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イグニのオイル

「そろそろ昼にするぞ」


前から聞こえてきた声に「はーい」と返事した。

出発してもうそんなに経ったんだ、荷台から降りて来た方向へ目を凝らしても、シェフルの町は影も形も見えなくなっている。


「ハル、荷台にある箱から野菜と肉を出してくれ」

「分かった」

「ロゼは火の用意を頼む」

「お安い御用さ」

「ぼくは?」


尋ねたモコの頭を撫でて、リューは「ハルを手伝ってくれ」と答える。


「はるぅ、ぼくもてつだう!」

「それじゃカゴに野菜と肉を入れるから、リューに持っていって」

「わかった!」


さて、私は試したいことがある。

そのために地面を掘って適当な大きさの石でかまどを組んでいるロゼの所へ向かう。


「兄さん」

「なんだい?」

「さっき作ったオーダーのオイルを試してもいいかな?」

「おお、是非ともやってみるといい」


了解が貰えたから、早速香炉を用意して、作ったばかりのオイルを垂らした。

熱石に魔力を通して台座に仕込むと、温かくてほんのり香ばしい香りがフワンと立ち上る。


「フルーベリーソ、おいで、おいで」


手から鎖で垂らした香炉をゆっくり振りながら唱えれば、間もなく柔らかな輝きを放つ光が現れた。

この魔力の気配はイグニ、調香は大成功だ!


