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寝台列車ナフォール号 6

ぱちりと瞼を開けたら、見下ろすロゼと目が合った。


「やあ、おはようハル」

「おはよ」

「寝顔も愛らしいが、君の若葉色の瞳が僕を映す様はなんて貴いのだろう、至宝の玉石、いや、朝霞に香る森の息吹を感じるようさ、今朝も本当に可愛らしいね」

「うん、有難う」


起き上がると、胸の辺りから小鳥の姿のモコがコロンと転がって翼をパタパタ羽ばたかせる。

そうか、昨日はあんなことがあって、兄さん達の部屋で寝たんだ。


「おはよーはる!」


モコはポフッと人の姿になって抱きついてきた。

ふふ、くすぐったい。

車窓から部屋に朝の光が差し込んでいる。


「サクヤとセレス、どうしているかな」

「おきてるよ、せれすはいつもので、さくやはすわってる」


二人がいる部屋の方の壁を見ながらモコが教えてくれた。

見えるのか。

『天眼』だよね、すごいな。

様子が気になるし、早速会いに行こう。

身支度して、モコの支度を手伝って、ロゼの髪も編み込みにしてから、隣の部屋へ向かう。


「セレス」


扉を叩いて呼びかけると、すぐ飛び出してきたセレスに抱きしめられた。

おっとと、驚いた、どうしたの?


「ハルちゃんッ、おはよう!」

「おはよう」

「君に会いたかったッ、たったひと晩だけど、君が傍にいない夜は寂しくて」

「うん、ねえセレス、サクヤは?」

「もう起きているよ」


抱きついて離れないセレスの腕の中で体を反転させて、背中に引っ付かれたまま部屋へ入る。

私達を見たサクヤは驚いたように目を丸くしてから、おかしそうにクスクス笑った。

ちょっと恥ずかしい、でも、サクヤの笑った顔って凄く可愛いな。


「ハルおはよう、モコちゃんもおはよ!」

「おはよーさくや」

「おはよう、昨日はよく眠れた?」

「うん、でもセレスとお喋りしていたらちょっと夜更かししちゃった、旅の話を聞かせてもらったよ」

「そうか、よかった」


楽しく過ごせたみたいだね。

私も二人が仲良くなって嬉しいよ。


「ねえ、ハル」

「なに?」


サクヤはウフフって笑いながら、私の肩に額をグリグリ擦りつけているセレスを見る。

これは気にしなくていいよ、割といつもこうだから。

セレスって結構甘えん坊なんだ。

でも、ロゼ兄さんやモコも甘えん坊だから、私もリューと同じで慣れてる。

私だって兄さん達やセレスに甘えたりするからね。


「セレスって、本当にハルのことが大好きなんだね」

「うん、私も好きだよ」

「そっか、素敵だね」

「有難う」


サクヤとも、もっと仲良くなりたいな。


「だけど、セレスの『好き』と、ハルの『好き』って、ちょっと違うのかも」

「え?」

「あわッ、さ、サクヤちゃんッ! そんなことよりハルちゃんのオーダーに興味があるんだろ?」


慌ててセレスがそう言って、私にニコッと笑いかけてくる。

「うん」と頷いて立ち上がったサクヤは、傍に来て私の手を取った。


「私が暮らしていたアキツではね、オーダーって凄く神聖な魔法だったの、ハルはオーダーの研究をしているんでしょ?」

「そうだよ」

「すごいね、見せて欲しいな、お願いできないかな?」

「構わないけど、列車の中だと危ないから、すぐには無理だよ」

「それじゃ、昼頃に列車が三時間くらい駅で補給停車するそうだから、その時はどう?」

「分かった」


アキツでのオーダーは別の名称で呼ばれていて、確か、神に捧げる供物の扱いなんだっけ。

よし、それなら新作のオイルを用意しよう!

―――昨日セレスから貰った紅いバラ。

今朝もまだ綺麗に咲いている、この花の芳香成分を使って作ろう。

誰が来てくれるかな、今から楽しみだ。


サクヤはキョウと打ち合わせをするからって、泊っている部屋へ戻っていった。

道具の用意をしていたら、今度はリューが部屋に顔を覗かせた。


「三人ともおはよう、昨日はちゃんと眠れたか?」

「うん、おはよう兄さん、グッスリだったよ」

「私もです、お気遣い有難うございます、おはようございます!」

「おはよ、りゅーもねた?」

「ああ、もう少ししたら朝食だから、改めて呼びに来る」

「分かった」


それじゃ、またリューが迎えに来るまでにバラの芳香成分を抽出しよう。

セレスに断って、丁寧に解した花びらをロゼ特製の抽出機にかける。

五本分の花びらじゃ、一般的な方法だと一滴にも満たない量しか取り出せないだろうけど、この凄い性能の道具を使えば調香できる程度の量を抽出可能だ。

本当にいつも感謝だよ、有難う兄さん。


「いい香りだな」

「とっても濃厚だね、バラの要素がギュッと詰まってる」

「ぼくこれすき」


不思議だ。

調香用のバラの芳香成分を他に持っているけど、それとこれは何だか違う気がする。

指先につけて首筋に擦り込んでみた。

ふわっと広がる濃い香り、まるで抱きしめられているみたい。

変なの、フフッ、セレスがくれたバラだからかな。


「ハルちゃん」


私を見詰めるセレスの顔が少し赤く染まって見える。

そうだ、香水を作る約束をしていたね。


「有難う、セレス」

「えッ」

「これは特別な香りだよ、セレスに似合う香水に仕上げるからね」

「あ、ああ」

「きっと素敵なのが出来るよ、楽しみにしていて」

「うん、分かった」


よし、腕によりをかけて最高の香水を作るぞ。


調香の方向性を話し合ったりしながら考えていたら、リューが迎えに来てくれた。

作業をいったん止めて、皆で食堂車へ向かう。

もしかしたらサクヤたちがいるかなと思ったけれど、席に姿は見当たらなかった。

後から来るかな?


