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寝台列車ナフォール号 5:リュゲル視点

水琴鈴。

中に金属製の小さな球が入った、穴の開いていない鈴だ。

この球が内側に彫られた溝にあたって、水音のような優しく心地のいい音を立てる。


サクヤはその水琴鈴のツクモノだと聞いた。

そして彼、キョウは眼鏡のツクモノなのだと話してくれた。


「サクヤはこの眼鏡が私の本体だなんて言いますが、これはあくまで一部であり、本体じゃありません」

「胸元に核があると聞いたが」

「ええ、我々は心臓を砕かれても弱体化するだけで死ぬことはありませんが、核を奪われたらお終いです」

「ある意味恐ろしい話だな」


キョウとサクヤが宿泊している部屋を一通り調べてみたが、特に気になるものは見つからなかった。

一区切りついたところで戻ったロゼにも確認してもらい、盗撮や盗聴を目的とした魔法道具は仕掛けられていないと分かってホッとする。

だが、あの時連れていった男の姿が見当たらない。

どこへやったんだ。

―――悪い予感しかしないな。


「恐らく、駅で目星を付けて、隙を狙っていたのでしょう」


嘆息したキョウは俺達に座るよう促す。

ハルの様子を見に行きたいが、セレスもモコも一緒だからひとまず安心だろう。

今ではハルもすっかり戦えるようになったしな。


「忘れ物に気付いて、駅舎でサクヤを預かってもらい、私だけ取りに戻ったんです」

「その時に狙いを付けられたと?」

「私は周囲にあるレンズ状の物体と視界を共有できる能力を持っています、離れていたあの時以外で、彼女に向けられた怪しい視線はありませんでした」

「それは随分便利な能力だな」


聞けば、レンズの形状をしていればなんでも利用できるそうだ。

勝手の良さは状況次第だろうが、ここ商業連合においてはかなり便利な能力だと思う。

なにせ連合王国内で最もガラス製品が普及している国だからな。

眼鏡、モノクル、屋内監視用の魔法道具に取り付けられたレンズ、人が増えるほどそういった類の道具も増えるだろう、比例してキョウが補える視野も広がり、死角が減っていく。

需要に応じて向上する利便性、何とも羨ましい、俺も欲しい能力だ。


「傍を離れるんじゃなかった、たとえば誰かに取りに行ってもらうとか、はあ、やり様は幾らでもあったんだ、私の判断ミスです」

「こういうことは間々ある、そこまで卑下しなくてもいいと思うが」

「しかし、付き人としては不甲斐なく、悔やみきれません」

「差し出がましいようだが、彼女が狙われている理由を教えてもらえないだろうか」

「そうですね、恐らくはと思われる事情を一応お伝えいたしますが、この事もどうかご内密に」

「無論だ、約束する」


キョウはほぅと息を吐いて話し始める。


―――ひと月ほど前、とある商人からサクヤを専属の歌姫として雇いたいと打診があったそうだ。

破格の待遇、それこそ数十年は遊び暮らせそうなほどの額を提示されたが、サクヤは断った。


「彼女は自分を必要とする多くの人々のために歌っています、この国へは探し物をしに来たのですが、どこで歌おうと彼女の信念は変わりません」

「探し物?」

「サクヤが姉と慕っていた神楽鈴のツクモノ、その核が、この国へ密輸入されたようなのです」


核だけ、なのか?