「イグニが来たぞ、流石ハルだ、やったじゃないか!」


ロゼも喜んでくれる。

向こうで野菜や肉の下処理をしていたリューが振り返ってこっちを見た。目が合うと笑顔で応えてくれる。

その傍でモコがぴょんと跳ねた。


「はる、いぐにきた?」

「そうだよ、イグニだよ、来てくれた!」

「やったーっ!」

「えへへ、やったぁ!」


シェフルのお風呂でヒントを貰ったおかげだけど、上手くいって嬉しい。

皆まで一緒に喜んでくれて、もっと嬉しい。


「やはり君は凄いな、眩いばかりの才能を覚える、僕もリューもとても鼻が高い」

「褒めてくれてありがとっ」

「さあ、早速イグニの力を借りよう、この薪に火を点けてもらえるかな?」

「うんっ」


傍をフワフワ飛び回っているイグニに、薪に火を分けて欲しいとお願いする。

途端にロゼが組んだ薪はボウッと燃え上がり、パチパチ爆ぜながら赤い炎を揺らめかせた。


「有難う、イグニ」


イグニは何度か強く光って、空中でパチンと爆ぜるように消えた。

ロゼに分けてもらった、風の精霊ヴェンティ好みのオイルと合わせて、手持ちは二種類。

他にも特定の精霊を呼ぶオイルの調合を試してみようかな。

何度か挑戦したことがあるけど、本当に難しいんだよね。新しい素材が手に入ったらレシピを考えるぞ。


「ハル、やったな、イグニを呼べたじゃないか」

「リュー兄さん」

「おかげですぐ調理に取り掛かれるよ、有難う」


頭を撫でられた。

エヘヘ、二人してほめ過ぎだよ。


「ロゼも、かまどの用意お疲れ様」

「大したことじゃない」

「はる、はるっ、すごいね、おふろだね!」


ピョンピョンとはしゃいで駆け寄ってきたモコについ苦笑する。

そんなに気になっていたんだ。リューも笑っているけど、ロゼはやっぱり興味がなさそう。


「モコ、そんなにお風呂に入りたかったの?」

「うん」

「じゃあ、そのうち入れるようにしてあげる」

「ほんとう?」

「イグニを呼べるようになったからね、浴槽と水が沢山あれば、お風呂が沸かせるよ」

「はる、すごい!」

「そうでもないよ、へへ」

「ありがとう、ぼくたのしみだ!」


まだちょっと気が早いよ、私も安請け合いしたかも。

でも、こんなに入りたがっているんだから、いつかモコを浴槽でお湯に浸からせてあげたい。約束を嘘にしないように、きっと叶えてあげよう。


リューを手伝って、食事の用意をして、四人で一緒に食べる。

晴れた日にこうして外で食事していると、なんだかピクニックに来たみたい。森の中より特別感がある。

クロとミドリも一緒にお昼だ。

魔物って本当に何でも食べるんだね、見た目は大きな馬なのに。でも、先に肉を食べる羊を知っているから、そこまで驚かなかった。

モコも何でもよく食べる。あの小さな体のどこに入るんだろうってくらいたくさん食べる。


「リュー、この先は僕が手綱を持とう」

「大丈夫か?」

「問題無い、僕ならば竜さえ容易く操ることができる」


ロゼなら本当にできそう。

―――竜か。

魔物とも、ラタミルやハーヴィーとも異なる、一括りに『竜』と呼ばれる種で、様々な特徴ある種が存在するって本に書いてあった。中には炎や氷の息を吐く個体もいるらしい。

竜は総じてとても強力な存在だから、もし騎獣になってもらえたら心強いに違いない。だけど竜を調伏するのは、きっと討伐するより難しいよ。


「お前の心配じゃない、クロとミドリをいじめるなと言っているんだ」


話を聞いていたらしいクロが小さく鼻を鳴らす。ミドリはずっと静かでおとなしい。

ロゼが憤慨して「そんなくだらない真似を僕がするわけないだろう」って、ムッとした顔をする。


「お前につもりがなくても結果的にそうなるかもしれないだろ」

「では僕にはどうすることもできないじゃないか」

「俺の持ち物だから大切に扱ってくれ、それだけでいい」

「なるほど、そういうことなら善処しよう」


二人共、相変わらずだな。

私の隣でお腹いっぱいになったモコがうつらうつらしている。

三人でシェフルを目指して森を歩いていた時と、モコだけじゃなく、リューも随分雰囲気が違う。

ロゼが一緒だと理屈じゃなく安心できるんだ。

勿論リューは頼りになるし、一緒だと心強い。

だけど、いつでも自信たっぷりで、実際強くて頼もしいロゼが傍にいると、リューも気が楽みたい。

森ではなんだか緊張して見えたから、多分、私とモコを守らなくちゃって頑張ってくれていたんだよね。


「ハル、少し採取していくか?」


思いがけずリューに訊かれてハッとなった。


「いいの?」

「ああ、片付けは俺がやっておくから、ロゼに付き合ってもらうといい」

「手伝うよ」

「構わないさ、ほら、行ってこい」


やった、嬉しい、リュー有難う!