「彼らは部屋で食事をとるそうだ」

「そうなの?」

「ああ」


うーん、お忍びで乗車しているからかな。

でも、昨日サクヤは襲われた。

もしかしたら他にも二人が同じ列車に乗っていることを知る人がいるかもしれない。


「この列車は昼頃に補給駅で三時間程度停車予定だから、昼は駅の近くの店で取ろう」

「本当? やった!」

「ぼく、にくたべたい!」

「ハハハッ、はいはい、俺は昨日の件で駅員と少し話をしなくちゃならない、だからお前たちで店を決めておいてくれ」

「はーい」

「セレス、ロゼを連れていくから、ハルのこと頼めるか?」

「勿論です、お任せください!」

「じゃあ連絡はモコにしてもらうね」

「いーよ」


モコに小鳥になって飛んでもらえばすぐだし、今はモコも鳥を使役できるからね。

本当に便利だ、ラタミルって凄い。


「二人は昼も列車の中にいるのかな」

「恐らくそうだろう」

「食事はどうするのかな?」

「停車駅に専用の業者がいるそうだ、一等車の乗客限定で仕出しを請け負っているらしい、それを利用するんだろうな」


なるほど、便利だな。

それなら心配いらないね。

でも、サクヤは私のオーダーを見たがっていたから、もしかしたら一緒に昼を食べに行けるかも。


そういえば、ここって商業連合のどの辺りなんだろう。

訊いたらリューが教えてくれた。

大体ドニッシスまで三分の二程度の距離らしい。

この列車でもう一泊するからそんなものだろう、でも騎獣で移動するより断然早く進んでいる。

―――クロとミドリ、元気にしているかな。


食事が済むと、ロゼがモコを摘まみ上げて先に部屋へ戻っていった。

何か用でもあるのかな。

私は、リューとセレスと一緒に共用者へ行って、カイとメルを待つことにした。

昨日起きたことを話しておかないと、それから昼の約束もしなくちゃ。

停車駅はラノッテほど大きくないけれど、駅周辺に店が沢山あるらしい。

どこで何を食べようか、今からワクワクするな。


「またいたか」

「おはよう、今日はリューも一緒なのね」


二人が二号車から出てきた。

カイが、不意に座っているリューに体を寄せながら声を潜める。


「昨日は何があった」

「―――やはり気付いていたか」

「当たり前だ、もっとも、他の奴らは知らないだろうがな」


リューは軽く息を吐いてから、私とセレスに「お前たちは戻れ」って言う。

どうして?


「説明は俺一人で十分だ、食事の前にあまり引き留めるわけにもいかない」

「でも」

「ハルちゃん、後でおしゃべりしましょう、モコちゃんに声をかけるわ、私なら『呼べる』から」

「そうなの?」

「ええ」


じゃあ、また後で来よう。

少し残念だけど、朝食の時間が足りなくなっても困るよね。


セレスと一緒に部屋へ戻って、調香を再開する。

まずはセレスの香水から!

さっき方向性は大体決めておいたから、香りを選んで、相性を伺いつつ合わせていく。


樹脂の香りをベースに、花と柑橘でまとめて、メインは勿論このバラの香り。

少しだけ香辛料も加えよう。

最初は華やかに、次は明るく咲いて、最後は濃厚で官能的な余韻を漂わせる。

セレス自身の体臭と混ざることで完成するように調整を加えていく。

香水はこの辺りのさじ加減が難しい、だけどセレスの匂いはとっくに覚えているし、手掛かりは十分ある。


少量をセレスの肌に塗らせてもらって、もう少しだけ手を加えて、とうとう完成した。

合わせて同じ傾向でオーダーのオイルも調香する。

イメージは虹の高位精霊ラクァスを呼ぶオーダー

陽光の高位精霊エオーラだって、いつも太陽みたいなセレスがくれたこのバラの香りなら呼べそうな気がするよ。


「できた!」

「おおッ」


隣で期待して待っていてくれたセレスに、香水を入れた瓶を渡す。

全然洒落ていない茶色の遮光瓶だから、ドニッシスでもっと綺麗な瓶を手に入れて移し替えて欲しい。

その瓶も私が贈ろうかな。


「早速つけてみていいか?」

「うん」


セレスは瓶から香水を指先へ慎重に垂らして、耳の後ろに擦り込んだ。

華やかな香りがフワッと漂う。

よし、想定通りの仕上がり、いい感じ!


「おおッ、すごいぞハルちゃん、なんていい香りだ」

「気に入ってもらえたかな?」

「勿論、最高だよ、有難う!」


ふふ! どういたしまして。

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