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乗車券と牛乳

「おはよう、リュー兄さん、ロゼ兄さん」

「ああ、おはよう」

「おはよう、可愛い僕のハル、今朝もとても愛らしいね」


兄さん達から少し離れて立っているカイにも「おはよう」って声をかける。


「おはよう、朝から元気だな」

「うん」

「ぼくもいるよ、かい、おはよー!」

「はいはい、おはよう」


昨日、湯に浸かって疲れを取って、フカフカのベッドでぐっすり眠ったから、今朝は凄く調子がいい。

セレスは部屋で日課の鍛錬中。

メルも「のんびりさせてもらうわ」って、一緒に部屋に残っている。


「さて、駅に行くぞ」

「はーい」

「えきー!」


兄さん達と一緒に、モコと手を繋いで歩く。

駅も本でしか知らない、実際はどんな場所かな、ワクワクするよ。


朝の空気はすがすがしい。

だけど大きな街だから、あちこち活気があって、こんな時間からもうたくさんの人や獣人が働いている。

その中に何人も、首からあのネックレスを下げている姿を見かけた。

継ぎ接ぎのある服を着て、髪はパサパサしているし、朝なのに顔色が悪くて表情も暗い。

ベティアスにいた使用人より、この国の奴隷はずっと数が多いように感じる。


「ここにもたくさんいるんだね」

「ああ、奴隷か」

「ねえ兄さん、あの人たちはどうして奴隷なの?」

「それは、色々と事情があるんだろう、その話を話題にするのはあまり感心しないな」

「そうだね、ごめんなさい」


リューに謝ったら、ロゼが「謝らなくてもいいさ」って私の肩を抱き寄せた。


「無関心より余程いい、ハル、現実から目を背けてはならないよ、全ては君が立ち向かうべき世界の姿なのだから」

「ロゼ」

「君のこの細い肩に預かるには些か重過ぎるかもしれないが、なに、僕とリューがいる、気になるのなら考えてみるといい」


ため息を吐いたリューが「今はいいだろ」って首を振る。

確かに、これから駅へ寝台列車の乗車券を買いに行く途中だ。

それに私は商業連合のことをまだよく知らない。

ベティアスでは代表選挙絡みで色々あったけれど、そういう事情と深く関わらなかったら、単純に今の状況をやり切れないと思うだけだっただろう。


リーサやシアン、スノウさんと出会って、あの国が変わり始めているって知ったんだ。

そういえば選挙はどうなったのかな。

新代表は絶対スノウさんに就任して欲しい。

多分ガナフはディシメアーの一件で失脚しただろうけど、結果が気になるよ。


通りを歩いて、駅に着いた。

大きい。

なんだか、あまり見ない感じの不思議な建物だ。

それにどこよりも大勢の奴隷が働いている。


「ねえ、カイは列車に乗ったことってあるの?」

「無いな、そもそもここはいけ好かないから長く滞在したこともない」


そうか、博物館で偽物とはいえハーヴィーのはく製を晒されていたんだよね。

カイからしたらとんでもない悪趣味だ。

長く居たくなかった気持ちも分かる。


「だが、ルルはここにいたんだな」


悔しそうに呟いたカイは、ギュッと手を握りしめる。

やりきれないんだろう。

私も何だか悔しい、早くドニッシスへ行って、今度こそルルを見つけ出そう。


「窓口はあっちだな、行くぞ」


案内板を見て歩きだしたリューについていく。

駅って凄く広いな、目移りしていたら知らない内に迷子になりそう。


「ねえはる、あれなーに?」

「数字が書いてあるね、何だろう、上り、急行?」


どこ行きの列車がいつ出発するか書いてあるみたい。

あれを見れば自分が乗りたい列車の情報が分かるのか。

列車の前の数字は何だろう?


