寝台列車ナフォール号 4
「私もハルと一緒に、百貨店に行きたいなあ」
サクヤの背中、白くてすべすべだ。
髪も柔らかくてサラサラしてる、何より―――
「この国へ来て、色々なヒト達と知り合いになったけど、こんな風にお喋りできる女の子っていなかったから」
普通に喋っているだけなのに、声が良くてうっとりする。
優しくて透き通った綺麗な声。
「ねえハル、あのね、お願いしてもいいかな」
「なに?」
「私ね、ハルと友達になりたい、セレスさんと、モコちゃんとも!」
「いいよ」
「本当?」って振り返ったサクヤの手をギュッと握って「私も友達になりたいと思ってたんだ」って笑う。
こんなに素敵な子となら、誰だって友達になりたいに決まってるよ。
目をまん丸くしたサクヤは嬉しそうに「やった」って微笑んだ。
「ハルはこの国に来て最初の友達だよ、仲良くしてね!」
「うん、仲良くしよう」
「嬉しいな、本当はさっきのこと、まだちょっと不安だったけど、おかげで元気が出ちゃった」
「それは無理しないでね、サクヤのこと、私達がきっと守るよ」
「頼もしいなぁ、本当に有難う!」
サクヤって可愛い、これまで見かけた姿以上に好きになっちゃうよ。
液体せっけんのお礼に手作りした洗髪料と保湿剤を貸したら「これ、すごくいいね!」って喜んでくれた。
店の品よりいいなんて褒められて照れる、後で作り方を教えよう。
体と髪の水気を拭いて、服を着てから髪を乾かして、浴室を出た。
扉の外で通路を挟んだ向かいの壁に寄り掛かっていたセレスが「おかえり、さっぱりしたみたいだな」って声をかけてくる。
「うん、待たせてごめんね?」
「いいさ、予約が丁度、君達の後だったから、このままモコちゃんと使わせてもらうよ」
一緒に部屋へ戻って、待っていたモコに声をかけて、今度はセレスとモコが浴室へ向かう。
サクヤと話して二人を待とうとしていたら、扉が叩かれて「ハル」ってロゼに呼ばれた。
「兄さん!」
「ああ、僕だよ、中に入れてもらえるかな?」
「いいよ、どうぞ」
部屋へ入ってきたロゼに、サクヤが「こんばんは」ってニコニコしながら挨拶した。
ロゼはサクヤをじっと見つめて「ああ、こんばんは」って返す。
珍しい、兄さんがちゃんと返事するなんて。
「あの、さっきは有難うございます、ハルのもう一人のお兄さん、ですよね?」
「そうだ」
「ふふ、いいなあ、素敵なお兄さんが二人もいて」
それは結構自慢だ。
ロゼも私を見て得意そうな顔をする。
「こっちはロゼ兄さんだよ、さっきのはリュー兄さん」
「ロゼさんとリューさんだね」
「兄さんも座って、お茶を淹れるよ」
「有難う、ハル」
「もしかして様子を見に来てくれたの?」
「そうだよ」
ロゼはサクヤの向かいの長椅子に座る。
湯を沸かす魔法道具に水差しから水を注いで、片付けられていたカップを取りだした。
綺麗になってる、誰がやってくれたんだろう。
後は寝るだけだし、体が温まって休まるハーブのお茶がいいよね。
「あの」
サクヤがロゼに控えめに話しかける。
「ロゼさんが連れていったあの人は、その」
不安そうな顔だ。
ついさっきのこと、まだ忘れられないよね。
だけど、怖いけど、私も知っておきたい。
「捨てた」
「え?」
「口を利かないものでね、ならば不要だろう」
捨てたって、ええと、ここって列車の中なんだけど。
どこへ捨てたんだろう。
「あの、でも、どうして私を襲ったのか、とか」
「ほう、訳を知りたいか、お前は存外気骨があるな」
淹れたお茶をそれぞれの前に置いて、困ったように俯くサクヤの隣に座った。
ロゼが驚いたようにこっちを見るけど、こんな状態のサクヤを放っておけないよ。
「はぁ、訳を聞こうとしてやっただけでも十分だろう、そしてアレは口を利かないのだから、どうしようもあるまい」
「そうですか」
「こちらも問おう、この事に関する心当たりが何かあるだろう?」
「はい、あの、でも」
言いよどむサクヤを見て、今日はもうやめようって間に割って入る。
まだ気持ちの整理がつかないだろうし、落ち着いたら改めて気付くことや、思い出すこともあるだろう。
「君が言うのならばそうしよう」
「うん、ねえ兄さん、リュー兄さんはまだキョウさんと部屋を調べているの?」
「そのようだね」
「何か見つかったかな」
「いや、あの部屋には何も仕掛けられていない、賊は駅から付けてきたのだろう」
確かに、ラノッテの駅には人も獣人も大勢いた。あの中に紛れていたらきっと気付けない。
だけど怖いな、乗客に紛れて狙っていたなんて。
まだ仲間がいるんじゃないかって、残った乗客も全員怪しく思えてくるよ。
それからお茶を飲みつつ他愛ない話をしていたら、綺麗になったセレスとモコが戻ってきた。
二人とも部屋にいるロゼを見て大はしゃぎする。
本当に好きだよね。
「師匠?」
「あ、うん、セレスは兄さんのことを師匠って呼んで尊敬しているんだ、モコもだよ」
「確かにロゼさんって凄く雰囲気があるよね、特別な感じがする」
「流石だサクヤちゃん! まだ会ったばかりだというのに師匠の偉大さに気付くなんて、やはり本物は本物を知るんだな、うんうん」
「ししょーね、すごーくきれーで、すごいんだよ!」
「そうだね、お顔を隠して見えるけど、すっごく綺麗だよね」
ロゼは大抵、長い前髪で目元を隠したうえで、認識阻害の眼鏡を掛けている。
こうしていないと周りの人も獣人も軒並み気を失うからだけど、私からすれば見慣れた兄さんだから少し不思議だ。
隠していてもロゼは遠巻きにされがちだし、話しかけられることは滅多にない。
こっちは多分近付くなって雰囲気を醸しているからだろう。
「うるさい」って嫌がりながら立ち上がったロゼは、私の方を向いてニッコリ笑う。
そして手を差し出しながら「行こう」と呼ばれた。
そうか、迎えも兼ねていたんだね、有難う兄さん。
「それじゃ、私とモコは兄さん達の部屋へ行くね」
「うん、おやすみハル、モコちゃんも、また明日ね」
「おやすみー」
「おやすみなさい、セレスもおやすみ」
「あっ、ああ」
部屋を出たら―――そこでいきなりセレスに腕を掴まれた。
振り返ると真剣な表情で見つめ返される。
急にどうしたの?