荷台から眺めながらずっと気になっていたんだよね。この辺りには何が生えているんだろう、草も木もたくさんある。

馬車から離れ過ぎないよう気を付けつつ、ロゼと一緒にオーダーのオイルの素材に使えそうな花や草を色々と摘んで回った。

どれもすごく香りがいい。この辺りの気候と土がいいんだろう。折角だし、料理に使ったり、乾燥させてお茶にしたり、消臭や防虫のポプリを作るのもいいかも。

簡易の薬も作れそう、浸出油に湿布、練り薬、このまま揉んで貼ったり、噛んだりしてもいい。


「そろそろ行くぞ!」


夢中になっていたら、呼び戻されて、また馬車に乗ってゴトゴト揺られながら進む。

通り過ぎた宿場町は気になったけれど、まずは領主様から手形を頂かないとだよね。

街道を辿って、途中でまた何度かロゼが周囲を威圧して、おかげで全然魔物に襲われないまま馬車で寝泊まりして数日。

街道が人や獣人ですっかり賑やかになってきた頃、前で手綱を握っているロゼが、荷台へ「おーい」と声を掛けてきた。


「見えてきたぞ、シャルークだ」


幌を捲りながら覗くと、遠くに大きくて長い壁と、その奥に連なった幾つもの屋根が見える。

あれがシャルーク。

想像よりずっと大きい、一体何人が暮らしているんだろう。


「すごいね」

「領主の屋敷があるからな、ここエリニオス領の中央都市さ、人も物も集まってくる」

「あの街で兄さん達とはぐれたら、一生会えなくなりそう」

「そうだな、今度は気を付けなければ、またリューに叱られてしまう」

「聞こえてるぞ」


ロゼが笑って「こっちへおいで」って言うから、足の間に座らせてもらった。

ここから見る景色はなんだかワクワクする。

シャルークってどんな街だろう。領主様はどんな方なのかな、失礼のないようにしないと。


「兄さん」

「なんだい?」

「シャルークにオーダーの店があるって前に話してたよね?」

「ああ」

「領主様にお会いした後でいいから、覗いてみたい」

「わかった、欲しいものがあれば僕に言うといい」

「それはいいよ」

「おいロゼ」


幌の奥から聞こえてきた声に、ロゼが軽く肩を竦める。

街道を行き交う人や物の中に馬車も見えるけど、騎獣に引かせている馬車は一台もないな。

近くを通るだけで皆ちょっとビックリして振り返るし、進んで道を開けてくれる。

騎獣に乗っている人自体少ないみたい。躾けてあるけれど魔物だし、扱いが難しいって意味ではやっぱり珍しいんだろう。


「あ、兄さん、あれってもしかしてドー?」

「そうだね、ドーだ」

「うわあ、本物初めて見た」


騎獣のドー、フワフワした大きな鳥で、強靭な足の先に大きくて鋭い爪を持つ。性格は懐っこくて陽気で呑気、気ままな性分だから扱いにはコツがいるんだって。

クエックエッて鳴くのが可愛い、大きなニワトリみたい。


「兄さん、領主様の所にガルーはいるかな?」

「流石にガルーはいないな、アグリロなら騎士団が所持していた、領主の館で何度か見かけたよ」

「アグリロ!」


犬型の騎獣、アグリロも見てみたい!

そしてガルーは狼に似た魔獣で、騎獣と使役するのは最も難しく、けれど最も優秀らしい。

強く、賢く、一昼夜に地の果てまでも駆けると謳われる俊足の主で、自ら仕える主を選ぶ孤高の魔獣だって本に書いてあった。その忠誠心故に主と生死すら共にするんだって。

被毛は美しく輝く銀で、王の近衛兵団や軍部の将軍が主に所持しているけど、北の地には白銀のガルーを駆る部族がいるそうだ。


「見たいのかい?」

「見たい、見せてくれるかな?」

「これから会うのだから、直接頼んでみるといい」

「うん」

「断られたら街の騎獣屋を覗きに行こう、アグリロぐらい置いてあるだろうからね」

「そうか、シャルークって何でもあるんだ」

「規模の大きな街はどこもそうさ、人や物が集まるから物流も盛んとなり、結果物や金が集まって、更に人が増える」


なるほど、そういうものか。

村以外の場所を知らなかった私にとって、見るものすべてが新鮮な驚きに満ちている。

―――ロゼにだって、知らないことがあったし。


「うん?」


首を傾げるロゼに、慌てて「ほら見て、ウサギの獣人がいる」とオレンジの毛並みの獣人を指した。


「ティーネどうしているかな」

「変わらず元気に過ごしているさ」

「シャルークからも手紙を送りたい、送ってもいい?」

「勿論、構わないとも」


ロゼはまた歌で鳥を呼ぶつもりなのかな。

この前の手紙が無事に届いたか、ちょっとだけ気になっているんだよね。

シャルークに配達屋っているだろうか。

騎獣一覧:

ピオス/馬型の魔獣、賢く大人しい、強者に従順、無垢な乙女を好む

ドー/鳥型の魔獣、呑気で陽気で気まぐれ、空は飛べない

アグリロ/犬型の魔獣、気性が荒い、鋭い牙を持つ、躾けるととても忠実

ガルー/狼型の魔獣、強く気高く美しい、二君に仕えず


一般に知られているのはこの四種ですが、実は他にもまだいます。

そのうち出てくるかもしれません。

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