「列車の発着場所に振られている番号だな」

「そうなんだ」

「ハル、三番線と書かれているところを読んでみろ」


リューに言われて目を凝らす。

ええと、三番線、寝台列車ナフォール号、出発時刻は昼過ぎ。

窓口でその列車の乗車券を人数分購入した。

代金を支払って受け取った券を見せてもらうと、掲示されていた内容と同じ情報が印字されている。


「ナフォール号っていうんだ、格好いい名前だね」

「そうだな」

「ねえ、この一って何?」

「一等車、この寝台特急で一番いい車両だ」

「えっ」


「せっかくだからな」ってリューは笑う。


「滅多にできない体験だ、しっかり楽しめよ?」

「うん」

「俺とメルは二等車だ、一等を取る金がねぇ」


リューの次に並んでいたカイが、受け取った券をひらひらと振って見せる。


「もしかして一等って高い?」

「二等の倍だぜ、なあ、前から思ってたんだが、お前らって金持ちだよな?」

「そんなことないよ」

「ああ、こういう時のために日頃から節約を心掛けているだけだ」

「ふーん、まあいいけどよ」


二等車は一等車の後続の車両なんだって。

そうか、カイとメルとは列車の中では一緒にいられないんだね、残念。


「れっしゃのけん、ぼくのどれ?」

「乗る時に配る、今は失くすといけないから、俺がまとめて持っておく」

「わかった!」


嬉しそうにはしゃぐモコのお腹がくうっと鳴いた。

私もペコペコ、リューが「途中で朝食を買って帰るぞ」って来た道を戻り始める。

あちこちから美味しそうな匂いが漂ってきて、ううッ、私も油断するとお腹が鳴りそう。

途中で美味しそうなパン屋に寄って、焼きたてフワフワのパンと、総菜パン、それから搾りたての牛乳を買って宿へ戻った。

ビン入りの牛乳は牧場からしぼりたてを朝一番に車で店まで運んできたんだって。

この国の物流って凄いな、他じゃそもそも近くに牧場が無いと牛乳は飲めなかったよ。


「商業連合って便利だね」

「そうだな、この国の高い技術水準や豊かさが、こういったところにも表れているよな」


宿に着いて部屋に入ると、汗を流してさっぱりしたセレスとメルがお喋りしていた。

兄さん達の部屋に集まって、皆で一緒に朝食をとる。

焼きたてパンの甘い香り、はぁ、リンゴのジャムたっぷりの菓子パンも、チョコレートクリームが詰まった菓子パンも、すごく美味しい。


「ハル、菓子パンばかり食べるな、こっちも食べろ」

「ん、はぁい」

「ねえねえ、ぎゅーにゅ、もっとほしい」

「あら、それじゃ私のをどうぞ」

「ありがと、める!」


モコ、口の周りに白く牛乳の輪ができてる。

メルも気付いて、タオルで拭ってあげていた。

なんだか母さんみたい、私も小さな頃は、母さんや兄さん達にあんな風に世話を焼かれていたな。


「そういえば、ハーヴィーも牛乳を飲むのか」

「悪ィかよ」


意外そうなセレスにカイが顔を顰める。


「たまたま飲んだら、意外に美味かったんだ」

「分かる、私も好きだ、城にいる頃は毎朝飲んでいた、おかげでこうしてすくすく成長できたのさ」

「ああ、確かにその胸や尻周り、牛っぽいもんな」

「立派だろう?」

「額面通り取るんじゃねえよ、大体邪魔じゃねえのか」

「ハハハッ、鍛えているからな、平気さ!」

「ああそう」


いいなあ。

私も、商業連合にいる間はなるべく牛乳を飲もうかな。

ふと目が合ったセレスがニコッと笑いかけてくる。


「ハルちゃんはそのままで十分素敵さ」

「えっと」

「何を当然のこと言っている、ハルは常に過不足なく完璧な愛らしさだ、これは不変の真実であり、世の真理でもある」

「分かります師匠、仰るとおりです」


リューとカイが呆れてる。

クスクス笑うメルの隣で、モコは元気にパンを齧る。

褒められて悪い気はしないけど、二人ともそれくらいにしてパンを食べよう?

それに、どう思われているかじゃなくて、私が育って欲しいんだってば。

―――そういえばロゼはともかく、リューも鍛えているから意外に胸が大きいんだよね。


「ん?」

「リュー兄さんって牛乳好き?」

「いや、あれば飲む程度だ」


いきなりカイが吹き出して咽る。

どうしたんだろう?

セレスも下を向いて肩を震わせているし、リューは気まずそうな顔で溜息を吐いた。

メルはさっきよりもっと笑ってる。

なんだか得意そうなロゼと、ポカンとしているモコを見て、結局訳が分からないまま首を傾げた。


「か、か、勘弁しろッ、その法則でいくと俺もあぶねえッ」

「失礼だろカイッ、ぐッ、フフッ、すみません、けどッ、ブフッ!」

「そうねえ、貴方も大きいものねぇ」

「僕のリューをいやらしい目で見るな」

「やめてくれロゼ、火に油だ」


もしかして胸の話かな。

リューが飲みかけの牛乳を私にくれる。

いらないの? もしかして気を遣ってくれた?

有難う、兄さん。


「ハル、僕の牛乳もあげよう、君の占める割合が世界に対して増えることは、僕にとってこの上なく喜ばしいことだからね」

「太るのは嫌だよ、部分的に大きくなりたいんだよ」

「ふむ、難しい問題だが、君ならばきっと叶えられるさ、僕は支援を惜しまない」

「がんばって、はる」


カイが「もう限界だ」って卓に突っ伏した。


「お前ら、なんで、何なんだお前ら、意味分かんねえよ、それは素なのか? 勘弁しろ」

「これがハルちゃんの魅力さ」

「お前も得意そうにすンな、はあ、ホント調子狂うぜ」

「楽しくていいじゃない」


そうだね、楽しいね。

大勢いると会話が弾むし、食事も進む。


列車に乗るのは昼過ぎだ。

朝食が済んだら何をしよう。

少しだけこの街を見て回ろうかな、それくらいの時間はありそうだ。

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