寝台列車ナフォール号 1
「ハルちゃん、車両の前方に湯を使える場所があるようだ」
「すごいや、助かるね」
「だけどこれもアレなんだろうな」
セレスと二人で部屋にあった車内の案内図を確認中。
モコはまだ夢中で車窓からの景色を眺めている。生い茂る緑や、遠くに望む街の影、どれも新鮮で飽きないよね。
「アレって?」
「魔法道具、商業連合では結構多いんだ、けど、私は使えないから」
「あっ」
そうだった、セレスは魔力を持たない。
便利な道具も条件が整わないと使い様がない、むしろ不便ってことさえありそう。
「前に他の場所で泊まった時も、温水を出す道具が魔力に反応するヤツでさ、仕方ないから水で我慢したよ、あの時は寒かった」
「宿泊所の従業員に言わなかったの?」
「道具が壊れているわけじゃないんだ、私が使えないってだけで、だけどそんな説明したらおかしな目で見られるだろ?」
「それは、そうかもしれない」
「赤ん坊のオモチャにだって魔法道具があるくらいだからな、はぁ、最近は前ほど気にならなくなったが、それでもたまにうんざりする」
セレスは本当に大変だ。
きっと私が気付けない不便や、嫌な気分を何度も味わってきたんだろう。
「それじゃ、一緒に入ろうよ!」
「ぐッ」
セレスは唸って、困った顔で私を見詰める。
「あのさ、何度も言うようで悪いんだが、それは出来ない、君はその、女の子だろ?」
「セレスだって女の子でしょ」
「私は」
パッと一瞬でセレスの姿が男の人に変わった。
大きな体、精悍な顔立ち、雰囲気や匂いは元のままだけど、男の人のセレスを前にすると少しだけ落ち着かない。
「ほら、半分男なんだ、分かるだろ?」
「湯を使っている最中は女の子でいてよ」
「いや、だからさ、女の俺が君の、その、裸を見るってことは、間接的にこの俺も君の裸を見ることになる」
「別にいいよ」
「え!」
いきなりの大声に、景色を見ていたモコまでビクッとして振り返った。
セレスを見て、私を見て、不思議そうに首を傾げている。
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいーッッッ、いッ、いい、のかッ?」
「女の子のセレスになら見られていいよ」
「うッ、だ、だから、そうなると今の俺もッ」
「仕方ないよ、どっちのセレスもセレスなんだから」
「お、おお?」
今度はセレスが不思議そうだ。
私、何かおかしなこと言ってる?
女の子でも、男の人でも、セレスはセレスだけど、男の人のセレスの前で裸になるのはちょっとよくない。
『そういう』ことをセレスが絶対にしないって信じている。
だけど、未婚の男女が裸で一緒にいる、なんてやっぱり問題あるよね。
でも女の子のセレスなら裸を見られても平気だ。
だって女同士だから。
結果的に男の人のセレスにも裸を見られることになるけど、それは仕方ない、セレスは男の人でもあるから。
―――頑張って説明してみたけど、セレスはどうしても腑に落ちない様子で結局「一緒に湯を使うのは諦めてくれ」って説得されて話は終わった。
私の代わりにモコが一緒に入ることになった。
それはちょっと、今度は私が微妙に納得いかない。
モコがよくて、私がダメな理由が『女の子だから』なら、モコだってダメなはずだし、私だっていいはずなのに。
「ハルちゃん、機嫌を直してくれよ」
困るセレスを放っておいて、さっきからずっと貰ったバラを眺めている。
今はセレスなんか知らないって気分だから、知らない。
女の子に戻ったセレスは私の向かい側でおろおろしている。
不意に部屋の扉が叩かれた。
セレスが出ると、今度はリューだ。手に包みを持って立っている。
「お前たち昼飯を―――ハルはどうした?」
「すみません、私の失言で不機嫌にさせてしまいました、本当に申し訳ありません」
しょぼんとするセレス越しに、こっちを覗いたリューが笑う。
「珍しい、随分拗ねたな」
「私がいけないんです」
「いいや、気にするな、そのうち機嫌を直すさ」
リューはセレスの頭を撫でて、部屋に入ってくると、卓の上に食事を並べた。
肉を挟んだパン、ソースがたっぷり詰まったパイ、容器に入った茹で野菜と、それから飲み物。
「昼飯まだだったからな、夜は食堂車で食べるぞ、夕方頃にまた声をかける」
「食堂車?」
「ああ、朝夕と食堂車で食事が提供されるんだ、二等車と時間はずれるが、食事が済んだら共有車両へ行こう、カイとメルと話したいだろ?」
「うん!」
「だったらそうむくれるんじゃない、あまりセレスを困らせるな」
私の頭もぐいぐい撫でてから、部屋を出て行く。
子供扱いされたけど、確かに今の私は少し大人気ない気がしてきた。
「セレス」
長椅子に腰掛けたセレスに「ごめんね」って謝る。
「いいさ、その、機嫌は直ったかな?」
「うん、気を遣わせたね」
「私も君の気持ちを汲めなくて悪い―――だけどその、これだけは言わせて欲しいんだ、ハルちゃん」
「なに?」
「お、女同士であっても、気安く裸を晒さないように」
「セレスにも?」
「うッ」
セレス、顔が赤いよ?