様子を見ていたロゼとモコは、先に隣の、兄さん達の部屋へ入っていった。
温かな色の照明に照らされた通路に、ガタン、ガタンと列車の走る音が響く。
二人きり、窓の外は真っ暗で、鏡のようになったガラスに私とセレスだけ映っている。
セレスの手、あったかいな。
オレンジ色の瞳が光を受けてキラキラ輝いてる。
長いまつげに飾られた、くっきり二重の大きな瞳。
セレスって本当に美人だよね。すっかり見慣れたけど、いまだに見惚れるよ。
「あの、ハルちゃん、今夜はサクヤちゃんと二人きりで過ごすけどさ」
「うん」
「何も無いからな」
「え?」
「誓って君を裏切るようなことはしない、だから信じて欲しい」
「う、うん」
「それだけ、その、伝えておきたかったんだ、引き留めてすまない」
「いいよ、気にしないで」
「さっきは君も怖かっただろう? 本当は傍にいてあげたいけれど、師匠が一緒なら安心だ、ゆっくり休んでくれ」
「有難う、セレスもよく眠ってね」
「ああ、ハルちゃんおやすみ、いい夢を」
「おやすみなさい」
セレスはちょっと笑って―――私の額に控えめなキスをした。
なんだか苦しい、変だな、熱い。
そのまま見送るセレスに「また明日」って声をかけて、兄さん達の部屋へ入る。
落ち着かないよ。
どうしてあんなこと言ったんだろう。
―――分かっているし、信じているのに。
「おお、やっと来たね、僕のハル」
扉を閉めた私に、ロゼが満面の笑みでおいでおいでって手招きする。
隣に座ると髪を優しく撫でてくれた。
モコもポフッと小鳥の姿になって、私の膝の上で羽をふくふくと膨らませる。
「君と二人で過ごすのは久々だ」
「そうだね、でも、モコもいるよ?」
「ししょー」
「お前は黙っていろ、僕とハルの邪魔をするな」
「もう兄さん、意地悪言わないで」
モコをよしよしって撫でてあげながら、ロゼを見上げる。
―――さっき敢えて話さなかったことがあるよね?
「兄さん」
「なんだい?」
「本当は、サクヤを襲ったあの人から何か聞いた?」
私をじっと見つめたロゼは、不意にクツクツと肩を揺らす。
「ああ、僕のハルは愛らしいだけでなくとても聡い、本当に、なんて素晴らしいのだろう」
「有難う、それで、教えてもらえるかな?」
「勿論だとも、既にリュゲルには話してあるが、あのツクモノは厄介な輩に目を付けられているようだね」
話しながら眼鏡を外す。
長い前髪の影から覗いた赤い瞳が、部屋の明かりを受けてキラリと光る。
「僕はアレをこの列車の屋根へ持っていき、話すか死ぬか選ばせてやった、どのみち捨てるつもりではいたけれどね」
「そうしないとリューが怒るだろう?」って、ロゼらしい理由だ。
でも、多分リューはその二択で選ばせないと思うよ。
「だが、僕が手間をかけたというのに、口を割らないものでね、少々痛みを与えて様子を見ることにした」
何をしたかは聞かない方がいい。
こういう時ロゼの言う「少々」が実際に少しだった試しがない。
「苦痛にはね、堪えられるものと、堪え難いものがあるのさ、しかしアレはたいした情報を持っていなかった、捕らえたツクモノを補給駅にて仲間に引き渡す算段だったようだ」
「仲間? それに補給駅って」
「おや、リューから聞いていないか、明日の昼頃にこの列車はいったん停車して物資や燃料の補給を行うそうだよ」
そういえばセレスもそんなことを言っていたな。
じゃあ、サクヤが不安がっていたとおり、襲った理由は誘拐目的だったのか。
「仲間についてはそうとしか言わなかった、依頼を受けての行為だと話していたね、大方荒事で稼いでいる輩どもの集まりだろう」
「そうなんだ、サクヤを攫ってどうするつもりだったんだろう」
「さて、だが目的は明確だ、あの水琴鈴のツクモノはとても美しかった、僕でも久方ぶりに胸を打たれたよ、金より何より、アレそのものを欲したに違いない」
「サクヤ自身を?」
「ツクモノは、アキツにおいては神同然だが、ここでは不遜な捉え方をする者も多くいる、なにせ『神の加護がない』からね」
サクヤを『物』として手に入れようとしているってことかな。
確かに元は道具だったかもしれないけれど、今のサクヤはそんな風に思えないよ。
「兄さん、そういえば、水琴鈴って何?」
「おや、知らないか」
ロゼはニコッと笑って説明してくれる。