唖然とする俺に、キョウは苦々しい表情でかつて起った陰惨な事件を語った。


「アキツの神に仕える巫女だった彼女の社へ賊が押し入り、核だけを奪っていったのです」

「それは、その神楽鈴のツクモノの方は」

「核が破壊されない限り復活することは出来ます、ですが取り出された核は元の道具の姿に戻っていることでしょう」

「では君たちは、その神楽鈴を探しに?」

「はい、そのために商業連合各地でライブを行い、情報を集めているのです」


なんてことだ。

彼らの事情には当然同情する、だが、それ以上に外交問題に発展しかねない重大な犯罪行為を耳にして、正直血の気が引いた。


『アキツ』におけるツクモノとは、神と同格の存在であり、古来より畏怖や信仰の対象となっているそうだ。

連合王国内でのラタミルやハーヴィーみたいなものだろう。

彼らは神の眷属だが、神同様に信仰され、恐れ敬われている。

その国民が畏敬の念を向ける存在を、金銭で取引したという事実が明るみに出たなら、どうなるか。


自国の民と国そのものを侮辱する行為に等しい、と捉えられるだろう。

交易相手としての信頼関係が根本から揺らぐのみならず、賠償問題、責任追及、果ては国交断絶なんてことにさえなりかねない。

もしそうなれば、商業連合は連合王国からも何らかの厳しい制裁を加えられる。

それは商業連合としても絶対に避けたい事態に違いない。


「その、君が得た情報は、どこから」

「ご安心ください、これは私が独自に持つ情報網から収集した情報です、表立って知る者は私とサクヤ以外おりません」

「そうか、すまない」

「いえ、我々も、今は道具でしかない状態の彼女に万一があってはなりませんので、大事にしたくはないのです」

「しかし許し難いな、俺の謝罪など無意味かもしれないが、連合王国の一国民として本当に申し訳なく思う」

「貴方がたはやはり善いヒトですね、物を大切にされている方は信用が置けます」


ニコリと笑って、キョウは居住まいを正し、頭を下げる。


「こうして巻き込んでしまい、こちらこそすみません、ですが、どうかドニッシスに着くまでご助力ください、サクヤを守っていただきたい」

「ああ、こちらこそ、君達に力を貸させて欲しい、話を聞いた以上放ってはおけない」

「感謝します」


「それで」と俺は切りだす。


「君の見立ては、サクヤを狙っているのはその商人だろうと、そういうことか?」

「はい」


サクヤが誘いを断って間もなく、怪文書が届けられたり、何者かに付きまとわれたりするようになったらしい。

状況は極めて怪しいが、いまだ証拠を掴めず、事の次第を当人へ問い質すこともままならないそうだ。


「我々を支援してくださっている商人の殆どはとても良い方々です、けれど奴のように、彼女をただの『物』と見做す卑しい輩もいます」

「嘆かわしいな」

「まったくです、ならば奴らもただの肉袋じゃありませんか! 我々を『物』と嘲るということは、つまりそういうことなんです!」


興奮した様子で卓を叩いたキョウは、直後我に返って「すみません」と恐縮する。

その商人のこと、少し気になるな。

単なる収集癖に留まらない執着と手段を択ばないやり方、カイの妹に関しても何かしら情報を持っているかもしれない。


「ところでロゼ、さっき捕まえた奴はどこへやった?」

「捨てたよ」

「は?」


捨てた?

唖然とする俺を不思議そうに見るキョウに、サクヤを襲った何者かをこいつが連れていったことを教えると、途端に目を剥き「そいつを捨てたんですか!」と身を乗り出してきた。

ロゼは、案の定無視だ。

意図してやっているわけじゃなく、毛ほども意識していない。

視界には入っているだろうが、認識しているかは限りなく怪しい。

ため息を吐いて、ひとまずキョウに落ち着いて欲しいと頼み、俺から訪ねることにした。

いつもながら困った奴だ。


「ロゼ、説明しろ、じゃないと怒るぞ」

「ふふん、そう言うだろうと思ってね、お兄ちゃんとして務めは果たしたよ、君はきっと僕を叱るまい」

「それは聞いてから決める」

「むっ」


不服そうに眉間を寄せてから、ロゼは説明を始める。


サクヤを襲った男は、依頼を受けて凶行に及ぼうとしたそうだ。

数日前より仲間と共に二人の動向を調べ、今日になりようやく寝台列車で移動することを掴んだ。

そして奴は列車に乗り込み、捕らえたサクヤを補給駅にて仲間へ引き渡す、そういう手筈だったらしい。


「依頼書には『バーメット』と署名があった、前金の他に成功報酬を約束されていたが、対象に少しでも傷が付けば大幅に減額すると記されていたそうだ」

「つまり、サクヤさんを捕らえること自体が目的だった、そういうことだろうな」

「やはりッ、やはりアイツなのか、くそッ、よくも!」


サクヤに専属を持ちかけた商人の名は、署名とは違うらしい。

列車の屋根で脅された男から引き出せた情報はそれだけだった。

そして、内容に偽りがないことをロゼはその目で『視た』


「多少は役立ったから、精神を少しだけ弄って捨てておいたよ、誰か拾う者があれば有効的に活用するだろう、なにせ若く健康な肉体だ、そして文句をつける頭は無い」

「では、そいつがまたサクヤを襲ったりするようなことは」


無いだろう、と俺がキョウに答える。

奴からすれば殺されるのとどちらがマシか分からない結末だ。

まあ、そんなことさえもう考えられないだろうし、おかげでこちらは情報が手に入ったわけだが。


「そうだ、リュー、これを」


ふと思い出した様子でロゼからボタンのような何かを手渡された。

魔法道具か?


「登録者の生体反応を受信機へ伝える道具だよ、弄って反応が続くようしておいた」

「なんで」

「アレの失敗が仲間へ伝わらないようにするためさ」


おかしそうに笑うロゼを見て気付く。

そうか、今頃奴の仲間は補給駅で、計画が何の問題もなく進行していると思い込み、受け取りの準備をしているだろう。


「さてどうする? 後は君に任せよう、お兄ちゃんも君が欲しいだけ手伝ってあげるよ」

「キョウさん」

「はい」


キョウと互いに頷き合った。

―――策を練ろう。

こんなふざけた真似、終わりにさせてやる。

彼らもいい加減うんざりしているだろう、この機に乗じて元凶の尻尾を引きずり出す。


「この列車の添乗員にも事の次第を伝えて」

「そうですね」

「補給駅で始末をつける」

「はい、よろしくお願いします」


取り敢えず、ロゼにハルの様子を見に行ってもらい、今夜は二人で計画を立てることにした。

乗り掛かった舟ならぬ、同じ列車に乗り合わせた縁だ。


しかし思いがけない展開になった。

今頃ハルも俺と同じように思っているだろう。

―――これまで同様に、また厄介な目に遭いそうな気がするな。

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