同性同士なら、多少体形に個体差があっても基本的な作りは同じなんだから、恥ずかしいことなんてないのに。
「その」
セレスは俯きがちに、口をもごもごさせる。
「わ、私以外には、なるべく誰にも見せないで欲しい」
「セレスも見ないって言ったよ」
「いずれ存分に見させてもらうつもりだ! ああもうッ、とにかくハルちゃん、もっと自分を大事にしてくれ! 私以外にはなるべく肌を晒さないで欲しい!」
うーん、よく分からないけど、まあいいか。
そういえば昔ティーネにも『女の子は人前で気安く肌を晒すものじゃない』って言われたっけ。
心配してくれているんだろう、気を付けよう。
モコも一緒に、三人で食事をとった。
その後は車窓からの景色を楽しんだり、話したりして過ごす。
食堂車ってどんな感じなんだろう。
車内で食事まで提供されるんだ、凄いな、寝台列車って。
「人を大勢乗せて運ぶ乗り物だと、他にバスって呼ばれる大型の車もあるぞ」
「バス!」
「標準的な車の倍くらいの大きさで、人数も倍収容可能だ、その分速度は制限されるんだが」
「商業連合で一般的な車って、どれくらいの大きさなの?」
「運転手込みで四人乗車が標準的だな、バスは十人」
「大型の馬車みたいだね」
「感覚的には同じだ、動力が動物か機械かって違いだけで、目的は変わらない」
「車も燃料がないと走れないからね」
「この列車も途中の駅で燃料を補給するだろう、その時に乗客員用の水や食料なんかも積み込む」
「それで到着まで日がかかるの?」
「ああ、だけど車や普通列車を乗り継いで移動すれば、ここからドニッシスまで四、五日程度かかる」
「寝台列車ってそんなに短縮できるんだ」
ドニッシスへはなるべく早く到着したい。
そういう理由でも、リューは寝台列車での移動を選んだのだろうな。
不意に辺りが明るくなった。
窓の外は夕暮れ、薄暗くなり始めていた室内を照らしたのは、壁の人工照明だ。
「わっ、すごい!」
「街でも見かけただろ?」
「そうだけど、列車の中にもついてるんだ」
「あかるいね」
部屋の扉が叩かれる。
開けると「お前たち、食堂車へ行くぞ」ってリューに言われた。
今度はロゼも一緒だ。
「ハル、どうだい、列車の旅は」
「楽しいよ」
「それは何より、僕もとても楽しい、コレの構造はあらかた理解したよ、何とも興味深いものだ」
「構造?」
リューが額を押さえながら「こいつは乗ってからずっと列車内の構造や材質を調べて回っていてな」って溜息を吐く。
「さ、流石です、師匠!」
「ふむ、ヒトもなかなかに知恵を働かせる」
「だからって乗務員の目を眩ませてまで関係者以外立ち入り禁止の場所へ踏み込むな、少しは控えてくれ兄さん」
「せっかくの機会なのだから全てを見て知っておきたいだろう、それに、そもそも君が僕の相手をしてくれないからだ」
「俺は色々と考えなきゃならないことが多いんだよ」
後でロゼを構いに行こう。
このままだとドニッシスに着いた地点でリューだけクタクタだ。
車両を移動して、食堂車の扉を開くといい匂いが漂ってくる。
「いらっしゃいませ」と声をかけてきた乗務員の案内で窓際の卓についた。
外はもう真っ暗だ、車内を温かな色の明かりが照らしている。
真っ白なクロスの上に並べられていく料理。
どれも美味しそう、それに洒落てる。
私達の他にも何組か食事をとっている人たちがいて、後からも何組か来た。
あの人たちも全員、一等車の乗客だそうだ。
「食堂車で食事が提供されるのは一等車と二等車の乗客だけで、それぞれ時間帯がずらされているんだ」
「どうして?」
「出される料理の内容が違うからさ、ハルちゃん」
「同じものを食べられないの?」
「乗車料金が違うからな、提供される物も当然違ってくる」
「そうだな、例えば部屋の質、接客の質、その他諸々の気遣いや『体験』出来ることの価値も商品の内だ、そうした差別化を図ることにより顧客を満足させている側面もある」
なるほど、乗客を目的地まで運ぶこと以外の付加価値で、集客力を上げているんだね。
確かに馬車も個人用や乗り合いでそれぞれ料金が違う。
本当に動力源が異なるだけで、乗り物って基本的な部分は殆ど同じなんだな。
この寝台列車には、宿泊用の車両がそれぞれ、一等、二等、三等と、三種類ある。
一等車は私とセレス、モコ、兄さん達の部屋がある車両。
二等にはカイ達がいる。
そして三等は、案内だと列車の端の手前にある車両で、中は通路とは別に簡単な仕切りで区切られた寝台にもなる座席が連なっているらしい。
一番端は貨物車両、乗客の荷物や運搬用の積み荷なんかが詰め込まれているそうだ。
年内最後の更新です。
拙小説を読んでいただき有難うございました。
来年も引き続きよろしくお願いいたします。
では皆さま、よいお年を。




