪から水滴が滴ってるよ。
カイ、あんまりだ、せめてひと声かけてからにして欲しかった。
「お前、最悪だな」
セレスが濡れて張り付く前髪を掻き上げて唸る。
フワフワの髪がペショッとなったモコも「かい、いじわる」ってしょんぼり俯いた。
ッツくしゅ!
くしゃみをしたら、渋い顔のロゼがびしょ濡れの全員へ向けてふうっと息を吹きかける仕草をした。
途端に風が吹いて、あっという間に濡れた髪も服も乾く。
有難う、助かったよ兄さん。
「な、何なんですか、貴方がたは一体?」
キョウはさっきからずっと目を白黒させっぱなしだ。
まあそうなるよね。
でもサクヤの方は「すごいねえ」って全然気にしてないどころか楽しそう。
「ハーヴィーのカイに、凄い魔力を持っているロゼさん、ふふッ、ビックリしちゃった!」
「ねえサクヤ、カイのことだけど、その」
「分かってるよ、秘密でしょ? この国でもハーヴィーは私達みたいに狙われているんだよね、知ってるよ」
え?
どういうことだろう。
ハーヴィーは冷酷で残忍だって恐れられているんだよ。
勿論、それはカイや他のハーヴィーを知って間違いだって分かったけれど、世間的にハーヴィーは今も偏見を持たれたままだ。
それは脅威として排除するって意味での『狙われている』ってこと?
だったら少し理解できる気もするけど、ハーヴィーは海神オルトの眷属だ。
無暗に害すると神の怒りを買う可能性がある、そんな危険をあえて冒すくらいなら、触れないよう、関わらないようにする方がよっぽどいいはず。
「嫌だよね、ツクモノもハーヴィーも『そう』だってだけで、おかしな目で見られるの、私達とヒトはそんなに変わらない筈なのに」
サクヤの言葉に、なんて答えればいいか分からない。
私も、前はハーヴィーやラタミルのこと、本に書かれているだけの事しか知らなかったし、別の世界の存在だって思っていた。
だけどモコが現れて、カイと出会って、ロゼもラタミルだったし、メルだってラタミルだ。
それだけじゃない。
セレスはアサフィロスって体質のことでずっと苦しい思いをしていた。
今、こうしてサクヤ達と出会って、改めて考えさせられる。
『違い』って何だろう。
同じように笑ったり泣いたり、悩んだり苦しんだりして、皆一生懸命に生きている。
そこに違いなんて無いはずなのに、どうして差別して恐れたり、奪おうとしたり、傷付けたりするんだろう。
そういえば、サクヤが狙われている理由をまだ聞いていない。
個人的なことだから、もし話してくれたらだけど、力になれるなら手を貸したい。
だって、こうして仲良くなって、友達になったから。
「ところでカイ、お前、その金どうするつもりだ」
セレスが半目でカイに尋ねる。
カイは「換金するに決まってんだろ」ってニヤリと笑った。
「はぁ? ハルちゃんが呼んだ精霊の出した金だぞ、横取りするつもりか!」
「違う、これは俺が集めた金だ、こっちはお前らと違って貧乏旅だからな、路銀の足しにさせてもらう」
「ふざけるなッ、よくも抜け抜けと!」
「だったら了解を取りゃいいんだろ、おい、ハル」
声を掛けてきたカイに、笑って「いいよ」って答える。
路銀は、多分困っていないはずだよ。
振り返ってリューを見上げると、リューも苦笑して頷き返してくれた。
「カイにあげる」
「ハルちゃん!」
「ほら見ろ」
「うぐぐ、だ、だったら少し分けてくれ、この通りだ」
「は? なんでだよ、嫌だね」
「それはッ、ハルちゃんがあのバラの香りを使って出した金なんだ、だからッ」
ああそうか。
必死になっているセレスを見て気付く。
「カイ、その金はあげるけど、私とセレスにちょっとだけ分けて欲しい、本当に少しでいいから」
「ハルちゃん」
「ね? この瓶に少しでいいんだ、お願い」
換金はしない。
これは思い出だ。
カイは私をじっと見つめて、軽く息を吐いてから「いいぜ」って肩をすくめた。
二本の小さな瓶に詰められるだけ金を詰めて渡してくれる。
受け取って、一本をセレスに手渡すと、セレスは「ハルちゃん」って目を潤ませる。
もう、すぐ泣くんだから。
「大切にする、君との思い出だ、これは私の一生の宝物だ」
「ふふ、私も大切にするよ」
「うん」
「よかったね」ってサクヤが声を掛けてくる。
不意にロゼが指をパチンと鳴らして、認識阻害と防護の結界を解いた。
思いがけず素敵なものが手に入ったな。
いずれオイルを使いきってしまっても、これがあれば今日のことを思い出せるよ。
「さて、この後はどうする?」
リューがここにいる全員を見回す。
まだ時間があるなら、せっかくだし表通りの店を覗きに行きたいな。
「俺はこいつを換金しに行く」
「それじゃ私も付き合うわ」
カイとメルは金を換金しに行くみたいだ。
「私はハルと一緒に」
「ダメだ、君は戻って打ち合わせだよ」
「えーっ」
えー、じゃない、ってキョウは大切に抱えていた眼鏡をサクヤに手渡す。
「明日、ドニッシスに着いたらすぐ劇場へ向かって稽古を始めなければ、公演まで日が無いんだ、今のうちにやれることをやっておかないと」
「そんなぁ」
「すみませんが皆さん、そういうことですので、僕らは先に列車に戻ります」
「ハル、何かお土産買ってきて、後で部屋へ遊びに来てね」
「いいの?」
「いいの、それくらいは許してもらう」
むくれながら振り返ったサクヤを見て、キョウは「分かった」とため息交じりに頷いた。
ふふ、美味しくて可愛いお土産、持っていくからね。
「なら俺達は、表通りの方を冷やかしに行くか」
「おみせ! おいしーの、ある?」
「あるぞ、モコは食いしん坊だな」
「僕だって食いしん坊だ」
モコの頭を撫でるリューの背中に寄って、ロゼがムスッとしながら言う。
ちょっと拗ねてる?
もしかして、さっきカイに水をかけられたせいかな。
一度駅に戻ってからそれぞれ別れて、私と兄さん達、セレス、モコで、駅の表通りの方へ向かう。
こっちは裏と違って人も獣人も大勢いる、あちこち大賑わいだ。
殆どが寝台列車の乗客だろう、路上に出て呼び込みをしている店員の姿も見える。
―――あの人たちも奴隷だ。
数字が刻印された金属の板を首から下げている。
きっと商業連合では普通の光景なんだ、でも、どうしても慣れそうにないよ。




